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第二章
6、諸行無常
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夏休みが終わる。
時間が過ぎるのは早い。
その時点で悩み苦しんでいる事は通り過ぎて過去の物になっていく。
逆に、有頂天になって世界は自分の物だと思って居る人も、必ず落ちる時はある。
喜びも悲しみも寄せては引いて行く。
このことを諸行無常という。
そんな風に考える自分もなんか辛気臭くて嫌だなあ。
無くすものがない人はある意味強いけれど、何も持っていない人は逆に踏ん張りが効かない。
じゃあ自分はどうなのだろう。
自分で自分が良く分からなくなる。
この何だかよく分からないもやもやは、生まれた時からもっているものだった。
夏休みはその後穏やかに過ぎた。
ヒグラシの鳴く声は何とも言えない不思議な懐かしさを感じる。
朝と夕方の薄暗い頃に鳴くのだ。
セミは雄だけが雌を呼ぶ為に鳴くそうだ。
鳴くというのもおかしいけれど。羽を鳴らすと言えばよいのか。
もちろん羽を擦り合わせただけではあんなに響かない。
腹の空洞と腹膜の様な発音膜を共鳴させる。
『日を暮れさせるもの』
という意味が名前の由来らしい。
この由来が水が地面に沁み込む様に心に落ちて。
特別な何かのように私には感じられる。
静かな世界の癒しの音楽だ。
よくカナカナとか表現されるけど、意味がわからない表現だと思う。
まだケケケケケの方が似てるし、マシかもしれないけど、それだと字ずら的に笑ってしまう。
バイオリンの絃を小刻みに弾きながら幻想的に響かせたようなと言えばよいのか・・・
癒される音楽だけど、決して明るい音ではない。
寂しさを誘う。
だけど一人で聞いていたい音だと思う。
このヒグラシの鳴き声を聞いていると、何故だかあのパン屋のおにいさんを思い出すのだった。
そして、妙にざわつく気持ちを、もし言葉で表すのなら、
焦燥なのだと、思った。
私は何をイライラしているのだろう・・・。
お盆は私の誕生日だった。お母さんは前の日にケーキをホールで買って来てくれた。
予約してくれていたようで、チョコレートのプレートにお祝いの言葉と名前が書かれている。
細いおしゃれな蝋燭が年齢の10才分は大きな蝋燭一本で、残り五本は少し小さい蝋燭になっていた。
たくさんケーキに穴を開けなくても良いようにしてある。
たしかに、穴だらけのケーキは嫌だ。
私の好きなザッハトルテで、甘みを抑えたビターな感じがとても美味しくて半分は私が食べた。
去年もそうだったけど、今年もお祖父ちゃんとお母さんが祝ってくれて幸せだなと思った。
誕生日を心から祝ってくれる人がいるのは幸せだ。
夏はずっと朝早く日が昇り、夜は遅くまで外が明るいイメージだけど、実際には夏至は6月の半ばから終わり近くに来て、それからはどんどん太陽の上っている時間は短くなっていく。
ここでは夏至の来る頃は朝5時半には外が明るく夜19時までは外が明るいけど、真冬では朝は6時半になっても薄暗く。夕方は17:00で暗くなるのだ。
だから、暑くても遅くまで明るい夏は過ごしやすく思う。
――――そんな夏が、もう終わろうとしていた。
秋が過ぎ、すぐに寒くなる。
そう言えば、おじいちゃんから聞いたのだけど、元父は牧場であのまま働いているらしい。
お母さんも知っているけど、全く興味はないそうだ。同感。
それにしても、情けないおじさんだ。あの様子じゃあ無一文状態に見えたし、今から冬がやって来たらこっちは厳しい寒さなので、あんな自堕落で不真面目な人が、厳しい仕事を続けられるのか分からないねとおじいちゃんと話した。
12月に入るとすぐに雪が降った。
今年は雪が良く降る年かもしれない。
お正月前には去年と同じで、おかあさんとおせち料理を作った。
和洋折衷で、お肉も焼いてタレに漬けて味を染み込ませたのをたくさんお重に詰める。
かまぼこを飾り切りにしたり、煮しめを色々炊いたり、忙しかったけど楽しかった。
大掃除とおせち料理作りでバタバタした。
おじいちゃんはブリの切り身を寒いのに外で七輪の炭火で焼いてくれた。
ハケでタレを塗って焼くと、香ばしい匂いがする。
年越しの日は夕食に年越しそばを食べ、元旦は朝起きて雑煮を作り、三人でおせちと一緒に食べた。
「いよいよ年が明けたね。2月には高校入試があるね」
「うん。がんばる。ちゃんと勉強してるから大丈夫だと思うけど」
「そうね。麻美が大丈夫だっていったらいつも大丈夫だから心配はしていないよ」
お母さんの言葉に笑った。
「うん」
結局、公立高校は希望校に受かり、予定通り通う事になった。
百家クンからもメールが来て、同じ高校に通う事がわかった。別に一緒じゃなくていいんだけど。
今度は高校生になるんだなと、ちょっと感慨深い。
道の駅のパン屋のおにいさんとは、あれからも普通にパンを買うと少し言葉を交わす程度だ。
