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ぶっちゃだめ
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しいなゆうたくんという年中さんの男の子がいました。
ゆうたくんがお気に入りのおもちゃであそんでいると、
おんなじくみのはなちゃんがゆうたくんに話しかけてきました。
「ねえゆうたくんー、いっしょにあそんでもいーい?」
はなちゃんはあんまりなかよしのおんなのこではありませんでしたが、
りゆうもなくことわるのはわるいことだと思い、
「うん、いいよ」
ゆうたくんは、はなちゃんとあそぶことにしました。
それから十分とたたないうちに、
ゆうたくんははなちゃんとあそぶのがいやになりました。
はなちゃんはゆうたくんがほかのこといっしょに
あそぼうとさそってもいやだとわがままをいいます。
どろあそびをしようと言ってもいやだというのに、
ゆうたくんがいっしょにあそばないとだだをこねるのです。
それからはなちゃんはじまんばなしばかりしてきました。
おかあさんがこのアップリケをつけてくれたとか
おとうさんがこのカチューシャを買ってくれたとかいって、
それらをみせびらかしてきます。
それを聞いてきたゆうたくんはあまりいい気持ちではありませんでした。
けれど、それを口にするのはよくないと思い、言わないでおきました。
はなちゃんがゆうたくんに心ない言葉をかけたのは、そんなときです。
「ゆうたくんのおようふくっていつも、ぼろぼろだよね。
ゆうたくんのおうちってビンボーなの? ゆうたくんってかわいそうだねー」
「バチンッ」
きがつけばゆうたくんは、はなちゃんのみぎほっぺたをなぐっていました。
「わぁーん! ゆうたくんがぶったぁぁあ!!」
目の前でははなちゃんがわんわんと泣きさけんでいます。
はなちゃんのみぎほっぺたは赤くなっていて、とてもいたそうでした。
それなのにゆうたくんは「ごめんね」のひとことを口にすることができません。
そして、はなちゃんの泣き声につられてやってきた先生たちが
つぎつぎにゆうたくんのことをせめました。
「どうしてこんなことしたの!?」
これはあき先生。
「女の子をなぐっちゃいけないでしょ!!」
これはふみ先生。
「やっぱりしいなさんのごかていは……」
これはゆき先生。
先生たちがなにを言っているのかはよくわかりませんでしたが、
ゆうたくんはそれがよくないことを
言っていることだけはなんとなく分かってしまいます。
だからゆうたくんは、
おこられていることよりもそういう「かわいそうなもの」を見るような目で
見られていることでかなしくなりました。
そのうちなみだもでてきました。
すると先生たちはまた、ゆうたくんをせめはじめます。
「なぐったほうがなくなんて……」
「なけばすむとおもってるの!?」
「こどもはそうやってすぐ…」
とつぜん、先生たちの声が遠くなりました。
目の前で顔を真っ赤にしておこっているのに、
なにを話しているのかわかりません。
それがなぜかもゆうたくんにも分かりませんでした。
こんどはまた先生たちの声が聞こえはじめました。
でもなにかを聞きとるよりも先に声がしました。
「先生方、そういう言い方をしても
子どもは本当の意味で反省(はんせい)をおぼえられません。
わたしがゆうたくんをしかりますので、
先生方は、はなちゃんの対応(たいおう)でもしていてください」
この声はまゆこ先生です。
まゆこ先生はそういうと、
ゆうたくんをはなちゃんや先生たちからひきはなして、
人のいない別の部屋につれていきました。
ゆうたくんはこわくなりました。
まゆこ先生はゆうたくんをしかるといっていたからです。
けれど、まゆこ先生はゆうたくんとふたりきりになると
にっこりとやさしい笑顔でこう言ってくれました。
「だいじょうぶだった?」
