人間だった竜人の番は、生まれ変わってエルフになったので、大好きなお父さんと暮らします

吉野屋

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第三章

6.国王陛下に会う

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  母さまの庭園で、 一面のソルバの白い花は風に揺れていた。

 その時、私は歌を思い出した。

 歌を歌いたくなった、あの歌を歌えるだろうか…

   いつまでも庭を見ていたい気持ちもしたが、お城に行かなくてはいけない。

「おいで、行こう」

 声をかけられ頷いて、父さまの手を握ると、足元が蒼く輝き、空間移動の感覚がして、すぐに空気が変わった。

 指定場所の『白鳳の間』と言う場所には、見知らぬ男の人が二人居た。

 なんて煌びやかな部屋だろう。金箔の縁取りのある壁のレリーフや壁一面の絵画がすごい。

「ジェイフォリア!待っていたぞ、今まで何処に消えていたのだ!」

 突然大声がして、煌びやかな恰好の美しい男の人が、父さまに飛びかかって来そうな勢いでやって来た。
 
 父さまが私を抱いて部屋の隅にまた空間移動し、その男の人は手を伸ばしたまま固まって、プルプルしていた。

「クロニクス殿、お久しぶりでございます」

 そんな国王陛下を尻目に、もう一人いた灰銀の髪のおじさんが父さまに声をかけて来た。
 
「ザッカス宰相、ご無沙汰している」

「ほう、ご令嬢は聞きしに勝るほど、貴方の生き写しにございますな」

 関心したように言うおじさんの声に、もう一人の男の人が怒鳴った。

「何ッ!ザッカス、邪魔だ、どけ」

 さっきの男の人がもう一人のおじさんを押しのけて、父さまの正面に立った。
 
「これは、国王陛下、お変わりないようで」

 父さまは私を抱っこしたままで、そんな挨拶で良いのかな?と思えた。だけど父さまが愛想笑いでにっこりすると、国王陛下は相好を崩した。

「この子がマリオンの子なのだな!なんと、ジェイフォリアにそっくりだ!愛らしいな。此方(こちら)においで、そなたの伯父だよ」

 手を広げられても、私もどうして良いのか困る。この男の人が国王陛下、母さまのお兄さん。

 確かに母さまとおなじ色の青い瞳と波打つ金髪。顔立ちもどこか似ている。

 エルフの中でも特別に美しい男の人だろう。父さまとはまた違うタイプの。

 でも父さまは、国王陛下の『おいで』を無視して私を下に降ろした。

「ニコリアナ、国王陛下にご挨拶を」

 なるほど、せっかく練習したのだから、やってみなさいということだ。

「はい、父さま。…お初にお目にかかります、ジェイフォリア・アマダニス・クロニクスの娘、ニコリアナ・フラウ・クロニクスにございます。どうぞ、お見知りおきを」

 片足を下げ膝を曲げ、左右のスカートをつまみ少しだけ持ち上げる。

 微笑みを浮かべ、形式に沿った挨拶と、型通りの貴族子女の拝礼。よし、いちおう出来た。

「おお!なんて利発な子だ。天才かも知れん。だが今日は挨拶など適当でよいぞ。非公式の謁見だ。ただの伯父と姪でよかろう、私の可愛いニコリアナ、さあ、おいで」

 国王陛下が大袈裟に私を褒めたかと思うと、急に抱き上げられ、すたすたと隣の部屋へ連れて行かれる。

 振り返ると、父さまは、珍しくあっけに取られたような顔をしていた。

「本当に、小さなジェイフォリアがいる様だ。ああ、なんと愛らしい!」

 隣の部屋にはお茶の用意がされており、そこにはにっこり微笑んだ銀の髪の妖精みたいな人がいた。

「ニコリアナ、私の妻のリンカだ」

 という事は、王妃さまと言う事ではないか、降りてご挨拶をしなければと思いジタバタしたが、降ろしてもらえない。

「王妃さまにご挨拶をしたいので、国王陛下、下に降ろして頂きたいのです」

 私が困って国王陛下に訴えても、降ろしてもらえなかった。

「もう挨拶はしなくてかまわぬ、ここにいればよい。今日は私の事は『おじさま』と呼びなさい」

「まあ、ごめんなさいね。あなたのおじ様は、あなたに会いたくて仕方がなかったのよ。我慢してあげて頂戴。それに非公式の時は、おじ様、おば様と呼んで下さいね」

 妃殿下は優し気にそうおっしゃったが、どうにも落ち着かない。

 父さまを見れば、なんだか無表情になっていた。

「昔から、ジェイフォリアにはマリオンが張り付いていて、私の遊び相手なのに触れる事もゆるされなかったのだ、ほんのちょっとでも私がジェイフォリアの髪に触ろうとでもしたら、直ぐに手をひっぱたかれていた。『お兄様!だめよ、ジェイフォリアに触っていいのは私だけ!』と言ってな」

 国王陛下はお母さまの事を思い出しているようで、遠い目をしていた。

「うふふ、マリオン様はとても気がお強かったですものね」

「我が妹ながら、ジェイフォリアに関しては、大変な癇癪持(かんしゃくもち)であったからな。よく、『全ての者の壁となり、ジェイフォリアを守り抜く』と、意味不明な事を申しておったが…」

「でも…とても愛らしい方でしたわ」

 王妃様は、しみじみとした口調でおっしゃった。

 私は、お母さまの話を聞きながら、目を白黒させていた。なに、一体なんの話?

 そこに、床が輝き始め、魔法陣が現れて、ヴゥーンと言う音と共によく見知った人が現れた。
 
「国王陛下、王妃様、お招きありがとう存じます」
 
 スラリとした肢体に沿った、美しい黄金を薄くした様な色合いのチュールレースのドレスを身に付けた、クロニクスの魔女と呼ばれる叔母さまが現れ、美しい拝礼をした。

 叔母さまは限りなく黒に近いこげ茶の長い髪を高く結い上げていたが、父さまと並ぶとよく似た美しい姉弟のようだった。

「おお、魔女殿、ひと月ぶりであるな、会えて嬉しいぞ」

「大切なニコリアナの為ですもの、当たり前ですわ」

「叔母さま、おあいできて嬉しい」

 私がおもわす手を伸ばすと叔母さまが陛下から私を受け取り抱き上げてくれた。

「まあ、大きくなったわね、いい子ね」

 叔母さまも強い魔力持ちなので、身体に強力な魔力を張り巡らせていて、ただの女性とは違い、力も強いので私を抱き上げる事など、大したことではない様子だ。

 父さまと同じで、どんなにたおやかに見えても、『本当は熊でも素手で倒せる女』と、よくアバルドおじさんが言っていた。いつも、褒めてるのかけなしてるのか分からない感じ。
 
   王都で人気の菓子を集めたと王妃様が言われたように、隣の部屋に用意されていたお菓子は色とりどりで、見た事のないような可愛いお菓子もあった。


 暫く、テーブルについてお菓子をお茶を頂きながら、主に叔母さまと国王陛下が話す楽しい話を聞いていたが、落ち着いた頃に、国王陛下が父さまと視線を合わせ、真面目な顔でこう言った。

「それでは、今日来てもらった本題に入ろうかと思う、良いだろうか?隣の部屋で話そう」

「少し待って下さい、おいで、ニコ」

 父さまは私を抱き上げた。

「ニコは竜人の話を知りたいか?」

「知りたいです。どういう目的で竜人が来たのか知らないままだと、心配でたまらないから」

 私は正直にそう言った。

「本当に、ニコリアナの前で話ても良いのか?、無理ならばリンカと菓子の部屋で休ませていても良いのだぞ」

「娘自身の事です。娘は知りたい事を知る権利がある」

「あいわかった。ならば少し話をしよう」

 隣の部屋で父さまの膝の上で話を聞いた。


 話は、竜騎兵がやって来た時の話に遡(さかのぼ)った。

「何と言うか、大変しつけの行き届いた者達だった。今までの竜人族では考えられない様な、常識的な振舞いをする竜人達だったのだ。話に聞く傍若無人さとはかけ離れていた」

「それで、結局彼らの目的は何だったのですか?」

 父さまが聞いた。

「まず預言者殿が、番の生まれ変わりであるニコリアナと、直接会って話をしたいと言われた。それから国防の責任者と話をしたいとも言われた」 

「ニコリアナに直接会って?」

「竜人族の番の事はあまりよく知られていないが、ニコリアナの魂は事故死した皇太子の番のものだという。その番は人族であった為、事故であっけなく亡くなってしまい、自分の不手際で番を亡くした皇太子は狂竜になってしまったそうだ。今は暴れぬように封印されているそうだが、王族の狂竜は大変な魔力を持っている。番が成人し居場所を感知出来る様になれば、封印を破り追い求め暴れるだろうという。そうなれば、大きな被害が出るという事だった。それをどうするか話をしたいそうだ。所で、その、ニコリアナにはその頃の記憶が残っているのかね?」

「いや、ニコリアナには前世の記憶の殆どは残っていない。ただ恐ろしいという恐怖心だけが今も残っている。それは前世が人族で、その人族は番に囚われない種族だったからだと思う。人族の国から攫われて、恐ろしい目に会ったという記憶だけが残っているのだ」

「なるほど。辛い話だな。では記憶の話はこちらから預言者殿に伝えよう。預言者殿はその事を気にされていた。まずは本人に謝りたいとな。だが幼いニコリアナに竜人国での記憶がないのであれば、必要はないだろう。竜人族のいう番の前世云々を聞かせるのは酷だ。私も竜人族の都合を押し付けられるつもりはない。大切な妹の忘れ形見でもある。それならば、後はジェイフォリアと私達が話を決めてゆけばよいだろう。ジェイフォリアは我が国の大魔術師だ」

「ああ、私もその様にしてもらいたい。ではニコリアナは納得できたかな?隣の部屋で菓子を頂いておいで」

 すると王妃さまと叔母さまが、私を連れてお菓子の方に連れて行ってくださったのだ。

「さあ、いまから女性だけで楽しいお茶会よ」

 王妃様は楽しそうにそうおっしゃった。

 後は父さま達が話をして。その話を屋敷で聞かせてくれると言われた。





        ※         ※          ※





「皇太子のしでかした大罪の『事故』については、預言者殿は包み隠さず全てを話された。事故直後に『狂竜化』した彼は周囲を破壊しその後預言者殿に拘束され、城の地下に封印されたともな。すぐに緘口令は敷かれたらしいが、この様な大ごとであれば、話はどこからか漏れてしまう。所でジェイフォリア、そなたは竜の大罪についてどこまで知識がある?」

「今まで起こった、『竜の大罪』については、私も症例は一つしか知らない。陛下もご存じの話だと思うが、獣人の大陸、ゼルドラでの話だ。生まれ変わりの番ならば狂竜でも簡単に殺せるのだと聞いている。だからニコを使って狂竜を殺す算段なのだろうと思ったのだ。それとも他に症例や解決策が?」
 
「解決策については、今後話し合いの場でと言われた。何かあるのだろう。そして、この件についての全ての責任は自分にあり、今後は全身全霊を持って取り組むとも預言者殿は言われた」

「なるほど、預言者の話は分かった。どちらにしても、私は娘を守るだけだ。狂竜を殺れば良いならすぐにでも私が行く」

「いや、気持ちはわかるが、まだ期限は十分残って居る。お願いだからそういうのは少し待って欲しいのだ」

「そ、そうですな。向こうでは女性陣がお茶を楽しまれているご様子です。こちらにもお茶を用意させましょう」

「それが良い。そう言えば、ジェイフォリアの肖像画をマリオンが生前、お前の屋敷に送る様にと言っておったので、帰って来た事だし、約束通り送る用意をした。後日届くだろう」

「私の肖像画など、処分して頂いて結構ですが」

「マリオンに言われていたのだ。送らせてもらうぞ」

「・・・仕方ありませんね」

「礼はいらんので、毎日でも良いのでニコリアナをこちらに遊ばせに来たらどうかな?」

「いえ、結構。娘も帰ってきたばかりで、いろいろと忙しいのです」

「淋しいのお。だが、そなた、何だか表情が昔よりも優しくなった気がするな」

「・・・」





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