4 / 46
第一章
4.お祖父ちゃんと、私
しおりを挟む
お祖父ちゃんの軽トラに乗せてもらって買い物に行くのは、鄙びた町だけど農協や郵便局もある。
あとは、個人商店の何でも屋さんのお店なんかもある。お爺ちゃん先生のやっている内科医院や、他には美容院とか散髪屋さんもあるのだ。
距離的に言えば、お祖父ちゃんの家から徒歩では行く気がしないが、小学校と中学校も複式学級だがこっちにあって、母は子供の頃、毎日歩いて通っていたらしい。すごい。
いつもこっちで買い物等をしているお祖父ちゃんは、私を軽トラに乗せてちょくちょく買い物に連れて行ってくれた。一応小さいガソリンスタンドも近くにある。
その店から遠目に見ても、お寺よりも遥かに大きいお屋敷があった。手前には大きな川が流れていて、橋を渡らないと屋敷には行くことが出来ない様だ。
「お祖父ちゃん、あの山の方にそびえ立つ大きい屋敷は誰の家なの?」
軽トラの助手席に乗って、高台に見える大きな武家屋敷みたいな家を指差す。
「ああ・・・あれは昔はこの辺一帯の農地を全部持って居た庄屋屋敷だな。東神様(とうじんさま)っちゅーて皆いうとる。まあ、戦後の農地改革で農地はほぼ小作人に取られてしもうたが、山林もようけ(沢山)もっとられたけ、それを切り売りされて、生活には困らんかったらしいがな」
「とうじんさま?」
「東に神さんで東神(とうじん)っちゅー苗字なんじゃな。昔の庄屋様の家なんじゃ」
「ふうん。すごいよね、あれ、長屋門っていう奴だよね」
「ああん?なんじゃそれ」
「長屋門だよ、あの家の門。門自体が屋根の付いた長い建物でしょ、昔はあそこに使用人が住んでたらしいよ。映画の八つ墓村に出て来る屋敷なんかがそうだよ」
お祖父ちゃんはうんうんうなずいた。
昨夜、木曜ロードショーで、一緒に再放送の映画を見たのだ。二人で掘りごたつに入って一階の居間で観たのだ。怖い場面になると、お祖父ちゃんはこたつ布団を目の下まで引き上げてビクビクしていた。
その掘りごたつは本当に炭を入れて温めるタイプの奴だ。こたつの中に潜って一酸化炭素中毒にならないように気を付けないといけないと母に言われた。
『炭をいこす』と言って炭に火を付けるのは、それ専用の小さい片手鍋の様な形の、底に穴の空いた容器に炭を入れて、ガス台で炙って炭に火を付ける様だ。七輪の中で火をいこす事もあるみたい。
「ああ、八つ墓村か、そうそう、こないだテレビで映画見た時、なんか東神さまの屋敷に似てるおもーたわ」
元々、長屋門(ながやもん)って言うのは、武家屋敷の120メートルくらいに及ぶ長い門の事で、下男等の住居が一緒に造られていて、武家にしか許されていなかった物が、近代になり、庄屋や名家と呼ばれる家には作ることを赦されたんだとか、本か何かで読んだことが有る。
まあ、一般庶民には、無用の長物である。
「うん、似てる似てる」
私は、相槌を打った。
「タナカの婆さんのフライヤー買って帰ろか?」
お祖父ちゃんたら、突然思い出した様にそう言った。農協の横にあるタナカと言うなんでも売ってる個人店では、お婆ちゃんが揚げ物を店の中で揚げていた。これが美味しいのだ。
「私は、牛肉コロッケが良いよ、お祖父ちゃん」
何かもう、直ぐにでも食べたくなって来た。外はカリカリ、サクサクで、中は玉ねぎとたっぷりの合挽きミンチを炒めて、マッシュしたジャガイモと和えてある。塩胡椒が効いていて齧ると旨味が広がり、アツアツのハフハフはこたえられない美味しさだ。
「よおし、じいちゃんに任せろ」
お祖父ちゃんは、夕飯の分以外に、オヤツ用のコロッケを買ってくれた。私はそのアツアツのコロッケをハフハフ齧りながら帰った。
「タナカのお婆ちゃん、いい仕事してるよ」
「そーじゃろ、あそこの揚げ物は旨いからのー」
お祖父ちゃんは上機嫌だ。この様に、お祖父ちゃんと私は、結構な仲良しだった。
「そういやあ、麻美が生まれた年に、東神さまのとこの坊ちゃんが亡くなってのお、大騒ぎになった事があったのお」
「坊ちゃん?」