それはとてもやさしい言葉でした。
しかるなんて言葉から考えられないくらい
とてもとても、やさしい言葉です。
ゆうたくんはこころにかかえていた不安や苦しみを
がまんできなくなってわんわん泣きました。
だけど、ふしぎとかなしくはありません。
なぜならまゆこ先生はちゃあんとゆうたくんを見てくれているからです。
まゆこ先生はゆうたくんが泣きやむまでずっと見守っていてくれました。
そしてゆうたくんが泣きやむと、まゆこ先生は
「どうしてはなちゃんをぶっちゃったの?」
と言いました。
ゆうたくんは言葉の意味が分からなくて、
まゆこ先生にきいてみます。
「ぶつって、なんですか?」
「ぶつっていうのはね、
手をつかってだれ顔たたいたりなぐったりすることよ。
それから、こころがこわれそうになったとき、
じぶんを守るためになぐることをいうのよ」
まゆこ先生は先生の手のひらを
ゆうたくんに見せながらせつめいしてくれました。
まゆこ先生はとてもていねいにおしえてくれましたが、
まゆこ先生の顔はすこしかなしそうでした。
ゆうたくんはふしぎな気持ちになりました。
「どうしてまゆこ先生はかなしそうなの?」
ゆうたくんがそういうと、
まゆこ先生はかなしそうな顔のままこたえます。
「ゆうたくんがはなちゃんをぶっちゃったからよ。先生はむねがいたいの」
ゆうたくんはますますわけが分からなくなりました。
「どうしてまゆこ先生のむねがいたいの?まゆこ先生はぶたれてないのに」
ゆうたくんがなにかを言うたび、
まゆこ先生はますますかなしそうな顔になっていきます。
「ゆうたくん、ぶつっていうのはね。
こころがもうげんかいですよーって
さけんでいるときにしちゃうことなの。
だからね、ゆうたくんが苦しくて
たまらなかったことに気づけなかったことがかなしいの」
ゆうたくんには意味が分かりませんでした。
でもそのかわり、いやな気持ちになりました。
だってまゆこ先生のいうそれは、
ゆうたくんを「かわいそうなもの」あつかいしているみたいだったからです。
「まゆこ先生もみんなとおんなじだ…
ぼくをかわいそうなものあつかいしてる!」
「ちがうよ」
「ちがわない!まゆこ先生だってみんなとおんなじ…」
「先生はね、先生がゆうたくんだったら…なんて考えてないよ。
先生は、ゆうたくんがだれ顔ぶつってことでしか
苦しみをつたえられなかったのがかなしい。
だれかをぶつっていうのはね、ぶつひともこころがいたくなるの」
ゆうたくんはまゆこ先生がなにを言っているのか、
はっきり分かることはできませんでした。
でも、まゆこ先生がゆうたくんを
かわいそうだと思っていないことだけは分かりました。
ゆうたくんにはそれだけでじゅうぶんでした。
「ねえ、まゆこ先生」
「なぁに?ゆうたくん」
「ビンボーだからってかわいそうじゃないよね?」
「かわいそうじゃないよ」
「じゃあまゆこ先生、おかあさんがぼくをぶつのは苦しいからなのかな?」
ゆうたくんがそうきくと、まゆこ先生はすこしだけ考えていました。
けれど、
「きっとそうね」
とこたえてくれました。
「ぼく…おかあさんにもぶってほしくない。
ぼくはいたくてもへいきだけど、おかあさんがくるしいのはやだ」
「そうだね、おかあさんがゆうたくんをぶつのはやだね。
だってだれかをぶつってことは、
ぶつひとがもっと『不幸(ふこう)』になるから」
「ふこう、ってなぁに?」
まゆこ先生は苦しそうな顔をしていいます。
「幸せ(しあわせ)だと思えなくなることよ」
「しあわせってなぁに?」
「じぶんのことをだいすきって思えることよ。
不幸っていうのはね、そのはんたい。
じぶんのことをだいきらいって思っちゃったり、
かわいそうだって思うこと」
ゆうたくんの中でなにかがすっきりしました。
ゆうたくんががまんできなくなったのは
だれかからゆうたくんが「かわいそう」だと決めつけられたからです。
