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第五章

1.銀色の竜のウロコ

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 ドワーフの住む、アイグ大陸では多くの人々は地下で生活している。

 でも俺は週四日は山や森で猟師をしている。俺は、ドワーフのファルコという。

 太陽の当たる屋外で育つ野生動物は、地下で狩る動物より美味いのでそれを自分が食べたいからだ。

 もちろん地下にも狩れる動物もいる。

 土金(つちきん)アナグマや、ハッシーと呼ばれる大ネズミだ。

 でも、そんな地下の動物よりも、何百倍も外の動物の方が美味い。

 では、なんで皆が地上ではなく、地下で生活をしているかと言うと、大昔に竜人が腕の良いドワーフの職人を大勢浚いに来た事があるからだ。

 それが教訓となり、皆地下に街を造り暮らすようになったと言う。

 
 俺の祖父のカジャームは腕の良い鍛冶師だが、俺はあまり鍛冶師には興味がなかった。

 父と兄が後を継いで祖父と一緒に大きな鍛冶工房をやっているので、後継ぎには困らないし、自分の食い扶持は自分で何とか出来るので、次男である自分は好きにさせて貰っている。

 それに、弟子も沢山いるので困っていないのだ。

 何方(どちら)かというと、鍛冶師の仕事よりも、鉱物の採掘の方に興味があるので、趣味と実益を兼ねて、週に三日は、あちこちに鉱物の採掘に出向き、それ以外は山で猟をするのが、彼の自然体な生活だった。

   鉱物の採掘にも、魔力持ちだと持っている魔力の強さで鉱物の鉱脈が分かるので、専門の仕事にすればそれなりの商売にもなるだろうが、俺は金に興味が無く、自分の生きる楽しみの為にやっていた。

  そう言う生活の中で、 猟で狩った獲物は、燻製にして干し肉や、ソーセージにも加工して食べる事も楽しみだった。

   地上では、野菜や果物も少しだが菜園で作っていた。

   祖父も父も、俺が魔力か強く、器用さも持って居る事を知っているので、鍛冶に興味が無いのを、残念がってはいたが、同じように父の兄である叔父も、猟師になっており、そう言う変わり者も一族の中にはいると言う事で諦めてもいた。

   叔父の影響は、確かに大きく、猟は全て幼い頃から叔父の手ほどきを受けて習得した。

   俺は、魔力が多く、山や森で魔物や大きな動物などに遭遇しても、それなりの対処が出来たので、地上暮らしで起こる危険に関しては困ることもあまりなかった。

 それに、地下に住むよりは自然の山の中が好きなので山小屋を造り、山で仕事をする時は山小屋で、採掘の仕事をするときは地下の家族の居る家でと言う生活をしていたのだ。


   そんなある日の事、山に仕掛けた山野シシを捕まえる罠を見回りに回る最中、大変なモノを見つけてしまったのだ。

   其処の大木は、山の中でも神木と言われるほど立派で大きな樹なのだが、その木の根元は大きな木の根が生き物の様にうねってボコボコとしている。

   丁度腰掛けるのに具合が良さそうな場所に、長い美しい黄金の髪をした人が俯いて眠っていたのだ。

   ドワーフには黄金の髪を持つ者はいない。

   残念ながら、俺は今まで生きてきて、異種族を見た事が無かったので、人、エルフ、竜人のどれなのかも分からなかった。

   性別も何も分からなかったが、その外から見た様子で、その者が疲れているのではないかと思えた。

   元来、お人好しな質(たち)であったため、昔からの『竜人を見たら逃げろ』だとかの言われは、全く思い出さなかったし、殺気等も感じなかった為、取り敢えず声を掛けて見たのだ。

「もしもし、其処のお人、どうしたんか?身体の調子が悪いんか、大丈夫か?」

 その金髪の人物がゆっくりと頭を上げ此方を見た時は、ファルコはもしかすると、山の神なのかもしれないと思った。それ程麗しいと思える人が顔を上げたのだ。

「ああ、お前・・何処か・休む、場所は、ないか?」

 その人物は男性だったようで、低い声でそう言った。

「よけりゃ、近くの俺の山小屋だったら、休めるけど、俺は見ての通りドワーフだけ、こじんまりした山小屋だけど。それでもよかったら、休むか?」


 と、ファルコはちょっとした地方のドワーフのなまり言葉で返した。彼の場合、実家にいる様々な地方出の職人の影響で、言葉がまぜこぜだったりする。

「たのむ、子供が、居るのだ。具合が良くない」

 男は酷く心配そうに子供を覗き込み、頬を撫でてみたりしている。

 ファルコは初めて、男のローブの中に抱き込んでいる、子供に気が付いた。

 男も美しかったが、その小さな少女は、目を閉じていてもたいそう美しく、黒い髪に黒い睫毛、そして見たことも無い程白く美しい肌をしていた。

 だが、男が言うように、少女の顔色は本当に色の無い白さで、まるで人形の様に見えたし、ピクリとも動かなかった。

「じゃあ、こっちになるんで付いて来てくれ、あんたは大丈夫なんか?」
 
「大丈夫だ」

 そのように返事が返って来たが、男も顔色は良くなかった。

 座って居る時は気付かなかったが、なんと大きな男だろうか、それに、腰まである豪奢な黄金の髪を後ろでゆるく留めている髪飾りが、これまた見たことも無い程の細工物で、その時になって、もしかして、これは竜人ではなかろうか?という事に思い至った。

 これだけの上背と言うとニメートル近い。

   けれども、不思議と怖いと言う気持ちは湧かなかった。

 そうして見ると、少女の儚い美しさは、エルフなのではないかとも思える。

 だが、そうこうしているうちに、山小屋に到着した。

 まず、俺は自分の使っている1階にある寝室のベッドのシーツを替えて、少女を寝かせる事にした。

 山小屋の1階には食堂とキッチンが一緒になっている部屋と、リビングと寝室があった。2階には屋根裏部屋があり、叔父が泊まりに来る時のための寝具なども色々置いているので、あの大きな男には小さい家だが、ドワーフの家にしては天井が高い家なので、寝起きは問題ないだろう。

 そう思い、寝室を二人に明け渡し、もう一組の寝具を持って降りた。

 自分はリビングのソファーで十分だが、あの男にはソファーは小さすぎる。

 寝室のベッドの側に来客用のカーペットを敷き、寝具を置いて、ごろ寝してもらう事にした。

 とりあえず、寝室をあけ渡し、少女を寝かせると、その男に少女の具合を聞いてみた。
 
 すると、困ったように、何処が具合が悪いのかも分からない、もう、5日も目を開けないと言う。

 触っても良いか聞くと、とても渋っていたが、熱を見るのならば仕方ないと言い、少女に触れる事を許した。

「効くかどうかは、ようわ分からんが、ポーションがあるけ、飲ましてみるか?風邪とか、怪我じゃないみたいだけん、その方がええ気がする」

「ああ、頼む、そうだ、これで良ければ、金の代わりにしてくれ」

   男が、俺の手の平に乗せたのは、その手の平よりも随分と大きい、銀色の板の様なモノだった。

「これはなんかの?えれえキラキラして綺麗なけど、形は大きな鱗みたいだの?」

   珍しい鉱物や材料に詳しい俺にもコレが何なのか分からない。

   金属では無いが、大層な魔力を秘めている。

   これは祖父に見せたら材料として、欲しがりそうだ。

「竜の鱗だ。売るなら一粒大に砕いて売れ」

「りゅ、竜の?、ほ、本当かよ」

   竜の鱗と言えば、幻の素材だと祖父から聞いた事がある。

   滅多に出ないし、出ても高価過ぎて手が出ないとも聞いた。

「嘘ではない。我は具合の悪い娘を今、動かしたくないのだ。ここで厄介になりたい。それ一枚有れば、お前は死ぬまで働かずと生きていけるはずだ。それで、ここに居る間面倒を見てもらえぬか?」

