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第一章 異世界に降り立つ!

06発目 完全勝利は蜜の味!

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「おい、そこの赤毛の女」
「…………」
「恐怖で声も出せんのか?」

 黄金の長髪をたなびかせ圧倒的な存在感を放つ男の声に、対峙するエレーヌさんだけでなく、離れているはずの俺の背にまで悪寒が走る。

「……ぅ!」

 男は今にも倒れ込みそうな彼女の胸ぐらを締め上げ、そして続ける。

「実を言うとな、貴様以外の村の者を消してしまったのだよ」
「私以外を、消した……?」
「ああ、他の人間どもは、そこの男のようにな。こちらがただ話を聞いているだけだと言うのに、わざわざ集まって騒ぎ立てるからそうなった」
「そんな……」

「それゆえ、悪いが最後の一人である貴様には否が応でも話してもらわねばならん」
「村長、みんな……」
 
 表情こそ見えないが、届く彼女の声は絶望に染まっている。

「人間なら、魔族である私に対する抵抗が無駄なことぐらいわかるだろう?」

 この男、今自分を魔族と言ったのか?

 見た目はほとんど人間そのものだが、確かに漂う空気感は異質という他なく、そもそも生物としての次元の違いを嫌でも感じさせられる。

「私が貴様に聞きたいのは、ここに誰かをかくまったりはしていないかどうか、ただそれだけだ」
「匿うなんてそんなこと……」
「嘘は好まん。もし素直に答えるならば、楽に殺してやらんこともないが…… ん?」

 後ろで腰を抜かしている俺に気が付いたのか、言葉と同時に男の視線がこちらへ向かう。
 
「おい、村の者の話では、この村の人間は貴様で最後のはずだが、そこの女は一体なんだ?」
「その娘はこの村とは関係ない……! ただ森で迷っていたのを家に泊めてあげただけよ!」
 
 男の言葉に対してエレーヌさんは声を張り上げるが……

「途端に威勢がよくなったが、その女に何か思い入れでもあるのか?」
「それは……」

「まあ、そんなことはどうでもいい」

 そう言ってまるでほこりを落とすかのように、軽く振り払うるだけで、彼女の体を投げ飛ばした。

「森で見つけたとなると、やはり私の予想は当たっていたか」

 呟きながらこちらに歩みを寄せ、まるで品を定めるかのように間近で俺を観察してくる。

 正直に言って、今直ぐにでも逃げ出したい。
 しかし身体が言うことを聞かないし、何より投げられた衝撃で意識があるかは定かではないが、まだ息があるであろう彼女のことを見捨てて逃げ出す訳にもいかない。

 ましてやここでビッグバンあのスキルを使う訳にも……

「おい貴様」
「……なんだよ!」

 そんな様子で震え上がる俺に対して、
 男は短く疑問を投げかけてくる。

「貴様は神子みこだろう。奴について何か聞かされてはおらんのか?」
「神子、それに奴って……?」

 こっちの様子はお構いなしに、男は意味のわからないことを続けて聞いてくる。

「貴様が漂わせるその魔力の残り香…… 神子であることに間違いはないはずだが、やはり何も知らされていないのか」
「お前はいったい何を言って……」

 今にも折れそうな心を奮い立たせなんとか言い返しているが、男は俺の言葉には無関心といった様子で言葉を続け

「奴に関しての情報の収穫がないのはいささか不満ではあるが、危険分子たる神子を排除できるだけ良しとするか」

 その言葉と同時に拳を繰り出し
 避ける間もなく拳が俺の胸を貫いたーー




「ほぅ……」

 と、そう覚悟していたのだが、俺の身体は貫かれてはいない。
 衝撃で吹き飛ばされこそしたものの、殴られた部分はそれほど大事に至ってはいないのがわかる。

「いったいな!」

 さっき村長は素手で胸を貫かれ殺されたというのに、俺が殴られて平気なのはなぜなのか……

「魔力を込めていないただの突きとは言え、この私の拳をその身そのままで受けても死なぬとは、存外タフなものだな」

 もしかして、レベルアップの影響で俺自身の耐久力が上がっていたからなのだろうか?

「こんな見た目ナリでも、レベルは46なもんでね」

 こいつにそんなレベルの話が通じるかどうかなんて知らないが、ともかく簡単に殺されることはないってことなら戦う…… か、それは無理でも逃げることぐらいはできるはずだ。

 それなら、ここは少しでも威勢良く、話を無理矢理にでも続けて、逃げるための策を考える時間を稼がなければいけない。

 しかし、この状況を切り抜ける奇策なんてあるか……?

「レベル46か…… 後で聞こうと思っていたのだが、自ら口にするとは中々興味深いな」
「その口振りからして、お前もレベルについて知ってるんだな」

 なんて考え込んでいると魔族の男は声をかけてくる。

 どうしてかこいつもレベルについて知っているらしいが、少なくとも俺のような別の世界の人間って雰囲気ではないし、それは一体なぜだ?