それはつまり、ゆうたくんが「ふこう」だときめつけているようなものでした。
だれかにじぶんが「ふこう」だと決めつけられるのなんて、
ほんとうにかなしいことです。
「じゃあおかあさんは、どうやったらじぶんのことがだいすきになれるかな?」
ゆうたくんがそう聞くと、まゆこ先生はとたんに笑顔になっていいます。
「ゆうたくんがおかあさんをだいすきだって言ってあげたらいいよ。
それからね、いつもありがとうって
かんしゃの気持ちをつたえてあげるの。
それからちゃんとおかあさんのめを見ながら言ってあげてね」
ゆうたくんはあたまがこんがらがりそうになりましたが、
がんばって言われたことをおぼえました。
「うん!やってみる。ありがとう、まゆこ先生!」
「どういたしまして。
あ、それとゆうたくんはこのまま、
まゆこ先生とあそんでからおうちにかえろっか」
ゆうたくんはふしぎに思いました。
はなちゃんにまだぶったことをあやまっていないからです。
「はなちゃんにぶったこと、まだあやまってないけどいいの?」
「あやまるのはね、
ゆうたくんがほんっとうにごめんなさいの
気持ちになってからしたほうがいいの。
わるいことをしたとき、
言葉だけであやまるのなんてよくないからね。
それと、もしどうしてもゆずれないことなら言葉にしてね。
それがぶたないための…幸せになるためにたいせつなことよ」
その日はまゆこ先生に言われたとおり、
おかあさんの目を見て
「だいすきだよ」と「いつもありがとう」を言ってみました。
するとおかあさんはきゅうに泣きだしてしまいました。
ゆうたくんはひどいことを言ってしまったのかと思っていると、
おかあさんが
「わたしのほうこそいつもごめんね。
つらい気持ちにさせてごめんね。だいすきよ、ゆうた」
といって、だきしめてくれました。
おかあさんのからだはあったかくて、
ゆうたくんをぶったことのある手はやさしかったのです。
手はひとをぶつためにあるものではありません。
ゆうたくんはそのときになってようやく、
はなちゃんをぶってしまったことをあやまりたいとこころから思いました。
つぎの日、ほいくえんに行ったゆうたくんは
真っ先にはなちゃんのところへ行きました。
「はなちゃん、ごめんなさい。
ぶったりしていたかったよね。ほんとうにごめんなさい…」
ゆうたくんがあやまっているのにはなちゃんはしらんぷりでした。
でも、ゆうたくんは話をつづけます。
「でもね、ひとつだけ『ゆずれないもの』があるんだ」
そのとき、はなちゃんがゆうたくんのほうをむきました。
なにかに気づいたのでしょうか。
ゆうたくんはにっこり笑顔で言います。
「ぼくはね、しあわせだよ!」
はなちゃんはきょとんとしていましたが、すこしして
「わたしもごめんなさい」
といってくれました。
ゆうたくんのいえがビンボーなのは変わりません。
だけど、ゆうたくんはじぶんをだいすきになれたみたいです。
そしておかあさんもじぶんをだいすきになれたみたいです。
それはつまり、「しあわせ」ということですね。
きっとおかあさんはゆうたくんをもうぶったりしないでしょう。
それから、はなちゃんは
はずかしそうにもじもじしながらこう言います。
「あとね…もうわがままいったりしないから、
これからもはなとあそんでくれる?」
きのうまではにがてだったはなちゃんですが、
「ごめんなさい」をしてくれたことでその気持ちはうすれていました。
けれどはなちゃんは女の子のあそびがだいすきな女の子です。
しかも、ほかのことあそぶこともゆるしてくれません。
そのときゆうたくんはまゆこ先生の言葉を思いだしました。
ゆずれないことは言葉にするべきだと。
「じゃあみんなでどろあそびしよう。
それでもいいならいっしょにあそぼうよ」
とゆうたくんはいいました。
はなちゃんはむーと口をふくらませていましたが、
「うん、あそぼ」
とこたえました。
