7 / 46
第一章
7.雪と静寂と私
しおりを挟む
年末から正月にかけて雪が降った。雪かきスコップの小さいのを使って手伝う。たいして役に立たないのに、お祖父ちゃんが喜んでくれた。物凄く雪が降ると屋根の雪かきを地元の役所に頼まなくてはいけなくなるそうだ。そうすると男手の無い家には屋根の雪下ろしをしてくれる人が派遣される。もちろん幾らかのお金を払う必要がある。
昔は屋根の下には背よりも高い雪の壁が出来ていたとお祖父ちゃんが言っていた。
それはそれでとても大変そうだけど、そういうのも見る機会があるだろうか?ちょっと見て見たい。そんな大量の雪を私はまだ見た事がないのだ。
灰色の空を背景に、黒い枝だけになった樹々の林の群や、針葉樹林の三角が幾つも重なる景色は、まるで墨絵の世界の様だ。寂しそうではあるけど、それはそれで美しいのだ。
しんしんと果てしなく雪の降る様を縁側から見るのは静寂の世界に一人取り残されたような淋しさがあった。でもそこに佇むのは嫌いじゃなかった。
「お祖父ちゃん見て見て、凄い綺麗。気が遠くなるようだね」
「気が遠くなる?寒いんか?」
「違うよ、なんかさ、雪がさ、次から次に降ってくるのがね、永遠に続くみたいに見えるっていうか・・・」
「ああ、そりゃなんーとなく分かるの。軽トラ運転しとる時に、窓ガラスに次々吸いつくように流れて見える雪もそんな感じがするのお」
「やっぱりそうなんだ!」
「じゃが、麻美は詩人じゃのお、なんかええ感じに聞こえたわ」
「ええかんじに?」
「おお、そうよ」
それで、ふたりで笑い合って、暫く縁側から外の雪を見ていた。
「お父さん、麻美、お茶が入ったよ。寒いからこっちにおいでよ」
お母さんの呼び声に振り返る。
障子の引き戸を開けたまま、お祖父ちゃんが縁側に出ていたので、お母さんが茶菓子やお茶をコタツの上に用意してくれているのが見えた。
「わーい。お祖父ちゃんお茶だ、コタツに行こう」
「おお、そうしょうか」
お菓子は袋の中に和菓子系が色々とアソートで入っている大袋の奴と、源寺ウナギパイだった。源寺ウナギパイはS字型のウナギがくねった形をしたサクっとするパイ生地にウナギの粉が入っているらしいお菓子だった。このパイを前歯で少しずつ剥がして食べるのが気に入っている。練りこまれて層を作るバターの香と、表面の溶けて固まった砂糖が甘くて美味しい。和菓子アソートは、中に一口サイズのどら焼きや、最中、饅頭なんかが色々入っていて、お得感が半端ない。お祖父ちゃんと二人で好きなお菓子を取り合うのが楽しいのだ。
それを見てお母さんが笑う。こっちに帰ってからお母さんがよく笑うようになった事が嬉しい。
コタツっていいよね。最近では宿題もコタツでやるし、ずっとコタツに入っている。おじいちゃんが反対側で新聞を広げて読んだり、テレビを見たりしていて安心感があった。コタツは人を駄目にするかもしれない。だって入ったら出たくないんだよ。
最初はちょっとなんか独特の匂いがするのが苦手だし、炭が熱くて怖いイメージがして足を掘りごたつの中に落とすのも恐る恐るだったが、ちゃんと金網や足を置く縁があるので大丈夫だった。
炭が熱くなくなるとお祖父ちゃんが炭に火をいこして持って来て、コタツの中に入れてくれた。炭を入れて持って来る入れ物は七輪(しちりん)だった。
七輪ってよく漫画なんかに載っている、サンマを焼いたりする道具だ。調べると昔から料理に使う炉として使われて来たらしい。平安時代には既に同じような造りの物が出来ていた様なので驚きだ。珪藻土で出来ているので熱が本体から伝わり憎く保温性に優れているという事だった。
凄いと思う。凄い道具だ。火鉢も好きだけど、七輪は実用的で美味しい料理の出来る道具だと思う。
台所の土間で、サバの切り身やソーセージを焼いたら美味しい。ジュージューと脂が炭に落ちると煙たいけど香ばしい香りが広がる。
寒いけど換気扇を回して、窓を開けて空気を入れ替える。そういうことにすら幸せを感じる。こちらで暮らす様になって、止まっていた時が動き始めた様なそんな気さえするのは何故だろう?
