刺草(いらくさ)の魔女の娘

吉野屋

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1.刺草(いらくさ)の魔女の娘

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 私の大切な娘へ


 世界中の誰よりも一番愛しています。

 どこにいても何をしていても、

 いつだってほんの少しの何かで、

 あなたが多くの幸せを感じられることを

 心から祈っています。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 その短い手紙は、戦場で同僚の魔道士アド・ファルルカに渡された物だそうだ。母が亡くなって半年後に私の元へ届けられた。

「戦争の手伝いをしてくるので、家の事はよろしくね」

 そう言って家を出て行ったまま、帰らぬ人となった。

 母は、城の魔道士で、刺草の魔女という異名持ちだったらしい。

 私は知らなかったけど、今はもう数を減らし、殆どが死に絶えた魔女の家系の出自だったようだ。

 戦の多いこの国で力の強い魔導士は優遇されるらしい。

 だけど死んでしまっては意味がないよ、お母さん。もっと一緒にいて色々な事を教えてもらいたかった。



 母の独身時代は城の魔道士として働き、私の出産で一旦は退職したが、私が10才を越えると、城から請われて臨時契約の魔道士として再度務めを始めた。月半分は登城して魔道士の仕事をこなし、残りの半分は森で私と暮らす。そういう生活だった。

 結局、母は魔道士の仕事が好きだったのだろう。仕事と森で暮らす生活。この二つが彼女の大切な事だったのだと思う。王都に仕事に行く母は楽しそうだった。

 王都から帰ってくる時は、いつも私にお土産をたくさん買って来てくれた。綺麗な洋服に美味しいお菓子。笑顔で帰って来る母を森で待っていた。

 それと、もう一つ、私の父親の事を聞いたことがある。

 絵本にのっている家族とは、お父さんとお母さんがいて、そしてその間に子供がいた。

「私のお父さんは、どうしていないの?」

 そう、私が聞くと、こう教えてくれた。

 私の父親は貴族の次男だったけど、長男が病で亡くなり家を継ぐ事になったらしい。

 家を継がないのなら貴族でない女性と結婚出来るけれど、継ぐ事に決めたから庶民の母と結婚できなくなったのだそうだ。

 母は私がお腹の中にいる事は黙って身を引いたのだと話した。もちろん、幼かった私に理解できる様に噛み砕いて理解させてくれた。

「もういいのよ、私にはあなたがいるから」

 でも、そう言った母の顔は淋しそうだったのを覚えている。

 



 

 楽しいことや嬉しいこと、動物を愛おしく思うこと、でも食べるためには生き物の命を奪うこと、死んだものは生き返らないこと、森で一人で生きていくためにはどうしたら良いのか、そういった生きるための大切なことをゆっくり生活の中で母に教わった。

 人は、生まれてくる時も死にゆく時も一人、自分の未来は自分で選び、責任を取る覚悟さえあれば、大抵のことは乗り越えていけるのだと・・・。

 私はそうして生きてきたと、母は言っていた。


 物心つくときから住んでいた森での生活は、朝起きると母と一緒に小さな台所に立ち、簡単な朝食を作る事から始まった。目玉焼きやとソーセージとパン。蒸したホクホクのジャガイモにバターを乗せて食べる幸せ。裏の畑で取れたシャキシャキのレタスに真っ赤に熟れたトマト。




今日は何をしようか天気を見て考える。そういうのが楽しみだった。私の相棒の銀カラスヨーイを連れて行きたいところへ行き、やりたい事をする。


 母から生きるために必要な基本的な事を教わり、どうすればより上手に出来るのか、あれこれ考える事が楽しかった。

 文字を習い、計算を習った。裁縫や料理のやり方も。

 母から何を習うのも楽しかった。何も不満は無かった。

 私の狭い世界は、それで完成されていた。

 母は私の優れた師だったとおもう。

 母は強い魔力を持っていたけど、私は生活魔法は使えるけれど、魔力は弱かった。

 そういうのは、人それぞれだから、自分に合った生活をすれば良いといわれた。


 魔力の弱い私の安全の為に、母の得意な錬金術で創ってくれたのが、私の身を守護してくれる自動人形オートマタと呼ばれる、銀カラスのヨーイという相棒だった。ヨーイは鴉そっくりな姿をしているけど、銀色で、銀細工の様に美しい。私の宝物だ。もう一つの宝物は、お守りなので外してはいけないと言われている指輪だった。私の瞳と同じ青い石が填められた銀の指輪だ。母が魔力で私を守ってくれているのだと聞いた。

 その母は私が10才で城に働きに出る様になると、新しい自動人形が加わった。少年の姿をしたヴィードという名の自動人形だった。名前は母が付けた。

 彼は母が仕事に出ている間の私の話し相手と家の中の色々な事をしてくれた。

 不思議な事に彼も姿を徐々に大人へと変えていった。これも母の成せる技なのだった。



 物心ついた時にはヨーイは居たし、指輪は私の左の中指に嵌められており、成長と共に指に合ったサイズに変化している様だった。

 後に知ったのだけど、母は自動人形オートマタを作る天才とも言われていたようだ。この様な精巧な魔道具を作れるのは母だけだったのだ。


 私が母以外に会う人といえば、たまに訪ねてくる母の知り合いの魔女位のものだったが、十歳になると母が与えてくれた飛竜に乗って近くの町まで自分一人で買い物に行くようになった。それまでは母に連れられて一緒にほうきに乗せられ町へ行き、お金の使い方や上手な買い物のやり方を習った。

 でも、そのうち一緒に箒に乗るには育ちすぎて無理になった。

 それにしても、私は魔女の娘でもほうきに乗れないけど、飛竜に乗れるのを何故母は知っていたのだろうか。

 10才の誕生日に、母は突然私を少し大きい街の市場に連れて行き、飛竜を買ってくれたのだ。あの時は驚いた。

 母どうやらかなりの蓄えをしていて、私の為に高価な買い物をしてくれたのだった。

 
 小さな町でも森にはない珍しい食べ物や、可愛い雑貨があり、出かけるのは楽しみだった。ああ、もう母に会えないのだと思うと心にポッカリと空いた穴をどうしたらよいのか分からなくなる。

 それほどに母が与えてくれた知識や包んでくれる温かさが私の世界の全てだったのだ。
 
 戦争は突然の隣国の侵略により始まった。まず国境沿いの田舎の村が焼かれた。

 直ぐに城から通信の魔道具を通じて直接母に戦争への参加要請が送られて来たようだ。

「戦争の手伝いをしてくるから、家の事はよろしくね」

 そう言って身支度を整えた母は箒で飛び立って行ってしまった。

 


 森を出る前に母は言った。

「この森は昔から古い魔女の、強い結界に守られているから、貴女を何者からも守ってくれる、だから戦争が終わったという連絡が私から入るまでここから出てはだめよ」

 何度も念押しして、そう言われれば、私はうなづくしかなかった。この時、私はもう少しで15才になる頃だったけど、母には頼りない存在に思えたのだろう。この国は16才で成人と決まっているのに。



 私の知識の全ては母から与えられたものだ。母が私の世界だった。だから一方的で偏ったものだったということに気づいたのは、母が亡くなり、外の世界に出てからとなる。



 幾つもの国に囲まれていて、資源が豊富なこの国ザイラスは狙われ易い。けれども力の強い魔法使いが生まれる為そう易々とは手を出せないのだと聞いた。



 戦争が終結し、騒乱の最中、刺草の魔女の住処を見つける為に母の同僚の魔道士は奔走してくれたらしい。


 母は一部の魔女仲間にしか居場所を教えておらず。魔女はえてして気まぐれだから、魔女の誰かを捕まえることは至難の技だったのだ。母が亡き今、魔女にしか連絡を取れない。

 それでこの場所を特定し、連絡をするのにも時間がかかってしまったと魔道士からの手紙には書かれていた。

 


 私は大好きだった母の死を悼んで、しばらく泣き暮らしたが、泣くことにも疲れた頃に新たな手紙が届いた。

 前回、手紙をくれた魔道士、アド・ファルルカからだった。

 
 「しばらく時間が経過しましたのでまたご連絡しました。少し落ち着かれた頃かと思います。貴女の母上の形見を預かっています。一度、此方へいらっしゃいませんか?」

 
 母の形見ならば受け取りたい。

 そう思い、重い腰を上げた。

 私一人が生きていくだけの為には使い切れないほどの蓄えを母は残してくれていたし、母と暮らしたこの森を、私はとても愛している。

「戻ってくるまで待っていてね・・・」

 そう森と、ヴィードに声をかけて久しぶりに森から出た。ヨーイは一緒に連れて行く。私たちはいつも一緒だった。


 
 
 私は飛竜に乗り、王都の外れを目指した。王都に程近く、けれども森に囲まれて自然の多いミケーネス。

 アド・ファルルカの領地であるミケーネス領。彼もまた平民ではあったが、戰の功績で伯爵位を賜り、この領地に居を構えた。よって彼はミケーネス伯と呼ばれているようだ。



 森の暮らしには何の不自由もなかった。母から聞いた話では、人にも色々なタイプがいるらしい。

 大きく分ければ、一人では淋しくて生きていけない者と、人が煩わしく一人が良い者とがいるそうだ。

 私は何方かというと、後者なのかも知れない。

 母との暮らしは、静かで穏やかな、平穏な日々が日常だった。


 このまま歳を重ねても、ずっと森で暮らしたいと思っていた。

 母と暮らすのは何の不満もなかった。だから他の人と暮らしてみたいとは思わなかった。ヨーイとヴィードがいれば満足だったから。

 でも、私は外の世界を知らず、その様に育てられて来たのだという事を知ることになる。

 それは、私にとって今から自分で生きていくには必要不可欠な知るべき真実というものだった。
 
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