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第五章
7.東神家
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遠くから見たことしかなかったけど、至近距離から見る東神家は普通の家と比べるのも馬鹿馬鹿しい位のスケールだった。
目の前に流れる大きな河に掛かる橋ですら東神家の為にだけ造られたもので、色は朱塗りではないものの観光地の橋のように欄干には華麗な装飾が施されている。なんだこれ。
低い山を背に聳え立つこの屋敷は壮大な石垣が土台になっていた。大昔に人海戦術で作ったのだろうと思われる。まるでお城の為の城壁みたいだ。
昔の長屋門はそのままに屋敷の向かって右側に周りこむ幅広の道が、斜面を緩やかなスロープを描いて正面からは見えない現在使われている門扉へと向かっている。そちらには屋根付きのガレージがあり、中には数台の高級車が置かれている様子だった。舗装された広い駐車場には使用人の車と思われる乗用車や軽トラックが数台ある。通いで家政婦の人や庭師、屋敷に手を入れる為の大工さんなどが出入りしているそうだ。
お客様用の駐車場は入り口にほど近い場所に造られていたので、そこにベンツが停められた。横にはこの間乗せて貰った百家家の見覚えのある車が停めてある。
河の向こうからは内部は見えない造りなので、実際に屋敷に来てはじめて人の住んでいる生活感が見えた。
屋敷の母屋からお兄さんが迎えに出て来たのが見えた。車のドアが開いたので外に出ると、私を見てお兄さんがとても驚いた。
「えっ、どうして君が?もしかして、巫女さんが来るって言われたのは・・・」
「巫女?」
思わず私はそう言った。
「ええ、彼女が巫女です」
すかさず百家くんがしれっとそう言ったので、声にはださなかったけど『ええっ!?』て顔はしてたと思う。
「・・・とりあえず、どうぞ中にお入りください」
お兄さんが丁寧に玄関へと案内してくれた。無表情だったけど、目の下にクマがあるし疲れている様子だった。
東神家は一見とても古い昔のお屋敷だけど、雰囲気はそのままにほとんどに新しく手が加えられているようだった。
広い土間になったアプローチは昔の土間そのままではなく、土間に見えるような色の、ざらざらが混ざった漆喰のような素材で塗り固められていた。また、あちこちに置かれている黒檀なのかどうか分からないけど暗褐色の統一感のある家具も古く見せてはあるがそう昔の物でもなさそうだ。全てが同じ作家に手掛けられた逸品という感じだった。ようはデザインが洗練されていてどことなく新しいのだ。
通された広間は縁の傍にあり庭の一部が見通せる場所だった。部屋の仕切りに置かれた墨で描かれた昇り龍の六曲の屏風絵が置かれていたり、床の間には大きな備前の壺があり壺の景色に合う木が大胆に生けられていた。
床は艶のある暗い色の木材が張られ、いかにも高そうな緻密な柄の赤いペルシャ絨毯が敷かれ、上に据えられた洋風の長テーブルに揃いの椅子は周りに十脚置かれている。
そこで百家くんのお祖父さんとお母さんが椅子に座ってお茶をしながら待っていた。
まるで今から晩餐会でも始まりそうな場所だ。話し合いの為の席なのだろうけど、私には場違い感が半端ない。
なんとも不思議な和洋入り混じった楼閣へと迷い込んでしまったような気分だった。
外の暑さを遮るために、長い縁側には簾が下げられ太陽の光が柔らかく差し込んでいた。
部屋の中は冷房が効いているので涼しかった。
ここは確かに私自身は初めて訪れたはずの東神家だった・・・。
何といえばよいのか難しいけど、私にはこの家の全てからとても懐かしさが纏わりついてくるのだ。
そして家の中の造りが自分の頭の中に湧いて浮かんでくる。どこに何があるのか家の造りがどうなっているのか、漠然としたこの家の記憶の様な物が流れこんで来るのだ。
