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第三章

8.クロニクスの領主館

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   私がとても楽しみにしていたクロニクス公爵領に行く日がやって来た。

 向こうは雪らしいので、砂色の太耳兎のコートに帽子、靴は温かいブーツだ。

 太耳兎の毛皮は三色あるが、砂色が一番可愛い気がする。

 毛の色が濃かったり、薄かったりと少しグラデーションがある所も好きで、兎の毛が柔らかくフカフカしている。

 毛の層が内側に行くほど詰まっていて、細く柔らかい毛と少し長めのつるんとした毛の二重構造になっている。

 太耳兎のお肉を食べるのも大好きだ。お肉は柔らかくて美味しい。ハーブを食べさせて育てられている太耳兎は、特に肉が柔らかくて、癖がなく美味しいと思う。

 父さまのお屋敷の料理人のクサブさんが作ってくれる。兎とシシ挽肉の甘辛肉団子が大好き。

 粉吹き芋と、コケモモのソースが添えられていて、口の中で合わさると、三重奏が奏でられる…。

 ハッ、また、食べ物に意識が飛んでいた…


 父さまは、とても強い魔力持を持っている。その魔力で身体を守っているので、寒さや暑さにとても無頓着だ。だけど見た目が寒そうだとか、暑そうだとか、視覚の暴力にならないように(浮かないように)しているみたい。

 今日はベージュ色の、ケープ付きのロングコートを羽織っている。

 サンディも父さまの魔力で存在しているので、いつも毛皮だけだ(素のまま)。

 よく分からないけど、サンディの姿は、サンディの記憶により造られているので、父さまの話によると、本来の使役獣の形とは違うと言う事だった。???よく分からない。

 だから、もしも違う姿に変わる事があっても、あまり驚かないようにと、父さまに言われた。

 アバルドおじさんは、父さまと私の護衛のお仕事をしているので、街に出たり図書館に行ったりする時にはおじさんがついて来てくれる。

 外出の時は、目だたないように、父さまが私の髪の色を茶色にしてくれるけど、赤い髪の色持ちのおじさんと、大きなリスかネズミの様なサンディが一緒なので、いつも目立っているような気がする(←父親ゆずりの自分の容姿も目立っているとは、思っていない)。


 アバルドおじさんも、やっぱりいつもの父さまみたいに軽装で、全身黒の上下に黒革のロングコートで、髪型はいつもの馬の尻尾だ。

 おじさんは、長身で肩幅が広く、ブルーグレーの瞳をしていた。

「おじさんはもう、じいさんだからな」と言うけど、とても女の人に人気がある。

 家の屋敷でもメイドに密かに人気らしいとジョゼが言っていた。

   アバルドおじさんと、私と、サンディは、出発の用意が済むと、父さまの周りに集まった。

 屋敷の玄関近くで、使用人が廊下の両脇に並ぶ中、父さまの足下に青い魔法陣が現れ、ゆっくりと回転し始める。
 

 「旦那様、お嬢様、皆様、行ってらっしゃいませ。お気をつけて」

 「「「「「行ってらっしゃいませ、お気をつけて」」」」」

 いつものように、世界が回る、父さまの脚に抱きついて、空気が変わるのを待つ。

「ふわっ!」

 肺の中に冷たい空気が入って来た。
 
「きゃーっ!すごい、すごい、父さま、素敵」

 先ほどとは全く違う、キーンと冷えた空気に変わったその場所は、年末用の買い出し市場のすぐ近くだった。
 
 そこは、市場の開かれている広場から少し外れた建物の影だったが、十分市場の様子が見て取れる。

 ざわざわと、とても多くの人で賑わっている。

 私は雪のちらつく中、建物の影から走り出て、石畳の上を走って露店の方へ行った。

 サンディも「ちうちう」言いながら付いて来る。

 シシンジュの、真っ白な美しい造り物のような樹が市場のあちこちに沢山並び、人が買い付けては帰ってゆく。

 大きなシシンジュの樹を買う人は、荷馬車を乗りつけ運んでいる。

 年越し用にシシンジュはちゃんと考えて植樹もされていて、土に根を張っているうちは緑の針葉樹だが、一度土から掘り出すと真っ白に変わってしまう特製があるのだ。


 そのシシンジュは年を越して一週間もすれば、ほろほろと崩れるように砂になり、白い土に還る。

 このクロニクスでは、シシンジュの樹を年越しには家の中に飾り、銀のリボンと青い飾りで飾り付け、蝋燭を灯して新しい年を迎える習わしがある。

 珍しいジジンジュの樹はクロニクス領地にしか生えず、一説によると、この地は魔力が溜まりやすいので、シシンジュの樹が吸い取って、大気中に流しているのだと言われているそうだ。