「男の子二人おって、上の子じゃったかの?家の前の川で兄弟が遊んどって、兄の方が流されたんじゃわ」
「それは・・・可哀想だね」
そういうのって、残った方にも心に傷が残ると思う。
「そうそう、よう覚えとるわ、麻美の生まれた日の話じゃけえの」
「えーっ」
そういう話はどっちかと言うと、聞きたくない類の話だよ。と思った。
「やっぱのお、お盆に水の近くで遊ばすんは、ようない(良く無い)言うけのお。皆んな近所のもんはそう言いおったのお」
「ふーん」
まあ、お盆時期の水難については色々と謂れが有るので、昔から言われている事には気をつけた方が良いのだろう。
「そういうんもあってじゃろ、下の坊は、流行りのアレらしいで」
「アレって何?」
「えーと、ヒキニク?ヒキニー・・・」
「ヒキニート?」
「おお、それよの」
お祖父ちゃんはスッキリした顔で、前を見て、ウンウン頷いている。お祖父ちゃんの偉い所は、運転中よそ見をしない事だ。
「そうなんだ。それは、しんどそうな話だね」
「ええ若いもんが、いけんよの」
「まあ、人にはそれぞれ事情ってやつがあるからね」
「なんぼ家が大きゅうても、住んどるモンが不幸じゃいけんわの」
「うん、そうだね」
その家の話も、私にははっきり言って関係ない話なので、適当に返事をしたくらいで、あまり心に残りもしない話だったのだが、後日、色々と私に関わってくる事になるとは思いもしていなかった。
あとは、個人商店の何でも屋さんのお店なんかもある。お爺ちゃん先生のやっている内科医院や、他には美容院とか散髪屋さんもあるのだ。
距離的に言えば、お祖父ちゃんの家から徒歩では行く気がしないが、小学校と中学校も複式学級だがこっちにあって、母は子供の頃、毎日歩いて通っていたらしい。すごい。
いつもこっちで買い物等をしているお祖父ちゃんは、私を軽トラに乗せてちょくちょく買い物に連れて行ってくれた。一応小さいガソリンスタンドも近くにある。
その店から遠目に見ても、お寺よりも遥かに大きいお屋敷があった。手前には大きな川が流れていて、橋を渡らないと屋敷には行くことが出来ない様だ。
「お祖父ちゃん、あの山の方にそびえ立つ大きい屋敷は誰の家なの?」
軽トラの助手席に乗って、高台に見える大きな武家屋敷みたいな家を指差す。
「ああ・・・あれは昔はこの辺一帯の農地を全部持って居た庄屋屋敷だな。東神様(とうじんさま)っちゅーて皆いうとる。まあ、戦後の農地改革で農地はほぼ小作人に取られてしもうたが、山林もようけ(沢山)もっとられたけ、それを切り売りされて、生活には困らんかったらしいがな」
「とうじんさま?」
「東に神さんで東神(とうじん)っちゅー苗字なんじゃな。昔の庄屋様の家なんじゃ」
「ふうん。すごいよね、あれ、長屋門っていう奴だよね」
「ああん?なんじゃそれ」
「長屋門だよ、あの家の門。門自体が屋根の付いた長い建物でしょ、昔はあそこに使用人が住んでたらしいよ。映画の八つ墓村に出て来る屋敷なんかがそうだよ」
お祖父ちゃんはうんうんうなずいた。
昨夜、木曜ロードショーで、一緒に再放送の映画を見たのだ。二人で掘りごたつに入って一階の居間で観たのだ。怖い場面になると、お祖父ちゃんはこたつ布団を目の下まで引き上げてビクビクしていた。
その掘りごたつは本当に炭を入れて温めるタイプの奴だ。こたつの中に潜って一酸化炭素中毒にならないように気を付けないといけないと母に言われた。
『炭をいこす』と言って炭に火を付けるのは、それ専用の小さい片手鍋の様な形の、底に穴の空いた容器に炭を入れて、ガス台で炙って炭に火を付ける様だ。七輪の中で火をいこす事もあるみたい。
「ああ、八つ墓村か、そうそう、こないだテレビで映画見た時、なんか東神さまの屋敷に似てるおもーたわ」
元々、長屋門(ながやもん)って言うのは、武家屋敷の120メートルくらいに及ぶ長い門の事で、下男等の住居が一緒に造られていて、武家にしか許されていなかった物が、近代になり、庄屋や名家と呼ばれる家には作ることを赦されたんだとか、本か何かで読んだことが有る。
まあ、一般庶民には、無用の長物である。
「うん、似てる似てる」
私は、相槌を打った。
「タナカの婆さんのフライヤー買って帰ろか?」
お祖父ちゃんたら、突然思い出した様にそう言った。農協の横にあるタナカと言うなんでも売ってる個人店では、お婆ちゃんが揚げ物を店の中で揚げていた。これが美味しいのだ。
「私は、牛肉コロッケが良いよ、お祖父ちゃん」
何かもう、直ぐにでも食べたくなって来た。外はカリカリ、サクサクで、中は玉ねぎとたっぷりの合挽きミンチを炒めて、マッシュしたジャガイモと和えてある。塩胡椒が効いていて齧ると旨味が広がり、アツアツのハフハフはこたえられない美味しさだ。
「よおし、じいちゃんに任せろ」
お祖父ちゃんは、夕飯の分以外に、オヤツ用のコロッケを買ってくれた。私はそのアツアツのコロッケをハフハフ齧りながら帰った。
「タナカのお婆ちゃん、いい仕事してるよ」
「そーじゃろ、あそこの揚げ物は旨いからのー」
お祖父ちゃんは上機嫌だ。この様に、お祖父ちゃんと私は、結構な仲良しだった。
「そういやあ、麻美が生まれた年に、東神さまのとこの坊ちゃんが亡くなってのお、大騒ぎになった事があったのお」
「坊ちゃん?」
「男の子二人おって、上の子じゃったかの?家の前の川で兄弟が遊んどって、兄の方が流されたんじゃわ」
「それは・・・可哀想だね」
そういうのって、残った方にも心に傷が残ると思う。
「そうそう、よう覚えとるわ、麻美の生まれた日の話じゃけえの」
「えーっ」
そういう話はどっちかと言うと、聞きたくない類の話だよ。と思った。
「やっぱのお、お盆に水の近くで遊ばすんは、ようない(良く無い)言うけのお。皆んな近所のもんはそう言いおったのお」
「ふーん」
まあ、お盆時期の水難については色々と謂れが有るので、昔から言われている事には気をつけた方が良いのだろう。
「そういうんもあってじゃろ、下の坊は、流行りのアレらしいで」
「アレって何?」
「えーと、ヒキニク?ヒキニー・・・」
「ヒキニート?」
「おお、それよの」
お祖父ちゃんはスッキリした顔で、前を見て、ウンウン頷いている。お祖父ちゃんの偉い所は、運転中よそ見をしない事だ。
「そうなんだ。それは、しんどそうな話だね」
「ええ若いもんが、いけんよの」
「まあ、人にはそれぞれ事情ってやつがあるからね」
「なんぼ家が大きゅうても、住んどるモンが不幸じゃいけんわの」
「うん、そうだね」
その家の話も、私にははっきり言って関係ない話なので、適当に返事をしたくらいで、あまり心に残りもしない話だったのだが、後日、色々と私に関わってくる事になるとは思いもしていなかった。
4
お気に入りに追加
116
あなたにおすすめの小説
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
私のドレスを奪った異母妹に、もう大事なものは奪わせない
文野多咲
恋愛
優月(ゆづき)が自宅屋敷に帰ると、異母妹が優月のウェディングドレスを試着していた。その日縫い上がったばかりで、優月もまだ袖を通していなかった。
使用人たちが「まるで、異母妹のためにあつらえたドレスのよう」と褒め称えており、優月の婚約者まで「異母妹の方が似合う」と褒めている。
優月が異母妹に「どうして勝手に着たの?」と訊けば「ちょっと着てみただけよ」と言う。
婚約者は「異母妹なんだから、ちょっとくらいいじゃないか」と言う。
「ちょっとじゃないわ。私はドレスを盗られたも同じよ!」と言えば、父の後妻は「悪気があったわけじゃないのに、心が狭い」と優月の頬をぶった。
優月は父親に婚約解消を願い出た。婚約者は父親が決めた相手で、優月にはもう彼を信頼できない。
父親に事情を説明すると、「大げさだなあ」と取り合わず、「優月は異母妹に嫉妬しているだけだ、婚約者には異母妹を褒めないように言っておく」と言われる。
嫉妬じゃないのに、どうしてわかってくれないの?
優月は父親をも信頼できなくなる。
婚約者は優月を手に入れるために、優月を襲おうとした。絶体絶命の優月の前に現れたのは、叔父だった。

少し冷めた村人少年の冒険記
mizuno sei
ファンタジー
辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。
トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。
優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。

【一話完結】断罪が予定されている卒業パーティーに欠席したら、みんな死んでしまいました
ツカノ
ファンタジー
とある国の王太子が、卒業パーティーの日に最愛のスワロー・アーチェリー男爵令嬢を虐げた婚約者のロビン・クック公爵令嬢を断罪し婚約破棄をしようとしたが、何故か公爵令嬢は現れない。これでは断罪どころか婚約破棄ができないと王太子が焦り始めた時、招かれざる客が現れる。そして、招かれざる客の登場により、彼らの運命は転がる石のように急転直下し、恐怖が始まったのだった。さて彼らの運命は、如何。
独身寮のふるさとごはん まかないさんの美味しい献立
水縞しま
ライト文芸
旧題:独身寮のまかないさん ~おいしい故郷の味こしらえます~
第7回ライト文芸大賞【料理・グルメ賞】作品です。
◇◇◇◇
飛騨高山に本社を置く株式会社ワカミヤの独身寮『杉野館』。まかない担当として働く有村千影(ありむらちかげ)は、決まった予算の中で献立を考え、食材を調達し、調理してと日々奮闘していた。そんなある日、社員のひとりが失恋して落ち込んでしまう。食欲もないらしい。千影は彼の出身地、富山の郷土料理「ほたるいかの酢味噌和え」をこしらえて励まそうとする。
仕事に追われる社員には、熱々がおいしい「味噌煮込みうどん(愛知)」。
退職しようか思い悩む社員には、じんわりと出汁が沁みる「聖護院かぶと鯛の煮物(京都)」。
他にも飛騨高山の「赤かぶ漬け」「みだらしだんご」、大阪の「モダン焼き」など、故郷の味が盛りだくさん。
おいしい故郷の味に励まされたり、癒されたり、背中を押されたりするお話です。
よんよんまる
如月芳美
キャラ文芸
東のプリンス・大路詩音。西のウルフ・大神響。
音楽界に燦然と輝く若きピアニストと作曲家。
見た目爽やか王子様(実は負けず嫌い)と、
クールなヴィジュアルの一匹狼(実は超弱気)、
イメージ正反対(中身も正反対)の二人で構成するユニット『よんよんまる』。
だが、これからという時に、二人の前にある男が現われる。
お互いやっと見つけた『欠けたピース』を手放さなければならないのか。
※作中に登場する団体、ホール、店、コンペなどは、全て架空のものです。
※音楽モノではありますが、音楽はただのスパイスでしかないので音楽知らない人でも大丈夫です!
(医者でもないのに医療モノのドラマを見て理解するのと同じ感覚です)
飯屋の娘は魔法を使いたくない?
秋野 木星
ファンタジー
3歳の時に川で溺れた時に前世の記憶人格がよみがえったセリカ。
魔法が使えることをひた隠しにしてきたが、ある日馬車に轢かれそうになった男の子を助けるために思わず魔法を使ってしまう。
それを見ていた貴族の青年が…。
異世界転生の話です。
のんびりとしたセリカの日常を追っていきます。
※ 表紙は星影さんの作品です。
※ 「小説家になろう」から改稿転記しています。
子持ちの私は、夫に駆け落ちされました
月山 歩
恋愛
産まれたばかりの赤子を抱いた私は、砦に働きに行ったきり、帰って来ない夫を心配して、鍛錬場を訪れた。すると、夫の上司は夫が仕事中に駆け落ちしていなくなったことを教えてくれた。食べる物がなく、フラフラだった私は、その場で意識を失った。赤子を抱いた私を気の毒に思った公爵家でお世話になることに。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる