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第一章
3.お祖父ちゃんの家
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お祖父ちゃんの家は、家の裏はずっと山だ・・・。いや違う、一言でいうと、山の中にある集落にある・・・と言うのが正しいかもしれない。
山は何処まで続いているのか分からない。ずーっと山の向こうにまた山が見える。お祖父ちゃんの家からもっと奥にも集落があって、ため池やお寺があって農協のお店なんかもあるが、車なら直ぐだけど歩くと一時間近くかかりそうな感じ。お祖父ちゃんはいつも軽トラックに乗っている。
そんな田舎だけど、道路自体は狭いのに、かなり交通量がある。土を山盛り積んだダンプカーが結構通る。隣の県に抜ける抜け道でもあるし、高速道路を作っている所もあるらしくて、そこにダンプカーは土を運んでいるのだ。事故も多発している様だ。
どのダンプカーの正面にも目立つように『○○高速道路の工事現場へ移動中』というゼッケンみたいなのを付けているのでわかりやすい。
ここは田舎だし、年よりが多い。過疎化して若い人が少なくなり、高齢でも車に乗らないと何処にも行けないので、こんな狭い道を沢山のダンプが通るのは正直嫌だなあと思う。行政を担当する人達は、そんな事考えもしないのだろう。
近くの個人病院といっても、そこに行くのにも何キロも運転しないと行けないような場所なのだ。こういう所はもっと地域医療に力を入れていかないとどうにもならなくなるとお母さんが言っていた。
お祖父ちゃんの家は、JRのM駅から、タクシーで山の方に入って狭い道をクネクネ上り35分位かかる。山の方って言っても、四方を山に囲まれているから表現が難しい。内陸部なので山と川しかない。海は無いのだ。
クマ出没注意だ。冗談ではない。本当の話だ。流石に道路には出てこないようだけど、お祖父ちゃんの家はやばい。家の裏は広い畑と杉林があり、その奥は山だ。
畑も今では自分が食べる分しか作らないので、ほぼ山に戻っていくような状態だ。
母が子供の頃は乳牛を一頭飼い、牛乳を採って○○乳業に渡していたらしい。契約農家というのかな?もちろん今は居ない。
お祖母ちゃんが生きていた頃の話だけど、畑に人が居るなと思ってよく見たら、熊だったという話を聞いた。猪や鹿、狐やマミ(アナグマ)やタヌキは当たり前だという。
杉林の方に畑を通って向かうとあちこちに陥没した穴が空いていて、落ちると危ないので一人では行かない方がいいと言われた。長年の雨などで、水で浸食してそうなっているらしい。
杉林の暗い影に、椎茸の出る木を並べてあるので、椎茸狩りにお祖父ちゃんと行った。たくさんとれた。
とは言え、お母さんはまだ熊を生で見た事はないと言っていた。私だって見たくないわそりゃ・・・。
お母さんが子供の頃は幼馴染の男の子と、山の穴の中に居るタヌキを煙で燻して捕まえ、鍋にして食べたという話を聞いた。正直、肉は臭くて母には食べられなかったそうだが、その友人はそれでも食べていたそうだ。ツワモノだ。
しかも、煙で燻してぐったりしたので、大丈夫だと思って男の子が穴に手を突っ込むと、噛みつかれたそうだ。
感染症とかにかからなかったんだ?・・・こわっ。物を知らないって言うのは怖い。
今では飼い犬や猫に手を舐められたというだけで傷があったせいでそこから感染症にかかったという話を聞く。
最近のニュースでは、住民に捕まえてくれと言われたお巡りさんが、フェレットを捕まえる時に噛まれて、感染症にかかり、闘病の末亡くなったという話を聞いたと思う。
もっとタヌキを燻した話を掘り下げて聞いてみると、中学の頃の事で、タヌキをさばいてくれたのは隣の家のおっちゃんだったという話だ。
おっちゃんは、二人が頼むと「いいよ」と言って手慣れた様子で捌いて、皮を剥いで肉にしてくれたそうだ。
そんな獣を食べるのを、誰も止めないのだから凄い。
おっちゃんの住んでいた家は、お祖父ちゃんの家から500m位もっと山の奥に入った場所にあり、今はもう老朽化して、誰も住んで居ない。藁ぶき屋根のその家は、もう崩れかけている。人が住まなくなった家は直ぐに傷んでしまうのだ。
そして友人の男の子はI君と言って。I君の家は当時はこの辺りでは大きな酪農をしている家だった。今でもそのまま家は廃墟になって残っている。大きな牛舎や家があっても、誰も棲んでいない。
I君は一人息子だったけど、酪農が嫌で家を継がなかったが、牛専門の獣医になったそうだ。農協関係の職場に居る様だと話していた。
お父さんが倒れて、後は継がないので、牛なんかは全部他所へやってしまったらしい。お母さんはすぐにボケてしまい病院に入ったそうだ。I君が今何処に住んでいるのか知らないと母は言っていた。
そのI君は新興宗教に入信してしまい、奥さんもどっぷり宗教の人なので結婚後は全く付き合いが無いのだそうだ。
もともと仏教徒なのに、そういう宗教に入る切っ掛けは何かあるのだろうけど、だいたい純粋な人が騙されたり感化されて入る事が多いって聞いた。自分の心が救われるからという理由で入る分には別に構わないのだ。だから、人を誘うなと思う。
ポストなんかに入っている宗教のチラシに、『こんな奇跡が起きました』とか書いてあるのを見ると、何か腹が立つ。そういうのは違うと思うのだ。
人は、淋しかったり、哀しかったり不安になると、同じ方向を向いている人の中に居ないと安心できないのだろうか?