それからふたりはなかよしになっていきますが、
それはもうすこしさきのおはなしです。
―終―
ゆうたくんがお気に入りのおもちゃであそんでいると、
おんなじくみのはなちゃんがゆうたくんに話しかけてきました。
「ねえゆうたくんー、いっしょにあそんでもいーい?」
はなちゃんはあんまりなかよしのおんなのこではありませんでしたが、
りゆうもなくことわるのはわるいことだと思い、
「うん、いいよ」
ゆうたくんは、はなちゃんとあそぶことにしました。
それから十分とたたないうちに、
ゆうたくんははなちゃんとあそぶのがいやになりました。
はなちゃんはゆうたくんがほかのこといっしょに
あそぼうとさそってもいやだとわがままをいいます。
どろあそびをしようと言ってもいやだというのに、
ゆうたくんがいっしょにあそばないとだだをこねるのです。
それからはなちゃんはじまんばなしばかりしてきました。
おかあさんがこのアップリケをつけてくれたとか
おとうさんがこのカチューシャを買ってくれたとかいって、
それらをみせびらかしてきます。
それを聞いてきたゆうたくんはあまりいい気持ちではありませんでした。
けれど、それを口にするのはよくないと思い、言わないでおきました。
はなちゃんがゆうたくんに心ない言葉をかけたのは、そんなときです。
「ゆうたくんのおようふくっていつも、ぼろぼろだよね。
ゆうたくんのおうちってビンボーなの? ゆうたくんってかわいそうだねー」
「バチンッ」
きがつけばゆうたくんは、はなちゃんのみぎほっぺたをなぐっていました。
「わぁーん! ゆうたくんがぶったぁぁあ!!」
目の前でははなちゃんがわんわんと泣きさけんでいます。
はなちゃんのみぎほっぺたは赤くなっていて、とてもいたそうでした。
それなのにゆうたくんは「ごめんね」のひとことを口にすることができません。
そして、はなちゃんの泣き声につられてやってきた先生たちが
つぎつぎにゆうたくんのことをせめました。
「どうしてこんなことしたの!?」
これはあき先生。
「女の子をなぐっちゃいけないでしょ!!」
これはふみ先生。
「やっぱりしいなさんのごかていは……」
これはゆき先生。
先生たちがなにを言っているのかはよくわかりませんでしたが、
ゆうたくんはそれがよくないことを
言っていることだけはなんとなく分かってしまいます。
だからゆうたくんは、
おこられていることよりもそういう「かわいそうなもの」を見るような目で
見られていることでかなしくなりました。
そのうちなみだもでてきました。
すると先生たちはまた、ゆうたくんをせめはじめます。
「なぐったほうがなくなんて……」
「なけばすむとおもってるの!?」
「こどもはそうやってすぐ…」
とつぜん、先生たちの声が遠くなりました。
目の前で顔を真っ赤にしておこっているのに、
なにを話しているのかわかりません。
それがなぜかもゆうたくんにも分かりませんでした。
こんどはまた先生たちの声が聞こえはじめました。
でもなにかを聞きとるよりも先に声がしました。
「先生方、そういう言い方をしても
子どもは本当の意味で反省(はんせい)をおぼえられません。
わたしがゆうたくんをしかりますので、
先生方は、はなちゃんの対応(たいおう)でもしていてください」
この声はまゆこ先生です。
まゆこ先生はそういうと、
ゆうたくんをはなちゃんや先生たちからひきはなして、
人のいない別の部屋につれていきました。
ゆうたくんはこわくなりました。
まゆこ先生はゆうたくんをしかるといっていたからです。
けれど、まゆこ先生はゆうたくんとふたりきりになると
にっこりとやさしい笑顔でこう言ってくれました。
「だいじょうぶだった?」
それはとてもやさしい言葉でした。
しかるなんて言葉から考えられないくらい
とてもとても、やさしい言葉です。
ゆうたくんはこころにかかえていた不安や苦しみを
がまんできなくなってわんわん泣きました。
