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深淵編(4)
19.困ったヤツだ
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この手は離せない。
離してはいけない。
フィリアがしっかりとこの手で抱きしめ、護らなければならない存在だ。
それが自分の宿命だと、記憶の奥底から誰かがフィリアに囁きかける。
――おまえの片割れの痛み、苦しみを真正面から受け止めるのだ。逃げるな。ただ、淡々と。それがどのようなものであっても、どんなに残酷なものであっても、心をしっかり保て――
優しくて力強い男の声が、フィリアの魂を揺さぶる。
――フィリア、おまえが魂の片割れを助けなければならないんだよ。助けるのはお前だ――
フィリアはその小さな囁きに耳を傾け、素直に受け入れる。
セイランが燃え盛る炎ならば、自分は凪いだ水になろう、とフィリアは思った。
セイランがその身を炎で燃やし尽くすなら、自分もそれに殉じようと誓う。
行き場をなくしてしまった炎を……セイランの魔力を余すところなく受け入れ、自分のひとつとする。
そして、自分のありったけの想いを魔力に込めて、全霊をかけてセイランに渡す。
決してセイランをひとりにはしない。
確かに、フィリアはギンフウと取り引きをした。
フィリアの身柄とその生命は、ギンフウの手の中だ。ギンフウが自由に使っていいものになった。
魔力が暴走し、それを抑える術を知らなかった代償はとても高くついた。
そして、セイランを護る力を得るためには、ギンフウにフィリアが持つ全てを捧げないといけないのだろう。
それでも……とフィリアは思う。
それでも、魂のたったひとかけらだけでいい。
生贄奴隷として生きることを強要されているセイランに、伝えることができたらいいとフィリアは願う。
強い願いを魔力に込めて、フィリアは自分の魂のひとかけらを少年に渡す。
この先、セイランの身になにが起ころうとも……。
セイランがどのような選択をしようとも……。
セイランとどんなに距離が離れていようとも……。
自分は必ずセイランの味方でありつづけ、魂に寄り添う無二の存在であると、辛抱強く伝え続ける。
願い続けた。
「フィリア……」
少年が泣き止んだ。
と同時に熱がどんどんひいていく。
小さな腕が自分の背中に回されるのを、フィリアは朦朧とした意識の中で感じとっていた。
こんな小さな子どもを泣かせるなんて、と後悔に胸が苦しくなる。
「ごめんね。ごめんね。エルト、ごめんね。ぼくが弱いばっかりに……。ぼくのために泣いてくれてありがとう。ぼくのために怒ってくれてありがとう」
「ふぃ、フィリア?」
「でも、泣かないで。これはね、ぼくが、きみの側にいるために選んだことだから。……だから、きみが泣く必要なんて、これっぽっちもないんだよ……」
「でも、ボクは」
「きみはなにも悪くない」
伝えなければならないことを、フィリアは気力を振り絞って声にする。
「ぼくがいる。だからきみはひとりじゃないよ。だから、泣く必要はないし、怖がることなんてないんだよ」
「わかった……」
精神力の限界を感じ、体勢を崩しかけたところを、逞しい腕に抱きとめられる。
「全く……無茶をする。子どもの扱いが上手いのは、報告書通りだったな」
耳元でギンフウの声が聞こえた。
それはとても心地よく、今まで聞いたなかで一番優しい声だった。彼なりの褒め言葉だということに気づかされる。
ギンフウの魔力が注ぎ込まれるのを感じる。
フィリアはそれを受け取り、絡め取り、己のものへと変えていく。
自分の存在を主張するかのように、セイランがフィリアに抱きついてくる。
セイランをぎゅっと抱きしめながら、自分のものとなった魔力をギンフウに返し、互いの魔力を馴染ませあう。
「困ったヤツだ。もう終わりか。こんなに理解が早いと教える楽しみが半減する。もう少し愉しめると思ったのだが、つまらんヤツだ……」
薄れゆく意識のなか、フィリアはギンフウのとても残念そうな声を聞いていた。
離してはいけない。
フィリアがしっかりとこの手で抱きしめ、護らなければならない存在だ。
それが自分の宿命だと、記憶の奥底から誰かがフィリアに囁きかける。
――おまえの片割れの痛み、苦しみを真正面から受け止めるのだ。逃げるな。ただ、淡々と。それがどのようなものであっても、どんなに残酷なものであっても、心をしっかり保て――
優しくて力強い男の声が、フィリアの魂を揺さぶる。
――フィリア、おまえが魂の片割れを助けなければならないんだよ。助けるのはお前だ――
フィリアはその小さな囁きに耳を傾け、素直に受け入れる。
セイランが燃え盛る炎ならば、自分は凪いだ水になろう、とフィリアは思った。
セイランがその身を炎で燃やし尽くすなら、自分もそれに殉じようと誓う。
行き場をなくしてしまった炎を……セイランの魔力を余すところなく受け入れ、自分のひとつとする。
そして、自分のありったけの想いを魔力に込めて、全霊をかけてセイランに渡す。
決してセイランをひとりにはしない。
確かに、フィリアはギンフウと取り引きをした。
フィリアの身柄とその生命は、ギンフウの手の中だ。ギンフウが自由に使っていいものになった。
魔力が暴走し、それを抑える術を知らなかった代償はとても高くついた。
そして、セイランを護る力を得るためには、ギンフウにフィリアが持つ全てを捧げないといけないのだろう。
それでも……とフィリアは思う。
それでも、魂のたったひとかけらだけでいい。
生贄奴隷として生きることを強要されているセイランに、伝えることができたらいいとフィリアは願う。
強い願いを魔力に込めて、フィリアは自分の魂のひとかけらを少年に渡す。
この先、セイランの身になにが起ころうとも……。
セイランがどのような選択をしようとも……。
セイランとどんなに距離が離れていようとも……。
自分は必ずセイランの味方でありつづけ、魂に寄り添う無二の存在であると、辛抱強く伝え続ける。
願い続けた。
「フィリア……」
少年が泣き止んだ。
と同時に熱がどんどんひいていく。
小さな腕が自分の背中に回されるのを、フィリアは朦朧とした意識の中で感じとっていた。
こんな小さな子どもを泣かせるなんて、と後悔に胸が苦しくなる。
「ごめんね。ごめんね。エルト、ごめんね。ぼくが弱いばっかりに……。ぼくのために泣いてくれてありがとう。ぼくのために怒ってくれてありがとう」
「ふぃ、フィリア?」
「でも、泣かないで。これはね、ぼくが、きみの側にいるために選んだことだから。……だから、きみが泣く必要なんて、これっぽっちもないんだよ……」
「でも、ボクは」
「きみはなにも悪くない」
伝えなければならないことを、フィリアは気力を振り絞って声にする。
「ぼくがいる。だからきみはひとりじゃないよ。だから、泣く必要はないし、怖がることなんてないんだよ」
「わかった……」
精神力の限界を感じ、体勢を崩しかけたところを、逞しい腕に抱きとめられる。
「全く……無茶をする。子どもの扱いが上手いのは、報告書通りだったな」
耳元でギンフウの声が聞こえた。
それはとても心地よく、今まで聞いたなかで一番優しい声だった。彼なりの褒め言葉だということに気づかされる。
ギンフウの魔力が注ぎ込まれるのを感じる。
フィリアはそれを受け取り、絡め取り、己のものへと変えていく。
自分の存在を主張するかのように、セイランがフィリアに抱きついてくる。
セイランをぎゅっと抱きしめながら、自分のものとなった魔力をギンフウに返し、互いの魔力を馴染ませあう。
「困ったヤツだ。もう終わりか。こんなに理解が早いと教える楽しみが半減する。もう少し愉しめると思ったのだが、つまらんヤツだ……」
薄れゆく意識のなか、フィリアはギンフウのとても残念そうな声を聞いていた。
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