「ああ、かつて相対あいたいした神子が同じことを言っていてな。レベルとやらは強さの指標らしいゆえ、それ以降は殺す前に聞くようにしているのだ」
「なるほどな……」

 殺す前に、なんて物騒なことを口にしているが、こいつの話で俺が気になるのはそこではない。

「それより神子ってのは、他にもいるのか?」

 神子…… 確証はないがレベルの概念を持っているということは、おそらく俺の前に来た転移者のことなのだろう。

「そうだとも。しかし、いると言うよりも、いたと言うべきだな」
「それは一体どういう……」
「これまでの神子は、命によって全て殺しているからだ」
「……!」

 その神子を全員殺している……?

 神子というのが俺の考える通り、アズラエルによってこの世界に飛ばされてきた転移者のことなのであれば、俺と同様…… というより俺より断然使い勝手がよくて強いスキルを持っていたはずだ。

 つまり、そんな神子を殺しているという言葉をそのままに受け取るのなら、戦力差は想像以上に絶望的なものらしい。

 いざとなったら、申し訳ないがエレーヌさんを諦めてもろとも…… いや待て、仮にあのスキルをこいつだけに当てられるならあるいは……

「しかし46とは、初めて聞く数字だ」
「低いってか?」
「いや、つい半年程前に殺り合った手練てだれの神子ですら、レベルは28と言っていたはず…… 先の一撃に耐えた肉体といい、貴様はその容貌すがたに見合わず、あまり舐めてかかってはいかん存在のようだな」

 言い切ったその瞬間、間髪入れずにまたもこちらに拳を突き出してくる。

 しかし間一髪でそれを回避し、なんとか男の背後にあった玄関口まで転がり込むことができた。
 今の自分の一連の動きでわかったが、レベルに伴う身体能力の向上は想像以上のものらしい。

「そういうお前も、優男なツラして戦い方は案外脳筋だな」
「避けたか…… 当たれば楽になれたものを」
「こっちにも勝つための作戦ってのがあってね。簡単に殺される訳にはいけないんだよ」

 逃げるためではなく、勝つための策。

 一か八かの策ではあるが、これは出まかせでもなんでもない。
 身体能力がここまで上がっているというのなら、俺の考えている策は尚のこと無理な内容ではないはず。

「私に勝つと? 面白いことを言う」
「面白いか?」
「ああ、面白いさ」

 来る……!

「先の一撃で勘違いさせてしまったようで申し訳ないが、アレはほんの挨拶に過ぎない」
「みたいだな……」

 その言葉と共に打ち出されたのは、さっきの拳よりも、断然速く、重い一撃。

「楽しませてくれた礼だ。特別に教えてやろう」

 俺が必死に抵抗してるってのに、こいつはまるで遊んでいるかのように、口角を上げてこちらに向かってくる。

「私はジェローム、魔楼の園アンフェルに名を連ねし十二の魔柱ドゥオ・ディアボロスが一柱」

 それが何なのかは知らないが、とりあえずなんか強くて凄い魔族ってことだろ?

 魔族がなんなのかすら今一つ理解していないそ今の俺にとって、そんな大層な肩書きはどうだっていい。

「それがどうした」
「知らぬというなら教えてやるさーー」

 目を凝らせば奴の拳を、黒い気配がまといつくように覆うのがわかる。
 少なくとも、アレを食らったらタダでは済まないだろう。

 しかし、ここまで来れば第一関門は突破したも同然……

「それが、貴様には届き得ないものであることを!」
「どうかな……!」

『研鑽消耗・エルプティオ!』

 俺の言葉と同時に爆発が生じ、地面から砂煙が巻き上がった。


「逃げたか……」


---


『エルプティオ!』

 叫びながら、俺は走る。

 ただやつから逃げ出している訳ではない。
 これこそがエレーヌさんを傷つけることなく、そしてやつを倒すための唯一の策の始まりなのだ。

「チッ、もう追いついてきたのか……!」


『研鑽消耗・エルプティオ』
 さっきから俺が使っているこのスキルは、自身のレベルを1減少させる代わりに、爆発を巻き起こす弾をてのひらから出すという自壊祈祷アポトースの一つ。

 他の自壊祈祷の自傷効果などとは違い、消費するのがレベルであるというスキルの性質から、パッシブスキルにあるマイナスの影響を受けることがないと読んで発動したが…… やはり間違いはなかったようだ。

