母が田舎の実家に戻りますので、私もついて行くことになりました―鎮魂歌(レクイエム)は誰の為に―

吉野屋

文字の大きさ
上 下
8 / 46
第一章

8.転校生

しおりを挟む
 


 三月に入り冬の気候が緩んでガチガチに凍っていた道路の雪も溶けた。でもまだ道の両脇には雪が少し残っている。それから四月にかけて梅・桃・桜と花々が一斉に開花しはじめた。川べりに並ぶ桜や菜の花の景色はいっそ幻想的とでも言える程に美しい。山々に点在するけぶるような花咲く樹々の群には目を奪われた。

 何時もの様に母の車で朝学校に行くと、今日は朝のHR時に先生が一人の転校生を連れて教室に入って来た。

 転校生は男子生徒だった。そして、私は今までこれ程驚いた事は無いだろうくらい驚いたのだった。私の目に映るその子は普通じゃなかった。

「ねえねえ、あの子カッコイイね」

「ほんと、めっちゃイケメン。もしかしてハーフかな」

「キャーッ。すっごいイケてるよね」

「やっぱハーフじゃない?」

「髪の毛栗色~。染めたんじゃないし、瞳もカラコンじゃない本物の薄い色だよ~王子様じゃん」

 女の子が皆が口々に感嘆の声を漏らしている。教室中ざわざわとして、男子達も色々何だか言っている。


『・・・えーっ!?』

 これは私の心の中の声だ。口に出した訳ではない。

『でも・・・狐だよねアレ?』

 私は首を捻った。捻りまくった。

「ちょっと、塙宝(はなたから)頭そんなに振らないでよ、前見えないじゃない」

 塙宝(はなたから)とは私の今の苗字である。前は田中だった。

 後ろの席の女子が怒っている。どうでもいいけど。ごめんね邪魔して。

 教壇の上にいるのは綺麗で真っ白な狐だ。レアだ。瞳は薄いハチミツ色で、黒い縦長の瞳孔が収縮しているのが見える。尻尾は狐特融のどんぼな、ぼてっとしたフッサフサの襟巻にしたら良さそうな感じだった。

 もしかして妖怪かな?それとも白狐の幽霊憑きだろうか。そういうの初めて見るのでよく分からない。と、そんな非現実的な状況を考えていた私は、狐と目が合った・・・様な気がした。

 何度か瞬きすると、焦点が合う様に、人の姿になった。あれ・・・。不思議な現象だ。

 まあ、日常的に非現実的なものを見る機会の多い私は、何もしなかったが、心の中では確かに驚いていた。

『・・・』

 成る程、イケメンだった。外国の子役俳優の様に整った容姿の日本人離れしたすらりとした少年がそこには立っていたのだ。

「百家(ひゃっか)斜陽(しゃよう)です。宜しくお願いします」

 あまりサービス精神はないようだ。そっけない挨拶をさっと済ませて、先生に示された席に彼は座った。まあ、彼が狐だろうと何だろうと私には大して関係ないのだ。興味は薄れ、そのままふいっと外に目を向けた。

 次の授業の体育は体育館でマット運動をすると先生が言っていた。怠い。なんでそんな事をしなければならないんだろう。それをしていなければ死ぬとか、生きていけないとかなら必要だろうが、そんな事どうだっていいじゃんかと思うような事をしなければならないのがどうにも嫌だ。

 女子達は百家くんのマット運動にキャーキャーいって見ていた。暫くはこの調子だろう。彼はとても不愉快そうな表情をしている。運動神経は素晴らしく良さそうだった。だけど、アイドルの様な容姿をしているのに、なんか暗い瞳をしている子だなと思った。私がいうのも烏滸がましいんだけど。

 それはそうと、今日はお祖父ちゃんに学校から帰ったらいい所に連れて行って貰う約束をしていた。とても楽しみだ。今日は五時限目までなので帰りのHRが終わると飛び出す様に学校から出た。一時間早いバスで帰れる。

 とにかく、学校が終わると共にめっちゃ早くにJRの駅前から、K温泉道の駅経由のバスに乗り込んでから気づいたのだ。

 今日の転校生、百家斜陽クンが同じバスに乗っている事に。

 不思議、私の方が学校を出たのは早かったハズなのに・・・。

 おかしいなあもう、私より先に、どうして百家クンが同じバスに乗っているのか謎過ぎる。あ、でも狐系の何かだったからそういうのもアリなのかも知れない。なんて思ったが、後はどうでも良くなり最近ではだいぶ見慣れた帰りの山の景色に目をやる。

 バスの左手は山で、右手は大きな川だ。この河では、時期になると、鮎の友釣りをするらしい。だいたい、解禁は6月以降から夏にかけてなのだそうだ。

 川幅が広く水の流れている所と中州の様になって川砂が溜まり草や木が生えている場所があると思えば、丸く削れた石がゴロゴロ大小ある場所など、川の景色も変わる。また途中には水門が作られて、深い緑のまるでダムの様になみなみとした水を湛えた場所もあった。

 お祖父ちゃんに教えてもらったのだけど、友釣りというのは鮎の縄張り意識を利用した漁法で、囮りの鮎にハナカン(鼻環)を通し、掛け針の仕掛けをその鮎につけて縄張りに流すらしい。すると縄張りによその鮎が入り込んで来たと勘違いした鮎が囮鮎に体当たりして来るので、それを引っ掛けて獲る漁法なのだそうだ。

 昔それを考えついた人はなんて賢い人なのだろうか。きっと凄い観察眼の持ち主だったに違いない。

 お祖父ちゃんの友達に鮎釣り名人がいるそうなので、今年は美味しい鮎を食べさせてやるぞと言われて、楽しみにしている。毎年時期になると、友達がたくさん鮎を持って来てくれるそうだ。

 憧れるよね、木の串に刺した鮎の塩焼き。炭火の焼きたては、特に身がホクホクして美味しいのだそうだ。

 それから私は、いつもの様にK温泉の道の駅でバスを降りた。

 転校生クンを乗せたままバスは次の降車駅に出発した。同じ降車駅でなくて良かったとほっとする。ここは私のお気に入りの場所だしね。

 道の駅のパン屋さんの方を見ると、あのひょろっとした変な髪色の背の高いお兄さんが見えた。

 今日はカレーパンが食べたい気分だ。外側のパン粉がカリッとして、中のスパイシーなカレーは黒豚と牛のすじ肉が柔らかく煮こまれている。野菜は大きめでゴロンとしたのが入っている。とっても美味しい。

『黒豚肉の旨辛カレーパン』、これだ。

 だいたい学校帰りは甘い物を補給したくなるのだけど、今日は調理パンが食べたい気分だった。

 お兄さんの長い綺麗な指がトングを掴み、パンを紙袋に入れてくれる。やっぱり爪の形が縦長で綺麗だった。私の爪の形は横広なのでちょっと羨ましい。

「これ、新しく出すパンのサンプルだから食べてみて」

 お兄さんはこちらを見ずに作業しながら手元を見て言った。

「おわあ、嬉しい。ありがとう」

 お兄さんが脇のカゴに入ってたサンプルパンを、二種類一緒に紙袋に入れてくれて、フッと笑った。

 初めて笑うの見た。なんか分からないけど、嬉しいと思った。不思議だ何でだろう。

 

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

辺境伯へ嫁ぎます。

アズやっこ
恋愛
私の父、国王陛下から、辺境伯へ嫁げと言われました。 隣国の王子の次は辺境伯ですか… 分かりました。 私は第二王女。所詮国の為の駒でしかないのです。 例え父であっても国王陛下には逆らえません。 辺境伯様… 若くして家督を継がれ、辺境の地を護っています。 本来ならば第一王女のお姉様が嫁ぐはずでした。 辺境伯様も10歳も年下の私を妻として娶らなければいけないなんて可哀想です。 辺境伯様、大丈夫です。私はご迷惑はおかけしません。 それでも、もし、私でも良いのなら…こんな小娘でも良いのなら…貴方を愛しても良いですか?貴方も私を愛してくれますか? そんな望みを抱いてしまいます。  ❈ 作者独自の世界観です。  ❈ 設定はゆるいです。  (言葉使いなど、優しい目で読んで頂けると幸いです)  ❈ 誤字脱字等教えて頂けると幸いです。  (出来れば望ましいと思う字、文章を教えて頂けると嬉しいです)

新しい聖女が見付かったそうなので、天啓に従います!

