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第39章

異世界のハグは命がけです(5)

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 ふたりの間ではビシバシと火花が飛び散っているのかもしないが、さすがに、オレを真ん中に置いて、そのやりとりはやめて欲しい。

 目の前にはドリアのキラキラした顔がアップであり、耳元ではフレドリックくんの低く甘い声が囁かれるという状態に、オレの脳内はもうパンク寸前だった。

 下半身の方は……まだ大丈夫そうだ。

 フレドリックくん、わざとですよね?
 わざと、オレの耳元に息を吹きかけてますよね?

「マオ! 覚えていろよ! 今夜だ! わたしの方がフレドリックよりも上位存在だということを、今夜、しっかりとその身体に教えてやるからなっ!」

 ドリアは王太子なんだから、フレドリックくんよりも身分は上でしょ? それくらいわかってるけど? 今更なにを言っているんだろうね。

 ふっ。と、オレの耳元で、フレドリックくんがかすかに笑う。

(ひやあああっ)

 びくん、とオレの身体が震える。

 やめて。

 それ、やめて。

 フレドリックくん、耳元で「ふっ」って笑うの禁止!

 心臓に悪いから、それはやめて!

 どうやったのかよくわからないが、へにょへにょになってしまったオレを、フレドリックくんはドリアから引き剥がし、その勢いのまま、横抱きに抱き上げる。

「勇者様は、まだお疲れのようです。帰還のご報告も終了いたしました。勇者様には、お部屋で休んでいただきます」

 フレドリックくんの業務的な宣言に、ドリアは反論できない。

 えっと……これで、お姫様抱っこされるのは何回目だったっけ?

 こんなにほいほい抱っこされるんだったら、しっかりカウントしておくんだったよ。

 条件反射で、オレはフレドリックくんの胸に顔をうずめ、手を首にまわす。

(あ……なんか、すごくしっくりしてて……すごく気持ちいい)

 今すぐに甘えたくなって、フレドリックくんの胸にスリスリしてしまう。
 そんなオレの様子を見て、なにも感じないドリアではない。

「くそ――っ」

 だめだよ、ドリア。王太子様がそんな汚い言葉を使っちゃあ。
 足を踏み鳴らして悔しがるのも、臣下がいる前ではやっちゃだめだよ。

「今夜だ! 今夜!」

 ドリアは腕で乱暴に涙を拭うと、ビシッと、オレに向かって指をさす。

「マオ! 今夜は、わたしのために予定を開けておくのだぞ!」

(なにが今夜なんだ!)

「なにが今夜なのでしょうか? 王太子殿下」
「え? さ、宰相?」

 ドリアの顔に怯えが走る。
 気づかないうちに扉が開いており、そこからカツカツと靴音をたてて、宰相サンがドリアの執務室へと入ってくる。

 おや?
 さっき、フレドリックくんとコソコソ話していた近衛騎士が、宰相さんの背後に控えている?

 王太子の執務室に乱入してきた宰相サンの目の下には、なぜかクマができている。目もすこしばかり虚ろだ。

「王太子殿下、なにが、今夜なのでしょうか?」

(こ、怖いよ。宰相サン……。目がいっちゃってるよ……)
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