母が田舎の実家に戻りますので、私もついて行くことになりました―鎮魂歌(レクイエム)は誰の為に―

吉野屋

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第四章

1.盂蘭盆会(うらぼんえ)

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 盂蘭盆会(うらぼんえ)とは、お盆の正式名称?らしい。

 私にとっては誕生日で、母とお祖父ちゃんにまた一つ年を重ねる事を祝ってもらえる嬉しい時期ではある。

 生まれた事を祝ってもらえるって素直にうれしい。

 真夏の暑い時期にやってくる一大イベント。まあ、ケーキと私の好きな食べ物を用意してもらって一緒に食べるだけといえばそうなんだけど、大切な人の笑顔があるって大事。


 誕生日前に母からコンタクトレンズを買ってあげると言われてM市の街中に母と車で出かけた。

 それは、今年は年末に『百家神社で巫女さんのバイトをするつもり』と言った事が発端だった。

「それじゃあ、絶対コンタクトレンズにしなきゃだめよ、絶対よっ、絶対!お母さん沢山巫女さんになった麻美の写真を撮ろうっと」

 嬉しそうに“絶対”を繰り返す母に負けて眼科に行き、眼鏡●場にも連れていかれる。

 


 関東と関西ではお盆も時期が違う。私の住んでいる地域は八月十三日~八月十六日までをお盆としている。

 毎年そうだけど、どこでもお盆は夏休みに田舎へ帰る家族も多く、川や海での水難事故が多い。

 東神家の次男、東神春明は当時5歳で、家の前で川遊びの最中に七歳の兄を亡くした。

 奇(く)しくも、私の生まれた日だった。



 お盆は、自宅にご先祖様が帰って来るので、迷わないように『迎え火』でご先祖様を迎え、その後は無事あの世へ帰れるように『送り火』で精霊送りをすると言われる。これも地域や宗派によってやり方は様々のようだ。

 家では玄関で麻幹(おがら)を焚いて、迷子にならないように灯篭を下げて照らしてあげるのだとお祖父ちゃんに聞いた。

「祖母さんは方向音痴じゃったけえの」

 そういうお祖父ちゃんの目は遠くを見て懐かしむように細められる。


 麻幹(おがら)は麻の茎で、皮を取り除いた物だ。迎え火、送り火用の燃料として用いられる。

 素焼きの小皿に盛り玄関先で燃やすのだ。

 これを『門火(かどび)』と呼ぶらしい。

 麻は清浄なものとされており、魔除けとして使われるようになったようだ。


 誕生日はアルバイトもお休みで、朝は家族とゆっくり朝ごはんを食べた。

 暑くなるのでお昼前にはお墓参りに行って帰るつもり。菩提寺にはお母さんの車に乗って行く事になっている。


 味噌汁とフレンチトースト、紅鮭の焼き物とベーコンをカリカリに焼いたやつと目玉焼き。

 レタスとリンゴのサラダ。

 フレンチトーストは自分が食べたくなったので作った。バターとハチミツをたっぷり乗せて食べる。

「味噌汁うっま~」

 甘さの後の味噌汁の塩分がこたえられない美味しさだ。

「食べもんが旨い思うのは幸せよの」

 私の声にお祖父ちゃんが言った。

「そうね、元気がないと美味しく食べられないもんね」

 お母さんも笑ってそう言う。

 味噌汁の具はワカメと豆腐と油揚げと裏の山で家用に栽培しているシイタケ。

 味噌はお母さんがこっちの婦人会で作り方を習った。

 大豆と塩と米麹で作るシンプルなお味噌だけど美味しい。

 洗った大豆を水に浸して置いておき、それから二倍に膨れ上がった大豆を圧力鍋で蒸す。

 後はミンチ機で柔らかくなった大豆を潰すのだけど、ミンチ機はおばあちゃんが味噌作りに使っていたものが家に残っていたからそれを洗ってお母さんが使っている。

 手動の奴なので手で回さないといけないけど、シンプルなので壊れにくいんだそうだ。面白そうだったので私も手伝わせてもらった。

 小さく均一に潰した大豆。それを米麹と塩を混ぜたものと一緒に混ぜて団子にし桶に叩きつけるように空気を抜いて詰める。

 この手作り味噌汁はお祖父ちゃんがことのほか喜んでくれた。

「祖母さんの味噌汁の味がするのぉ」

 お祖父ちゃんが熱い味噌汁をふ~ふ~してズズッと汁を吸いこむ。

「うんっ、うまいわ」

 朝の幸せな風景だ。




 今朝起きる前に変な夢を見た。

 川原で小さいと遊んでいた。

 弟なんて今の私にはいないんだけど・・・。


 その夢の中の私は男の子で、「おにいちゃん」と呼ばれていた。

 川の中での水遊びは楽しくて、大きい石をひっくり返すと下に虫や小魚が潜んでいてとても面白い。

「春くん、あぶないからそっちはいっちゃだめだよ」

 バシャバシャと冷たい水を蹴散らして流れの速い方へ行こうとする弟の手を掴もうとした。

「あっ!」

 するりと手を抜けそのまま足を滑らせた弟が深みに流されて行く。

 慌てて水の中へ追いかけて入った。

 早く弟を助けないと、小さい弟が流れて行ってしまう。僕は弟が大好きだった。

 すると少し下流にお母さんが慌てて走って来るのが見えた。家の石垣の辺りから心配して見ていたのだろう。

 服が濡れるのにも構わず水に飛び込み弟を両手で捕まえる。良かったと喜ぶ間もなく慌ててお母さんに手を伸ばしたけどそのまま僕は流されて行った。

「お、にいちゃんは!おにいちゃんは!?」

 弟の泣き声が聞こえたと思った時には深い場所に落ちて行く。何かがとても強い力で足首を引っ張ったような気がした。黒い怖いモノが川の底にいる。

 水の中は息が出来ない。空気を吸い込もうと口を開けると水が入って来た。苦しいと思ったのは一瞬。

 見上げた水面には太陽の光と青い空が揺らいでいた。


 それからふと気づくと、誰かに手を引かれて歩いている。

 綺麗な女の人だった。

 手を放し、しゃがんで私を抱きしめてくれた。

「おかあさん」

 


 その人をそう呼んだところで目が覚めたのだ。

 

 

 


 
 
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