25 / 46
第四章
1.盂蘭盆会(うらぼんえ)
しおりを挟む
盂蘭盆会(うらぼんえ)とは、お盆の正式名称?らしい。
私にとっては誕生日で、母とお祖父ちゃんにまた一つ年を重ねる事を祝ってもらえる嬉しい時期ではある。
生まれた事を祝ってもらえるって素直にうれしい。
真夏の暑い時期にやってくる一大イベント。まあ、ケーキと私の好きな食べ物を用意してもらって一緒に食べるだけといえばそうなんだけど、大切な人の笑顔があるって大事。
誕生日前に母からコンタクトレンズを買ってあげると言われてM市の街中に母と車で出かけた。
それは、今年は年末に『百家神社で巫女さんのバイトをするつもり』と言った事が発端だった。
「それじゃあ、絶対コンタクトレンズにしなきゃだめよ、絶対よっ、絶対!お母さん沢山巫女さんになった麻美の写真を撮ろうっと」
嬉しそうに“絶対”を繰り返す母に負けて眼科に行き、眼鏡●場にも連れていかれる。
関東と関西ではお盆も時期が違う。私の住んでいる地域は八月十三日~八月十六日までをお盆としている。
毎年そうだけど、どこでもお盆は夏休みに田舎へ帰る家族も多く、川や海での水難事故が多い。
東神家の次男、東神春明は当時5歳で、家の前で川遊びの最中に七歳の兄を亡くした。
奇(く)しくも、私の生まれた日だった。
お盆は、自宅にご先祖様が帰って来るので、迷わないように『迎え火』でご先祖様を迎え、その後は無事あの世へ帰れるように『送り火』で精霊送りをすると言われる。これも地域や宗派によってやり方は様々のようだ。
家では玄関で麻幹(おがら)を焚いて、迷子にならないように灯篭を下げて照らしてあげるのだとお祖父ちゃんに聞いた。
「祖母さんは方向音痴じゃったけえの」
そういうお祖父ちゃんの目は遠くを見て懐かしむように細められる。
麻幹(おがら)は麻の茎で、皮を取り除いた物だ。迎え火、送り火用の燃料として用いられる。
素焼きの小皿に盛り玄関先で燃やすのだ。
これを『門火(かどび)』と呼ぶらしい。
麻は清浄なものとされており、魔除けとして使われるようになったようだ。
誕生日はアルバイトもお休みで、朝は家族とゆっくり朝ごはんを食べた。
暑くなるのでお昼前にはお墓参りに行って帰るつもり。菩提寺にはお母さんの車に乗って行く事になっている。
味噌汁とフレンチトースト、紅鮭の焼き物とベーコンをカリカリに焼いたやつと目玉焼き。
レタスとリンゴのサラダ。
フレンチトーストは自分が食べたくなったので作った。バターとハチミツをたっぷり乗せて食べる。
「味噌汁うっま~」
甘さの後の味噌汁の塩分がこたえられない美味しさだ。
「食べもんが旨い思うのは幸せよの」
私の声にお祖父ちゃんが言った。
「そうね、元気がないと美味しく食べられないもんね」
お母さんも笑ってそう言う。
味噌汁の具はワカメと豆腐と油揚げと裏の山で家用に栽培しているシイタケ。
味噌はお母さんがこっちの婦人会で作り方を習った。
大豆と塩と米麹で作るシンプルなお味噌だけど美味しい。
洗った大豆を水に浸して置いておき、それから二倍に膨れ上がった大豆を圧力鍋で蒸す。
後はミンチ機で柔らかくなった大豆を潰すのだけど、ミンチ機はおばあちゃんが味噌作りに使っていたものが家に残っていたからそれを洗ってお母さんが使っている。
手動の奴なので手で回さないといけないけど、シンプルなので壊れにくいんだそうだ。面白そうだったので私も手伝わせてもらった。
小さく均一に潰した大豆。それを米麹と塩を混ぜたものと一緒に混ぜて団子にし桶に叩きつけるように空気を抜いて詰める。
この手作り味噌汁はお祖父ちゃんがことのほか喜んでくれた。
「祖母さんの味噌汁の味がするのぉ」
お祖父ちゃんが熱い味噌汁をふ~ふ~してズズッと汁を吸いこむ。
「うんっ、うまいわ」
朝の幸せな風景だ。
今朝起きる前に変な夢を見た。
川原で小さい弟と遊んでいた。
弟なんて今の私にはいないんだけど・・・。
その夢の中の私は男の子で、「おにいちゃん」と呼ばれていた。
川の中での水遊びは楽しくて、大きい石をひっくり返すと下に虫や小魚が潜んでいてとても面白い。
「春くん、あぶないからそっちはいっちゃだめだよ」
バシャバシャと冷たい水を蹴散らして流れの速い方へ行こうとする弟の手を掴もうとした。
「あっ!」
するりと手を抜けそのまま足を滑らせた弟が深みに流されて行く。
慌てて水の中へ追いかけて入った。
早く弟を助けないと、小さい弟が流れて行ってしまう。僕は弟が大好きだった。
すると少し下流にお母さんが慌てて走って来るのが見えた。家の石垣の辺りから心配して見ていたのだろう。
服が濡れるのにも構わず水に飛び込み弟を両手で捕まえる。良かったと喜ぶ間もなく慌ててお母さんに手を伸ばしたけどそのまま僕は流されて行った。
「お、にいちゃんは!おにいちゃんは!?」
弟の泣き声が聞こえたと思った時には深い場所に落ちて行く。何かがとても強い力で足首を引っ張ったような気がした。黒い怖いモノが川の底にいる。
水の中は息が出来ない。空気を吸い込もうと口を開けると水が入って来た。苦しいと思ったのは一瞬。
見上げた水面には太陽の光と青い空が揺らいでいた。
それからふと気づくと、誰かに手を引かれて歩いている。
綺麗な女の人だった。
手を放し、しゃがんで私を抱きしめてくれた。
「おかあさん」
その人をそう呼んだところで目が覚めたのだ。
私にとっては誕生日で、母とお祖父ちゃんにまた一つ年を重ねる事を祝ってもらえる嬉しい時期ではある。
生まれた事を祝ってもらえるって素直にうれしい。
真夏の暑い時期にやってくる一大イベント。まあ、ケーキと私の好きな食べ物を用意してもらって一緒に食べるだけといえばそうなんだけど、大切な人の笑顔があるって大事。
誕生日前に母からコンタクトレンズを買ってあげると言われてM市の街中に母と車で出かけた。
それは、今年は年末に『百家神社で巫女さんのバイトをするつもり』と言った事が発端だった。
「それじゃあ、絶対コンタクトレンズにしなきゃだめよ、絶対よっ、絶対!お母さん沢山巫女さんになった麻美の写真を撮ろうっと」
嬉しそうに“絶対”を繰り返す母に負けて眼科に行き、眼鏡●場にも連れていかれる。
関東と関西ではお盆も時期が違う。私の住んでいる地域は八月十三日~八月十六日までをお盆としている。
毎年そうだけど、どこでもお盆は夏休みに田舎へ帰る家族も多く、川や海での水難事故が多い。
東神家の次男、東神春明は当時5歳で、家の前で川遊びの最中に七歳の兄を亡くした。
奇(く)しくも、私の生まれた日だった。
お盆は、自宅にご先祖様が帰って来るので、迷わないように『迎え火』でご先祖様を迎え、その後は無事あの世へ帰れるように『送り火』で精霊送りをすると言われる。これも地域や宗派によってやり方は様々のようだ。
家では玄関で麻幹(おがら)を焚いて、迷子にならないように灯篭を下げて照らしてあげるのだとお祖父ちゃんに聞いた。
「祖母さんは方向音痴じゃったけえの」
そういうお祖父ちゃんの目は遠くを見て懐かしむように細められる。
麻幹(おがら)は麻の茎で、皮を取り除いた物だ。迎え火、送り火用の燃料として用いられる。
素焼きの小皿に盛り玄関先で燃やすのだ。
これを『門火(かどび)』と呼ぶらしい。
麻は清浄なものとされており、魔除けとして使われるようになったようだ。
誕生日はアルバイトもお休みで、朝は家族とゆっくり朝ごはんを食べた。
暑くなるのでお昼前にはお墓参りに行って帰るつもり。菩提寺にはお母さんの車に乗って行く事になっている。
味噌汁とフレンチトースト、紅鮭の焼き物とベーコンをカリカリに焼いたやつと目玉焼き。
レタスとリンゴのサラダ。
フレンチトーストは自分が食べたくなったので作った。バターとハチミツをたっぷり乗せて食べる。
「味噌汁うっま~」
甘さの後の味噌汁の塩分がこたえられない美味しさだ。
「食べもんが旨い思うのは幸せよの」
私の声にお祖父ちゃんが言った。
「そうね、元気がないと美味しく食べられないもんね」
お母さんも笑ってそう言う。
味噌汁の具はワカメと豆腐と油揚げと裏の山で家用に栽培しているシイタケ。
味噌はお母さんがこっちの婦人会で作り方を習った。
大豆と塩と米麹で作るシンプルなお味噌だけど美味しい。
洗った大豆を水に浸して置いておき、それから二倍に膨れ上がった大豆を圧力鍋で蒸す。
後はミンチ機で柔らかくなった大豆を潰すのだけど、ミンチ機はおばあちゃんが味噌作りに使っていたものが家に残っていたからそれを洗ってお母さんが使っている。
手動の奴なので手で回さないといけないけど、シンプルなので壊れにくいんだそうだ。面白そうだったので私も手伝わせてもらった。
小さく均一に潰した大豆。それを米麹と塩を混ぜたものと一緒に混ぜて団子にし桶に叩きつけるように空気を抜いて詰める。
この手作り味噌汁はお祖父ちゃんがことのほか喜んでくれた。
「祖母さんの味噌汁の味がするのぉ」
お祖父ちゃんが熱い味噌汁をふ~ふ~してズズッと汁を吸いこむ。
「うんっ、うまいわ」
朝の幸せな風景だ。
今朝起きる前に変な夢を見た。
川原で小さい弟と遊んでいた。
弟なんて今の私にはいないんだけど・・・。
その夢の中の私は男の子で、「おにいちゃん」と呼ばれていた。
川の中での水遊びは楽しくて、大きい石をひっくり返すと下に虫や小魚が潜んでいてとても面白い。
「春くん、あぶないからそっちはいっちゃだめだよ」
バシャバシャと冷たい水を蹴散らして流れの速い方へ行こうとする弟の手を掴もうとした。
「あっ!」
するりと手を抜けそのまま足を滑らせた弟が深みに流されて行く。
慌てて水の中へ追いかけて入った。
早く弟を助けないと、小さい弟が流れて行ってしまう。僕は弟が大好きだった。
すると少し下流にお母さんが慌てて走って来るのが見えた。家の石垣の辺りから心配して見ていたのだろう。
服が濡れるのにも構わず水に飛び込み弟を両手で捕まえる。良かったと喜ぶ間もなく慌ててお母さんに手を伸ばしたけどそのまま僕は流されて行った。
「お、にいちゃんは!おにいちゃんは!?」
弟の泣き声が聞こえたと思った時には深い場所に落ちて行く。何かがとても強い力で足首を引っ張ったような気がした。黒い怖いモノが川の底にいる。
水の中は息が出来ない。空気を吸い込もうと口を開けると水が入って来た。苦しいと思ったのは一瞬。
見上げた水面には太陽の光と青い空が揺らいでいた。
それからふと気づくと、誰かに手を引かれて歩いている。
綺麗な女の人だった。
手を放し、しゃがんで私を抱きしめてくれた。
「おかあさん」
その人をそう呼んだところで目が覚めたのだ。
8
お気に入りに追加
116
あなたにおすすめの小説
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
私のドレスを奪った異母妹に、もう大事なものは奪わせない
文野多咲
恋愛
優月(ゆづき)が自宅屋敷に帰ると、異母妹が優月のウェディングドレスを試着していた。その日縫い上がったばかりで、優月もまだ袖を通していなかった。
使用人たちが「まるで、異母妹のためにあつらえたドレスのよう」と褒め称えており、優月の婚約者まで「異母妹の方が似合う」と褒めている。
優月が異母妹に「どうして勝手に着たの?」と訊けば「ちょっと着てみただけよ」と言う。
婚約者は「異母妹なんだから、ちょっとくらいいじゃないか」と言う。
「ちょっとじゃないわ。私はドレスを盗られたも同じよ!」と言えば、父の後妻は「悪気があったわけじゃないのに、心が狭い」と優月の頬をぶった。
優月は父親に婚約解消を願い出た。婚約者は父親が決めた相手で、優月にはもう彼を信頼できない。
父親に事情を説明すると、「大げさだなあ」と取り合わず、「優月は異母妹に嫉妬しているだけだ、婚約者には異母妹を褒めないように言っておく」と言われる。
嫉妬じゃないのに、どうしてわかってくれないの?
優月は父親をも信頼できなくなる。
婚約者は優月を手に入れるために、優月を襲おうとした。絶体絶命の優月の前に現れたのは、叔父だった。

少し冷めた村人少年の冒険記
mizuno sei
ファンタジー
辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。
トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。
優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。

【一話完結】断罪が予定されている卒業パーティーに欠席したら、みんな死んでしまいました
ツカノ
ファンタジー
とある国の王太子が、卒業パーティーの日に最愛のスワロー・アーチェリー男爵令嬢を虐げた婚約者のロビン・クック公爵令嬢を断罪し婚約破棄をしようとしたが、何故か公爵令嬢は現れない。これでは断罪どころか婚約破棄ができないと王太子が焦り始めた時、招かれざる客が現れる。そして、招かれざる客の登場により、彼らの運命は転がる石のように急転直下し、恐怖が始まったのだった。さて彼らの運命は、如何。
独身寮のふるさとごはん まかないさんの美味しい献立
水縞しま
ライト文芸
旧題:独身寮のまかないさん ~おいしい故郷の味こしらえます~
第7回ライト文芸大賞【料理・グルメ賞】作品です。
◇◇◇◇
飛騨高山に本社を置く株式会社ワカミヤの独身寮『杉野館』。まかない担当として働く有村千影(ありむらちかげ)は、決まった予算の中で献立を考え、食材を調達し、調理してと日々奮闘していた。そんなある日、社員のひとりが失恋して落ち込んでしまう。食欲もないらしい。千影は彼の出身地、富山の郷土料理「ほたるいかの酢味噌和え」をこしらえて励まそうとする。
仕事に追われる社員には、熱々がおいしい「味噌煮込みうどん(愛知)」。
退職しようか思い悩む社員には、じんわりと出汁が沁みる「聖護院かぶと鯛の煮物(京都)」。
他にも飛騨高山の「赤かぶ漬け」「みだらしだんご」、大阪の「モダン焼き」など、故郷の味が盛りだくさん。
おいしい故郷の味に励まされたり、癒されたり、背中を押されたりするお話です。
よんよんまる
如月芳美
キャラ文芸
東のプリンス・大路詩音。西のウルフ・大神響。
音楽界に燦然と輝く若きピアニストと作曲家。
見た目爽やか王子様(実は負けず嫌い)と、
クールなヴィジュアルの一匹狼(実は超弱気)、
イメージ正反対(中身も正反対)の二人で構成するユニット『よんよんまる』。
だが、これからという時に、二人の前にある男が現われる。
お互いやっと見つけた『欠けたピース』を手放さなければならないのか。
※作中に登場する団体、ホール、店、コンペなどは、全て架空のものです。
※音楽モノではありますが、音楽はただのスパイスでしかないので音楽知らない人でも大丈夫です!
(医者でもないのに医療モノのドラマを見て理解するのと同じ感覚です)
飯屋の娘は魔法を使いたくない?
秋野 木星
ファンタジー
3歳の時に川で溺れた時に前世の記憶人格がよみがえったセリカ。
魔法が使えることをひた隠しにしてきたが、ある日馬車に轢かれそうになった男の子を助けるために思わず魔法を使ってしまう。
それを見ていた貴族の青年が…。
異世界転生の話です。
のんびりとしたセリカの日常を追っていきます。
※ 表紙は星影さんの作品です。
※ 「小説家になろう」から改稿転記しています。
子持ちの私は、夫に駆け落ちされました
月山 歩
恋愛
産まれたばかりの赤子を抱いた私は、砦に働きに行ったきり、帰って来ない夫を心配して、鍛錬場を訪れた。すると、夫の上司は夫が仕事中に駆け落ちしていなくなったことを教えてくれた。食べる物がなく、フラフラだった私は、その場で意識を失った。赤子を抱いた私を気の毒に思った公爵家でお世話になることに。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる