母が田舎の実家に戻りますので、私もついて行くことになりました―鎮魂歌(レクイエム)は誰の為に―

吉野屋

文字の大きさ
上 下
39 / 46
第五章

8.井戸の謂れ

しおりを挟む
 東神家での話し合いの中、今まで現在のご当主がくだんの井戸の話を亡くなったご両親からほとんど聞いていない事が明らかになった。

 現代に至って、昔の謂れに対しての受け止め方は人それぞれだろうが、ご当主のご両親はそういう話をやはり信じてはいなかったのだろう。

 地元の旧家であり名士の東神家。多くの資産があり豊かな暮らしをしていく上で、昔から伝わる謂れによって不可思議な遭遇を身に受けた事のない者には本当かどうかも分からないただの昔話、もしくは眉唾物の話だろう。

 江戸時代に遡る井戸の障りの出所に関しても、どうやらその記録すら東神家では処分されていた様子だった。

 むしろ、こんな風に家に不名誉な言い伝えが残る事実を恥と考え無かった事にしたいと思ったのかもしれない。

 百家神社には江戸時代の当時の記録が残っている。とは言え、書かれている文字を読もうと思っても専門の知識が無ければ読める代物ではないそうだ。例えそれがまごうこと無き慣れ親しんだ漢字やかなを使った日本語だとしても、今では使われていない言葉遣いであったり、崩し字であったりと、ミミズがのたくったような感じでまるで読めないらしい。おまけに当て字なんてのも使われている。ではなぜ内容が分かるのかというと、百家神社では後継者が古文書を読めるように教育するのだそうだ。後継者も大変だなと思った。という事は百家くんも勉強しなければいけないという事になる。

 でも、その話を聞いた時、ちょっとだけ、私もそういうのが読めるようになりたいなと思った。そういうのを勉強してみたい。ほんの少し芽生えたその気持ちは私にとって未来に繋がる希望の欠片だったのかもしれない・・・。



 さて、話は東神家の事に戻る。当時、庄屋であった東神家の年頃の娘が疱瘡ほうそうに罹った。

 疱瘡とは天然痘てんねんとうの事で、奈良時代に大流行を起こし、日本の総人口の25%が亡くなっている。その後も何度も国内で猛威をふるった。日本では1956年(昭和31)まで確認されていて、1980年(昭和55年)にWHOにより天然痘根絶宣言が出され世界から消滅した。

 そして幕末に種痘による予防法が広がるまで治療法は無く、罹った患者を隔離するのが精一杯だったらしい。死亡率が高く、失明する事もある。有名な伊達政宗の隻眼も天然痘が原因だった。そして運よく助かっても体中に痕が残り見目が悪くなるために「見目定(みめさだ)めの病」として恐れられたのだ。見目の悪くなった者はその後の人生も左右されることになる。

 東神家で封印された記録がどの様なものだったのかは今となっては知る術がないけれど、百家神社に残る記録によると、疱瘡に罹った娘を東神家では蔵に隔離したとある。

 娘が疱瘡に罹った事は伏せられ、流感に罹り予後が悪く寝たきりになった事にされた。

 命はとりとめたものの娘の顔には酷い痘痕あばたが残り、片目は瞑れたそうだ。決まっていた輿入れの話も消えて、将来を悲観した娘は井戸に飛び込んだという話であったけれど、事実は違うとなっている。

「表向きはその様な記録になっていますが、実際には東神家の娘が疱瘡に罹った等という話が外に漏れると外聞が悪い為に、蔵に閉じ込めていたらしいのです。その娘は気も触れてしまい、蔵から逃げ出したのですが家人に見つかり井戸まで追い詰められて・・・落とされたのだろう、という話でした。娘は井戸の中で数日は生きていたそうで、そののち井戸は埋められましたが、怪異に苦しめられる事になり、家の神社に助けを求めて来られたという記録です」

 怖い話だ。人って本当に残酷になれる。

「あの・・・井戸に落とされたというのは、どうして分かったのでしょうか?」

 お兄さんが至極まともな質問をした。

 霊力の高い人は死人の話を聞ける人もいるし、起こった出来事を視る事が出来る人もいるという。百家神社はおそらくそういう家系なのだと思うけど、信じられるかというと視えない人には無理だと思う。おまけに白狐が守っている家なのだ。聞かずともある程度の事実は分かっていたのではないだろうか?

「残っている記録によると、怪異というのが毎晩亡くなった娘が家人の枕元に立ち恨みつらみを言うという話だったそうなのです。『この家の血を絶やしてやる』そういった内容だったそうです。百家家の神職が向かった屋敷に漂う恨みの念が尋常で無かった為、当時の東神家の当主に本当の話をしてもらわなくては救えないと伝えた所、当主から事実を聞けたという事でした。当時村では、精神疾患の家系や疫病を持ち込んだ家等は村八分になっていたそうです。庄屋からその様な者が出る事は許せなかったと記してありました」

 すると、百家くんのお祖父さんは納得できる話をしてくれた。

「・・・怖いですね、それほど昔の事でなくとも、地域にあった風習や因習というものは、残酷です」

 お兄さんはぼそぼそとそう答え、背中を丸めて俯いた。とても悲しそうで私は思わず背中を撫でてあげたいような気分になったのだった。

 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

私のドレスを奪った異母妹に、もう大事なものは奪わせない

文野多咲
恋愛
優月(ゆづき)が自宅屋敷に帰ると、異母妹が優月のウェディングドレスを試着していた。その日縫い上がったばかりで、優月もまだ袖を通していなかった。 使用人たちが「まるで、異母妹のためにあつらえたドレスのよう」と褒め称えており、優月の婚約者まで「異母妹の方が似合う」と褒めている。 優月が異母妹に「どうして勝手に着たの?」と訊けば「ちょっと着てみただけよ」と言う。 婚約者は「異母妹なんだから、ちょっとくらいいじゃないか」と言う。 「ちょっとじゃないわ。私はドレスを盗られたも同じよ!」と言えば、父の後妻は「悪気があったわけじゃないのに、心が狭い」と優月の頬をぶった。 優月は父親に婚約解消を願い出た。婚約者は父親が決めた相手で、優月にはもう彼を信頼できない。 父親に事情を説明すると、「大げさだなあ」と取り合わず、「優月は異母妹に嫉妬しているだけだ、婚約者には異母妹を褒めないように言っておく」と言われる。 嫉妬じゃないのに、どうしてわかってくれないの? 優月は父親をも信頼できなくなる。 婚約者は優月を手に入れるために、優月を襲おうとした。絶体絶命の優月の前に現れたのは、叔父だった。

少し冷めた村人少年の冒険記

mizuno sei
ファンタジー
 辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。  トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。  優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。

【一話完結】断罪が予定されている卒業パーティーに欠席したら、みんな死んでしまいました

ツカノ
ファンタジー
とある国の王太子が、卒業パーティーの日に最愛のスワロー・アーチェリー男爵令嬢を虐げた婚約者のロビン・クック公爵令嬢を断罪し婚約破棄をしようとしたが、何故か公爵令嬢は現れない。これでは断罪どころか婚約破棄ができないと王太子が焦り始めた時、招かれざる客が現れる。そして、招かれざる客の登場により、彼らの運命は転がる石のように急転直下し、恐怖が始まったのだった。さて彼らの運命は、如何。

独身寮のふるさとごはん まかないさんの美味しい献立

水縞しま
ライト文芸
旧題:独身寮のまかないさん ~おいしい故郷の味こしらえます~ 第7回ライト文芸大賞【料理・グルメ賞】作品です。 ◇◇◇◇ 飛騨高山に本社を置く株式会社ワカミヤの独身寮『杉野館』。まかない担当として働く有村千影(ありむらちかげ)は、決まった予算の中で献立を考え、食材を調達し、調理してと日々奮闘していた。そんなある日、社員のひとりが失恋して落ち込んでしまう。食欲もないらしい。千影は彼の出身地、富山の郷土料理「ほたるいかの酢味噌和え」をこしらえて励まそうとする。 仕事に追われる社員には、熱々がおいしい「味噌煮込みうどん(愛知)」。 退職しようか思い悩む社員には、じんわりと出汁が沁みる「聖護院かぶと鯛の煮物(京都)」。 他にも飛騨高山の「赤かぶ漬け」「みだらしだんご」、大阪の「モダン焼き」など、故郷の味が盛りだくさん。 おいしい故郷の味に励まされたり、癒されたり、背中を押されたりするお話です。 

よんよんまる

如月芳美
キャラ文芸
東のプリンス・大路詩音。西のウルフ・大神響。 音楽界に燦然と輝く若きピアニストと作曲家。 見た目爽やか王子様(実は負けず嫌い)と、 クールなヴィジュアルの一匹狼(実は超弱気)、 イメージ正反対(中身も正反対)の二人で構成するユニット『よんよんまる』。 だが、これからという時に、二人の前にある男が現われる。 お互いやっと見つけた『欠けたピース』を手放さなければならないのか。 ※作中に登場する団体、ホール、店、コンペなどは、全て架空のものです。 ※音楽モノではありますが、音楽はただのスパイスでしかないので音楽知らない人でも大丈夫です! (医者でもないのに医療モノのドラマを見て理解するのと同じ感覚です)

飯屋の娘は魔法を使いたくない?

秋野 木星
ファンタジー
3歳の時に川で溺れた時に前世の記憶人格がよみがえったセリカ。 魔法が使えることをひた隠しにしてきたが、ある日馬車に轢かれそうになった男の子を助けるために思わず魔法を使ってしまう。 それを見ていた貴族の青年が…。 異世界転生の話です。 のんびりとしたセリカの日常を追っていきます。 ※ 表紙は星影さんの作品です。 ※ 「小説家になろう」から改稿転記しています。

子持ちの私は、夫に駆け落ちされました

月山 歩
恋愛
産まれたばかりの赤子を抱いた私は、砦に働きに行ったきり、帰って来ない夫を心配して、鍛錬場を訪れた。すると、夫の上司は夫が仕事中に駆け落ちしていなくなったことを教えてくれた。食べる物がなく、フラフラだった私は、その場で意識を失った。赤子を抱いた私を気の毒に思った公爵家でお世話になることに。

処理中です...