月白ヤトヒコ
ファンタジー
空腹で眠くて怠い中、王室からの呼び出しを受ける聖女アルム。 そして告げられたのは、新しい聖女の出現。そして、暇を出すから還俗せよとの解雇通告。 新しい聖女は公爵令嬢。そんなお嬢様に、聖女が務まるのかと思った瞬間、アルムは眩い閃光に包まれ―――― 自身が使い潰された挙げ句、処刑される未来を視た。 天啓です! と、アルムは―――― 表紙と挿し絵はキャラメーカーで作成。

公主の嫁入り

マチバリ
キャラ文芸
 宗国の公主である雪花は、後宮の最奥にある月花宮で息をひそめて生きていた。母の身分が低かったことを理由に他の妃たちから冷遇されていたからだ。  17歳になったある日、皇帝となった兄の命により龍の血を継ぐという道士の元へ降嫁する事が決まる。政略結婚の道具として役に立ちたいと願いつつも怯えていた雪花だったが、顔を合わせた道士の焔蓮は優しい人で……ぎこちなくも心を通わせ、夫婦となっていく二人の物語。  中華習作かつ色々ふんわりなファンタジー設定です。

【完結】捨ててください

仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
ずっと貴方の側にいた。 でも、あの人と再会してから貴方は私ではなく、あの人を見つめるようになった。 分かっている。 貴方は私の事を愛していない。 私は貴方の側にいるだけで良かったのに。 貴方が、あの人の側へ行きたいと悩んでいる事が私に伝わってくる。 もういいの。 ありがとう貴方。 もう私の事は、、、 捨ててください。 続編投稿しました。 初回完結6月25日 第2回目完結7月18日

旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます

結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】 ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。

凡人がおまけ召喚されてしまった件

根鳥 泰造
ファンタジー
 勇者召喚に巻き込まれて、異世界にきてしまった祐介。最初は勇者の様に大切に扱われていたが、ごく普通の才能しかないので、冷遇されるようになり、ついには王宮から追い出される。  仕方なく冒険者登録することにしたが、この世界では希少なヒーラー適正を持っていた。一年掛けて治癒魔法を習得し、治癒剣士となると、引く手あまたに。しかも、彼は『強欲』という大罪スキルを持っていて、倒した敵のスキルを自分のものにできるのだ。  それらのお蔭で、才能は凡人でも、数多のスキルで能力を補い、熟練度は飛びぬけ、高難度クエストも熟せる有名冒険者となる。そして、裏では気配消去や不可視化スキルを活かして、暗殺という裏の仕事も始めた。  異世界に来て八年後、その暗殺依頼で、召喚勇者の暗殺を受けたのだが、それは祐介を捕まえるための罠だった。祐介が暗殺者になっていると知った勇者が、改心させよう企てたもので、その後は勇者一行に加わり、魔王討伐の旅に同行することに。  最初は脅され渋々同行していた祐介も、勇者や仲間の思いをしり、どんどん勇者が好きになり、勇者から告白までされる。  だが、魔王を討伐を成し遂げるも、魔王戦で勇者は祐介を庇い、障害者になる。  祐介は、勇者の嘘で、病院を作り、医師の道を歩みだすのだった。

子持ちの私は、夫に駆け落ちされました

月山 歩
恋愛
産まれたばかりの赤子を抱いた私は、砦に働きに行ったきり、帰って来ない夫を心配して、鍛錬場を訪れた。すると、夫の上司は夫が仕事中に駆け落ちしていなくなったことを教えてくれた。食べる物がなく、フラフラだった私は、その場で意識を失った。赤子を抱いた私を気の毒に思った公爵家でお世話になることに。

処理中です...