おじいちゃんと、タナカのフライヤーを買って帰ると大抵一つ減っているのはムカついた。
きゅわーん。
時間が過ぎるのは早い。
その時点で悩み苦しんでいる事は通り過ぎて過去の物になっていく。
逆に、有頂天になって世界は自分の物だと思って居る人も、必ず落ちる時はある。
喜びも悲しみも寄せては引いて行く。
このことを諸行無常という。
そんな風に考える自分もなんか辛気臭くて嫌だなあ。
無くすものがない人はある意味強いけれど、何も持っていない人は逆に踏ん張りが効かない。
じゃあ自分はどうなのだろう。
自分で自分が良く分からなくなる。
この何だかよく分からないもやもやは、生まれた時からもっているものだった。
夏休みはその後穏やかに過ぎた。
ヒグラシの鳴く声は何とも言えない不思議な懐かしさを感じる。
朝と夕方の薄暗い頃に鳴くのだ。
セミは雄だけが雌を呼ぶ為に鳴くそうだ。
鳴くというのもおかしいけれど。羽を鳴らすと言えばよいのか。
もちろん羽を擦り合わせただけではあんなに響かない。
腹の空洞と腹膜の様な発音膜を共鳴させる。
『日を暮れさせるもの』
という意味が名前の由来らしい。
この由来が水が地面に沁み込む様に心に落ちて。
特別な何かのように私には感じられる。
静かな世界の癒しの音楽だ。
よくカナカナとか表現されるけど、意味がわからない表現だと思う。
まだケケケケケの方が似てるし、マシかもしれないけど、それだと字ずら的に笑ってしまう。
バイオリンの絃を小刻みに弾きながら幻想的に響かせたようなと言えばよいのか・・・
癒される音楽だけど、決して明るい音ではない。
寂しさを誘う。
だけど一人で聞いていたい音だと思う。
このヒグラシの鳴き声を聞いていると、何故だかあのパン屋のおにいさんを思い出すのだった。
そして、妙にざわつく気持ちを、もし言葉で表すのなら、
焦燥なのだと、思った。
私は何をイライラしているのだろう・・・。
お盆は私の誕生日だった。お母さんは前の日にケーキをホールで買って来てくれた。
予約してくれていたようで、チョコレートのプレートにお祝いの言葉と名前が書かれている。
細いおしゃれな蝋燭が年齢の10才分は大きな蝋燭一本で、残り五本は少し小さい蝋燭になっていた。
たくさんケーキに穴を開けなくても良いようにしてある。
たしかに、穴だらけのケーキは嫌だ。
私の好きなザッハトルテで、甘みを抑えたビターな感じがとても美味しくて半分は私が食べた。
去年もそうだったけど、今年もお祖父ちゃんとお母さんが祝ってくれて幸せだなと思った。
誕生日を心から祝ってくれる人がいるのは幸せだ。
夏はずっと朝早く日が昇り、夜は遅くまで外が明るいイメージだけど、実際には夏至は6月の半ばから終わり近くに来て、それからはどんどん太陽の上っている時間は短くなっていく。
ここでは夏至の来る頃は朝5時半には外が明るく夜19時までは外が明るいけど、真冬では朝は6時半になっても薄暗く。夕方は17:00で暗くなるのだ。
だから、暑くても遅くまで明るい夏は過ごしやすく思う。
――――そんな夏が、もう終わろうとしていた。
秋が過ぎ、すぐに寒くなる。
そう言えば、おじいちゃんから聞いたのだけど、元父は牧場であのまま働いているらしい。
お母さんも知っているけど、全く興味はないそうだ。同感。
それにしても、情けないおじさんだ。あの様子じゃあ無一文状態に見えたし、今から冬がやって来たらこっちは厳しい寒さなので、あんな自堕落で不真面目な人が、厳しい仕事を続けられるのか分からないねとおじいちゃんと話した。
12月に入るとすぐに雪が降った。
今年は雪が良く降る年かもしれない。
お正月前には去年と同じで、おかあさんとおせち料理を作った。
和洋折衷で、お肉も焼いてタレに漬けて味を染み込ませたのをたくさんお重に詰める。
かまぼこを飾り切りにしたり、煮しめを色々炊いたり、忙しかったけど楽しかった。
大掃除とおせち料理作りでバタバタした。
おじいちゃんはブリの切り身を寒いのに外で七輪の炭火で焼いてくれた。
ハケでタレを塗って焼くと、香ばしい匂いがする。
年越しの日は夕食に年越しそばを食べ、元旦は朝起きて雑煮を作り、三人でおせちと一緒に食べた。
「いよいよ年が明けたね。2月には高校入試があるね」
「うん。がんばる。ちゃんと勉強してるから大丈夫だと思うけど」
「そうね。麻美が大丈夫だっていったらいつも大丈夫だから心配はしていないよ」
お母さんの言葉に笑った。
「うん」
結局、公立高校は希望校に受かり、予定通り通う事になった。
百家クンからもメールが来て、同じ高校に通う事がわかった。別に一緒じゃなくていいんだけど。
今度は高校生になるんだなと、ちょっと感慨深い。
道の駅のパン屋のおにいさんとは、あれからも普通にパンを買うと少し言葉を交わす程度だ。
おじいちゃんと、タナカのフライヤーを買って帰ると大抵一つ減っているのはムカついた。
きゅわーん。
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