コタツの布団を剥いで中に炭を入れ込むお祖父ちゃんのやり方をよく見て置く。やり方を教えて貰って、私も出来る様になりたい。ここに居ると知らない事がたくさんあってとても興味深い。
畳に寝転がり、コタツに頭を突っ込んで金網を火ばさみで外して、中に炭を入れるのは重労働だと思った。
お祖父ちゃんにそういうと、少しずつ教えると言ってくれた。
コタツのある部屋では、灰を入れた火鉢の上に網を置いてかき餅を焼いて食べたり、雑煮やぜんざいと言った冬の醍醐味を味わった。
静かで温かい正月だった。ここが好きだ。
正月が明けて、学校が始まり、冬の寒さが痛い位に感じる朝を過ごす。キーンと空気が澄み切った感じは何故か不思議と懐かしさを感じた。おかしなものだと思う。
ズボズボと長靴の足跡を付けてお祖父ちゃんの軽トラまで歩く。ここでは、12月に入る前にはスノータイヤに履き替えるのが当たり前で、車は4WDに切り替え出来るものを購入するのが普通なのだそうだ。
雪の日が振った時の為に、後ろが軽い軽トラの荷台には切り出した重い丸太を何本か乗せてロープで固定して走る。そうすると後ろが重くなるので安定するのだとお祖父ちゃんが言っていた。4WDなので、雪道に慣れているお祖父ちゃんはなんなく私を道の駅まで学校のある日は迎えに来てくれた。
雪の日は必ず除雪車が出ているので、その点は安心だった。M町ではちゃんと除雪車が出動する為の予算が毎年組まれているのだそうだ。
それにしても除雪車が通った跡は、凍った雪に凹凸が出来て舌を噛みそうな程ガタガタと軽トラが揺れた。
車から降りても暫くは身体が揺れている様な気がした。
「お祖父ちゃん、身体がまだブルブルしてるよ」
「おお、同じじゃの、わはは」
まだ雪の日は続きそうだ。
昔は屋根の下には背よりも高い雪の壁が出来ていたとお祖父ちゃんが言っていた。
それはそれでとても大変そうだけど、そういうのも見る機会があるだろうか?ちょっと見て見たい。そんな大量の雪を私はまだ見た事がないのだ。
灰色の空を背景に、黒い枝だけになった樹々の林の群や、針葉樹林の三角が幾つも重なる景色は、まるで墨絵の世界の様だ。寂しそうではあるけど、それはそれで美しいのだ。
しんしんと果てしなく雪の降る様を縁側から見るのは静寂の世界に一人取り残されたような淋しさがあった。でもそこに佇むのは嫌いじゃなかった。
「お祖父ちゃん見て見て、凄い綺麗。気が遠くなるようだね」
「気が遠くなる?寒いんか?」
「違うよ、なんかさ、雪がさ、次から次に降ってくるのがね、永遠に続くみたいに見えるっていうか・・・」
「ああ、そりゃなんーとなく分かるの。軽トラ運転しとる時に、窓ガラスに次々吸いつくように流れて見える雪もそんな感じがするのお」
「やっぱりそうなんだ!」
「じゃが、麻美は詩人じゃのお、なんかええ感じに聞こえたわ」
「ええかんじに?」
「おお、そうよ」
それで、ふたりで笑い合って、暫く縁側から外の雪を見ていた。
「お父さん、麻美、お茶が入ったよ。寒いからこっちにおいでよ」
お母さんの呼び声に振り返る。
障子の引き戸を開けたまま、お祖父ちゃんが縁側に出ていたので、お母さんが茶菓子やお茶をコタツの上に用意してくれているのが見えた。
「わーい。お祖父ちゃんお茶だ、コタツに行こう」
「おお、そうしょうか」
お菓子は袋の中に和菓子系が色々とアソートで入っている大袋の奴と、源寺ウナギパイだった。源寺ウナギパイはS字型のウナギがくねった形をしたサクっとするパイ生地にウナギの粉が入っているらしいお菓子だった。このパイを前歯で少しずつ剥がして食べるのが気に入っている。練りこまれて層を作るバターの香と、表面の溶けて固まった砂糖が甘くて美味しい。和菓子アソートは、中に一口サイズのどら焼きや、最中、饅頭なんかが色々入っていて、お得感が半端ない。お祖父ちゃんと二人で好きなお菓子を取り合うのが楽しいのだ。
