母が田舎の実家に戻りますので、私もついて行くことになりました―鎮魂歌(レクイエム)は誰の為に―

吉野屋

文字の大きさ
上 下
45 / 46
第六章

2.終わりと始まり2

しおりを挟む
 紫さんとお祖父さんとは別れて、百家くんと私は井戸のある庭へと移動した。

 私の中で懐かしいという気持ちが沸き起こる。小さな弟と二人で遊んだ情景が頭に浮かぶ不思議な感覚だった。

「大丈夫か?」

 百家くんが声をかけてくる。しんと静まり返った庭には虫の鳴く声すら聞こえない。不思議な事だった。

 真っ黒な暗渠あんきょから何かが湧き出てくるのではないかという気持ちがよぎる。

「う、うん」

「「「「きょんきょ~ん、くるヨ、くるヨ、キヲつけて!」」」」

 白狐の声が響いた。

――――――――ゴゴゴゴゴゴォゴゴゴオオオオオオオオオォォォォォォ――――――――

 物凄い地鳴りと共に、屋敷が崩れるのではないかと思うような揺れが来た。

 ドォン!という音がしていきなり突き上げられるような感覚がして、井戸の跡の土がボコリと盛り上がる。

 そこから無数の腕が伸びてきた。すると白狐達が私達を中心に四方に飛び四角を描くように四隅を作る。

 まるで透明なガラスの箱の中に守られたようになり、地中から伸びてきた手は見えないガラスに弾き飛ばされた。

 こんな状況の中、私は百家くんが私に言っていた事を思い出していた。


「強い悪意を持って憑いている霊を払う事は難しい。本当に除霊のできる霊能者などは、それをする為に自分の寿命を短くするほどの力を使うそうだ。やり方は人によって違うが、例えばだけど自分の中に霊を取り込み説得をして霊に納得をさせて離れさせるという作業だそうだ。そうでなければ一時身体から離す事が出来たとしても、また憑りつくからだ。でも俺はそういう作業はしない。依頼される案件が大抵の場合、もう話の通じる人間の心ではなくなって悪意ある念となっているからという事もある。だけど、いちいち霊に諭して離れてもらうなんて面倒だから消し飛ばすんだ」

 面倒ときたもんだ。しかも消し飛ばす。でも、話をしても無駄なら仕方がないとも思う。

 こういう状況の中で、綺麗ごとは言っていられない。だってもし自分が悪霊になってしまったとして、永遠に悪霊のままどこかに張り付いているなんてすごく嫌な事だ。それならいっそ無くなってしまった方が良い。絶対そうだ。

 だから消し去る方向でいいと思う。私は百家くんの邪魔だけはしないでいたい。それと、今まで生きてきて、ずーっとこの大切な心の奥まった所に残った・・・前世での大切な人への心配でしょうがない思いというものが解放させてほしい。誰かのためではなく、自分のためだ。前世に縛られるような自分ではいたくないから。

 そういうことで、私はこの悪霊の調伏には進んで臨んでいる。白狐、私頑張るから!

「「「「きょんきょ~ん」」」」

 私の心の声が聞こえたのか、まるで応えるかのように白狐が鳴いた。

 最初は、土の中で蠢き、苦しみ藻掻いて外に出たがった彼女の執念だったのだろう。どす黒く立ち昇り家ごと包んで滅ぼそうとするのは自分をそんな目に合わせた者への恨みつらみの凝り固まった呪いだ。それらは低級霊らをも引き寄せてどんどん膨れ上がる。そして東神家への羨望による生きた邪念。様々なものが縒り合されどんどん膨らんでいく。長年蓄積された膿んで腐ったような負の感情の塊を消してしまいたい。

 百家くんが私の方を向いて両掌を私に向けた。彼の瞳が金色に見える。

 自然に向き合い、私が彼と手を合わせた瞬間私達の間から白い光が放たれて巨大な五芒星となり頭上に輝いた。

 向き合った彼の口からつらつらとながい言葉が紡がれて流れでる。それを私は心地よいと感じながら眺め聞く。もっと強く、もっと広がれ、そう思う心は広がり、やがて視界が真っ白になっていった。

「―――終わったぞ・・・」

 百家くんの声にはっと我に返った。

 目の前にはあのまま手を合わせて見つめあう状態の百家くん。急に気恥ずかしくなった。

「お、終わった?ほんとに?」

「ああ。塙宝のおかげだ。残滓すらもない」

 真っ暗だった空にはいつの間にか星が瞬き、虫の鳴き声が戻っている。

「暑い、暑さも戻って来た!」

 私が叫ぶと白狐が跳ね回って去っていった。そして、紫さんとお祖父さんが襤褸布を纏ったような東神家の奥様を連れて戻って来た。裏山の入り口で座り込んでいたそうだ。








 後日のこと、私はお兄さんと二人で東神家の縁側で何故かアフタヌーンティーのような段飾りのスイーツをつついていた。

 縁側の敷石に足を下ろし、置いてあった木のサンダルをひっかけている。

「縁側でアフタヌーンティーって面白いね」

 暖かい紅茶をすすりながらサンドイッチを頬張る。

「女の子の友達が来るって言ったら、なんだかすごいの用意してくれたみたい」

 そう言って、困ったようにお兄さんが笑う。お手伝いさんが張り切ってくれたらしい。

 お兄さんは鯖色だったボサボサの髪の毛をスッキリと短くして元々の黒い色に戻していた。

 悪かった顔色もなんか良くなったように見える。

 道の駅のアルバイトは辞めて、一人暮らしも止め、家に戻ったのだ。


 今は大工さんやら色んな人が裏庭に出入りしている。謂れのあった井戸跡には社が建てられ、周囲も風がとおるような庭にされて綺麗に整えられていた。

 そういえばお兄さんのお母さん、東神家の奥様はM市にある心療内科や精神科のあるクリニックに入院している。

 人の分別がついていなくて、子供の頃に戻ってしまった様子らしい。また山の中に入ったり徘徊などがあると大変なのでそちらでケアしてもらっているそうだ。

 お兄さんも週に何回かは様子を見に行っているのだそう。

「それと、来年は、関東の大学に通う予定なんだ。・・・こっちに帰って来るときには連絡したら、また会ってくれる?」

「うん、受験勉強頑張ってね。いつでもまた携帯でメールして」

「そうする。麻美ちゃんは大学はやっぱりこっちで?」

「そのつもり。日本文学とか興味あるし、それなら丁度いい女子大とかもあるから」

「そうか、がんばって。応援してる」

「ありがと」

 また冬が近づきつつある。空気も冷たくなってきた。季節は巡るし新しい生活も待っている。

 






 
 

 

 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

辺境伯へ嫁ぎます。

アズやっこ
恋愛
私の父、国王陛下から、辺境伯へ嫁げと言われました。 隣国の王子の次は辺境伯ですか… 分かりました。 私は第二王女。所詮国の為の駒でしかないのです。 例え父であっても国王陛下には逆らえません。 辺境伯様… 若くして家督を継がれ、辺境の地を護っています。 本来ならば第一王女のお姉様が嫁ぐはずでした。 辺境伯様も10歳も年下の私を妻として娶らなければいけないなんて可哀想です。 辺境伯様、大丈夫です。私はご迷惑はおかけしません。 それでも、もし、私でも良いのなら…こんな小娘でも良いのなら…貴方を愛しても良いですか?貴方も私を愛してくれますか? そんな望みを抱いてしまいます。  ❈ 作者独自の世界観です。  ❈ 設定はゆるいです。  (言葉使いなど、優しい目で読んで頂けると幸いです)  ❈ 誤字脱字等教えて頂けると幸いです。  (出来れば望ましいと思う字、文章を教えて頂けると嬉しいです)

新しい聖女が見付かったそうなので、天啓に従います!

月白ヤトヒコ
ファンタジー
空腹で眠くて怠い中、王室からの呼び出しを受ける聖女アルム。 そして告げられたのは、新しい聖女の出現。そして、暇を出すから還俗せよとの解雇通告。 新しい聖女は公爵令嬢。そんなお嬢様に、聖女が務まるのかと思った瞬間、アルムは眩い閃光に包まれ―――― 自身が使い潰された挙げ句、処刑される未来を視た。 天啓です! と、アルムは―――― 表紙と挿し絵はキャラメーカーで作成。

凡人がおまけ召喚されてしまった件

根鳥 泰造
ファンタジー
 勇者召喚に巻き込まれて、異世界にきてしまった祐介。最初は勇者の様に大切に扱われていたが、ごく普通の才能しかないので、冷遇されるようになり、ついには王宮から追い出される。  仕方なく冒険者登録することにしたが、この世界では希少なヒーラー適正を持っていた。一年掛けて治癒魔法を習得し、治癒剣士となると、引く手あまたに。しかも、彼は『強欲』という大罪スキルを持っていて、倒した敵のスキルを自分のものにできるのだ。  それらのお蔭で、才能は凡人でも、数多のスキルで能力を補い、熟練度は飛びぬけ、高難度クエストも熟せる有名冒険者となる。そして、裏では気配消去や不可視化スキルを活かして、暗殺という裏の仕事も始めた。  異世界に来て八年後、その暗殺依頼で、召喚勇者の暗殺を受けたのだが、それは祐介を捕まえるための罠だった。祐介が暗殺者になっていると知った勇者が、改心させよう企てたもので、その後は勇者一行に加わり、魔王討伐の旅に同行することに。  最初は脅され渋々同行していた祐介も、勇者や仲間の思いをしり、どんどん勇者が好きになり、勇者から告白までされる。  だが、魔王を討伐を成し遂げるも、魔王戦で勇者は祐介を庇い、障害者になる。  祐介は、勇者の嘘で、病院を作り、医師の道を歩みだすのだった。

公主の嫁入り

マチバリ
キャラ文芸
 宗国の公主である雪花は、後宮の最奥にある月花宮で息をひそめて生きていた。母の身分が低かったことを理由に他の妃たちから冷遇されていたからだ。  17歳になったある日、皇帝となった兄の命により龍の血を継ぐという道士の元へ降嫁する事が決まる。政略結婚の道具として役に立ちたいと願いつつも怯えていた雪花だったが、顔を合わせた道士の焔蓮は優しい人で……ぎこちなくも心を通わせ、夫婦となっていく二人の物語。  中華習作かつ色々ふんわりなファンタジー設定です。

子持ちの私は、夫に駆け落ちされました

月山 歩
恋愛
産まれたばかりの赤子を抱いた私は、砦に働きに行ったきり、帰って来ない夫を心配して、鍛錬場を訪れた。すると、夫の上司は夫が仕事中に駆け落ちしていなくなったことを教えてくれた。食べる物がなく、フラフラだった私は、その場で意識を失った。赤子を抱いた私を気の毒に思った公爵家でお世話になることに。

旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます

結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】 ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。

【完結】捨ててください

仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
ずっと貴方の側にいた。 でも、あの人と再会してから貴方は私ではなく、あの人を見つめるようになった。 分かっている。 貴方は私の事を愛していない。 私は貴方の側にいるだけで良かったのに。 貴方が、あの人の側へ行きたいと悩んでいる事が私に伝わってくる。 もういいの。 ありがとう貴方。 もう私の事は、、、 捨ててください。 続編投稿しました。 初回完結6月25日 第2回目完結7月18日

処理中です...