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8.ミケーネス領へ

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 彼はザルトリウス・コルベと名乗った。竜騎士団は五つの騎士団に別れているそうだ。その中の一つの騎士団の団長だという話だった。

 彼に身分証の提示を求められたので、アド・ファルルカから貰った身分証を見せた。


「私は少々頭が混乱している。まず、貴女が『刺草の魔女の娘』ならば、こちらとしては竜は諦める事。国を守り殉死された魔女の物を奪う事は出来ない。――――そして、私が今混乱している理由だが、貴女は我が国の竜騎士を統括しているブラノア将軍の令嬢に瓜二つである事だが・・・これは一体どういう事だろうか?」

「・・・銀目竜の事については納得して頂いて良かったです。そして、何故ブラノア伯爵家の令嬢に似ているのかという理由は私も分かりません」

「だが・・・この事は上官であるブラノア将軍に報告する義務がある」

「それはそちらの事情なので、好きなようにしてもらえば良いでしょう。銀目竜は渡さないし、私の行動は自由だという事だけふまえておいて下さい。ではもう出立しても宜しいですか?」

「貴女はこれからどちらに向かわれる?」

「それこそ、私が教える義務はないでしょう」

 そういうと、彼はぐっと言葉を飲み込むように黙った。

 私は彼の見ている前でさっさと出発の準備を用意をした。鞍を付けて荷物を乗せる。ジャーノンは空を飛べる事を喜んで喉を始終鳴らしていた。

 ジャーノンに騎乗すると、手綱から伝わる左右の皮紐を引く強弱で彼は私が思う方向へと向きを変える。私の気持ちをよく理解してくれて、素早く滑走路へと動いてくれた。鈎爪の付いた足で器用に土を蹴った短い滑走の後、フワリと風を捉え浮き上がりバサリ、バサリと羽ばたいた。そうしてぐんと高度が上がる。

 すでに空にいたヨーイが急行直下をするように飛んできて、でも私の肩にはそっと止まった。

「まったく面倒ごとばかりだったよ、ヨーイ」

「グエ~ッ」

 ヨーイは私の呟きによい返事を返してくれた。

 ミケーネス領への案内には直接領主館に来るようにと手紙で指示があった。宿泊も用意してくれて、飛竜も館で預かってくれるとの事だった。

『自分の家だと思って帰って来てほしい』

 そう書かれていた。

 アド・ファルルカとはどんな人だろう。

 母から彼の名前は聞いた事があったけれど、詳しい話を聞いた事はない。古くからの仕事の同僚で、腕の良い魔導士だという話だけ。

 王都から少し離れるとミケーネスに向かう程に緑が深くなる。途中魔物である黒炎鳥などにも出くわしたけれど、ヨーイの威嚇と攻撃、そして銀目の魔除け効果で戦いにはならず、魔物が避けてくれたので大事には至らなかった。

 こんな時、ヨーイはまるで銀の光の様に一直線に敵に切り込んで行く。私は彼をとても信頼しているけど、もし壊れてしまったら直す事が出来ないのでとても心配だ。もちろん、ジャーノンも戦う力があるけど、今まで深刻で危険な状態にはなった事は無かった。

 自動人形オートマタだという事は大した問題じゃない。彼は私の大切な家族なのだ。母が亡くなった今、ヨーイやヴィードを失くす事は考えられなかった。私にも魔女の資質があれば良かったと考えてしまう。

 母も、母が私に与えてくれた物も、何もかもが大切だった。だけど、ヴィートレッドの言ったこともまた嘘ではないのだろう。そして力のある魔導士であるアド・ファルルカならもしかすると何か分かるかもしれないという期待もあった。

「ああ、あそこが領主館ね」

 緑の中に石造りの古い城が聳え立っていた。




 私を出迎えてくれたアド・ファルルカは、領主というよりは見た目は地味な魔道士のローブを纏った中年の草臥れたおじさんという感じがする。

 初めて会ったのに、旧知の友人の様に親しげに私に話しかけて来たけれど、嫌な感じは全くしなかった。

 ここは長閑な時間の流れを感じる居心地の良い場所だと感じる。

 そして彼の眼差しもまた、自然に溶け込むような柔らかで不思議な色合いをしていた。

「使用人は最低限でね、あまり行き届かない事もあると思うけど、自分の家だと思ってゆっくりしていって貰いたいんだ。君のお母さんとは古くからの友人でもある」

「あの、私はずっと森の中で母に育てられたので、自分自身の事は自分でしたいのです。貴族の令嬢の様にそばに誰かが付いていると落ち着かないので、最低限で大丈夫です」

「ああ、うん。私も貴族の出ではないので同じようなものだよ。君の良いようにするから大丈夫だ」

「ありがとうございます。助かります」

「長旅で疲れただろう?夕食までゆっくりしていて欲しい。食後に彼女の形見を渡したり、嫌でなければ戦争の事を少し話したいと思っているのだがどうかな?」

「ええ、お願いします。私は城での母のことも全く知らないので、教えて頂けたら嬉しいです」

 竜舎に預けたジャーノンを見に行ったり、自然に任せた感のある庭園を周って見たりしているとあっという間に日が暮れた。

 城の中は自由にして良いという事だったので、図書室にも後で行ってみようと思った。

 食事は広い食堂の間で二人きりで食べた。長いテーブルは十数人掛けだろうけど、テーブルの中心あたりで向き合って食事をした。給仕はついているがさほど緊張もしなかった。

「田舎料理だが、私はここの料理が好きなのでいつもこんな感じで出してもらっている。口に会えば良いのだが」

「全部美味しいです。この、お肉の煮込みも柔らかくてとろけそうでした」

 ゴロゴロとした何種類かの野菜を煮込み、大きな肉の塊はクタクタになっているけど口に含むと溶け込むように解けた。どれも素材そのものの味がして、本当に美味しい。野菜は甘く感じる。

「そうだろう、残った汁をパンに浸み込ませて食べると格別なんだ。肉は硬い部位の安い物だが、こうして食べるととても旨い」

「はい、ものすごく美味しいです」

「王都でもこんな風に美味しい煮込みを出す店があってね、君のお母さんともよく通ったものだよ」

「そうなんですね。私は王都での母の仕事や暮らしを知らなくて、戦争の事も・・・何一つ分かっていませんでした」

「うん・・・彼女にとって君は何よりも大切な宝だったから、汚い物や嫌な物から遠ざけたかったんだろう。彼女から自分にもしもの事があったら君に直接渡して貰いたいと言われていた手紙があるんだ」

「それが母の遺品ですか?」

「いや、遺品は別だよ。彼女の箒だ」

「母の箒が残っているんですか?」

「うん、奇跡的に残っていた。国境での戦いで最後の最後に相手側の魔導士たちが自分たちの命を媒体に数人がかりで練りこんでいた強力な術式を、彼女は身体を張って吸収した。彼女は空間魔法を操る天才でもあったから・・・。全てをその身に飲み込んで消えてしまったけど――――箒だけ、そこに残っていた。彼女があそこでそれを使わなかったら、国中のた全ての者が死んでいただろうと思う程の術式だった」

「・・・私は、母がいなくなってとても悲しかった。国を守るよりも、生きていて欲しかったとずっと思っていました」

「――――彼女は、国を守ったのじゃなくて、君のいるこの国を守ったのだと思うよ」


 

 

 

 
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