そう、例えばここから例の井戸の跡にはどうやって行けばよいのか、それが分かるのだ。
昔の記憶をほじくり出すように・・・。
広間には東神家の当主と息子のお兄さん、百家神社の三名、そして私ともう一人奄美さんの七人が揃った。そこで先ほど来た私達の為に、東神家のご当主が妻の雪代さんが居なくなった経緯を語った。お兄さんも身の回りで起きた不思議な出来事を話てくれた。
雪代夫人が失踪した当日、その日は百家くんと尾根山くんと私が坂上くんに会うためにJRに乗って出かけた日だった。
夫人は百家神社から宮司のお祖父さんと百家くんが東神家にやって来た日から部屋に籠って出て来なくなっていた。
ご主人は声を掛けたり部屋の中に入ろうとしたが、不思議な事にどうやっても襖が開けられなかったので食事や着替えを廊下に置くようにしていたらしい。すると、朝になると空になった食器が廊下に置かれていたので、食べてはいたようだ。
お兄さんがお盆に家に帰ってから夫人の部屋に近づくと地震の様に家が揺れたり、唸り声が酷くなるので近づかないようにしていたそうだ。地震が実際に起こっているわけではなく、東神家のそこだけで起こっている現象だ。お兄さんは漠然と、自分の身に着けている護符をお母さんが怖がっているのではないかと思ったそうだ。
「これは父にも言った事が無かった話ですが、兄が亡くなった日から母はどんどんおかしくなっていきました。僕は小さかったけど、兄が亡くなった時の事は今でもはっきりと憶えています。母は兄を助ける事が出来たはずなのに、そうしませんでした。あの時の母は母ではなかった・・・兄が川で溺れて流されていくのを笑って見ていたんです・・・僕は思い出す度に頭がおかしくなってしまいそうだった」
お兄さんの話は聞いているのが辛かった。お兄さんのお父さんは話の途中で両掌で顔を覆ってしまった。
「東神家で立て続けに続いた不幸は普通ではありません。それは理子夫人の死から始まったようにも思えますが時期的に井戸の封印が破られ穢れが外に出てしまったからではないかと私は思うのです」
百家くんのお祖父さんが言葉を選びながらゆっくりとそう話た。
目の前に流れる大きな河に掛かる橋ですら東神家の為にだけ造られたもので、色は朱塗りではないものの観光地の橋のように欄干には華麗な装飾が施されている。なんだこれ。
低い山を背に聳え立つこの屋敷は壮大な石垣が土台になっていた。大昔に人海戦術で作ったのだろうと思われる。まるでお城の為の城壁みたいだ。
昔の長屋門はそのままに屋敷の向かって右側に周りこむ幅広の道が、斜面を緩やかなスロープを描いて正面からは見えない現在使われている門扉へと向かっている。そちらには屋根付きのガレージがあり、中には数台の高級車が置かれている様子だった。舗装された広い駐車場には使用人の車と思われる乗用車や軽トラックが数台ある。通いで家政婦の人や庭師、屋敷に手を入れる為の大工さんなどが出入りしているそうだ。
お客様用の駐車場は入り口にほど近い場所に造られていたので、そこにベンツが停められた。横にはこの間乗せて貰った百家家の見覚えのある車が停めてある。
河の向こうからは内部は見えない造りなので、実際に屋敷に来てはじめて人の住んでいる生活感が見えた。
屋敷の母屋からお兄さんが迎えに出て来たのが見えた。車のドアが開いたので外に出ると、私を見てお兄さんがとても驚いた。
「えっ、どうして君が?もしかして、巫女さんが来るって言われたのは・・・」
「巫女?」
思わず私はそう言った。
「ええ、彼女が巫女です」
すかさず百家くんがしれっとそう言ったので、声にはださなかったけど『ええっ!?』て顔はしてたと思う。
「・・・とりあえず、どうぞ中にお入りください」
お兄さんが丁寧に玄関へと案内してくれた。無表情だったけど、目の下にクマがあるし疲れている様子だった。
東神家は一見とても古い昔のお屋敷だけど、雰囲気はそのままにほとんどに新しく手が加えられているようだった。
広い土間になったアプローチは昔の土間そのままではなく、土間に見えるような色の、ざらざらが混ざった漆喰のような素材で塗り固められていた。また、あちこちに置かれている黒檀なのかどうか分からないけど暗褐色の統一感のある家具も古く見せてはあるがそう昔の物でもなさそうだ。全てが同じ作家に手掛けられた逸品という感じだった。ようはデザインが洗練されていてどことなく新しいのだ。
通された広間は縁の傍にあり庭の一部が見通せる場所だった。部屋の仕切りに置かれた墨で描かれた昇り龍の六曲の屏風絵が置かれていたり、床の間には大きな備前の壺があり壺の景色に合う木が大胆に生けられていた。
床は艶のある暗い色の木材が張られ、いかにも高そうな緻密な柄の赤いペルシャ絨毯が敷かれ、上に据えられた洋風の長テーブルに揃いの椅子は周りに十脚置かれている。
そこで百家くんのお祖父さんとお母さんが椅子に座ってお茶をしながら待っていた。
まるで今から晩餐会でも始まりそうな場所だ。話し合いの為の席なのだろうけど、私には場違い感が半端ない。
なんとも不思議な和洋入り混じった楼閣へと迷い込んでしまったような気分だった。
外の暑さを遮るために、長い縁側には簾が下げられ太陽の光が柔らかく差し込んでいた。
部屋の中は冷房が効いているので涼しかった。
ここは確かに私自身は初めて訪れたはずの東神家だった・・・。
何といえばよいのか難しいけど、私にはこの家の全てからとても懐かしさが纏わりついてくるのだ。
そして家の中の造りが自分の頭の中に湧いて浮かんでくる。どこに何があるのか家の造りがどうなっているのか、漠然としたこの家の記憶の様な物が流れこんで来るのだ。
そう、例えばここから例の井戸の跡にはどうやって行けばよいのか、それが分かるのだ。
昔の記憶をほじくり出すように・・・。
広間には東神家の当主と息子のお兄さん、百家神社の三名、そして私ともう一人奄美さんの七人が揃った。そこで先ほど来た私達の為に、東神家のご当主が妻の雪代さんが居なくなった経緯を語った。お兄さんも身の回りで起きた不思議な出来事を話てくれた。
雪代夫人が失踪した当日、その日は百家くんと尾根山くんと私が坂上くんに会うためにJRに乗って出かけた日だった。
夫人は百家神社から宮司のお祖父さんと百家くんが東神家にやって来た日から部屋に籠って出て来なくなっていた。
ご主人は声を掛けたり部屋の中に入ろうとしたが、不思議な事にどうやっても襖が開けられなかったので食事や着替えを廊下に置くようにしていたらしい。すると、朝になると空になった食器が廊下に置かれていたので、食べてはいたようだ。
お兄さんがお盆に家に帰ってから夫人の部屋に近づくと地震の様に家が揺れたり、唸り声が酷くなるので近づかないようにしていたそうだ。地震が実際に起こっているわけではなく、東神家のそこだけで起こっている現象だ。お兄さんは漠然と、自分の身に着けている護符をお母さんが怖がっているのではないかと思ったそうだ。
「これは父にも言った事が無かった話ですが、兄が亡くなった日から母はどんどんおかしくなっていきました。僕は小さかったけど、兄が亡くなった時の事は今でもはっきりと憶えています。母は兄を助ける事が出来たはずなのに、そうしませんでした。あの時の母は母ではなかった・・・兄が川で溺れて流されていくのを笑って見ていたんです・・・僕は思い出す度に頭がおかしくなってしまいそうだった」
お兄さんの話は聞いているのが辛かった。お兄さんのお父さんは話の途中で両掌で顔を覆ってしまった。
「東神家で立て続けに続いた不幸は普通ではありません。それは理子夫人の死から始まったようにも思えますが時期的に井戸の封印が破られ穢れが外に出てしまったからではないかと私は思うのです」
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