216 / 222
深淵編(4)
13.両方同時にやった方が理解も早い
しおりを挟む
「え……? 冗談ですよね? こ、こんな……この世の終わりのような激痛に、赤子が耐えることができるのですか?」
フィリアの問いに、ギンフウは「おまえはバカか」という呟きが漏れる。
「さっきも言ったはずだが、この量はオレとおまえだからできることだ。赤子でこれをやると間違いなく死ぬからな。この先、おまえに子ができたとしても、絶対にこの量でやるなよ。本当に死ぬぞ」
「わ…………わかりました」
「赤子とは、もっと微量な……あるかないかわからない程度、赤子が泣きださない程度の魔力を、二、三年かけて、ゆっくりと、じわじわと辛抱強く行うものだ」
「…………」
黙ってしまったフィリアを、ギンフウは怪訝そうな目で見つめる。
「なにかすごく言いたそうな顔だな?」
「いえ。二、三年かけて、ゆっくりと……なんですね」
「ああそうだ。ゆっくりと、優しくな」
「えっと。ぼくには……容赦ないですよね。優しさの欠片もないように思えるのですが? 気のせいですか?」
「効率重視だ。おまえは急いで覚える必要があるからな。死なないラインはちゃんと見極めているから、そこは安心しろ。まあ、予想していた以上に覚えが早いのが残念ではあるが」
「それはどういう……」
「そんな些細なことはどうでもよい」
「いえ、決して、些細ではないと思うのですが……」
ギンフウに睨まれ、フィリアは口を閉じる。
「おまえとセイランがやったのは、魔力交換だ。くっついて爆睡だけで……まあ、手段と程度はどうであれ、やったことは、ただの魔力交換だ」
「え? エルトとも魔力交換? この世の破滅みたいな耐えがたい激痛はなかったのですが?」
「致死量ならないギリギリの魔力を一気に交換したわけじゃないからな」
男の言葉にフィリアは沈黙する。
魔力暴走で死ぬ前に、ギンフウに殺されるのではないだろうか。
「……で、これからするのが、魔力を馴染ませる方法だ」
「魔力を馴染ませる?」
「ああ。相手に己の魔力を与え、それを自分の魔力として、相手に定着させる。あるいは、相手から魔力を受け取って、それを自分の魔力として受け入れる。魔力譲渡ともいえるかもな?」
「…………?」
フィリアにはふたつの違いが理解できなかったが、それは、ギンフウに言わせたら『身体で感じろ』ということだろう。
「ただ、おまえの場合、体内の魔力のめぐりが非効率的だ。循環せずに、あちこちで滞っている。自覚症状はあるか?」
ここと、ここと、ここ……という具合に、身体のあちこちを指さされる。
「いえ。わかりません」
「……自業自得だな」
ギンフウは目を眇め、しばし考え込む。
もったいないことだと嘆きたくなった。
フィリアがこのような状態になってしまったのは、魔法の根幹部分を教えてもらえる師をもたずして、独学で魔法を使い続けてきたからだ。
ランフウがルースギルド長として冒険者ギルドに潜り込んでいなければ、見落とされていた存在だ。
平民でもたまに魔力能力値の高い子どもが産まれる。
しかし、ほとんどの者が己の能力に気づかずに一生を終えるか、魔力が暴走して早世している。
それは人材の損失でもあった。
能力のある者を見つけ出し、教育する制度を整える必要があることは随分と昔から論議されていたが、貴族たちの反対と妨害で、未だに実現されることはなかった。
今までその必要がなかったから放置されていたのだが、『エレッツハイム城の悪夢』によって多くの人材が失われた今であるならば、強引に推し進めることも可能かもしれない。
フィリアのような者は、気づかれないだけで他にもいるだろう。
ギンフウ自身がこの問題について保留の姿勢でいたのだが、フィリアを見ていて考えが変わる。
休憩をはさみ、ようやくフィリアの呼吸が落ち着いてきたようだ。
次の指導に移ってもよい頃合いだろう。
「先に魔力の循環を覚えさせて……いや、面倒だ。強引にはなるが、両方同時にやった方が理解も早い」
「え? ど、同時!」
「怖がることはない。おまえを傷つけるような下手はしない。おまえは心を空っぽにしろ。なにも考えるな。不安になるな。心を研ぎ澄ませ、感じたままに受け入れろ」
フィリアの問いに、ギンフウは「おまえはバカか」という呟きが漏れる。
「さっきも言ったはずだが、この量はオレとおまえだからできることだ。赤子でこれをやると間違いなく死ぬからな。この先、おまえに子ができたとしても、絶対にこの量でやるなよ。本当に死ぬぞ」
「わ…………わかりました」
「赤子とは、もっと微量な……あるかないかわからない程度、赤子が泣きださない程度の魔力を、二、三年かけて、ゆっくりと、じわじわと辛抱強く行うものだ」
「…………」
黙ってしまったフィリアを、ギンフウは怪訝そうな目で見つめる。
「なにかすごく言いたそうな顔だな?」
「いえ。二、三年かけて、ゆっくりと……なんですね」
「ああそうだ。ゆっくりと、優しくな」
「えっと。ぼくには……容赦ないですよね。優しさの欠片もないように思えるのですが? 気のせいですか?」
「効率重視だ。おまえは急いで覚える必要があるからな。死なないラインはちゃんと見極めているから、そこは安心しろ。まあ、予想していた以上に覚えが早いのが残念ではあるが」
「それはどういう……」
「そんな些細なことはどうでもよい」
「いえ、決して、些細ではないと思うのですが……」
ギンフウに睨まれ、フィリアは口を閉じる。
「おまえとセイランがやったのは、魔力交換だ。くっついて爆睡だけで……まあ、手段と程度はどうであれ、やったことは、ただの魔力交換だ」
「え? エルトとも魔力交換? この世の破滅みたいな耐えがたい激痛はなかったのですが?」
「致死量ならないギリギリの魔力を一気に交換したわけじゃないからな」
男の言葉にフィリアは沈黙する。
魔力暴走で死ぬ前に、ギンフウに殺されるのではないだろうか。
「……で、これからするのが、魔力を馴染ませる方法だ」
「魔力を馴染ませる?」
「ああ。相手に己の魔力を与え、それを自分の魔力として、相手に定着させる。あるいは、相手から魔力を受け取って、それを自分の魔力として受け入れる。魔力譲渡ともいえるかもな?」
「…………?」
フィリアにはふたつの違いが理解できなかったが、それは、ギンフウに言わせたら『身体で感じろ』ということだろう。
「ただ、おまえの場合、体内の魔力のめぐりが非効率的だ。循環せずに、あちこちで滞っている。自覚症状はあるか?」
ここと、ここと、ここ……という具合に、身体のあちこちを指さされる。
「いえ。わかりません」
「……自業自得だな」
ギンフウは目を眇め、しばし考え込む。
もったいないことだと嘆きたくなった。
フィリアがこのような状態になってしまったのは、魔法の根幹部分を教えてもらえる師をもたずして、独学で魔法を使い続けてきたからだ。
ランフウがルースギルド長として冒険者ギルドに潜り込んでいなければ、見落とされていた存在だ。
平民でもたまに魔力能力値の高い子どもが産まれる。
しかし、ほとんどの者が己の能力に気づかずに一生を終えるか、魔力が暴走して早世している。
それは人材の損失でもあった。
能力のある者を見つけ出し、教育する制度を整える必要があることは随分と昔から論議されていたが、貴族たちの反対と妨害で、未だに実現されることはなかった。
今までその必要がなかったから放置されていたのだが、『エレッツハイム城の悪夢』によって多くの人材が失われた今であるならば、強引に推し進めることも可能かもしれない。
フィリアのような者は、気づかれないだけで他にもいるだろう。
ギンフウ自身がこの問題について保留の姿勢でいたのだが、フィリアを見ていて考えが変わる。
休憩をはさみ、ようやくフィリアの呼吸が落ち着いてきたようだ。
次の指導に移ってもよい頃合いだろう。
「先に魔力の循環を覚えさせて……いや、面倒だ。強引にはなるが、両方同時にやった方が理解も早い」
「え? ど、同時!」
「怖がることはない。おまえを傷つけるような下手はしない。おまえは心を空っぽにしろ。なにも考えるな。不安になるな。心を研ぎ澄ませ、感じたままに受け入れろ」
0
お気に入りに追加
30
あなたにおすすめの小説

骸骨と呼ばれ、生贄になった王妃のカタの付け方
ウサギテイマーTK
恋愛
骸骨娘と揶揄され、家で酷い扱いを受けていたマリーヌは、国王の正妃として嫁いだ。だが結婚後、国王に愛されることなく、ここでも幽閉に近い扱いを受ける。側妃はマリーヌの義姉で、公式行事も側妃が請け負っている。マリーヌに与えられた最後の役割は、海の神への生贄だった。
注意:地震や津波の描写があります。ご注意を。やや残酷な描写もあります。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
皇帝の番~2度目の人生謳歌します!~
saku
恋愛
竜人族が治める国で、生まれたルミエールは前世の記憶を持っていた。
前世では、一国の姫として生まれた。両親に愛されずに育った。
国が戦で負けた後、敵だった竜人に自分の番だと言われ。遠く離れたこの国へと連れてこられ、婚約したのだ……。
自分に優しく接してくれる婚約者を、直ぐに大好きになった。その婚約者は、竜人族が治めている帝国の皇帝だった。
幸せな日々が続くと思っていたある日、婚約者である皇帝と一人の令嬢との密会を噂で知ってしまい、裏切られた悲しさでどんどんと痩せ細り死んでしまった……。
自分が死んでしまった後、婚約者である皇帝は何十年もの間深い眠りについていると知った。
前世の記憶を持っているルミエールが、皇帝が眠っている王都に足を踏み入れた時、止まっていた歯車が動き出す……。
※小説家になろう様でも公開しています

私と母のサバイバル
だましだまし
ファンタジー
侯爵家の庶子だが唯一の直系の子として育てられた令嬢シェリー。
しかしある日、母と共に魔物が出る森に捨てられてしまった。
希望を諦めず森を進もう。
そう決意するシャリーに異変が起きた。
「私、別世界の前世があるみたい」
前世の知識を駆使し、二人は無事森を抜けられるのだろうか…?

ペット(老猫)と異世界転生
童貞騎士
ファンタジー
老いた飼猫と暮らす独りの会社員が神の手違いで…なんて事はなく災害に巻き込まれてこの世を去る。そして天界で神様と会い、世知辛い神様事情を聞かされて、なんとなく飼猫と共に異世界転生。使命もなく、ノルマの無い異世界転生に平凡を望む彼はほのぼののんびりと異世界を飼猫と共に楽しんでいく。なお、ペットの猫が龍とタメ張れる程のバケモノになっていることは知らない模様。


王宮侍女は穴に落ちる
斑猫
恋愛
婚約破棄されたうえ養家を追い出された
アニエスは王宮で運良く職を得る。
呪われた王女と呼ばれるエリザベ―ト付き
の侍女として。
忙しく働く毎日にやりがいを感じていた。
ところが、ある日ちょっとした諍いから
突き飛ばされて怪しい穴に落ちてしまう。
ちょっと、とぼけた主人公が足フェチな
俺様系騎士団長にいじめ……いや、溺愛され
るお話です。

神に異世界へ転生させられたので……自由に生きていく
霜月 祈叶 (霜月藍)
ファンタジー
小説漫画アニメではお馴染みの神の失敗で死んだ。
だから異世界で自由に生きていこうと決めた鈴村茉莉。
どう足掻いても異世界のせいかテンプレ発生。ゴブリン、オーク……盗賊。
でも目立ちたくない。目指せフリーダムライフ!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる