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第四章

1.ゼルドラへ

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 父さまは、クロニクス公爵家の新年会への出席を、おじいさまとおばあさまに懇願されていた。せっかく久しぶりに帰ってきたのだからと。

 でも父さまは、ゼルドラとの新年の魔術師の合同演習へ行かなければならないからと、断っていた。

 なんでも、ずっとゼルドラから大魔術師の参加を呼びかけられていたのだという。でも父さまが私を連れて行方不明になっていたので、シャナーン側は適当な良い訳を続けて今までずっと他の魔術師で代行していたらしい。

 父さまは、大魔術師としてのお城での役目は、10年前に辞表を出して辞めたつもりでいたそうだ。でも国王陛下から受け取り拒否を受けたみたい。

 しぶった父さまが、今回の合同演習にも、私が一緒でなければ行かないというと、それもすぐにゼルドラから許可が出たらしい。それってどうなんだろう?

 父さまは言った手前、条件を飲まれて断れなくなったみたい。

 

 「まああっそんなの、ジェイフォリアが一人で行けばいいじゃない、ニコちゃんは家で預かるから大丈夫よ」

 「ニコリアナを守るのは私(わたくし)の大切な役目ですから、誰にも譲りません」

 おばあさまの訴えをぴしゃりと跳ね除け、父さまは私と手を繋いだ。

 「でも、獣人よ、獣人!ニコリアナに何かあったらどうするの?」

 「誰にも何もさせるつもりはありませんからご心配にはおよびません」

 「でも…」

 「お世話になりました、母上、今度は夏にでもこちらにお邪魔します」

 「ああっ、ニコちゃん」

 おばあさまは、あやうく魔法陣に入って来そうだったが、おじいさまに止められていた。

 「おせわになりました、おじいさま、おばあさま、また遊びにきます」

 ニコもふたりに挨拶をした。
 
 「どうも~」

 アバルドおじさんは適当だ。
 
 「ちちうっ」

 一応サンディも挨拶している。

 それぞれが挨拶し、魔法陣の中へと入った。



          ※            ※            ※



 青い輝きが消えようとする魔法陣を見つめて私は息子が孫を連れて帰ってしまって淋しく思った。

「まあ、ジェイフォリアったら、ニコちゃんを連れてかえってしまったわ、でも、あの子、とても人間(ひと)らしくなっていたわね」

 「うむ、いつもは表情筋(かお)が死んでいたのに、とても優しい顔をするようになっていたな、父親の顔をしていた」

 「そうね、ちょっと前までは、綺麗なだけのお人形みたいだったけど、とても人らしくなっていたわ」 

 「そうだな、行方不明になって居た時は心配したが、元気なのは、妹から聞いていたからな」

 「ええ、でも幾つになっても、子供は心配ですもの」

 夫は私の肩を抱いて、初めて出来た孫の可愛さについても相槌を打ってくれた。

 「でもまさか、ジェイフォリアに子供が出来るなんて、思っていなかった…マリオン様に感謝だわ」

 シャナーンでは、魔力が高くて能力が高すぎる子供は、感情が育たない事があると言われているので、とても気を付けて育てたつもりだが、それでもジェイフォリアはあまり人らしくなかった。

 美しい人形の様で、意思表示も頷く程度、会話するのも根気よく話しかけなければならなかった。

 だが、私はそんな事は苦にならず、とにかく寄り添って大切に育てた。

 そこに、幼いマリオン王女の執着と来襲があったが、彼女の無理やりにでもジェイフォリアにくっ付いて行く闘志には頭が下がった。

 あそこで、まずは少しジェイフォリアも変わったのだ。かなり呆れていたけれど。

 王女であった彼女はジェイフォリアの美貌と能力、家柄目当てで寄って来ようとする者は絶対に傍に寄せ付けなかった。一見我儘で傍にくっ付いているかのように見えるが、あの子を守ってくれたのだ。

 ジェイフォリアの生きやすい環境を整えてくれたのだ。

 彼女については、何かと陰で色々申す輩はいたが、マリオン王女はとてもかわいい女性だった。

 そして、ニコリアナをジェイフォリアが隠していたのも、何かしらの理由(わけ)があるのだろうと思っているが、何も口には出すつもりはない。

 ただ、自分達は、大切な息子と孫を守るだけだ。

 「それでは、こちらからジェイフォリアの屋敷の使用人達にも、新年のお菓子を送りましょうね。後で用意するので、あなた魔法陣で送っておいて下さいまし」

 さっそく、私は仕事を見つけ、夫に仕事を振っておいた。




         ※            ※            ※

 

 
 
 王都の屋敷に戻った私と父さまは、数日後の合同演習に行く支度をしなくてはならなかった。

 支度と言っても、殆どは家の者が用意してくれるので指示と確認だった。

「お嬢様、ゼルドラに行かれるのですから、国の習慣や人々の暮らし、地理的な知識は頭に入れておかねばなりません」

 私は渋々うなづく。仕方がない。

 またしても、ソーシェに先生を付けられた。先生は優しい初老の学者先生だった。

 趣味で色んな植物の生育の研究もしていると聞いた。おもしろそうなので今度はそれも習ってみたいと思った。

 勉強はしかたない、成せば成るのだ!私は頑張った。だって自分の為だ。今まで好きにしてきたのだからやるときにはやらなければならない。

 毎日父さまが夜寝る時に時に、「よく頑張っているな」と撫でてくれる。

 父さまがそうしてくれると、明日も頑張ろうと元気になる。

 私はソーシェには、獣人国から帰って来たら、何か楽器を習いたいと言っておいた。

「あのね、わたし歌をうたうのも好きなの、だから歌もならいたい」
 
「なるほど、お嬢様は歌を歌われるのですね、それは楽しみでございます、先生は手配しておきますので、ご安心下さい」

「ええ、おねがいね」

「はい、ソーシェはお嬢様が御自分から何かをなさりたいと仰る事が嬉しくてたまりません。なんと素晴らしい事でしょうか」

「ソーシェ、そんな事くらいで泣かないでよ。私、もっと色んなことを父さまみたいに出来る様になりたいから頑張るの」

「はい、そうでございますね」

 ソーシェはすぐに感動するんだから、困ってしまう。

 
   
   今年は父さまが、合同演習のシャナーン側の代表を務めるが、10年のブランクがあっても、今までやって来た事なので、別段何も困る事はないそうだ。

   ゼルドラへの移転は、シャナーンの魔術師達が大転移門に魔力を注ぎ、シャナーンからゼルドラへと参加者を空間移動させるそうだ。父さまはそれらを全て彼らに任せる。ここから既に演習なのだそうだ。

 城の大転移門の手前に描かれた大きな六芒星が青く輝きはじめた。

   ゼルドラに向かう者たちは、その中に立っている。

 国に残る大勢の魔術師たちの詠唱と共に、バチバチと稲妻が走り、その後、魔法陣の中の者達は全員ゼルドラに転移した。
   
   わたしは、これほど大勢での移動は初めてだったので、ちょっと緊張した。でもアバルドおじさん、サンディも皆、無事ゼルドラへと到着した。

   到着すると大勢のゼルドラの人達に囲まれていた。人の気配が近くにこれほど沢山あるのは初めてだったので、驚く。

 ゼルドラでの出迎えは、向こうの官僚の人や王族の人が沢山集まっていた。

 やたらと人の視線を感じる。

 「落ち着かないか?だが、何処に行っても人目は付いてくるもの慣れるしかない」

   父さまは、私を抱き上げて、私にだけ聞こえるように、耳元でささやいた。

「ううん、父さま大丈夫」

 だって父さまと一緒だもん。

 



  
      
   ゼルドラの迎えの人達は、ゼルドラの皇宮のある園庭の転移門の前で、シャナーンの魔術師一行を出迎える為に待っていた。

   園庭は、強大な敷地を誇るゼルドラの皇宮の中にあった。その景観は、私のまったく見たことの無い物だった。

 シャナーンやヴァルドフとも全く違い、異質だった。

   まず、建物の形も、使われている材質も、何もかもが初めて見るものだ。

   だけど私もゼルドラの事を少し勉強して来たので、それが住居であり、寝殿造りと呼ばれる特殊なゼルドラ独自の物だとも分かっていた。

   ゼルドラは、四季は無く、大陸の場所により気候が変わる場所があるが、その殆どが南国の密林である。

 その密林を伐り開き、皇居や貴族の家や、庶民の街や村と造られている。

   貴族の住む寝殿造りの屋敷や、王族の住む皇宮は築地塀(ついじべい)と言う塀に囲まれ、貴族の位によって、門の数や、大路に正門が開ける開けないなどの決まりがあるらしい。

   そういうのはとても面倒だと思った。

   そして、この広大な敷地の中には主殿以外にも、いくつもの名の付いた寝殿が配されており、渡殿(わたどの)と呼ばれる屋根の付いた長い廊下の様な物で繋がれていた。

   他国からの客を招く場合の寝殿もあり、シャナーンの一行はその内の一つを丸々与えられ、そこを演習中の住居とする事になっている。

  それは毎年の恒例行事で建物の中が、シャナーン風に似せてあり、ベッドも備え付けられており、寝泊まりが楽に出来るように工夫を凝らされていた(ただし、土足は厳禁、家履きは用意されている)。

   まず主殿の方で、ゼルドラの国王陛下や宰相達との謁見を済ませた。

   ゼルドラとは違い、シャナーンには直に地べたに座る文化は無いので、その辺りも、靴を脱いで建物の中に入る必要が無いように、靴で歩ける土間に造られた建物が用意されている。

   椅子も用意されていた。

   だが、そうしたものに私が参加する事もおかしいので、向こうの配慮ですぐ隣の建物で茶菓子が出されて、アバルドおじさんと、サンディとで終わるのを待っていた。

   その待合部屋もシャナーン風に椅子や、テーブルが置かれ、土間に造られており、ゼルドラ風の茶器でお茶を供された。

   菓子も見たことの無い、饅頭と呼ばれる白い生地に、黒い、餡と呼ばれる小豆(あずき)と呼ばれる豆を砂糖と煮て甘く煮詰めて作られた加工品が包まれた物を、楊枝(ようじ)と呼ばれる木を削いで作ったピックで切り分けて食べたり、ライチと呼ばれる茶色っぽい小さくて丸い皮に包まれた、白い甘い果肉の果物を食べたりした。


 どれも、食べた事のない食べ物で、少し緊張したが、食べてみると、饅頭は皮がしっとりしており、餡は甘いがあっさりとしていて、食べやすく、果物は白い果肉が不思議な食感で、噛むと口内に広がる爽やかな甘さと、うっとりするような、花の様な香がよかった。

   食べ方は、女官が優しく教えてくれ、そして食べ終わると、丁寧に濡れ布巾で手を拭いてくれた。

   そんな事をしていると、急に女官の人が膝をついて叩頭(こうとう)したので驚いた。

   いつの間にか、入り口に見知らぬ若い男の人が立っていた。

   アバルドおじさんは、直ぐに私を隠すように前に出てその人に言った。

   「どちら様でしょうか?、来客の話は伺っておりませんが」

   アバルドおじさんは硬質の声を出したので、緊張しているのが分かった。

   相手のその人は、まだ若そうな人で、ゼルドラの人だった。

   着ている服が、前合わせの着物と呼ばれるゼルドラ風の物で、下にはトラウザーズの様な物にブーツを履いていたが、どう見ても位の高い人が身につける特別な織りの高価な絹の着物の様だった。

 腰に巻いてある細帯も、美しい金糸、銀糸の折り込まれた物だった。

   男の人は、背まである真っ白な髪に一房、黒い髪の部分ががあり、見たことの無い美しい飾り紐で背中まで有る髪を結わえていた。

   そして、金の瞳に黒い光彩の黒い縁取りの射貫くような瞳を持っていた。

「…か、」

「「か?」」」

 男の人が「か」って言った。何だろう。「

「かわいい…」

「「はあ?」」

 私とアバルドおじさん、そしてサンディは皆、首を傾げた?



  

 ※寝殿造りやその他の表現は、この物語の為に作者の脳内で作成された物ですので、お許しください。
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