私は、最終的には人は一人だし、何をするのも自分の事は最後は自分で決めるものだと思っている。
そう言えば、お祖父ちゃんがこの間草刈りをしていると、鹿の脚(骨)が二本落ちていたと言っていた。怖い・・・。草刈りは鎌じゃなくて、エンジンの付いた肩掛けの草刈り機だ。
「クマが出て来たらこれでぶった切るから大丈夫」
とか、お祖父ちゃんは言うけど、多分先に一撃お見舞いされて殺られるのは、お祖父ちゃんだと思う。
中学校には朝はお母さんに学校まで送って貰い、帰りはお祖父ちゃんの軽トラックで近くのバス停まで迎えに来て貰う。
丁度バス停の所は、道の駅があって賑やかだ。温泉と宿泊施設も有るので、待っているのには丁度いい。
温泉の建物と一緒に、物産館があって、パンや揚げ物を売っている。お腹が空いた時なんかは、一つ100円前後で売っているので、小遣いで何か買ってベンチで食べるのがいいのだ。
お母さんの働く会社は、車で片道30㎞位の距離にある。JRのM駅の近くだ。もともとこちらが本社で、ジーンズの生地を作る会社なのだが、父の転勤先に支社が出来ていて、母はもともと実家に戻るつもりでそこで働く事にしたのだ。計画通りこちらに戻る事が出来て良かったなと思う。
お祖父ちゃんの家は日本家屋って感じの黒い瓦屋根の家だ。縁側があって全部畳の部屋だ。二階建てだけど、二階の部屋は使われて居なくて、二部屋あった。もともとその一つはお母さんの部屋だったので、その部屋はお母さんの部屋で隣の部屋に私は別れて住む事にした。
お祖父ちゃんの部屋は一階にある部屋で、ご飯を食べたりする掘りごたつがある部屋の隣の小さめの部屋で寝起きしている。そこも襖(ふすま)で仕切られている。襖の上には鴨井と欄間がある。そして掘りごたつのある部屋の向こうに土間の台所と玄関とトイレがある。
お祖父ちゃんが寝起きしている部屋の奥に八畳の仏間があり、その向こうに10畳間が襖で仕切られているけど、黒檀の大きなテーブルが置いてあるだけで、ほぼ使われて居ない。だだっ広いだけだ。床の間には大きな水盤が置いてあるだけだ。埃を被っていた。お祖母ちゃんが居た頃は花が生けてあった。
庭側をL字型に縁側が囲っていて、そこから見る景色だけはいいと思う。少し高い場所に家が建っているのだ。四方を囲む山々が見える。庭には一応ハゲハゲの芝生が適当に生えていて、手入れされていない。
古いザクロの木があって、結構立派なザクロの実がなるのだ。丸い表皮に包まれた中身は一粒一粒はガーネットの様だ。キラキラしている果肉が種を内包している。味は熟れていればあっさりと、甘酸っぱい。
熟れていなければ、白っぽくて、ただ酸っぱいだけだ。
一粒取り出して指でつまんで潰すとシャクリと潰れるけど、よく表現される人肉みたいな感じとはかけ離れた美しい色ガラスのような個体だ。あれって、本物を自分でじっくり見た事が無い人の表現だったんだなと思った。
一番奥に、茶室がある。そこに碁盤と石が置いてあった。建てられたのはだいぶ昔らしい。四角い小さな間口から這うように入り、その中の狭い空間で、お祖父ちゃんは囲碁友達と碁を打つのを楽しみにしていたが、その友達も昨年亡くなったそうだ。
庭には池があり、小さい池から大きい池に水が流れ込むような造りになっているけど、どうやら大きい池はどこか底から水が抜けるらしく、ちょっとだけ水が溜まっている所に、ウシガエルが住んで居る様だ。
そうして、私には時々、お茶室の狭い間口を潜って、知らないお爺さんが中に入っていくのがぼんやりと見えた。
今でも、お祖父ちゃんの友達は時々碁を打ちに来る様だった。
山は何処まで続いているのか分からない。ずーっと山の向こうにまた山が見える。お祖父ちゃんの家からもっと奥にも集落があって、ため池やお寺があって農協のお店なんかもあるが、車なら直ぐだけど歩くと一時間近くかかりそうな感じ。お祖父ちゃんはいつも軽トラックに乗っている。
そんな田舎だけど、道路自体は狭いのに、かなり交通量がある。土を山盛り積んだダンプカーが結構通る。隣の県に抜ける抜け道でもあるし、高速道路を作っている所もあるらしくて、そこにダンプカーは土を運んでいるのだ。事故も多発している様だ。
どのダンプカーの正面にも目立つように『○○高速道路の工事現場へ移動中』というゼッケンみたいなのを付けているのでわかりやすい。
ここは田舎だし、年よりが多い。過疎化して若い人が少なくなり、高齢でも車に乗らないと何処にも行けないので、こんな狭い道を沢山のダンプが通るのは正直嫌だなあと思う。行政を担当する人達は、そんな事考えもしないのだろう。
近くの個人病院といっても、そこに行くのにも何キロも運転しないと行けないような場所なのだ。こういう所はもっと地域医療に力を入れていかないとどうにもならなくなるとお母さんが言っていた。
お祖父ちゃんの家は、JRのM駅から、タクシーで山の方に入って狭い道をクネクネ上り35分位かかる。山の方って言っても、四方を山に囲まれているから表現が難しい。内陸部なので山と川しかない。海は無いのだ。
クマ出没注意だ。冗談ではない。本当の話だ。流石に道路には出てこないようだけど、お祖父ちゃんの家はやばい。家の裏は広い畑と杉林があり、その奥は山だ。
畑も今では自分が食べる分しか作らないので、ほぼ山に戻っていくような状態だ。
母が子供の頃は乳牛を一頭飼い、牛乳を採って○○乳業に渡していたらしい。契約農家というのかな?もちろん今は居ない。
お祖母ちゃんが生きていた頃の話だけど、畑に人が居るなと思ってよく見たら、熊だったという話を聞いた。猪や鹿、狐やマミ(アナグマ)やタヌキは当たり前だという。
杉林の方に畑を通って向かうとあちこちに陥没した穴が空いていて、落ちると危ないので一人では行かない方がいいと言われた。長年の雨などで、水で浸食してそうなっているらしい。
杉林の暗い影に、椎茸の出る木を並べてあるので、椎茸狩りにお祖父ちゃんと行った。たくさんとれた。
とは言え、お母さんはまだ熊を生で見た事はないと言っていた。私だって見たくないわそりゃ・・・。
お母さんが子供の頃は幼馴染の男の子と、山の穴の中に居るタヌキを煙で燻して捕まえ、鍋にして食べたという話を聞いた。正直、肉は臭くて母には食べられなかったそうだが、その友人はそれでも食べていたそうだ。ツワモノだ。
しかも、煙で燻してぐったりしたので、大丈夫だと思って男の子が穴に手を突っ込むと、噛みつかれたそうだ。
感染症とかにかからなかったんだ?・・・こわっ。物を知らないって言うのは怖い。
今では飼い犬や猫に手を舐められたというだけで傷があったせいでそこから感染症にかかったという話を聞く。
最近のニュースでは、住民に捕まえてくれと言われたお巡りさんが、フェレットを捕まえる時に噛まれて、感染症にかかり、闘病の末亡くなったという話を聞いたと思う。
もっとタヌキを燻した話を掘り下げて聞いてみると、中学の頃の事で、タヌキをさばいてくれたのは隣の家のおっちゃんだったという話だ。
おっちゃんは、二人が頼むと「いいよ」と言って手慣れた様子で捌いて、皮を剥いで肉にしてくれたそうだ。
そんな獣を食べるのを、誰も止めないのだから凄い。
おっちゃんの住んでいた家は、お祖父ちゃんの家から500m位もっと山の奥に入った場所にあり、今はもう老朽化して、誰も住んで居ない。藁ぶき屋根のその家は、もう崩れかけている。人が住まなくなった家は直ぐに傷んでしまうのだ。
そして友人の男の子はI君と言って。I君の家は当時はこの辺りでは大きな酪農をしている家だった。今でもそのまま家は廃墟になって残っている。大きな牛舎や家があっても、誰も棲んでいない。
I君は一人息子だったけど、酪農が嫌で家を継がなかったが、牛専門の獣医になったそうだ。農協関係の職場に居る様だと話していた。
お父さんが倒れて、後は継がないので、牛なんかは全部他所へやってしまったらしい。お母さんはすぐにボケてしまい病院に入ったそうだ。I君が今何処に住んでいるのか知らないと母は言っていた。
そのI君は新興宗教に入信してしまい、奥さんもどっぷり宗教の人なので結婚後は全く付き合いが無いのだそうだ。
もともと仏教徒なのに、そういう宗教に入る切っ掛けは何かあるのだろうけど、だいたい純粋な人が騙されたり感化されて入る事が多いって聞いた。自分の心が救われるからという理由で入る分には別に構わないのだ。だから、人を誘うなと思う。
ポストなんかに入っている宗教のチラシに、『こんな奇跡が起きました』とか書いてあるのを見ると、何か腹が立つ。そういうのは違うと思うのだ。
人は、淋しかったり、哀しかったり不安になると、同じ方向を向いている人の中に居ないと安心できないのだろうか?
私は、最終的には人は一人だし、何をするのも自分の事は最後は自分で決めるものだと思っている。
そう言えば、お祖父ちゃんがこの間草刈りをしていると、鹿の脚(骨)が二本落ちていたと言っていた。怖い・・・。草刈りは鎌じゃなくて、エンジンの付いた肩掛けの草刈り機だ。
「クマが出て来たらこれでぶった切るから大丈夫」
とか、お祖父ちゃんは言うけど、多分先に一撃お見舞いされて殺られるのは、お祖父ちゃんだと思う。
中学校には朝はお母さんに学校まで送って貰い、帰りはお祖父ちゃんの軽トラックで近くのバス停まで迎えに来て貰う。
丁度バス停の所は、道の駅があって賑やかだ。温泉と宿泊施設も有るので、待っているのには丁度いい。
温泉の建物と一緒に、物産館があって、パンや揚げ物を売っている。お腹が空いた時なんかは、一つ100円前後で売っているので、小遣いで何か買ってベンチで食べるのがいいのだ。
お母さんの働く会社は、車で片道30㎞位の距離にある。JRのM駅の近くだ。もともとこちらが本社で、ジーンズの生地を作る会社なのだが、父の転勤先に支社が出来ていて、母はもともと実家に戻るつもりでそこで働く事にしたのだ。計画通りこちらに戻る事が出来て良かったなと思う。
お祖父ちゃんの家は日本家屋って感じの黒い瓦屋根の家だ。縁側があって全部畳の部屋だ。二階建てだけど、二階の部屋は使われて居なくて、二部屋あった。もともとその一つはお母さんの部屋だったので、その部屋はお母さんの部屋で隣の部屋に私は別れて住む事にした。
お祖父ちゃんの部屋は一階にある部屋で、ご飯を食べたりする掘りごたつがある部屋の隣の小さめの部屋で寝起きしている。そこも襖(ふすま)で仕切られている。襖の上には鴨井と欄間がある。そして掘りごたつのある部屋の向こうに土間の台所と玄関とトイレがある。
お祖父ちゃんが寝起きしている部屋の奥に八畳の仏間があり、その向こうに10畳間が襖で仕切られているけど、黒檀の大きなテーブルが置いてあるだけで、ほぼ使われて居ない。だだっ広いだけだ。床の間には大きな水盤が置いてあるだけだ。埃を被っていた。お祖母ちゃんが居た頃は花が生けてあった。
庭側をL字型に縁側が囲っていて、そこから見る景色だけはいいと思う。少し高い場所に家が建っているのだ。四方を囲む山々が見える。庭には一応ハゲハゲの芝生が適当に生えていて、手入れされていない。
古いザクロの木があって、結構立派なザクロの実がなるのだ。丸い表皮に包まれた中身は一粒一粒はガーネットの様だ。キラキラしている果肉が種を内包している。味は熟れていればあっさりと、甘酸っぱい。
熟れていなければ、白っぽくて、ただ酸っぱいだけだ。
一粒取り出して指でつまんで潰すとシャクリと潰れるけど、よく表現される人肉みたいな感じとはかけ離れた美しい色ガラスのような個体だ。あれって、本物を自分でじっくり見た事が無い人の表現だったんだなと思った。
一番奥に、茶室がある。そこに碁盤と石が置いてあった。建てられたのはだいぶ昔らしい。四角い小さな間口から這うように入り、その中の狭い空間で、お祖父ちゃんは囲碁友達と碁を打つのを楽しみにしていたが、その友達も昨年亡くなったそうだ。
庭には池があり、小さい池から大きい池に水が流れ込むような造りになっているけど、どうやら大きい池はどこか底から水が抜けるらしく、ちょっとだけ水が溜まっている所に、ウシガエルが住んで居る様だ。
そうして、私には時々、お茶室の狭い間口を潜って、知らないお爺さんが中に入っていくのがぼんやりと見えた。
今でも、お祖父ちゃんの友達は時々碁を打ちに来る様だった。
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