それを見てお母さんが笑う。こっちに帰ってからお母さんがよく笑うようになった事が嬉しい。
コタツっていいよね。最近では宿題もコタツでやるし、ずっとコタツに入っている。おじいちゃんが反対側で新聞を広げて読んだり、テレビを見たりしていて安心感があった。コタツは人を駄目にするかもしれない。だって入ったら出たくないんだよ。
最初はちょっとなんか独特の匂いがするのが苦手だし、炭が熱くて怖いイメージがして足を掘りごたつの中に落とすのも恐る恐るだったが、ちゃんと金網や足を置く縁があるので大丈夫だった。
炭が熱くなくなるとお祖父ちゃんが炭に火をいこして持って来て、コタツの中に入れてくれた。炭を入れて持って来る入れ物は七輪(しちりん)だった。
七輪ってよく漫画なんかに載っている、サンマを焼いたりする道具だ。調べると昔から料理に使う炉として使われて来たらしい。平安時代には既に同じような造りの物が出来ていた様なので驚きだ。珪藻土で出来ているので熱が本体から伝わり憎く保温性に優れているという事だった。
凄いと思う。凄い道具だ。火鉢も好きだけど、七輪は実用的で美味しい料理の出来る道具だと思う。
台所の土間で、サバの切り身やソーセージを焼いたら美味しい。ジュージューと脂が炭に落ちると煙たいけど香ばしい香りが広がる。
寒いけど換気扇を回して、窓を開けて空気を入れ替える。そういうことにすら幸せを感じる。こちらで暮らす様になって、止まっていた時が動き始めた様なそんな気さえするのは何故だろう?
コタツの布団を剥いで中に炭を入れ込むお祖父ちゃんのやり方をよく見て置く。やり方を教えて貰って、私も出来る様になりたい。ここに居ると知らない事がたくさんあってとても興味深い。
畳に寝転がり、コタツに頭を突っ込んで金網を火ばさみで外して、中に炭を入れるのは重労働だと思った。
お祖父ちゃんにそういうと、少しずつ教えると言ってくれた。
コタツのある部屋では、灰を入れた火鉢の上に網を置いてかき餅を焼いて食べたり、雑煮やぜんざいと言った冬の醍醐味を味わった。
静かで温かい正月だった。ここが好きだ。
正月が明けて、学校が始まり、冬の寒さが痛い位に感じる朝を過ごす。キーンと空気が澄み切った感じは何故か不思議と懐かしさを感じた。おかしなものだと思う。
ズボズボと長靴の足跡を付けてお祖父ちゃんの軽トラまで歩く。ここでは、12月に入る前にはスノータイヤに履き替えるのが当たり前で、車は4WDに切り替え出来るものを購入するのが普通なのだそうだ。
雪の日が振った時の為に、後ろが軽い軽トラの荷台には切り出した重い丸太を何本か乗せてロープで固定して走る。そうすると後ろが重くなるので安定するのだとお祖父ちゃんが言っていた。4WDなので、雪道に慣れているお祖父ちゃんはなんなく私を道の駅まで学校のある日は迎えに来てくれた。
雪の日は必ず除雪車が出ているので、その点は安心だった。M町ではちゃんと除雪車が出動する為の予算が毎年組まれているのだそうだ。
それにしても除雪車が通った跡は、凍った雪に凹凸が出来て舌を噛みそうな程ガタガタと軽トラが揺れた。
車から降りても暫くは身体が揺れている様な気がした。
「お祖父ちゃん、身体がまだブルブルしてるよ」
「おお、同じじゃの、わはは」
まだ雪の日は続きそうだ。
6
お気に入りに追加
116
あなたにおすすめの小説
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
十三回目の人生でようやく自分が悪役令嬢ポジと気づいたので、もう殿下の邪魔はしませんから構わないで下さい!
