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深淵編(4)

16.これでもくらえ!

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「あとはひたすら、回数をこなして慣れるしかないな」
「わかりました。ありがとうございました」
「おい、おい。勝手に話を終わらせようとするな」
「はい?」

 ギンフウの言葉にフィリアはコテリと首を傾ける。

「これからが『本番』だぞ。覚えているうちに、さっきのことをひとりでやってみろ」
「え? えええっ! まだやるんですか?」

 勘弁してくれ、見逃してくれ、せめて、一休みさせてくれ……と言いたいのだが、そのようなことをギンフウに言えるはずもない。

「当然だ。さっきのアレ一回だけで全てが解決するはずがないだろう? 世の中はそんなに甘くはないぞ。未熟な今の状態で結界の外に出すわけにはいかない」
「……そうですよね。おっしゃるとおりです」

 フィリアの体内ではまだ魔力がくすぶり、溢れ続けている。
 今の状態で『深淵』の外にでてしまったら、魔力漏洩、暴走が再発するだろう。
 それくらい不安定な状態なのだ。

「体内に残っているセイランの魔力と、さっきおまえに渡したオレの魔力はわかるよな?」
「もちろんです」
「……戻ってきたセイランを診たときから、おまえとの魔力相性がいいというのは予想していたが、想像以上だ。奇跡と言ってもいい」

 疲れたような表情をしながらも、ギンフウの機嫌はとてもよさそうだった。
 なのに、なぜか、とても恐ろしいとフィリアは思った。

「魔力がわかるのなら、それを残さず、余すことなく、馴染ませろ。このまま消失させるのは非常にもったいない」
「……残さず、余すことなく?」
「そうだ。『残さず、余すことなく』だ。それができるまでここから出られるとは思うなよ」

 口で言うのはとても簡単だが、実際にやるとなると難しいし、どれくらいの時間が必要なのか全く見当もつかない。
 だが、拒否することはできない。

「わかりました。やってみます」
「さっさとはじめ……」

 ギンフウの言葉が途中で途切れる。
 フィリアもまた異変を察知し、ギンフウが注視しているところと同じ場所を凝視する。

 強固なはずの結界が異音を発し、ゆらりと揺れた。
 膨大な魔力が空間に歪みを発生させる。

「フィリアをいじめるな――!」

 頭上にぽっかりと穴が開き、そこから部屋着姿の幼い少年が転がり落ちてくる。

(ええええ――っ!)

 見知った少年の出現に、フィリアはあんぐりと口をあける。

 空間が輝きに包まれると同時に、無数の足場が出現する。そのひとつに少年は音もなく着地していた。

 小柄な少年の長い前髪は髪留めによって左右にかき分けられており、秀麗な顔がはっきりとみてとれる。
 濡れた黒い瞳は、怒りのためかキラキラと輝いていた。

「え、エルト!」
「くそっ! もう、起きたのかっ! 目覚めが早すぎる」

 ギンフウがフィリアを蹴り飛ばし、両腕を顔面に組んで後退る。

 黒髪の少年は宙に留まったまま、ギンフウを指さす。

「とうさんの嘘つき! フィリアにたくさん酷いことをしてる! そんなとうさんにはお仕置きだぁ――っ!」
「フィリア! 防御魔法だ! のんびりしてたら巻き込まれるぞ!」

(え…………!)

 大量の魔力が動く気配を察知し、フィリアは言われるがままに、自分の周囲に防御魔法を張り巡らせる。

「これでもくらえ! 【火球】!」

 詠唱なしで、エルトの両手から炎の玉……いや、炎が吹きだし、ギンフウめがけて怒涛の勢いで襲いかかる。

「くそうっ! 養父に向かって、容赦なしか!」

 炎の渦の中にギンフウが飲み込まれる。

(…………)

 ギンフウに蹴られていなければ、フィリアもあの炎に巻き込まれていただろう。

(嘘だぁ! 【火球】って? あれが【火球】? 本当にあれは【火球】なの? ぼくが知っている【火球】じゃなぁい!)

 防御魔法を展開していても暑い。
 炎の熱さではない。
 火山口の煮えたぎるマグマよりも熱い。
 炎の竜が吐くブレスのように熱かった。
 凝縮された熱が、ギンフウだけでなくフィリアまでをも飲み込む。

(ひいぃぃぃ――)
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