上 下
31 / 33
第四章

7.現れた竜騎兵

しおりを挟む
 私は移転を始めた魔法陣の中で、あまりの不安に胸の奥にぎゅうっと痛みを感じた。こんなに不安なのは、なぜだろう。

 「ギュギャア!!」

 ふいにグリフォンになっているサンディが叫びバサバサと宙に飛び上がる気配がした。

 「サンディ!?」

 異常に気付いて叫んだ。

 何か強大な魔力の塊が私に向かい近づいて来る。それにサンディも気付いたのだ。

 阻止する為に頭を低くして戦闘態勢になる。

 あり得ないはずなのに、魔法陣の中に鉤爪の付いた巨大な何かの一部が現れて私を掴もうとしたのだ。

 それは一瞬の出来事だった、

 サンディはそれに体当たりして喰らい付いた。

 『近づけてはならない』

 私には、サンディの思念を感じられた。

 

 
「ニコ!、どうした、サンディ?」

 皇宮の転移門に到着した時には、魔法陣によって運ばれた人々の中にサンディだけが居なかった。

「アバルドおじさん、サンディが居ない!サンディがどこかへ行っちゃった」

 泣きそうな顔をして、周りを見回し探し回る私を、おじさんは抱き上げて背中を撫でてくれた。

「大丈夫だ、あいつは帰って来る。大丈夫だ。なんたってグリフォンなんだぞ」




   ※      ※      ※




 一方密林の方で私はその様子を視ていた。サンディとは使役獣とその主として繋がっている。
 
 私はサンディの見たものを見る事も、感じる事も出来る。

 心の中で、よくニコを護ったと褒めた。

 地鳴りは続き、密林の奥から地割れが始まる。

「大魔術師!これは一体…」

「穢れた血が撒かれた事によって、地中の狂竜の遺物が操られ蠢いているようだ」

 副官のファラドスの言葉に、ジェイフォリアが答えた。

「穢れた血?とは」

「魔境の奥に飛ばした奴らは仲間割れでもしたのだろう。もともとラムトム村の村人は皆殺しにして入れ替わっていたようだ。一番穢してはいけない場所に血を撒けば、呪いを浄化するどころか、より強力な呪いに変化する」

「なんて馬鹿な奴らなのでしょうか・・・」

 シャナーンの部隊の誰かが声に出した。驚きを通り越し感心しているようだ。

「丁度良い、浄化の演習を行う。この場所は過去、狂竜を葬り、浄化されずに呪われている。魂鎮めの浄化を行う」

「はっ、皆、抜かりなく行え。遠慮はいらん」

 ファラドスの声に、シャナーンの遠征部隊は持ち場に散る。


 シャナーン部隊が散ってすぐに、地面の揺らぎが大きくなる。まるで地中を掘り返すような地盤の動きが起こり、瘴気が充満し始めた。

 掘り返された地面から、土煙がもうもうと立ち上がり、それが消えかける頃には、見上げる程の一体の竜の骨標本が組み上がっていた。

 周りの地形は、元の状態が分からない程に様変わりしている。

 そして、肉を持たない竜は、もともと肉の上に並んでいた美しい赤い鱗が、魔力の残る鱗の記憶によって骨の上に並び、キラキラとかがやいていた。

 土の中で腐らずに散らばっていたそれらは、魔石の魔力によって引き寄せられている。

 あばら骨の隙間から、巨大な、赤く脈打つような輝きを持つ魔石が見え隠れする。

「大魔術師、これは…」
 
「ほう、腐っても竜か、綺麗に素材が揃っているな」

「大魔術師、あんな所にグリフォンが・・・」

 ファラドスは驚いて指差す。

 骨の右腕に黒いグリフォンが喰らい付いてぶら下がっている。


「サンディ、よくやった、此方に戻って来い」

 私の声で、漆黒のグリフォンはバサリバサリと羽音をさせて戻って来る。


 その時、唐突に、強い光と共に、光の魔法陣が近くの空中に回転しながら浮き上がって来た。

 シャナーンの物ではない魔力を感じ、みな一斉に警戒の体制を取る。

 そこから、意表をつく者達が現れた。

 「「「「竜騎兵!?」」」」

 六体のワイバーンに乗り現れたのは、まごう事なき竜人国の竜騎兵だ。

 がっしりとした大きな体の竜騎兵達が竜(ワイバーン)にまたがり竜を操っている。

 濃紺の竜騎兵の制服は赤のラインの入った特徴的な物だ。あれは間違いなく竜人国の物だ。

 一人の竜騎兵は、前に自分よりも小柄なローブの人物を乗せており、そのローブの人物が竜の上に浮き上がるように立ち上がった。

「我はヴァルドフの預言者と呼ばれる者だ。まずは、シャナーンの魔術師殿達には迷惑をかける」

 小柄なローブの人物からは、声高なしわがれた声が紡がれた。

 まず最初の言葉の意外性に、皆、押し黙ったまま、声の主を見ている。

 傲慢なはずの竜人が低姿勢で話を始めたので戸惑いもある。

 だが、少し前にシャナーンに訪れた竜騎兵達も、このように礼儀正しかった。

 竜人国の在り方も少しずつ変わってきているのだろうか。


「預言者殿、シャナーンのジェイフォリア・アマダニス・クロニクスと申す」

 私は預言者に直接会うのは初めてだった。

「これは、シャナーンの大魔術師殿、お初にお目にかかる、迷惑をかけているようなので、始末に来た」

「ほう、これの始末にと?」

「そうじゃ、過去の間違いは正させてもらおう、我らが辿って来た道は少々と言わず、多くの間違いを犯してきたのだ、そろそろ転機が来たと言う事になる」

「では、シャナーンの者達は下がらせよう」
  
 私の会話で散っていたシャナーンの部隊の者達は後ろに下がる。

 すると、預言者は竜騎兵の竜から飛び降り竜の目前に立った。

「縛!狂い竜を封じる。それぞれにこの地を祓え、呪われた魂を鎮めよ!」

 預言者の術式が狂竜を中心に展開される。穢され呪われた地を祓う六芒星をなぞる魔力が、定位置に就いた竜騎兵たちから放出され、辺り一面眩い光に包まれる。

 骨の竜はその結界の中で暴れ回っているが、音も振動も殺され、ヴヴヴーーーーーゥーンと言う結界を張る音のみが聞こえた。

 結界の中でバラバラと竜の骨組みが地に落ちはじめ、竜の形を保てなくなった狂竜の骨組みは、全て下に落ちると白い粉に変わった。

 だが、最後にその上に落ちた狂竜の魔石は割れもせず、白い粉の中から赤く燃えるような石の頭を覗かせていた。

 この狂竜の魔石の回収が、最も重要な事だろう。

 これを野放しにしているのがいけなかったのだ。

「これが、アレに渡りでもしたら、大変な事になる。封じなければならん。――くっ!なんと、呪縛印が引き千切られた!」

 唐突に、預言者が驚きの声をあげた。

「まずい狂竜の呪縛が破られた!来るぞ!」

 続いて叫んだ預言者の声と同時に爆音が響き、突然ヒュンヒュンと天から魔力の塊が炎の矢となって降り注いで来た。

 天災だ、火山の噴火の様に炎の塊が矢の様に降り注いでくる。辺り一帯が炎の海に包まれる。


 シャナーンの部隊は、預言者の言っている事の意味が分からなかった。

 昔の狂竜の呪いを、今、浄化したのに、なんで『狂竜の呪縛が破られた、来るぞ』になるのか分からない。

 それは、まあ当然だろう。

「別の生きた狂竜が、この狂竜の魔石に共鳴してやって来たようだ」

 私が分かり易いように言葉を追加すると、シャナーン部隊は驚愕した。

「大魔術師、この上にまだ!?」

 ファラドスの声が響いた。

 

 

 預言者はこの炎の雨に怯む事なく、魔石を葬る為に、加護がかかっているはずの自らのローブが燃え始めても逃げもせずに術式を組み立てている。

 銀色に輝く、禍々しい銀龍が炎をまき散らしながら飛来してきたのを見て、皆、遠い目をした。

 竜にも色々いるが、銀色となれば、王族だ。

 竜人、エルフ入り乱れて、竜の動きを止めようとやっきになっている。

 大厄災がやって来たのだ。

「預言者、さっさとその魔石を処分しろ」

 冷たく言い放った。

「ええい、ババアも老体に鞭うってやっとるのよ、待て!」

 すでに、ローブは燃え尽き、白銀の長い髪とシワの刻まれた顔を晒していたが、気にしてはいなかった。

「私も参加させてもらう」

 私も術式を組む。あんなモノ早く殺ってしまえば良いのだ。

 だが、これが囮だった等と、預言者も私も、誰も気づいていなかった。





   ※      ※      ※

 

 


 地鳴りのあと、皇宮に帰ってきた俺とニコは、取りあえずは与えられた沙羅の寝殿に休んでいるように言われた。

 念のため護衛も寝殿周りを固めておくとの事だったので、二人とも食事を済ませ、ジェイの連絡を待つことにしたのだ。

 皇宮でも、第一王子の母親の正妃や身内の捕縛等で騒然としているので、大人しくしていた方が良いだろうと思った。

 だが、地鳴りや揺れは此方にまで響き、山が燃えているとの話が伝えられ、居ても立っても居られなくなったニコは園庭の月見台からそちらの方角を伺った。

 まあ、何か他にすると言っても、それ位しか出来なかったのだが、結局何も分からず、しょんぼりと池の上に張り出した台から池の中を覗き込んでいた。

 俺はどうしてやる事も出来ず、少し離れた場所からニコを伺って好きにさせている。

 だから、ほんの一瞬目を放し、次に視線を戻した時に、ニコの側に見知らぬ男が立っている事が信じられなかった。

 美しい流れるような金の長髪を、宝石で飾られた銀の髪止めで緩く纏めた、大柄な俺よりもさらによりも長身の美丈夫が立っている事に…


 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】神様に嫌われた神官でしたが、高位神に愛されました

土広真丘
ファンタジー
神と交信する力を持つ者が生まれる国、ミレニアム帝国。 神官としての力が弱いアマーリエは、両親から疎まれていた。 追い討ちをかけるように神にも拒絶され、両親は妹のみを溺愛し、妹の婚約者には無能と罵倒される日々。 居場所も立場もない中、アマーリエが出会ったのは、紅蓮の炎を操る青年だった。 小説家になろう、カクヨムでも公開していますが、一部内容が異なります。

勇者召喚に巻き込まれ、異世界転移・貰えたスキルも鑑定だけ・・・・だけど、何かあるはず!

よっしぃ
ファンタジー
9月11日、12日、ファンタジー部門2位達成中です! 僕はもうすぐ25歳になる常山 順平 24歳。 つねやま  じゅんぺいと読む。 何処にでもいる普通のサラリーマン。 仕事帰りの電車で、吊革に捕まりうつらうつらしていると・・・・ 突然気分が悪くなり、倒れそうになる。 周りを見ると、周りの人々もどんどん倒れている。明らかな異常事態。 何が起こったか分からないまま、気を失う。 気が付けば電車ではなく、どこかの建物。 周りにも人が倒れている。 僕と同じようなリーマンから、数人の女子高生や男子学生、仕事帰りの若い女性や、定年近いおっさんとか。 気が付けば誰かがしゃべってる。 どうやらよくある勇者召喚とやらが行われ、たまたま僕は異世界転移に巻き込まれたようだ。 そして・・・・帰るには、魔王を倒してもらう必要がある・・・・と。 想定外の人数がやって来たらしく、渡すギフト・・・・スキルらしいけど、それも数が限られていて、勇者として召喚した人以外、つまり巻き込まれて転移したその他大勢は、1人1つのギフト?スキルを。あとは支度金と装備一式を渡されるらしい。 どうしても無理な人は、戻ってきたら面倒を見ると。 一方的だが、日本に戻るには、勇者が魔王を倒すしかなく、それを待つのもよし、自ら勇者に協力するもよし・・・・ ですが、ここで問題が。 スキルやギフトにはそれぞれランク、格、強さがバラバラで・・・・ より良いスキルは早い者勝ち。 我も我もと群がる人々。 そんな中突き飛ばされて倒れる1人の女性が。 僕はその女性を助け・・・同じように突き飛ばされ、またもや気を失う。 気が付けば2人だけになっていて・・・・ スキルも2つしか残っていない。 一つは鑑定。 もう一つは家事全般。 両方とも微妙だ・・・・ 彼女の名は才村 友郁 さいむら ゆか。 23歳。 今年社会人になりたて。 取り残された2人が、すったもんだで生き残り、最終的には成り上がるお話。

