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第三章

5.白い花の庭

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 そして、その日は洋服を着替えたら、テラスでお茶に致しましょうと言われた。

 父さまと、おじさんと、サンディもやって来た。

 おじさんも着替えていて、黒のシャツに黒革のパンツで別の人みたいに見えたけど、話し始めたらやっぱりいつものおじさんだったので安心した。

「俺にフリル付きのシャツを着せようとしたから、断固断った。何考えてるんだまったく・・・」
 
「それは災難だったな。ニコは何を着ても可愛い、そのドレスも良く似合う」

 父さまが優しく笑ってそう言ってくれた。父さま自身は飾り気の無いシンプルな白いシャツに黒いパンツスタイルだったけど、いつもと同じでうっとりする位綺麗だった。
 
「確かにそうだなあ、可愛いなあ」
 
「どこもおかしくない?」

 私は立ち上がってクルリと回る。
  
「ものすごく可愛い、おじさんは今までニコより可愛い女の子は見た事がない」

 おじさんは『可愛い』の大安売りをしている。でも嬉しいのでニッコリ笑った。

「ありがとう」

 私が着ているドレスは膝丈の可愛い普段着だ。クリーム色の後ろにたくさんくるみボタンの付いたハイネックのブラウスで、下はモスグリーンのタックがたくさん寄せられた生地のしっかりした、ふんわりした一見シンプルなスカートだった。

 まずブラウスは、首回りにフリルが立ち上がり、背中から胸元に刺繍を使ったギャザータックが細かく寄せられた、物凄く手の込んだ一品だった。

 その生地は柔らかく流れる様なラインで袖口までたっぷりと生地を使い。手首手前で切り替えらえた生地でくるみボタンのならんだ袖口に変えられ手首周りにはフリルがあしらわれている。

 スカートの細いウエストは太いベルト芯の入った立ち上げで、後ろに大きな同じ生地で作られたリボンが取り外し出来るように付けられ、ベルト芯の下から多くのタックでふんわりと膝まで降りていた。

 スカートの中には見せる仕様のたっぷりした贅沢なレースのペチコートが、動きによってちらりと見える作りだ。

 履いている絹のタイツには美しい刺繍が足元から太腿まで刺し込んであり、子供が身に付けるにはあまりにも贅沢としか思えないような品だった。

 靴はビーズや花飾りが縫い付けられた柔らかい子羊の皮で作られた革靴で、踵から縫い付けられたリボンで足首を蝶結びにするタイプの物だ。ニコはものすごく可愛いと思った。

 伸ばしてある黒髪は、ジョゼが最後まで悩んだが、編み込まれ所々にダイヤのピンが挿してあり、少し大人っぽいが、小さな淑女のようだと言われた。

 テラスのテーブルセットには様々なスイーツが並べられた。

 普通なら主人と同席で獣や護衛が飲み食い出来はしないが、ここでは構わないと父さまが初めにソーシェ伝えているので、いつもの様に家族でのお茶になった。家ではお客様と変わらない扱いでという話らしい。良かった。おじさんにはずーっと村でお世話になっていたのだ。

 その日は夕食も少人数用の食堂で摂った。

 テーブルマナーは小さな頃から父親が優しく手ほどきしてくれた為、困る事がなかった。貴族的な食べ方も、庶民の中で食べる時もその使い分けは難なく出来るのだった。

 それでも、一応メイドと給仕が付いているため少し緊張したが、すぐに慣れた。

 湯あみや着替えはメイドが付いていたが、夜着に着替えると約束通り父さまの部屋に通された。

「父さま、来たよ、お仕事大丈夫?」
 
 父さまの寝室は、ニコの部屋よりももっと大きなベッドがあり、部屋の内装も落ち着いた色合いで、天蓋から下がるカーテンの様な幕は凝った織りの布が何重にも垂れ下がっていた。

 良い香りの香(こう)が焚いてあり、それがいつも父さまから香るかおりだと気づいた。

 一人掛けの椅子に掛けていた父さまが立ち上がり「おいで」と言ったので走って行って飛びついた。
 
 そのまま抱き上げられベッドに連れて行かれる。

「どうだ、ここは嫌いではないか?」

「うん、好き。ここは父さまのお家でしょ、父さまと一緒にいるのがいい」

「そうか。私の家という事は、ニコの家だ。何一つ遠慮する必要はない」

「うん。ありがとう父さま」

 いっしょにベッドに入り、いつもの定位置を確保すると何度か父さまの胸の辺りに頭を擦り付け、落ち着いたら直ぐに寝る体制に入った。

「…父さま、だいすき、おやすみなさい」
 
「ああ、おやすみ。ニコは温かいな」

 くすりと笑った声が聞こえた。
 
 ふかふかの布団で眠りに落ちる前、ふとあの竜人の事が頭をよぎり、あの人は、あんな冷たい地下にいるのかと意識がそちらに流れる手前で、父さまが優しく頭を撫でてくれた。

「また彼方(あちら)に引き込まれてしまうぞ。楽しい事を考えてお休み」
 
 その優しい声に、不安が四散し、深い眠りに落ちた。



   翌日には、また侍女の手によって吟味された洋服を着付けられ、髪は両サイドを編み込まれ、後ろは下ろした。

   私がその日、何を身につけるかを五人もの侍女が付き、髪型や装飾品をあれやこれやと考えるのだ。

   今まで、自分か父さまが家でやっていた事が何もかも、傍付きの侍女の仕事で、それは貴族の令嬢では当たり前の事だった。知識としては知っている。小さい頃から父さまが教えてくれたからだ。

「庶民では○○を自分でするのは当たり前だが、貴族ではしてはいけない事なのだ」

 という具合に、教わってきた。色々な身分や立場があることも教えられた。

 その土地やその環境に入れば、そこでの習慣ややり方に従うのが賢い。

 庶民と貴族では立場が違う。

 立場を変えればその働きをしなくてはならないのだと教えられた。

 少しずつ私にそういう教育をして来たのは、いずれはここに戻る事があると父さまが思っていたからなのかもしれない。

   それにしても、父さまはこういう貴族の暮らしを今までして来たのだから、私の為に村に引きこもるのは大変だったのではないかと、今更ながらに思う。

   村では、小さな頃から父さまが私の髪を梳かしたり、洋服まで着替えをさせてくれ、食事の支度までしてくれた。

   今まで普通だと思っていた事だが、父さまは、そんな事した事さえ無かったはずだ。

 生まれ変わって父さまの傍で、大切に育てて貰った優しい時間。

   とても幸せと安息に満ちた、愛しい時間。私の宝物。

   

   今日のドレスは、愛らしい桃色系だけれど色は抑えてあり、リボンにフリルにレースと、ふんだんに使われながら、同系色にまとめてあり、細部までこだわった一点物で有ろうそれは、昨日の洋服も、全て父の叔母から届けられた物だと言われた。

   大叔母さまと呼んだ方が正しいのだろうけど、小さい頃から叔母さまと言っているのでもうそれでいいと思う。

   衣装部屋を埋め尽くす服飾品の数々は、全て叔母が選んだ物であったり、注文して作らせた物だという。

 袖を通した服は、不思議とピッタリと身体に合った。

   叔母さまにお礼の手紙を書いて、父さまに魔術で届けて貰おうと思った。

   村で暮らしている時も、可愛いおもちゃや、絵本、動き安い服や靴、子供が喜ぶお菓子を叔母さまは届けてくれた。

   だから、よくお礼の手紙を書いていたのだ。

   王都に暮らす様になって数日、部屋で勉強していると、ノックがあり、返事をするとソーシェが入って来て言った。

「お嬢様のお母様の兄上様でもある、国王陛下から旦那様とお嬢様に、三日後お城へ登城する様にと城への呼び出し状が届きました」

「…それで、父さまは?」

「仕方がないので、行くから準備をせよと仰いましたので、お嬢様のご用意を致します。取り敢えず、陛下との謁見の作法を一通り覚えて頂きます」

   と、良い顔でソーシェが言うので、私も仕方なく頷いておいた。

   父さまに恥ずかしい思いをさせたり、困らせたくないと思う気持ちは、私をがんばるぞ!という気持ちにさせる。

  貴族の令嬢の立ち振る舞いについて、教師付きで指導があり、毎日ヘトヘトになり父さまとベッドにはいると、いつも直ぐに寝てしまった。

「ソーシェにも、困ったものだ」

 と父さまが言いながら、頭を撫でてくれた。

 だけど、やると決めた事だし、今世は体力はあるので、大丈夫だ。

「父さまがいるから…がんばる…だいじょうぶ…大好き…」

 私は、教師から及第点をもらった。

  三日後は直ぐにやってきた。

 
 シャナーンの首都、サバルディアーノに建つ、壮麗な白亜の宮殿(ルナンソール)は、華麗で美しい物語に出て来るような城だった。

 まず、父さまに連れられて魔法陣で移動したその場所は、母さま(マリオン王女)の庭だった。

 代々の王家の王女の庭が管理されている壮大な城の庭園で、その中で母様の庭は白一色だった。

「ここは、マリオンの好きな花『ニコリアナ』の庭園だ。この花の名はニコリアナ、人の国では『ソルバの花』と言うらしい」

 身体の中を風が吹き抜けて行くようだった。

 私は、父さまに抱きついて笑った。父さまは母様の大好きな花の名前を私につけてくれなのだと知った。

「父さまありがとう、大好きよ」

 
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