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Mission3 お祖母様を救え!

114.彼

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 彼は「え――。またですかぁ」とか「う――ん、どうしようかなぁ」など言いながらも、最後には「わかりました。いいですよ」と答えてくれる。
 私の立場に同情までしてくれる。
 たまに文句を言いながらも、彼はきちんと宣言通りに仕事を完成してくれるのだ。
 私はそれにずるずると甘えてしまっている。

 そういうやりとりが増えるなか「このお礼は必ず」とか「今度、ごちそうします」と言っていたのだが、それをようやく叶えることができたのだ。

 といっても、私が彼から受けた恩は、一度の食事くらいではチャラにできないだろう。それくらいの自覚は私にもある。

「ははは。そうですね。次は、もう少し、納期に余裕があるといいんですけどね」

 柔らかな口調と言葉だが、彼の言葉に込められた真意に私は震えあがる。
 穏やかな人ほど怒らせたらこじれてしまうのは、今までの仕事で嫌というほど学んでいる。
 彼もそうだろう。

「ほんんんとうにぃ! 申し訳ございませんっ!」
「顔を上げてくださいよ。慣れてますから。そのぶん、報酬はしっかりと頂いていますし。大丈夫じゃないけど、まあ、大丈夫ですから」
「いえ、でも。その……」
「そのうち、きっとイイコトがあると信じていますから。期待していますよ」

 彼に言われてお辞儀はやめたが、後ろめたくて彼の顔を見ることはできなかった。

「無理難題をふっかけてくるのは、なにも……さんだけではありませんしね。それに、フリーランスって、そういう無茶ぶりに応えられてこそ、みたいなところがありますから」

 彼は楽しそうに笑っている。
 フォローしているのか、抗議を笑顔というオブラートで包んで誤魔化しているのか、私にはわからなかった。

「でも、こうして、お礼を言ってくださる人は……さんだけなんですよ」

 ずっとここで立っていたら風邪をひきそうだと言って、彼は駅の方角に向かって歩きはじめる。

 私も彼の隣に並んで歩く。

 背が高い彼は足も長い。
 歩幅の違いで歩く速度も違ってくるのだが、彼はゆっくりと、私の歩調にあわせて歩いていた。
 気づけば、彼は車道側に立っている。

 寒いなあ。と彼は天を見上げて呟いた。

 確かに寒い。
 すごく寒い。

 だけど、なぜか、このときはもう少しこの寒い時間が続けばいいのに、と思ってしまった。

 信号待ちをしているとき、彼は思い出したかのように、とある方向を指さした。

「そうそう、この先を少し行ったところに、大きな桜の木がある公園があるんですよ」
「はあ……?」

 突然の言葉に私は目をぱちくりさせて、彼が指さす方を見る。
 ビルばかりで公園は見えない。

「これだけ寒いと、まだ咲いていないと思いますが、とても綺麗なんですよ。特に、夜桜」
「そう、なんですか」
「その公園とは少し離れた場所に、たくさんの桜の木が植えられている公園があるので、みんなそっちに行ってしまうんですよね。夜はライトアップもされていますし」
「そう、なんですか」
「はい。だから人も少ないですし、というか、ほとんどいないし、桜は一本だけなんですけど、穴場だと思うんですよね。運がよければ、ひとり占めできるんです」

(ええっと、これは……世間話だよね?)

 私はどう応えてよいのかわからず、視線をさまよわせる。
 なんだか背中がムズムズするのは、寒さのせいだろうか。

「ここ数年は見逃してしまって。もうすぐしたら咲くでしょうけど、今年こそは見てみたいですね」

 満開の桜を思い描いているのか、彼の目が遠くのどこかを見ている。

「桜ですか……。見てみたいですね」

 春は毎年やってきて、桜も毎年咲いては散っていく。
 当たり前のことなんだけど、仕事が忙しくて、その当たり前のことも素通りしているような気がした。
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