 その白い土は、白い壁土の材料に利用にされたりもしていて、クロニクスの建物は白く美しい。

 シャナーンの宮殿(ルナンソール)の外壁にも使われている。

 大切な樹なので、クロニクスの民は考えなく伐採はしないのだ。


 真っ白で美しいシシンジュに見とれ、年末の飾りつけ用の銀のリボンや青い飾りのオーナメントに見とれる。

 初めて見る物ばかりだ。

 フワフワとした足取りで、花から花へ飛び回る蝶の様に露店をあっちに寄り、こっちに寄りとする私の後ろや横を、とたとたと付いて歩くサンディを見つけた子供が、触ろうとして寄って来たりして、だんだん人が増えて来る。

 そのうち私を見つめて立ち止まる人が出てきた。そして直ぐ近くにいた父さまを目ざとく見つけた誰かが、『ご領主さまの…!』と声を出した。

 「ニコリアナ、館に行くぞ」

 面倒くさい展開になりそうだと思った父さまは、そう言って私の手を取り、アバルドとサンディを連れて少し離れた場所に移動し魔法陣を出現させた。領主の館へと飛んだのだ。


 クロニクスの領主の館(城)は、河を挟んだ小高い丘に建っている。
 館の後ろには、なだらかに続く深い森があり、白い宮殿の様な建物は雪景色に溶け込んでしまいそうだ。

 とても幽玄で美しい。領主館の玄関前へと皆が出現すると、待っていたように、大きな両開きの扉がゆっくりと開かれた。

 「お帰りなさいませ、ジェイフォリア様、ニコリアナ様。そしてようこそお客様」

 「「「「「お帰りなさいませ、ジェイフォリア様、ニコリアナ様、そしてようこそお客様」」」」」

 領主館の強大さからして、中も人もそうだろうと良そうはしていたが、予想以上に多くの使用人達の歓迎を受け、ニコリアナは驚いた。


 「只今、ゾルド、暫く世話になる」

 「ジェイフォリア様、世話になるなどと、こちらはジェイフォリア様のお育ちになったお屋敷ではございませんか、他人行儀な事をおっしゃられないで下さいませ。大旦那様や、大奥様が悲しまれます」

 「分かった、善処しよう」

 「はい。ああ、ニコリアナお嬢様、お噂通り、ジェイフォリア様に生き写しにございますな!なんとお可愛らしい。皆さま奥のご家族用の客間で首を長くしてお待ちにございます」

 「皆さま?」

 「レジェンドリア様ご夫妻もお帰りになられております」

 「兄上が?珍しいな」
 
 「はい、ジェイフォリア様が、ニコリアナお嬢様をお連れになって帰られると聞かれ、余っている有給をお取りになり帰られたようでございます」

 「…そうか、姉上はお元気そうか?」

 「はい、ユーシス様もお変わりなく」

 ユーシスと言うのはレジェンドリアの妻の名前だ。

 「では客は食事の時に家族に紹介するので、先ず部屋に案内してやってくれ」

 「はい、お任せ下さい」 

 そのあと、ゾルドと呼ばれた執事は、侍従とメイドに指示をだし、アバルドとサンディを客間に案内させた。

 「さあ、ジェイフォリア様、ニコリアナお嬢様、参りましょう」

 ゾルドに手を引かれ、ニコは客間に案内された。


 皆がそろう客間では、大きな暖炉には薪がくべられて、炎が明々と燃えさかっていた。

 客間に入ると、おばあさまと思える人が飛んできた。顔をしっかり見る為に、跪いて顔を覗き込んで来る。

 「まあ、まあ、まあ、なんて事!ジェイフォリアにそっくり!可愛いわ。私、ずっと女の子が欲しかったのよ」
 
 「ああ、本当だ、可愛いな。立体写真(フォログラフィー)より可愛いな。なんて可愛いんだ」

 おじいさまらしき人もやってきて、あっという間に私は抱き上げられた。

 「最近、爺さん婆さんには娯楽や癒しがなくてな、孫なんて与えるとああなるわけだ。お前、娘を返してもらえなくなるぞ…」
 
 おじ様らしき人の呟きに、父さまは、やれやれという風な眼差しをそちらに向けた。

 「…だから、ここには連れて帰りたくなかったのだ」


 
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