だけど、ふしぎとかなしくはありません。
なぜならまゆこ先生はちゃあんとゆうたくんを見てくれているからです。
まゆこ先生はゆうたくんが泣きやむまでずっと見守っていてくれました。
そしてゆうたくんが泣きやむと、まゆこ先生は
「どうしてはなちゃんをぶっちゃったの?」
と言いました。
ゆうたくんは言葉の意味が分からなくて、
まゆこ先生にきいてみます。
「ぶつって、なんですか?」
「ぶつっていうのはね、
手をつかってだれ顔たたいたりなぐったりすることよ。
それから、こころがこわれそうになったとき、
じぶんを守るためになぐることをいうのよ」
まゆこ先生は先生の手のひらを
ゆうたくんに見せながらせつめいしてくれました。
まゆこ先生はとてもていねいにおしえてくれましたが、
まゆこ先生の顔はすこしかなしそうでした。
ゆうたくんはふしぎな気持ちになりました。
「どうしてまゆこ先生はかなしそうなの?」
ゆうたくんがそういうと、
まゆこ先生はかなしそうな顔のままこたえます。
「ゆうたくんがはなちゃんをぶっちゃったからよ。先生はむねがいたいの」
ゆうたくんはますますわけが分からなくなりました。
「どうしてまゆこ先生のむねがいたいの?まゆこ先生はぶたれてないのに」
ゆうたくんがなにかを言うたび、
まゆこ先生はますますかなしそうな顔になっていきます。
「ゆうたくん、ぶつっていうのはね。
こころがもうげんかいですよーって
さけんでいるときにしちゃうことなの。
だからね、ゆうたくんが苦しくて
たまらなかったことに気づけなかったことがかなしいの」
ゆうたくんには意味が分かりませんでした。
でもそのかわり、いやな気持ちになりました。
だってまゆこ先生のいうそれは、
ゆうたくんを「かわいそうなもの」あつかいしているみたいだったからです。
「まゆこ先生もみんなとおんなじだ…
ぼくをかわいそうなものあつかいしてる!」
「ちがうよ」
「ちがわない!まゆこ先生だってみんなとおんなじ…」
「先生はね、先生がゆうたくんだったら…なんて考えてないよ。
先生は、ゆうたくんがだれ顔ぶつってことでしか
苦しみをつたえられなかったのがかなしい。
だれかをぶつっていうのはね、ぶつひともこころがいたくなるの」
ゆうたくんはまゆこ先生がなにを言っているのか、
はっきり分かることはできませんでした。
でも、まゆこ先生がゆうたくんを
かわいそうだと思っていないことだけは分かりました。
ゆうたくんにはそれだけでじゅうぶんでした。
「ねえ、まゆこ先生」
「なぁに?ゆうたくん」
「ビンボーだからってかわいそうじゃないよね?」
「かわいそうじゃないよ」
「じゃあまゆこ先生、おかあさんがぼくをぶつのは苦しいからなのかな?」
ゆうたくんがそうきくと、まゆこ先生はすこしだけ考えていました。
けれど、
「きっとそうね」
とこたえてくれました。
「ぼく…おかあさんにもぶってほしくない。
ぼくはいたくてもへいきだけど、おかあさんがくるしいのはやだ」
「そうだね、おかあさんがゆうたくんをぶつのはやだね。
だってだれかをぶつってことは、
ぶつひとがもっと『不幸(ふこう)』になるから」
「ふこう、ってなぁに?」
まゆこ先生は苦しそうな顔をしていいます。
「幸せ(しあわせ)だと思えなくなることよ」
「しあわせってなぁに?」
「じぶんのことをだいすきって思えることよ。
不幸っていうのはね、そのはんたい。
じぶんのことをだいきらいって思っちゃったり、
かわいそうだって思うこと」
ゆうたくんの中でなにかがすっきりしました。
ゆうたくんががまんできなくなったのは
だれかからゆうたくんが「かわいそう」だと決めつけられたからです。
それはつまり、ゆうたくんが「ふこう」だときめつけているようなものでした。
だれかにじぶんが「ふこう」だと決めつけられるのなんて、
ほんとうにかなしいことです。