「そんなモン貰っても、俺、困る、だけんど、ポーションいるなら、預かって金に変えて、あんたに渡せるようにしてみっか、まあ、じいちゃんに聞いて見るから待ってくれ。それに、ここはなんぼ居ても大丈夫だけんな」

「・・そうか、それはお前に任せる。とにかく、ポーションを頼む」

「わかった。待っててくれ、とってくる」

   その後、特別に、大きな怪我をした時などの備えの為に用意していた、ポーションを、地下の納戸から取り出して来た。

   品質が変わらない様に、祖父から貰ったマジックボックスの中に入れている。

   ポーションは高価な品なので、ファルコは三本しか持っていなかった。

   其れをマジックボックスごと受け取って、ポーションの小さな瓶をとりだすと、男は少女をベッドからそっと抱き上げて、床の敷物の上に胡座をかいてその上に少女をそっと乗せた。

   そして、瓶の封を切ると、コップの水を含ませた布で少女の乾いた唇を湿らせ、少し口を開けさせると、それから一滴口にポーションを落とした。

 様子を見て、数的また落とす。すると、コクリと喉が動き飲み下したのが分かった。

「飲んだな。少しずつ飲ませよう」

   男は、少女の喉が動いたのを見てほっとしたように言った。

   それから注意深く、少しずつ何度も繰り返し、小さな瓶の中身を大半飲ませる事が出来た様だった。

   不思議な事に、その男の方も元気になった様だ。

 少女は目を開ける事は無かったが、男は片時も離れず寝室で彼女の傍にいる。

 食事を用意すると、男は元気が無かったのが嘘のようにしっかり食べた。

 ソーセージや、燻製肉を旨そうに食べるのが嬉しいと感じる。



   その翌日、俺は近くに住む叔父に、事情を話し、猟の仕掛けワナの方も任せて、一度地下都市に在る、祖父の鍛冶工房に顔を出しに行った。

   人払いをして、祖父と二人きりの時に、例の『竜の鱗』を見せたのだ。

 「ファルコ、こりゃ、どうしたんじゃ!?『竜の鱗』じゃねえか、どしたんじゃ!」

   じいちゃんは、カッ、と目を開くと竜の鱗に食いついて来た。

 「じいちゃん、大きい声出さんでくれ。一応、防音の魔道具つけてっけど、声デカすぎるわ」

 「おめ、だって、コレはよ、しかも銀竜じゃぞ」

「銀竜って、特別なんか?」

「王族じゃ」

   じいちゃんの手は、小刻みにプルプルしていた。王族ってのはすごいって事だろう。幻なんだな。

「ん~まあ、これを預けた人がな、ポーション欲しがってんだ。コレを金の代わりにしてくれって言われたし、砕いて粒で売れってよ」
 
「ほ、ほんなら、取り敢えず、ちょっとだけ砕いてよ、ワシの全財産出すべ!」

「ちょっと待てよ、じいちゃん、じゃあ取り敢えずなあ、そんなモン一度に貰っても困るんで、ポーション1ダース頼むよ。金は必要な時、必要な分貰うし」

 じいちゃんは、鍛冶師の中では超一流といわれる存在で、財産は相当持っているのだ。そんなじいちゃんが、一粒で全財産とか言ってた。どんだけだ。

   そんなじいちゃんは、職人気質で、より良い物を作る為の材料の仕入れには、金に糸目をつけない悪い癖が在るのだ。

   俺は鉱物の採掘で珍しい物が出れば、よく、じいちゃんに買い取って貰っていた。

「とにかくな、カネの問題じゃなくてな、その鱗は、そん人と連れを面倒見る対価なんよ」

「面倒見たら、この鱗全部くれんのか?」

「だから、そう言ってたって言ってる。今後のそれの扱いは、ゆっくり考えるんだとしてよ、はよポーション1ダース出してくれ」

 俺が、あの二人を面倒みるようになったのは、そういう経緯だった。
 

 

  

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