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第二章 

5.村人達の生活

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 ジェイが村に来てから、約半年が過ぎた。
 俺はジェイ親子の世話の合間に、村の仲間の猟の手伝いや雑務を頼まれて、請け負う事があった。

 ニコは首が座り、自分で自立して座れるようにもなった。離乳食も初めている。最初は柔らかく煮た根菜類を、スプーンやフォークで潰し、薄い味のスープで溶いて少しずつ食べさせる事から始めた。それが慣れて来ると、少しずつパンを少量スープにふやかして入れたり、具を変えて味や食感を工夫したりと、色々だ。

 木の匙でそれを掬い、口元に持って行くと、小鳥の雛の様に口を開ける。

「うっ」
 俺は、身悶えしそうになった。そのまま口にそっと入れ込んでやる。ニコは、もむもむと口を動かして、無くなると、にぱっと笑いバタバタと手足を動かした。
もっと欲しいらしい。

 匙を口元に運ぶ権利は俺がネズミに頼み込んで貰ったのだ。あまりにしつこく俺が代わってくれと頼む様子を見て、ジェイが”代わってやれ”と言ってくれた。
 
 「じぅじぅ」
 なんかネズミが言っているが、無視だ無視。文句に違いない。
 
 離乳食はジェイが本を読んで考えたり、村の女達からここでは何を離乳食にしているのか等、俺が聞いて来たりと、色々と試行錯誤している。その中で、ニコリアナが喜ぶ物を見つけると、とても嬉しくなった。

 言葉も、クーイングと言われる舌を使わずに発声した、母音の『あー』だとか、『うー』から、喃語(なんご)と呼ばれる、『あーあー』と言う二語繋がった言葉を話す様になっている。

 可愛い、とても可愛い。自分の子供というより、孫を可愛がる爺さんの気分だ。
 その仕草や、声の出し方一つで、毎日ニコと接するだけで、新しい発見や慶びを見つけられる。

 ネズミは、ジェイと魔力で繋がっている分、彼の感情にはとても敏感で影響を受けるようだ。

 「ぢうぅ、ぢううぅ、ぢうううぅ」
 かわいい、かわいいね、かわいいねぇと、覗き込んでいる様だ。(たぶん)

 そう言えば、この間、野生のリボアという山ヤギを3頭捕まえて来て、村のヤギにしたのだった。

 このヤギは大型のヤギで大きくなると130キロ位にはなる。耳が長く垂れた種類で、どっしりとした体躯に、全身が灰色をしている長毛種だ。とても臆病で人の前には現れない。見た目と違いとても敏捷で普通は人の手には捕まえられないのだが、ジェイが手を貸してくれたので捕まえられた。一頭が雌だ。
 
 ヤギの乳はとても貴重なので、あればとても役に立つ。今からヤギが増えれば村が潤うだろう。経緯(いきさつ)は、ただジェイがニコリアナに新鮮なヤギの乳を飲ませてやりたいと思ったからだったが、村の為にはとても有難い収穫だった。

 今までニコに飲ませていたミルクは、ジェイが自分の魔力で作った空間に入れて王都から持って来ていた物だ。そろそろ尽きてきたらしい。

 村の者はとても喜んで、ヤギを飼う場所を作るために一緒に雑木を刈り取り、飼う為のかなりしっかりした高い柵と、小屋を作るのも手伝ってくれた。

 ジェイは、ヤギが落ち着いて大人しくなるからと言って薬草を草に混ぜて食べさせた。すると、興奮して落ち着かなかったヤギは急に大人しくなった。

「この草はヤギの身体に害はないのか?」

「大丈夫だ。人でも使える薬草だ。効能も良く分かっている物だ。ニコに飲ませる乳におかしな物は使えないだろう?」

「それは、そうだな。あまりにも急に大人しくなったから驚いた」
「ああ、売り買いすれば大変高価な薬草だが、直ぐに痛むので市場にはほとんど出回っていない。山奥にしか生えないので、ヤギを捕まえる時に見つけて驚いた。この地方にも生えているのだな」

 リボアの世話の順番は、村の長から伝達してもらう事になった。
 そして、リボアは肉も旨かったが、当面は増えるまでお預けだ。そのうち増えたら村の祭りや行事で使えるようになるだろう。毛皮も高値で取引される。

 ジェイフォリアは、時間が出来るとニコリアナを膝にのせ、毎日絵本を読んで聞かせてやっていた。ネズミも傍で聞いていた。俺も聞いている。

 そういう時に、ネズミは、たまに言わなくても気を利かせて、ジェイと俺にお茶を淹れてくれる。ちゃんと自分の分もカップに用意していた。ミルクもたっぷり入れていた。


   サントルデ村は、大体30世帯位の村で、村の人口は150人に満たない位だ。
   この辺りには、50人から300人位までの小さな村が散らばっているが、どこも似たような環境の村だ。

   ジェイは、俺を通して村人の欲しがる薬を都合してやってはいるが、無制限に渡してやるわけではない。

 まず、村に来た時に、俺から村長に伝えている。
『薬を作れるからと言って、言われるままに作ったりはしない』
 という事を。

 村の為に慈善事業をするために来ているわけではないのだ。

 人と言うのは楽な方へ流される傾向があり、自分の良いように考え違いをする場合もある。出来る事と出来ない事は、初めに取り決めをしておかないと面倒な事が起きる場合もあるのだ。

 だが、ジェイは娘を育てるのに、なるべくなら住む場所の環境は良い様に整えたいと思ってはいると言っていた。

 まず、物々交換と言ってもパンや卵や野菜と、一日に必要な量はだいたい決まっているので、ひと月分の生活に必要な食品と量を算出した。それを届けて貰う対価として、それに見合った量の薬を、月々村に卸すと言う形にしたのだ。

   卸した薬は村で管理し、なるべく不公平のないように必要な時に使う様にする必要がある。 だが、それをどの様にしたら良いのか考えるのも、村の者でなければならない。

 出来ないのならば、薬は作らないだけである。問題(トラブル)の原因になるようでは困るのだ。

 もちろん、薬は安くはない。薬草の種類や効能を教え、欲しい薬に必要な薬草は村で必要分を用意すると言う形にする。幸いな事に、このあたりの森や山には薬草が豊富だった。

 このようにすれば、どの薬に何の薬草が必要なのか、知識として村の者も覚えるだろう。知識は宝だ。少しずつでも生きて行く上で必要な事として教えていけば違うのではなかろうか。

   自分たちの生活環境を変えたければ、自分たちが動かなければ、意味がない。
   誰かが少し、方向性を付けてやれば、何かが変わるのでは無いかと思う。

 辺境では教育を受ける場も殆どない。
 何処から手を付けるかと言えば、先ず当事者たちの意識の改革が必要だ。


 薬を扱うには、薬師になる国家薬師免許を取らなければならないが、薬草を卸したりする分には必要ないので、村興しをするなら、様々な切り口から考えて行った方がよい。

 文字の読み書き、数字の計算など、出来る事は俺が少しずつは村で教えている。

 薬に関しては、近隣の村にここに来れば薬が貰えるなどと言われては困るので緘口令もひいた。

   と言っても、村の者が欲しがるのは、腰痛や神経痛を抑える痛み止めの粉薬や、傷用の塗り薬という一般的な物で、あとは、解熱鎮痛剤、咳止めや、胃薬、整腸剤等だ。病気に対しての知識もあまりないので、それが限度だろう。

 だが、それでもその薬ですら、ここではなかなか手に入らない。入ったとしてもコーヒーと同じで料金が跳ね上がる。

   王都で売られる傷に塗る塗り薬は、魔獣からとった油脂に、殺菌と消炎効果のある薬草を練りこんで作る。

   強い魔獣の脂は、臭く無い。だが、この辺りで取れる様々な獣の脂をろくに精製せずにつくられた粗悪品は臭くて使えた物ではなかった。

 だが、皆それを冬の乾燥時期などは肌を守る為に保湿目的に使う。だから酷い体臭がした。そして、それをベースに塗り薬を作るなど、とてもではないが使えた物ではない。

 魔獣を狩れる猟師は、こういう貧困の村にはあまり居ない、強い魔力持ちは居ないからだ。

 俺は貴族の家の出だが、事情があって家を出て冒険者をしていた。
庶民の中で暮らし、妻と子供を持ったが病気で亡くした。それから後、金を貯め、冒険者を辞めて、妻の出身のこの村にに来たのだ。
   
   サントルデ村には、俺の他に5人猟師が居て、大型の獣狙いの時は、何人かで組んで猟をしていた。

 「アバルド、この村には他に猟師が5人居るな。その猟師達で協力し、とった獣の脂は種類別で精製するようにしろ」

 ある日、ジェイが俺に突然そう言った。
 「えっ、種類別の精製って?」

 「獣の脂はそれぞれに特製がある。色々な動物の脂を中途半端に煮だしたまま混ぜるから臭いのだ。脂の精製は今から言う手順で行えば良い」

 「…あ、ああ」
 成る程、あの強烈な獣の脂の匂にジェイは驚いたのだろう。

 鹿とシシなら、鹿の方が猟がしやすい。シシは狂暴だ。大抵は罠猟で捕まえるがそれでも怪我をする事も多い。

 猟に関しては、獣は脂が乗るのは冬なので、夏は獲らない。

 シシ肉は脂を食べると言う位、冬の時期の脂の乗ったシシは旨い。
 皆、猟で取れれば、鹿よりもシシを食べたいのだが、鹿でも貧しい村ではご馳走なのだ。

 「まず、一番簡単に手に入りやすいのは、鹿だ。鹿は赤身が多いが、冬に向かって木の実等を沢山食べて脂の乗っている秋以降が良いだろう。その脂身をまず細かく刻み、鍋で沸騰させて冷ますと、上に脂肪の塊が浮いて脂の板が出来る」

 「…ああ、それで?」
 まあ、それは普通皆そうしているのだから、驚く事ではないだろう。

 「また新しく湯を沸かし、その脂の塊を鍋で煮て冷まし、同じような事を何度も繰り返すと不純物が取り払われて、白く美しい脂の板が出来る。匂いもなくなる」

 「そうなのか?」

 「ああ、ただそれだけだと、ただのボロボロ崩れる白い脂の塊なので使いにくい。次に植物から取れた油をほんの少し入れて良く混ぜてやる」

 「そうするとどうなるんだ?」

 「植物油の量により変化するが、柔らかいペースト 状になる。これは、これを塗るだけでも乾燥を防ぐ効果があり、また匂いも気にならない。良い香りの薬草の粉末等を入れれば商品にもなる。但し、値段は張るが保管は封の出来る瓶にしろ」

 「…それって…」

 「これは、ベト熊の脂だと最高級品になる。いずれにせよ手順を踏んで品質の良い物が出来れば、『魔女の商会』で引き取ってくれるかもしれないな、私も臭いのしない良い脂でぬり薬を作りたいと思う」

 ベト熊というのは、この辺りの山に住む、灰銀の毛をした大熊の事だ。

 「…分かったよ、話をしてみる。教えてくれて助かった。それに、俺もあの臭いは苦手なんだ」

 俺は何とも言えない顔になった。王都に住んでいたのだ、ここに来てあの匂を嗅いだ時は鼻が曲がるかと思う程だった。

 だが、土地の慣習と言う物は、変えて行くのはなかなか難しいものなのだ。それに、どうにかしたくても知識が無ければ教える事も出来なかった。

 「だが、一番大切な事だが、生態系が壊れるような乱獲等に繋がらないようにしろ、誰もが考えなしにマネををするようになれば、必ずそうなるぞ」

 村の特産品としてい目立たない程度に少量作っている分には大丈夫だが、それを規模を広げ地方の物とする場合、必ず管轄する領地の決め事として縛りを作らないといけなくなる。

 獣の猟の時期や獲る量など、細かい決め事が必要になるのだ。それを今後どうするかも考えておかねばならないのだ。

 アバルドはまず村の猟師に話をし、それから猟師6人皆で村長に話をした。

ジェイから卸してもらっている薬の時も話を通しているので、村長もこころ良く最後まで聞いてくれ、取り合えずは試しにそれを作って見ようと言う事になった。


 
   注※お話に出て来る猟や動物の話は、作者の脳内世界の事です、ご了承下さい。
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