「神子はこの世界に生まれ落ちたその瞬間から、我々には想像のつかない魔力、そして祈祷プレイスキルを有しているものだが……」
「くそ……!」

 しかし、こちらに関しては想定外で、予想よりも速く追いつかれてしまう。
 それに対して俺はスキルでなんとか抑えるが……

「貴様の使う祈祷ソレは、かつての神子が使ったモノと比較しても威力は高い…… いや、詠唱すらないことを考えれば高すぎると言っていいほどだ」

 抑えるといっても、俺の動体視力を上回る速度で距離を詰めてくるジェロームに当たりはしない。

「しかし、そんなものが、この私に当たることはないぞ!」
「……分かってるさ!」

 しかしジェロームが直線上で追ってきている以上、爆発を避ける際には一瞬俺に遅れることとなる。

 つまり、このスキルを向け続けることは無意味ではない。
 
「単に貴様の燃料切れを待つのは容易たやすいが、先から一度も威力の調整を行わないあたり、そもそもが魔力に依存しないものであるようにも思えるな」
「勘がいいことで……!」

 走り、追いつかれそうになってはスキルで爆発を起こし、また走る。
 ともかくこいつを倒すには、今は少しでもあの場所から離れないといけない。

 その一心で走り続ける。

「そして、この期に及んで森を消し飛ばしたスキルを隠しているのか、それとも本当にアレと貴様は無関係なのか……」
「知りたかったら無理にでも吐かせてみろよ!」
「威勢は変わらずいいが、しかしその割に走りが先よりも遅いのではないか?」

 レベルを消費するというその性質。

 つまりそれは使用する度に俺の身体能力も削がれていくことに他ならない。

「そりゃお前が速すぎるだけだろ……!」
「貴様、やはり面白いな!」

 軽口を叩いてはいるが、限界が近づいていることを俺はその身で感じとっている。

「だがーー」

 そして都合数十を超えるであろう攻防の末

「油断したな」

 スキルを撃つ余力を失い、限界を迎えた俺の足がゆるんだ瞬間、その言葉と共にジェロームの腕が俺を捕らえた。

「くっ!」

 その腕は俺の首を絞め、後頭部を地面に押し当てる。

「ここまで密着すれば、貴様は自身が爆発に巻き込まれるリスクから、もう先のスキルを使うことはできまい」

 これで終わりだ。

「普段することのない戦い遊び、思いの外楽しめたぞ。せっかくだ、何か言い残すことでもあれば聞いてやろう」

 言い残すことなんてない。

「どうした、わざと力を弱めてやっているんだ。早く言わねばこのまま首をぐぞ」

 あるのはただーー


「……お前の負けだ、ジェローム」

 俺の勝ち・・・・を誇る言葉だけ。

「なんだって……?」
「いやな、面白いことを教えてやろうと思って」
「面白いことだと?」
「ああ、実は今、俺のレベルは1になってるんだ」

 視界に映るのは、ジェロームに掴まれてから確認のために開いていた今の俺のステータス。
 そこには、言葉の通り1になった俺のレベルが表示されているのが見える。

 これで全ての条件が揃ったのだ。

「レベルが1になった・・・・・だと……」

 こいつに下がったレベルを教えるというこの行為、これは決してヤケを起こした訳ではない。

「お前なら意味はわかるだろ?」
「つまり先までの攻撃は全て、レベルを減少させる対価で生じるものだったと言う訳か……? それなら威力の調整がないことも、途中からの走力の低下にも、ある程度の納得がいくが……」
「やっぱり勘のいいことで」
「しかし、それを私に教えて何になる」

「いやな」

 何度でも言おう。

 これでお前の負け、そしてーー

俺の勝ちだ・・・・・

 瞬間、自身を中心として、あたりに異様な熱が蔓延まんえんし始める。

「貴様…… これは一体何を!」

 その熱気に首を絞める掌が焦げ、ジェロームは俺の元から飛び退いた。

「何って、待ってたんだよ、この瞬間ときを」
「どういうことだ……」
「ここがどこか、わかるか?」

 俺が走っていたのは村から西の方角。

 言われてジェロームは表情を歪ませ言葉を吐く。

「あの森と同じ地点…… まさか!」

 殺風景なあまり、俺に言われるまで気が付かなかったようだが、ここはシナの森があった場所で間違いない。

「こいつをあの村で使う訳にはいかなかった。けど、ここなら心置きなく使えるってことだ」

 この場所に着いたということ、それはつまり、あの村から十分に離れたということに他ならない。

「バカな! 貴様がシナの森を消し飛ばした祈祷を使えるというのなら、なぜあの場ですぐに使わずここまで逃げた!」

 馬鹿が、それじゃあエレーヌさんを巻き込んじまうだろ……って言っても、魔族のこいつにそれがわかる頭はないか。

「魔族のお前に言ってもわからないだろうさ……」
「そもそもどこにレベルを下げる必要まであったと言うのだ!」

 レベル1の時点で森を消し飛ばすってんだ。 

 レベル46のままなんかで使ったら村…… というかこの世界にどんな被害を与えるかもわからないし、何よりあの場所から離れた意味がなくなってしまう。

「さぁ? ともかく、これで終わりだ」
「やらせはせん!」

 なんて、余裕な態度で続ける俺の行動を止めようと、ジェロームは飛びかかってくるが……

 俺のスキルがそれに先んじる。


『魔力解放・ビッグバン!』
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