「じゃあおかあさんは、どうやったらじぶんのことがだいすきになれるかな?」
ゆうたくんがそう聞くと、まゆこ先生はとたんに笑顔になっていいます。
「ゆうたくんがおかあさんをだいすきだって言ってあげたらいいよ。
それからね、いつもありがとうって
かんしゃの気持ちをつたえてあげるの。
それからちゃんとおかあさんのめを見ながら言ってあげてね」
ゆうたくんはあたまがこんがらがりそうになりましたが、
がんばって言われたことをおぼえました。
「うん!やってみる。ありがとう、まゆこ先生!」
「どういたしまして。
あ、それとゆうたくんはこのまま、
まゆこ先生とあそんでからおうちにかえろっか」
ゆうたくんはふしぎに思いました。
はなちゃんにまだぶったことをあやまっていないからです。
「はなちゃんにぶったこと、まだあやまってないけどいいの?」
「あやまるのはね、
ゆうたくんがほんっとうにごめんなさいの
気持ちになってからしたほうがいいの。
わるいことをしたとき、
言葉だけであやまるのなんてよくないからね。
それと、もしどうしてもゆずれないことなら言葉にしてね。
それがぶたないための…幸せになるためにたいせつなことよ」
その日はまゆこ先生に言われたとおり、
おかあさんの目を見て
「だいすきだよ」と「いつもありがとう」を言ってみました。
するとおかあさんはきゅうに泣きだしてしまいました。
ゆうたくんはひどいことを言ってしまったのかと思っていると、
おかあさんが
「わたしのほうこそいつもごめんね。
つらい気持ちにさせてごめんね。だいすきよ、ゆうた」
といって、だきしめてくれました。
おかあさんのからだはあったかくて、
ゆうたくんをぶったことのある手はやさしかったのです。
手はひとをぶつためにあるものではありません。
ゆうたくんはそのときになってようやく、
はなちゃんをぶってしまったことをあやまりたいとこころから思いました。
つぎの日、ほいくえんに行ったゆうたくんは
真っ先にはなちゃんのところへ行きました。
「はなちゃん、ごめんなさい。
ぶったりしていたかったよね。ほんとうにごめんなさい…」
ゆうたくんがあやまっているのにはなちゃんはしらんぷりでした。
でも、ゆうたくんは話をつづけます。
「でもね、ひとつだけ『ゆずれないもの』があるんだ」
そのとき、はなちゃんがゆうたくんのほうをむきました。
なにかに気づいたのでしょうか。
ゆうたくんはにっこり笑顔で言います。
「ぼくはね、しあわせだよ!」
はなちゃんはきょとんとしていましたが、すこしして
「わたしもごめんなさい」
といってくれました。
ゆうたくんのいえがビンボーなのは変わりません。
だけど、ゆうたくんはじぶんをだいすきになれたみたいです。
そしておかあさんもじぶんをだいすきになれたみたいです。
それはつまり、「しあわせ」ということですね。
きっとおかあさんはゆうたくんをもうぶったりしないでしょう。
それから、はなちゃんは
はずかしそうにもじもじしながらこう言います。
「あとね…もうわがままいったりしないから、
これからもはなとあそんでくれる?」
きのうまではにがてだったはなちゃんですが、
「ごめんなさい」をしてくれたことでその気持ちはうすれていました。
けれどはなちゃんは女の子のあそびがだいすきな女の子です。
しかも、ほかのことあそぶこともゆるしてくれません。
そのときゆうたくんはまゆこ先生の言葉を思いだしました。
ゆずれないことは言葉にするべきだと。
「じゃあみんなでどろあそびしよう。
それでもいいならいっしょにあそぼうよ」
とゆうたくんはいいました。
はなちゃんはむーと口をふくらませていましたが、
「うん、あそぼ」
とこたえました。
それからふたりはなかよしになっていきますが、
それはもうすこしさきのおはなしです。
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