刺草(いらくさ)の魔女の娘

吉野屋

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5.竜騎士の家

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 人間のヴィートレッドはザイラス国の貴族、侯爵家の嫡男だという話だった。

 先ほど私の事をフィルシャンテと呼んだが、彼女が彼の婚約者で、私にそっくりだというのだ。

 彼女が生身の人ならば、どうしてそれほど私と似ているのだろうか?

「実は、家にいる人型の自動人形オートマタが、貴方にそっくりなのよね。名前までヴィードっていうの。母が名付けたんだけど・・・これって偶然の一致じゃありえないし」

「人型の自動人形なんて、すごいな・・・見てみたい。しかも私そっくりだなんてどういう事だろう?故意に作られたとしか思えない。君にそっくりな婚約者と、僕にそっくりな自動人形・・・。ところで、君の名前を教えてくれないか?」

「私の名前はジュジュよ」

「ジュジュか、天使の名だな。庶民の中では大変人気のある名だ。ジュジュ、クルぺ、メルトア。三大天使の名だ」

「うん、母からその天使から名前を貰ったって聞いたことがある」

 『魔女が天使から名前を取るなんて笑える』ってアガダルおばさんが笑って言ったことがあったなと思い出した。

 どうやら当時、女の子の可愛い名前ランキング第一位だったらしい。ちなみにどうして庶民に人気で貴族には人気がないかというと、貴族は御大層な名前が多いのでジュジュという名は庶民に多く、ありきたりすぎるという理由の様だ。別にいいんですぅ。私は気に入ってるから。

「国の追悼式で『棘草の魔女』の名も出ていた、君もお母さんを亡くされて辛かったね」

「うん・・・いっぱい泣いてやっと気持ちに整理がつけられる様になったし、お母さんの遺品を返してもらいに来たのと・・・もう一つ、私の『お父さん』をこっそり探してみたかったの」

「お父さん?君の?」

「そう。母と父は結婚していないの。魔女としてはわりとそういうのは普通の事みたいだけど、父は私が生まれた事は知らないらしいから陰から見てみたいだけ。容姿は私に似ていて竜騎士らしいの。でも、迷惑をかける気はないからこっそりね」

「・・・竜騎士?」

 ヴィードレッドは眉を寄せて何か考えている様子だった。

「どうしたの?」

「言っていいものなのかどうか、いや、でもな・・・」

「どういうこと?ちゃんといってくれないと分からないわ」

 彼は言い淀んでいたが、私の目を見ていった。

「さっきから、色々な不思議があるだろう?君にそっくりな私の婚約者の事。彼女は父親似で、つまり、君とそっくりだ。しかも家は竜騎士の家系なんだ」

「じゃあ、もしかしたら、私の父親は彼女と同じかもしれないのね?そうか、そう考えるとこの不思議な関係性も腑に落ちるっていうか、何かしらあるってことも頷けるね。ああ、もしかして彼女も竜に乗るの!?」

 変な所に食らいついいてしまった。

「いいや、乗らない。『彼女も』って言うことは、君は竜に乗れるんだね?・・・もし、二人の父親が同じだとすると、それは、ちょっとフィルシャンテにとって運命の回り具合が良くないな、可哀そうになって来た」

「なに?どういう事?」

「君は魔女の娘だから、貴族の事には疎いのだろうな。フィルシャンテは本来なら竜騎士の家を継ぐべき人だったけど、家を継ぐ事が出来ない。何故なら彼女は竜に乗れないからだ。だから私の婚約者になったという経緯がある」

「え?意味わからない。私、貴方のいうように、貴族の家の事はさっぱり分からない育ち方をしてきたから・・・」

「ザイラス国の貴族の全てがそうだというわけではないが、竜騎士の家ならば竜騎士になる素質が見いだせなければ家を継ぐ事が出来ない。ブラノア家は竜騎士の家系で、竜騎士として必ず王家の盾となるべく家なんだ。それが女性だとしても、竜騎士の素質がなければ唯一の直系でも家を継ぐ事は出来ないのさ」

「じゃあ、誰が継ぐの?」

「遠縁でも構わないから親戚筋から竜騎士の素質を持つ者が選ばれる」

「そうなんだ。それほどまでにそれがどう大切なのかちょっと私にはピンとこない話だわ」

「つまり、特殊な力によって王家から爵位を賜った貴族は、その力がなければ継げないのさ。必要なのは王家を守る力となる特殊な能力だ。実際、私は次男だが、兄には呪術師の才能が無かったので私が選ばれたからね。特別な力を持つ貴族はだいたいその力を残すためにそのようにするんだ。そうすれば後継争いは起こらない。常に能力の強い者が選ばれる。しかたのない事だ。おっと、いけない。話が随分逸れてしまった」

「あなたの婚約者は、家を継ぎたかったって事?」

「そうだな。彼女はいつも竜騎士になりたかった。魔力は十分に強いのに、竜には乗れないんだ。能力は高いのに竜騎士の家を継ぐ事が出来ない。だから彼女はいつも不満を抱えている」

「ふうん。魔力が強いっていうのは羨ましい限りだわ。私は母の様な魔導士になりたかったから、魔力が弱くてなれなかったけど、竜には乗れるのよね。あはは、私達の持つ能力が逆だったら上手くいったのにね」

「・・・笑いごとではない話かもしれないな。僕はある仮説を頭の中で今立ててしまったんだ。それは、もしかすると、君の運命が全く変わるかもしれない話だが」

「ええ?そういうのはいらないわ。聞きたくない」

「だが君の指輪の話がある。私は呪術を扱う家系の者だ。その指輪は明らかに君を呪い、何かを邪魔している事を感じる。君にとって良くない状態なのは間違いない。本来君のもつ何かをその指輪は封印しているとも言えるだろう」

「はっ?」

「君のもつ何かを邪魔している呪具をそのまま身に着けていたら、そのうち君は壊れてしまうかもしれない。良いのか?」

 こっちのヴィードがとんでもない事を言い始めた。それを信じろというのか?もし本当だとすれば、なぜ母が私にそのような事をしたのか知る必要がある。まるで、今まで盤石だった足元が、突然砂になって崩れて行くような恐ろしく不安定な気分だ。今まで信じていたものがもし全て違っていたら、私はどうしたらいいんだろう。



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