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第一章
8.転校生
しおりを挟む三月に入り冬の気候が緩んでガチガチに凍っていた道路の雪も溶けた。でもまだ道の両脇には雪が少し残っている。それから四月にかけて梅・桃・桜と花々が一斉に開花しはじめた。川べりに並ぶ桜や菜の花の景色はいっそ幻想的とでも言える程に美しい。山々に点在するけぶるような花咲く樹々の群には目を奪われた。
何時もの様に母の車で朝学校に行くと、今日は朝のHR時に先生が一人の転校生を連れて教室に入って来た。
転校生は男子生徒だった。そして、私は今までこれ程驚いた事は無いだろうくらい驚いたのだった。私の目に映るその子は普通じゃなかった。
「ねえねえ、あの子カッコイイね」
「ほんと、めっちゃイケメン。もしかしてハーフかな」
「キャーッ。すっごいイケてるよね」
「やっぱハーフじゃない?」
「髪の毛栗色~。染めたんじゃないし、瞳もカラコンじゃない本物の薄い色だよ~王子様じゃん」
女の子が皆が口々に感嘆の声を漏らしている。教室中ざわざわとして、男子達も色々何だか言っている。
『・・・えーっ!?』
これは私の心の中の声だ。口に出した訳ではない。
『でも・・・狐だよねアレ?』
私は首を捻った。捻りまくった。
「ちょっと、塙宝(はなたから)頭そんなに振らないでよ、前見えないじゃない」
塙宝(はなたから)とは私の今の苗字である。前は田中だった。
後ろの席の女子が怒っている。どうでもいいけど。ごめんね邪魔して。
教壇の上にいるのは綺麗で真っ白な狐だ。レアだ。瞳は薄いハチミツ色で、黒い縦長の瞳孔が収縮しているのが見える。尻尾は狐特融のどんぼな、ぼてっとしたフッサフサの襟巻にしたら良さそうな感じだった。
もしかして妖怪かな?それとも白狐の幽霊憑きだろうか。そういうの初めて見るのでよく分からない。と、そんな非現実的な状況を考えていた私は、狐と目が合った・・・様な気がした。
何度か瞬きすると、焦点が合う様に、人の姿になった。あれ・・・。不思議な現象だ。
まあ、日常的に非現実的なものを見る機会の多い私は、何もしなかったが、心の中では確かに驚いていた。
『・・・』
成る程、イケメンだった。外国の子役俳優の様に整った容姿の日本人離れしたすらりとした少年がそこには立っていたのだ。
「百家(ひゃっか)斜陽(しゃよう)です。宜しくお願いします」
あまりサービス精神はないようだ。そっけない挨拶をさっと済ませて、先生に示された席に彼は座った。まあ、彼が狐だろうと何だろうと私には大して関係ないのだ。興味は薄れ、そのままふいっと外に目を向けた。
次の授業の体育は体育館でマット運動をすると先生が言っていた。怠い。なんでそんな事をしなければならないんだろう。それをしていなければ死ぬとか、生きていけないとかなら必要だろうが、そんな事どうだっていいじゃんかと思うような事をしなければならないのがどうにも嫌だ。
女子達は百家くんのマット運動にキャーキャーいって見ていた。暫くはこの調子だろう。彼はとても不愉快そうな表情をしている。運動神経は素晴らしく良さそうだった。だけど、アイドルの様な容姿をしているのに、なんか暗い瞳をしている子だなと思った。私がいうのも烏滸がましいんだけど。
それはそうと、今日はお祖父ちゃんに学校から帰ったらいい所に連れて行って貰う約束をしていた。とても楽しみだ。今日は五時限目までなので帰りのHRが終わると飛び出す様に学校から出た。一時間早いバスで帰れる。
とにかく、学校が終わると共にめっちゃ早くにJRの駅前から、K温泉道の駅経由のバスに乗り込んでから気づいたのだ。
今日の転校生、百家斜陽クンが同じバスに乗っている事に。
不思議、私の方が学校を出たのは早かったハズなのに・・・。
おかしいなあもう、私より先に、どうして百家クンが同じバスに乗っているのか謎過ぎる。あ、でも狐系の何かだったからそういうのもアリなのかも知れない。なんて思ったが、後はどうでも良くなり最近ではだいぶ見慣れた帰りの山の景色に目をやる。
バスの左手は山で、右手は大きな川だ。この河では、時期になると、鮎の友釣りをするらしい。だいたい、解禁は6月以降から夏にかけてなのだそうだ。
川幅が広く水の流れている所と中州の様になって川砂が溜まり草や木が生えている場所があると思えば、丸く削れた石がゴロゴロ大小ある場所など、川の景色も変わる。また途中には水門が作られて、深い緑のまるでダムの様になみなみとした水を湛えた場所もあった。
お祖父ちゃんに教えてもらったのだけど、友釣りというのは鮎の縄張り意識を利用した漁法で、囮りの鮎にハナカン(鼻環)を通し、掛け針の仕掛けをその鮎につけて縄張りに流すらしい。すると縄張りによその鮎が入り込んで来たと勘違いした鮎が囮鮎に体当たりして来るので、それを引っ掛けて獲る漁法なのだそうだ。
昔それを考えついた人はなんて賢い人なのだろうか。きっと凄い観察眼の持ち主だったに違いない。
お祖父ちゃんの友達に鮎釣り名人がいるそうなので、今年は美味しい鮎を食べさせてやるぞと言われて、楽しみにしている。毎年時期になると、友達がたくさん鮎を持って来てくれるそうだ。
憧れるよね、木の串に刺した鮎の塩焼き。炭火の焼きたては、特に身がホクホクして美味しいのだそうだ。
それから私は、いつもの様にK温泉の道の駅でバスを降りた。
転校生クンを乗せたままバスは次の降車駅に出発した。同じ降車駅でなくて良かったとほっとする。ここは私のお気に入りの場所だしね。
道の駅のパン屋さんの方を見ると、あのひょろっとした変な髪色の背の高いお兄さんが見えた。
今日はカレーパンが食べたい気分だ。外側のパン粉がカリッとして、中のスパイシーなカレーは黒豚と牛のすじ肉が柔らかく煮こまれている。野菜は大きめでゴロンとしたのが入っている。とっても美味しい。
『黒豚肉の旨辛カレーパン』、これだ。
だいたい学校帰りは甘い物を補給したくなるのだけど、今日は調理パンが食べたい気分だった。
お兄さんの長い綺麗な指がトングを掴み、パンを紙袋に入れてくれる。やっぱり爪の形が縦長で綺麗だった。私の爪の形は横広なのでちょっと羨ましい。
「これ、新しく出すパンのサンプルだから食べてみて」
お兄さんはこちらを見ずに作業しながら手元を見て言った。
「おわあ、嬉しい。ありがとう」
お兄さんが脇のカゴに入ってたサンプルパンを、二種類一緒に紙袋に入れてくれて、フッと笑った。
初めて笑うの見た。なんか分からないけど、嬉しいと思った。不思議だ何でだろう。
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