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第四章

6.共鳴

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 父さまは、サイファール殿下とシャナーンの魔術師達を魔境に飛ばしたサバラント殿下の部隊20名を見つけ、魔境の奥深くに飛ばしたそうだ。

 その20名は何が起こったのか分からなかっただろうと思う。

 突然足元に魔法陣が現れて、自分達が何処かわからない場所へ飛ばされるのだ、お気の毒としか言いようがない。でも、自分達も同じことをしたのだからしかたがないと思う。

 人が入り込むと迷って出られなくなる深い山々が魔の密林の奥に広がる。多くの魔物の住処だという。それが魔境と呼ばれる。

 狂い竜の死んだ場所があり、魂を鎮める為に石の寺院が建てられていたといわれるが、今となっては、それがどこなのかも分からないのだ。

 鬱蒼と茂る南国の植物の、緑の深い香りが充満していた。

 密林と魔境の境(さかい)の結界は父さまが壊して来たので、そう苦労せずに出る事が出来るらしい。父さまは、村の入り口近くに設置されている魔法陣まで、サイファール王子とその部隊を移転させた。

「エリシニア妃側の残党がどうなっているのか確認が取れていないので。皇宮に戻る前に国王陛下に確認をお取り下さい」

 何処からともなく、父さまが取り出した書簡筒がサイファール殿下に渡された。

「これは?」

「ゼルドラの国王陛下に直接届く様に術式の組まれた書簡筒です。国王陛下とはこれでやり取りをしておりますので、書面をしたため、筒に入れ、宙に放り投げれば直接届きます。届いたかどうかは直ぐに送った人物の手の右の手の甲に印が現れる仕組みになっていますので、分かります」

「このような物があるのですね、ありがとうございます。ところで大魔術師殿は、この後はどうされるおつもりなのですか?」

「この地に異常をもたらしている原因の一つである、狂い竜の魂鎮めの場所が気になる。シャナーンの部隊と共に赴き、浄化の手立てを考えたい。大昔に殺された狂い竜は、瘴気の浄化をされぬままに葬られたのだろうと思われるのです」

「なんと、そんな事が関係するのか・・・」

「このままにしておけば、周りの土地への悪影響はもっと広がるだろう。放置し、状況が悪くなってから、シャナーンへ対処を依頼されても困るので、まず確認したい」

「わかりました。申し訳ないが宜しくお願いします」


 サイファール殿下と話しが終わると父さまは私の所に来てしゃがんで目線を合わせた。

「お前を魔境に連れて行くのは心配だ。お家騒動の方は片付いた。サンディとアバルドと皇宮に戻っている方が良い」

 父さまは両掌で私の頬を挟み、撫でてくれた。 

「はい、父さま。わかりました」

「直ぐに戻ってくるので大丈夫だ」

 それから、頭を撫でて立ち上がり、父さまはサイファール殿下を見た。
 
「娘をお願いする。それ程時間はかからないと思うが、終わり次第、直接皇宮に戻るので心配はいらない」

「わかりました、御令嬢は大切にお預かりします」

 シャナーンの部隊はザザッという音と共に王子たちの居る場所から後退した。

 父さまは、私の背中を押してサイファール殿下の方に向かわせた。

 サンディとアバルドおじさんは私の側に駆けよった。サンディがグリフォンだなんて、凄すぎる。

 でも、瞳がクリクリして愛らしい。首を傾げてわたしを見る様は、サンディと重なった。

 直ぐにサイファール殿下の部隊と私達のいる足元には蒼く輝く魔法陣が現れ、強い光を放った。

 そして、一瞬後、私達は転移し、父さま達の姿は無かった。


 
「父さま、行っちゃった…」

 思わず、寂しくて言葉が出る。

「ジェイもニコが心配なんだよ、あいつが連れて行かない判断をするって事は、それそうとうの理由があるんだろうよ」

「うん、わかってる」

 アバルドおじさんに頭を撫でられる。
 
 グリフォンに今は姿が変わっているサンディも、キュルキュル声を出して慰めてくれている。

 サイファール殿下は、魔術式の組み込まれた書簡をその場でしたため、直ぐに国王陛下に送った。

 その後、直ぐに殿下の右手の甲に蒼い印が現れ、暫くして書簡が戻って来た。

 突然殿下の目の前に先ほどの書簡筒が現れビックリしていたが、殿下は宙に浮く書簡筒を手に取り、中の書簡に目を通した。

「既にエリシニア妃とその一派は投獄され、調べが始まっているそうだ。直ぐに皇宮に戻れるように魔法陣を作動させるとの事だ。転移門まで行こう」




 その直後だった、まるで地面が蠢くような腹に響く音と共に、地鳴りが起ったのだ。

 ゴゴゴゴゴ…ゴゴゴゴゴゴゴ…ゴゴ…

 揺れる、密林の奥からだ…

「父さま…父さまはだいじょうぶ?…」
 
「何だ?」

 皆、驚いて密林の奥を見やる。

 まだ、地鳴りは続いている…

 そんな所に足元から魔法陣が輝きながら浮き上がってきた、迎の魔法陣だ。


「ひとまず、帰るぞ、ここで我らが向かっても、また足手まといになる。一度帰って連絡を待ち、もしも連絡がつかなければ、シャナーンに応援を求める!」

 サイファール殿下の補佐をしていたジュガルさんが叫んだ。

 皆、ぐっと足を止め魔法陣に留まる。




 この時、シャナーンの部隊もまた、地鳴りに驚いていた。

 まだ、あの場を動いておらず、魔境に行く打ち合わせを行っていた所だった。

 そこに、この地鳴りが起った。


 
      ※      ※      ※


 
 少し時間を遡る。


 狂竜の呪いは獣の嗅覚さえも狂わせる力があるようだ。

 自分の居る場所も、仲間が居る場所も分からなくなる。

 
 魔境に飛ばされたサバラント王子とその部隊、そしてエリシニア妃の実家が集めた傭兵達、90名を超える者達は密林の中で右往左往していた。

 やみくもに動き回り、荒れた密林に四苦八苦しながら出口を探し回る。見つからない出口と、襲って来る魔物に、イライラし始めた傭兵とサバラントの部隊が険悪な状態になって来たのだ。
 
 

「だいたい、こんな事は聞いてねえ、なんで俺たちがこんな目にあわなきゃなんねえんだよっ、王子さんよお!」

「そうだ、まだ報酬だって貰ってないし、あの密林の奥は魔境だったじゃねえか!魔境に入ったら出られねえって話だろが!」

「どうしてくれんだよ!」

「うるさい!、殿下に向かってなんて口の聞きようだ!この、ゴミ共が!」

「なんだとこのヤロ」

「やっちまえ、このクソが」

 双方入り乱れての牙や爪の応酬で、今度は血の臭いに集まる魔物や獣、そこは血にまみれた修羅場となった。

 呪われた狂竜の血で穢れた地に、恨みつらみの混ざった血が多く流されたのだ。

 この傭兵たちは、先日も村人を皆殺しにして、その血を浴びている。


 地脈を流れる気に、狂竜の穢れた血の臭いが遠い地を走り抜け届く…

 冷たい、地下の魔法陣の中に眠る男は、強力な呪縛を破り目を覚ました。

『ダレダ?我を…呼ぶノハ?』

 魂を鎮められていない狂竜の、執念、怨念が…

 生きた狂竜の魂に共鳴し始めていた。

 

 

 
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