翠玉 結
恋愛
公爵令嬢である私、エリーザは挙式前夜の式典で命を落とした。
「貴様とは、婚約破棄する」と残酷な事を突きつける婚約者、王太子殿下クラウド様の手によって。
そしてそれが一度ではなく、何度も繰り返していることに気が付いたのは〖十三回目〗の人生。
死んだ理由…それは、毎回悪役令嬢というポジションで立ち振る舞い、殿下の恋路を邪魔していたいたからだった。
どう頑張ろうと、殿下からの愛を受け取ることなく死ぬ。
その結末をが分かっているならもう二度と同じ過ちは繰り返さない!
そして死なない!!
そう思って殿下と関わらないようにしていたのに、
何故か前の記憶とは違って、まさかのご執心で溺愛ルートまっしぐらで?!
「殿下!私、死にたくありません!」
✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼
※他サイトより転載した作品です。
私のドレスを奪った異母妹に、もう大事なものは奪わせない
文野多咲
恋愛
優月(ゆづき)が自宅屋敷に帰ると、異母妹が優月のウェディングドレスを試着していた。その日縫い上がったばかりで、優月もまだ袖を通していなかった。
使用人たちが「まるで、異母妹のためにあつらえたドレスのよう」と褒め称えており、優月の婚約者まで「異母妹の方が似合う」と褒めている。
優月が異母妹に「どうして勝手に着たの?」と訊けば「ちょっと着てみただけよ」と言う。
婚約者は「異母妹なんだから、ちょっとくらいいじゃないか」と言う。
「ちょっとじゃないわ。私はドレスを盗られたも同じよ!」と言えば、父の後妻は「悪気があったわけじゃないのに、心が狭い」と優月の頬をぶった。
優月は父親に婚約解消を願い出た。婚約者は父親が決めた相手で、優月にはもう彼を信頼できない。
父親に事情を説明すると、「大げさだなあ」と取り合わず、「優月は異母妹に嫉妬しているだけだ、婚約者には異母妹を褒めないように言っておく」と言われる。
嫉妬じゃないのに、どうしてわかってくれないの?
優月は父親をも信頼できなくなる。
婚約者は優月を手に入れるために、優月を襲おうとした。絶体絶命の優月の前に現れたのは、叔父だった。
海の見える家で……
梨香
キャラ文芸
祖母の突然の死で十五歳まで暮らした港町へ帰った智章は見知らぬ女子高校生と出会う。祖母の死とその女の子は何か関係があるのか? 祖母の死が切っ掛けになり、智章の特殊能力、実父、義理の父、そして奔放な母との関係などが浮き彫りになっていく。

【一話完結】断罪が予定されている卒業パーティーに欠席したら、みんな死んでしまいました
ツカノ
ファンタジー
とある国の王太子が、卒業パーティーの日に最愛のスワロー・アーチェリー男爵令嬢を虐げた婚約者のロビン・クック公爵令嬢を断罪し婚約破棄をしようとしたが、何故か公爵令嬢は現れない。これでは断罪どころか婚約破棄ができないと王太子が焦り始めた時、招かれざる客が現れる。そして、招かれざる客の登場により、彼らの運命は転がる石のように急転直下し、恐怖が始まったのだった。さて彼らの運命は、如何。

双子の姉がなりすまして婚約者の寝てる部屋に忍び込んだ
海林檎
恋愛
昔から人のものを欲しがる癖のある双子姉が私の婚約者が寝泊まりしている部屋に忍びこんだらしい。
あぁ、大丈夫よ。
だって彼私の部屋にいるもん。
部屋からしばらくすると妹の叫び声が聞こえてきた。
子持ちの私は、夫に駆け落ちされました
月山 歩
恋愛
産まれたばかりの赤子を抱いた私は、砦に働きに行ったきり、帰って来ない夫を心配して、鍛錬場を訪れた。すると、夫の上司は夫が仕事中に駆け落ちしていなくなったことを教えてくれた。食べる物がなく、フラフラだった私は、その場で意識を失った。赤子を抱いた私を気の毒に思った公爵家でお世話になることに。

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる