母が田舎の実家に戻りますので、私もついて行くことになりました―鎮魂歌(レクイエム)は誰の為に―

吉野屋

文字の大きさ
上 下
26 / 46
第四章

2.お墓参り

しおりを挟む
 あれからお寺へと家族で出かけた。お寺の名前は彗煉寺(すいれんじ)という。

 村のガソリン屋さんの大竹さんちのお爺ちゃんは、今年の二月に亡くなってこれが初盆だ。

「大竹さんの所には車の事で色々世話になったけぇ、初盆の盆燈籠をお供えしとくわ」

 そうお祖父ちゃんが言った。

「わしゃ農協で初盆用の盆燈籠と普通の盆燈籠をなんぼかうてくるけぇ麻美らは二人で先に行っとけ」

 お母さんの軽乗用車には盆燈籠が乗らないのでお祖父ちゃんは軽トラの別便で行くと言った。軽トラなら荷台が広くて置くのに困らない。

 今年のお盆は良い天気続きになるそうなので、紙で出来ている盆燈籠も長持ちしそうだ。
 (雨が降ると悲惨だ。直ぐに色紙の色が雨で色褪せ紙もボロボロになる)


 初盆というのは亡くなった人のいる家が四十九日以降に迎えるお盆の事らしい。

 盆燈籠は長さが150センチ前後と結構場所を取る。直系1.5センチ程の細い竹が材料だ。

 真っすぐで細い竹棒で作られている。先端を六等分して開き、逆六角推の燈籠部分に色紙が貼られた艶やかな燈籠だ。
 逆六角推の燈籠部分が人の頭より大きいので、重ねても場所をとるのだ。傘を逆に開いた様なその形から朝顔燈籠とも呼ばれるらしい。そう言われてみれば確かに朝顔が咲いている形に似ている。でも今の所、朝顔燈籠なんて言う人には会った事がない。地元の人は普通に、お墓に備える盆燈籠と言っている。あんなにキラキラして綺麗でもお墓以外には使いどころはないのが残念だ。

 この盆燈籠が広まった由来の一つとされる、『昔、亡くなった娘の為に紙屋の夫婦が紙で燈籠を作って供えたのが始まり』説が本当の様に思える。


 お母さんの車に乗って彗煉寺に向かった。今日も暑くなりそうだ。

「麻美が生まれた日に・・・ほら、東神様の所の小さい子供さんが亡くなったって聞いてびっくりしたのを思い出したわ。暑い夏だったから、川で遊んでたんだろうなって思った」

「うん。子供は水遊びが好きだから・・・」

 私は朝見た夢を思った。キラキラとした水面に水の音。まるで自分の記憶の様に鮮明だった。

 車の窓を開けると外のぬるい外気が入り込む。

「麻美、せっかくのエアコンの冷たい空気が逃げるじゃないの」

「あ、ごめん」

 急に外の空気が吸いたくなった。
 

 紙と竹で出来た逆六角推の盆燈籠を供える風習は、中国地方の一部に残っているめずらしいもののようだ。

 長い竹の棒と、色紙で作られた美しい盆燈籠。逆六角推のそれぞれの角には金銀の飾りが煌めき、細長く裁断されたリボンのような『そうめん』と呼ばれる紙飾りと四角い色紙に網目状に切り込みを入れ引き伸ばされた不思議な形の金銀の紙飾りが下に垂らされてキラキラと風にそよぐ。

 初めて見たときは驚いたけど、なんだか懐かしい不思議な気持ちになった事を思い出す。

 これが、初盆だと白一色と金銀のみで作られた燈籠をお供えする。墓が埋もれるような白と金銀で彩られるのだ。

 そんな風に白い燈籠で飾られたお墓がちらほらと見える。初盆はお参りに来る人が多い。

 彗煉寺は大きくて綺麗なお寺だ。

 お寺にはお参りの人用に、水道が並び、バケツと柄杓の置き場が作られている。

 近くには親鸞聖人の銅像が大きな岩の上に聳え立っている。墓地の横には玉石の砂利が敷かれ、其処には平安時代の装束の様な衣装を身に着けた子供の銅像までも設置されていた。

 水場は最近綺麗に作り直したらしく、清潔で新しい。バケツに水を汲み、柄杓も借りる。

 生花は家に植えているスプレー菊を新聞紙に包んで持ってきた。お盆は生花の値段が上がるので馬鹿にならない。

 こちらに戻って来て初めての年に、あまりの花の値段の高さに驚いたお母さんが、春に花の苗を買うようになった。

 線香にライタ-、蝋燭にお数珠。虫よけスプレーもちゃんと用意した。

 蚊やブヨに血を吸われると、腫れや痒みに悩むことになる。極力避けたい。暑くて汗が出るのでまた首にタオルをかけている。私はまたおっさん化してしまっていた。


「お寺の施設がとても綺麗よね。東神家から随分お布施が寄せられているらしいのよ。ここ東神家の菩提寺だし・・・」

 確かに、田舎のお寺とは一線を画す趣だ。やたら金がかかっていると思えた。


「お母さん、この子供の銅像、横に和歌がつけられてるね」

 横に立てられた御影石の石柱に和歌が彫られている。


  【明日ありと 思う心の仇桜 夜半に嵐の 吹かぬものかは】

 今美しく咲いている桜を、明日も見ることができるだろうと安心していると、夜半に強い風が吹いて散ってしまうかもしれない


 これは親鸞聖人が9歳の時、仏門に入る時に詠んだ句なのだそうだ。桜を人の命に例えてあるのだ。


「このわらべの銅像、東神家から子供さんが亡くなった時に寄贈されたそうよ。ちょっと悲しい気持ちになるよね。確かに親としては何かをしたくなると思うけど・・・」

「明日が来るのが当たり前だと思っているけど、そうじゃない。何が起こるかなんて分からないんだって事なんだ」

「そうよ、今日が最後の日かもしれないって悔いのない生き方をしなきゃね」

「でも人間って楽な方に流されて行くから難しいな」

「ふふっ、麻美は誰に似たのか分からないけど小さい時からとても思慮深いから、大丈夫だと思ってる」

「そうかな?そうは思えないけど、ん?」

 墓石の合間に、知り合いの姿が遠く見えた。

 お兄さんだった。あのひょろりとした後ろ姿と変な色の髪は間違いない。


 去年は何とも思わなかったけど、墓所の奥は樹木で囲まれ見えにくい。その向こうには石の柵が連なり奥まった場所に特別な墓所があった。

 まるで有名なお武家様の墓所の様に別格で広大なお墓だ。それが東神家の墓所だった。

 樹木で出来た塀が風景の一部となっていて気にも留めなかった場所だ。

 お兄さんはカラフルな盆燈籠を一つ担いでそこに消えて行った。

 

 
 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

私のドレスを奪った異母妹に、もう大事なものは奪わせない

文野多咲
恋愛
優月(ゆづき)が自宅屋敷に帰ると、異母妹が優月のウェディングドレスを試着していた。その日縫い上がったばかりで、優月もまだ袖を通していなかった。 使用人たちが「まるで、異母妹のためにあつらえたドレスのよう」と褒め称えており、優月の婚約者まで「異母妹の方が似合う」と褒めている。 優月が異母妹に「どうして勝手に着たの?」と訊けば「ちょっと着てみただけよ」と言う。 婚約者は「異母妹なんだから、ちょっとくらいいじゃないか」と言う。 「ちょっとじゃないわ。私はドレスを盗られたも同じよ!」と言えば、父の後妻は「悪気があったわけじゃないのに、心が狭い」と優月の頬をぶった。 優月は父親に婚約解消を願い出た。婚約者は父親が決めた相手で、優月にはもう彼を信頼できない。 父親に事情を説明すると、「大げさだなあ」と取り合わず、「優月は異母妹に嫉妬しているだけだ、婚約者には異母妹を褒めないように言っておく」と言われる。 嫉妬じゃないのに、どうしてわかってくれないの? 優月は父親をも信頼できなくなる。 婚約者は優月を手に入れるために、優月を襲おうとした。絶体絶命の優月の前に現れたのは、叔父だった。

飯屋の娘は魔法を使いたくない?

秋野 木星
ファンタジー
3歳の時に川で溺れた時に前世の記憶人格がよみがえったセリカ。 魔法が使えることをひた隠しにしてきたが、ある日馬車に轢かれそうになった男の子を助けるために思わず魔法を使ってしまう。 それを見ていた貴族の青年が…。 異世界転生の話です。 のんびりとしたセリカの日常を追っていきます。 ※ 表紙は星影さんの作品です。 ※ 「小説家になろう」から改稿転記しています。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

夫は平然と、不倫を公言致しました。

松茸
恋愛
最愛の人はもういない。 厳しい父の命令で、公爵令嬢の私に次の夫があてがわれた。 しかし彼は不倫を公言して……

廃妃の再婚

束原ミヤコ
恋愛
伯爵家の令嬢としてうまれたフィアナは、母を亡くしてからというもの 父にも第二夫人にも、そして腹違いの妹にも邪険に扱われていた。 ある日フィアナは、川で倒れている青年を助ける。 それから四年後、フィアナの元に国王から結婚の申し込みがくる。 身分差を気にしながらも断ることができず、フィアナは王妃となった。 あの時助けた青年は、国王になっていたのである。 「君を永遠に愛する」と約束をした国王カトル・エスタニアは 結婚してすぐに辺境にて部族の反乱が起こり、平定戦に向かう。 帰還したカトルは、族長の娘であり『精霊の愛し子』と呼ばれている美しい女性イルサナを連れていた。 カトルはイルサナを寵愛しはじめる。 王城にて居場所を失ったフィアナは、聖騎士ユリシアスに下賜されることになる。 ユリシアスは先の戦いで怪我を負い、顔の半分を包帯で覆っている寡黙な男だった。 引け目を感じながらフィアナはユリシアスと過ごすことになる。 ユリシアスと過ごすうち、フィアナは彼と惹かれ合っていく。 だがユリシアスは何かを隠しているようだ。 それはカトルの抱える、真実だった──。

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

辺境伯へ嫁ぎます。

アズやっこ
恋愛
私の父、国王陛下から、辺境伯へ嫁げと言われました。 隣国の王子の次は辺境伯ですか… 分かりました。 私は第二王女。所詮国の為の駒でしかないのです。 例え父であっても国王陛下には逆らえません。 辺境伯様… 若くして家督を継がれ、辺境の地を護っています。 本来ならば第一王女のお姉様が嫁ぐはずでした。 辺境伯様も10歳も年下の私を妻として娶らなければいけないなんて可哀想です。 辺境伯様、大丈夫です。私はご迷惑はおかけしません。 それでも、もし、私でも良いのなら…こんな小娘でも良いのなら…貴方を愛しても良いですか?貴方も私を愛してくれますか? そんな望みを抱いてしまいます。  ❈ 作者独自の世界観です。  ❈ 設定はゆるいです。  (言葉使いなど、優しい目で読んで頂けると幸いです)  ❈ 誤字脱字等教えて頂けると幸いです。  (出来れば望ましいと思う字、文章を教えて頂けると嬉しいです)

処理中です...