今さら帰ってこいなんて言われても。~森に移住した追放聖女は快適で優雅に暮らす~

ケンノジ
ファンタジー
「もうお前は要らない女だ!」 聖女として国に奉仕し続けてきたシルヴィは、第一王子ヴィンセントに婚約破棄と国外追放を言い渡される。 その理由は、シルヴィより強い力を持つ公爵家のご令嬢が現れたからだという。 ヴィンセントは態度を一変させシルヴィを蔑んだ。 王子で婚約者だから、と態度も物言いも目に余るすべてに耐えてきたが、シルヴィは我慢の限界に達した。 「では、そう仰るならそう致しましょう」 だが、真の聖女不在の国に一大事が起きるとは誰も知るよしもなかった……。 言われた通り国外に追放されたシルヴィは、聖女の力を駆使し、 森の奥で出会った魔物や動物たちと静かで快適な移住生活を送りはじめる。 これは虐げられた聖女が移住先の森の奥で楽しく幸せな生活を送る物語。

異世界王女に転生したけど、貧乏生活から脱出できるのか

片上尚
ファンタジー
海の事故で命を落とした山田陽子は、女神ロミア様に頼まれて魔法がある世界のとある国、ファルメディアの第三王女アリスティアに転生! 悠々自適の贅沢王女生活やイケメン王子との結婚、もしくは現代知識で無双チートを夢見て目覚めてみると、待っていたのは3食草粥生活でした… アリスティアは現代知識を使って自国を豊かにできるのか? 痩せっぽっちの王女様奮闘記。

全能で楽しく公爵家!!

山椒
ファンタジー
平凡な人生であることを自負し、それを受け入れていた二十四歳の男性が交通事故で若くして死んでしまった。 未練はあれど死を受け入れた男性は、転生できるのであれば二度目の人生も平凡でモブキャラのような人生を送りたいと思ったところ、魔神によって全能の力を与えられてしまう! 転生した先は望んだ地位とは程遠い公爵家の長男、アーサー・ランスロットとして生まれてしまった。 スローライフをしようにも公爵家でできるかどうかも怪しいが、のんびりと全能の力を発揮していく転生者の物語。 ※少しだけ設定を変えているため、書き直し、設定を加えているリメイク版になっています。 ※リメイク前まで投稿しているところまで書き直せたので、二章はかなりの速度で投稿していきます。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

システムバグで輪廻の輪から外れましたが、便利グッズ詰め合わせ付きで他の星に転生しました。

大国 鹿児
ファンタジー
輪廻転生のシステムのバグで輪廻の輪から外れちゃった! でも神様から便利なチートグッズ(笑)の詰め合わせをもらって、 他の星に転生しました!特に使命も無いなら自由気ままに生きてみよう! 主人公はチート無双するのか!? それともハーレムか!? はたまた、壮大なファンタジーが始まるのか!? いえ、実は単なる趣味全開の主人公です。 色々な秘密がだんだん明らかになりますので、ゆっくりとお楽しみください。 *** 作品について *** この作品は、真面目なチート物ではありません。 コメディーやギャグ要素やネタの多い作品となっております 重厚な世界観や派手な戦闘描写、ざまあ展開などをお求めの方は、 この作品をスルーして下さい。 *カクヨム様,小説家になろう様でも、別PNで先行して投稿しております。

幼少期に溜め込んだ魔力で、一生のんびり暮らしたいと思います。~こう見えて、迷宮育ちの村人です~

月並 瑠花
ファンタジー
※ファンタジー大賞に微力ながら参加させていただいております。応援のほど、よろしくお願いします。 「出て行けっ! この家にお前の居場所はない!」――父にそう告げられ、家を追い出された澪は、一人途方に暮れていた。 そんな時、幻聴が頭の中に聞こえてくる。 『秋篠澪。お前は人生をリセットしたいか?』。澪は迷いを一切見せることなく、答えてしまった――「やり直したい」と。 その瞬間、トラックに引かれた澪は異世界へと飛ばされることになった。 スキル『倉庫(アイテムボックス)』を与えられた澪は、一人でのんびり二度目の人生を過ごすことにした。だが転生直後、レイは騎士によって迷宮へ落とされる。 ※2018.10.31 hotランキング一位をいただきました。(11/1と11/2、続けて一位でした。ありがとうございます。) ※2018.11.12 ブクマ3800達成。ありがとうございます。

処理中です...