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第三章

10.年越しの日

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 領主館と呼ばれるクロニクス城の1階の玄関から広い廊下を抜け、両開きの大扉を開けると、吹き抜けのとんでもなく大きな空間へといざなわれる。大広間である。

  城の中に広間は複数あるが、特にこの大広間は大きく、舞踏会など催し物を開くのもこちらになる。

 正面には大階段が中間の踊り場を配して、くの字型の左右対称となっており深紅の絨毯が上まで続き、圧巻だ。

 この、クリスタルの光さんざめくシャンデリアは魔力であかりを灯す。

 シャンデリアに使われている大小様々な大きさのクリスタルには、屈折率を上げる為のカットが施されている。

 零れる様な繊細な光が雨粒となって降り注ぐかのように、数えきれないほどのドロップが繋がっていた。

 その大広間に行って、大階段の踊り場の辺りに腰かけ、頬杖をついて飽きもせずにシャンデリアを眺める私を使用人の皆が、微笑んで通る。

 サンディが、クリスタルの反射の光のかけらを追いかけては、駆けまわる姿も笑いを誘っていた。

 最初は「お嬢様、その様な所にお座りになって、いけません!」と私に付けられている侍女達が飛んで来たけれど、父さまが好きにさせてやってくれと言ってくれたので、誰も口を出さなくなったのだ。

 父さまも子供の頃、よくこうしていたらしい。

 同じことをしているとおばあ様に笑われた。

 この大広間の魔力はとても気持ち良い。まるで身体中の血液が浄化されて廻るような気持ちよさだ。
 
 一番大きシャンデリアを中心として、もう少し小さめのシャンデリアが周囲に6つ排してあるのだが、強力な魔力を感じる。

 これは、魔法陣だと思った。

 クロニクスの祖先の魔力が重ねられ、この領地や子孫を守る為に、とても複雑に編み上げられている。

 そして、ここでは新年あけてのクロニクス領内の貴族の新年会が行われるので、シシンジュの白い樹が両階段下に配され、銀のリボンと青い飾りで飾られ、大変美しかった。

 すっかり、レジェンドリアおじさまとユーシスおばさまとも打ち解けた私は食事中も楽しく会話した。

 おじさまと、おばさまはとても優しくて、私に好きな物は何かとか、今は何を勉強しているのか色々聞いてくれる。

 そして、王都の屋敷にも遊びにおいでと言われたので、「はい、うかがいます」と返事しておいた。

 父さまのお兄さんであるおじさまは、おじいさまと一緒の真っすぐな銀髪の直毛だ。瞳は透明度の高い水色。

 ユーシスおばさまは、少し色の薄い金髪に緩い癖があって、瞳はハチミツ色だ。

 おじいさまも、おじさまも、髪が直毛なのは、父さまも同じだから、おじいさまから貰ったのだなと思う。

 という事はわたしもだけど。

 おばあさまは、金髪でフワフワのくせ毛で、瞳は新緑の色だ。

 食事は、アバルドおじさんは客人と言う事で(本人は辞退したがったが)、一緒に摂る事になった。
 
 アバルドおじさんは、ふだん本当に適当なくせに、ちゃんとしたマナーで食事をしていたので、とてもびっくりした。

 後で、どうしてなのか聞いたら、アバルドおじさんは下級貴族の3男で、それでも子供の頃は母親に厳しくしつけられた為、一応ふるまいとしては身に付けているらしい。

 冒険者になると言った時点で、家から放逐されたのだそうだ。

 色持ちで生まれた事で、両親の期待が半端なく、上二人のお兄さんに悪くてさっさと家を出たと言っていた。

 親とは疎遠だけれど、お兄さんとは時々連絡を取っているらしい。

 アバルドおじさんもいろいろな物を背負っているのだなと思う。


 さて、クロニクス城の私の部屋は、どこも、とにかく可愛い造りだった。

 水色と白が基調になっていて、ベッドルームなども絵本に出てきそうな程、可愛い造りだ。

 おとぎの国にでも迷い込だような気分になる。

 ベッドは子供サイズが置かれ。天蓋は赤ん坊用の揺りかごにでも掛ける天幕のようなシンプルな造りだ。横通しの棒に色鮮やかな布がさりげなく重ね掛けられている様にみえるけど、色合わせや布の掛け方にもかなりの美的センスを感じた。この部屋は私の為に特別に人気の高い専門店に依頼してくださったのだそうだ。


 あまりに素敵なお部屋なので、少しそこで休んでみたくなって、試しにお昼寝したらスッキリした。

 でも夜は、父さまの寝室に行く事は決定事項だ。

 私にとって父さまの腕の中は、小鳥の巣の様なものだ。世の中で一番安心できる場所だ。

 このお城の父さまのお部屋は、全て昔住んでいた時代のままになっているそうだ。

 書斎には父さま専用の魔術本を置く棚が一面に配されているのには驚いた。

 とてつもなく、重厚で分厚い魔術本がずらりと並んでいる。

 希少な魔術本が多く、王城内の図書館にもないような貴重な本もあるらしい。


 そうして、今夜はついに、年越しの日。

 外は粉雪がちらほらと一日中降り積もっている。窓ガラスに張り付いて息を吹きかけると白く曇り、猫の足跡を真似て模様をえがいた。

 サンディは鼻スタンプを窓ガラスのあちこちに押して、屋敷の使用人の仕事を増やしていた。

 父さまに年越えはどのように過ごしたいかと聞かれて、街の広場でジンジャー入りの甘いホットワインが飲みたいと言った。

 街でくばられるホット赤ワインはアルコール分は飛ばしてあり、ジンジャーやシナモン、ハチミツも入れてあり、甘くて身体が温まるらしい。それをぜひとも飲んでみたい。

 広場の蝋燭の灯った大きなシシンジュの樹も見たいし、みんながお菓子をもらいに来るのも見てみたいのだ。

 クロニクスに来た時のコートとは違う、今度は真っ赤なウールのコート生地に白いファーが縁飾りに付いた、とても愛らしいコートを着た。ブーツは内側が柔らかなファーで膝まである物を履いた。

 黒いミンクの毛皮のロングコートを着せられた(おばあさまに)父さまと、来た時と同じ黒い革のロングコートの身軽な出で立ちのアバルドおじさんと、いつも通りのサンディとで、城に設置されている魔法陣の上に乗った。

 サンディの艶やかな砂色の毛皮は、ふるりと身体を震わせるだけで、スルリと雪が滑って落ちて行く。
 
 魔法陣に乗ると、少しの浮遊感の後、河向こうにある街の広場に直接立っていた。

 すでに、城の高い場所にある部屋から見ても、その場所は灯されたシシンジュの樹の蝋燭が明るく、すぐに分かった。

 大きく広い河に、分断されたその向こうの街は、こちらから見ると雪に煙っていた。

 魔法陣で飛んだ先の、街の広場はお菓子とホットワインをもらいに来た人達でごった返している。

 空気が冷たく、口から吐き出す息が白い。

 面白くて、何度も「はーっ」として息を吐き出しては遊ぶ。

 真っ白なシシンジュの大きな樹の下には、お菓子を貰う列が出来ていた。
 
 並んで貰った小さなお菓子の籠を、それは嬉しそうに手に持つ子供達はみんな笑顔だった。

 お菓子の籠にも銀のリボンと青い動物の飾りが付いている。


 次々配られるホットワインを貰い、ふーふーしながら、口を付ける。甘くて、ぴりっとして、身体が胃の辺りからホカホカしてくる。

「うふふ、おいしい。あまーい」

 サンディーも「ちうちう」言って楽しそう。

 父さまも、アバルドおじさんも、ホットワインに口を付けていた。

「久しぶりに飲んだ。懐かしい味がする」

 舞い降りてくる雪が父さまの長い睫毛に乗った。

 そろそろ周りの人達の視線も集め始めているので帰らなくてはならないだろう。
 
「おーっ、甘いなこりゃ、でも、悪くはないな、ホカホカするわ、みんなこれ飲んであったまるわけだ」

「このホットワインをシシンジュの下で飲んだら、一年健康でいられるんだって」

 アバルドおじさんに、ゾルドから聞いた話を披露しておいた。
 
「おう、そりゃ嬉しいな」
 
「ちう!」

「さて、それでは、そろそろニコが風邪でもひかぬうちに帰ろうか」

 父さまがいたずらに、シシンジュの樹の全ての蝋燭の光を、魔法で強く弱くと強弱をつけて、光のさざ波が起った様に点滅させたあとに、光の粒が舞うように夜空に光を散らした。まるでここだけが昼間の様に辺りを明るくさせて見せた。

 人々は美しく光の舞う様に歓声をあげて喜んだ。

 ひときわ歓声が上がったその頃には私達はクロニクス城の玄関ホールへと戻っていた。

 


「父さま、とても綺麗だったね、ありがとう」
 
 ベッドの中で、父さまの懐に潜り込み、目をショボショボさせながらお礼を言った。

「ああ、気に入ったか?」
 
「うん、とっても…」
 
「では、良い夢を見なさい」

「…はい、父さまも、よい夢を…」

 そうして、クロニクス領の新年を迎える夜は更けていった。

 


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