206 / 222
深淵編(4)
3.あ……逃げましたね
しおりを挟む
「すみません。ちょっと失礼しますね」
目立たない容貌のバーテンダーは断りをいれると、フィリアの額に手をかざす。
と、またバチンという大きな音と、電撃のような衝撃がフィリアを襲う。はずみで倒れそうになるところを、ヤマセが背後から慌てて支えてくれた。
バーテンダーはというと、伸ばしかけた手を離し、痛そうに顔をしかめている。
「ちょ、ちょっと、リョクラン、大丈夫?」
「コクラン、慌てないでください。護符が半分ほど一気に壊れただけです」
赤く腫れた手をさすりながら、穏やかな口調で周囲を牽制すると、リョクランはフィリアに笑いかける。
コクランと違って、優しそうな笑顔だった。
「周囲が慌てたら、よけいにまずいです。大丈夫です。フィリアくん、落ち着いてください。少し、貴方の魔力の色と状態を調べるだけですから。それだけです。それ以上のことはしません。もちろん、貴方に危害は加えません。怖かったら、目を閉じてもらってもかまわないですから」
先程の不毛な言い争いとはうってかわって、リョクランは優しい笑みを浮かべている。
そろそろとリョクランの手が再び動き、フィリアの額に優しく触れる。
「大丈夫です。ゆっくりと、ゆっくりと深呼吸をしてください」
リョクランに言われ、フィリアは深呼吸を繰り返すと、ゆっくりと目を閉じた。
相手を思いやる穏やかな魔力に包まれる。
「いい子だね」というリョクランの低い声が聞こえた。
「うーん。コクラン、これはかなりまずい状況ですね。今すぐ、フィリアくんをギンフウのことろに連れていった方がいいですよ」
「わかりました。では。わたしは次の任務がありますので。後のことはよろしくお願いします」
と言って、ヤマセが唐突に消える。【移動跳躍】を使ったようだ。
入るのは難しいが、出ていくぶんには問題ない。
「コラ! ヤマセ! 逃げるな!」
「あ……逃げましたね」
エルフのコクランはプリプリ怒り、バーテンダーのリョクランは仕方ないと言って肩を竦める。
じゃ、わたしも……と言って、リョクランはさりげなく立ち去ろうとしたが、コクランにがしっと肩を掴まれ引き戻される。
「ヤマセは逃したけど、リョクランは逃さないわよ!」
目が据わっている。
かなり本気だ。逃してくれそうにもない。
「……わかりました。有給はまた今度の機会にします。わたしはこれからフィリアくんの薬を調合しますから、ギンフウのところには、コクランが連れていってあげてください」
「え? あ……あたしが!」
コクランがすっとんきょうな声をあげる。
リョクランは大きく頷いた。自分ばかりが貧乏くじをひくのは割に合わない。
「コクランはギンフウの部屋に乱入するのは得意でしょ?」
「寝室は別よ! あたしにだって、分別はあるの。あんなおぞましい魔窟、行きたくないわよ。魔王城の方がまだマシ。あたしよりもリョクランの方が、よくアソコに呼ばれてるじゃない」
「失礼な。食事や酒を持ってこいと言われるだけですよ。そもそも、いまのアソコには、わたしのレベルでは、立ち入るどころか、近づくことすらできません……」
「……あーそうよね。わかったわよ」
現実問題を突きつけられ、コクランは観念したかのようにため息をつく。
ここは『深淵』。
幾重にも複雑な結界が張られ、ギンフウを閉じ込めるために用意された場所。
数多の部屋があり、複雑に繋がっているが、誰もが自在に行き来できる場所ではない。
高レベルの移動系魔法を呼吸するよりも簡単に扱うことができる者でなければ、限られた場所にしか移動できない。
今はギンフウの怒りが激しく、それに呼応して結界の強度も増していた。
ほとんどの『影』がその怒気に怯え、結界に邪魔され『深淵』から遠のいている。
エルフの美女は前髪を気怠そうにかき上げると、ひとり取り残されているフィリアに笑いかけた。
「ゴメンナサイ。待たせたわね」
「…………」
目立たない容貌のバーテンダーは断りをいれると、フィリアの額に手をかざす。
と、またバチンという大きな音と、電撃のような衝撃がフィリアを襲う。はずみで倒れそうになるところを、ヤマセが背後から慌てて支えてくれた。
バーテンダーはというと、伸ばしかけた手を離し、痛そうに顔をしかめている。
「ちょ、ちょっと、リョクラン、大丈夫?」
「コクラン、慌てないでください。護符が半分ほど一気に壊れただけです」
赤く腫れた手をさすりながら、穏やかな口調で周囲を牽制すると、リョクランはフィリアに笑いかける。
コクランと違って、優しそうな笑顔だった。
「周囲が慌てたら、よけいにまずいです。大丈夫です。フィリアくん、落ち着いてください。少し、貴方の魔力の色と状態を調べるだけですから。それだけです。それ以上のことはしません。もちろん、貴方に危害は加えません。怖かったら、目を閉じてもらってもかまわないですから」
先程の不毛な言い争いとはうってかわって、リョクランは優しい笑みを浮かべている。
そろそろとリョクランの手が再び動き、フィリアの額に優しく触れる。
「大丈夫です。ゆっくりと、ゆっくりと深呼吸をしてください」
リョクランに言われ、フィリアは深呼吸を繰り返すと、ゆっくりと目を閉じた。
相手を思いやる穏やかな魔力に包まれる。
「いい子だね」というリョクランの低い声が聞こえた。
「うーん。コクラン、これはかなりまずい状況ですね。今すぐ、フィリアくんをギンフウのことろに連れていった方がいいですよ」
「わかりました。では。わたしは次の任務がありますので。後のことはよろしくお願いします」
と言って、ヤマセが唐突に消える。【移動跳躍】を使ったようだ。
入るのは難しいが、出ていくぶんには問題ない。
「コラ! ヤマセ! 逃げるな!」
「あ……逃げましたね」
エルフのコクランはプリプリ怒り、バーテンダーのリョクランは仕方ないと言って肩を竦める。
じゃ、わたしも……と言って、リョクランはさりげなく立ち去ろうとしたが、コクランにがしっと肩を掴まれ引き戻される。
「ヤマセは逃したけど、リョクランは逃さないわよ!」
目が据わっている。
かなり本気だ。逃してくれそうにもない。
「……わかりました。有給はまた今度の機会にします。わたしはこれからフィリアくんの薬を調合しますから、ギンフウのところには、コクランが連れていってあげてください」
「え? あ……あたしが!」
コクランがすっとんきょうな声をあげる。
リョクランは大きく頷いた。自分ばかりが貧乏くじをひくのは割に合わない。
「コクランはギンフウの部屋に乱入するのは得意でしょ?」
「寝室は別よ! あたしにだって、分別はあるの。あんなおぞましい魔窟、行きたくないわよ。魔王城の方がまだマシ。あたしよりもリョクランの方が、よくアソコに呼ばれてるじゃない」
「失礼な。食事や酒を持ってこいと言われるだけですよ。そもそも、いまのアソコには、わたしのレベルでは、立ち入るどころか、近づくことすらできません……」
「……あーそうよね。わかったわよ」
現実問題を突きつけられ、コクランは観念したかのようにため息をつく。
ここは『深淵』。
幾重にも複雑な結界が張られ、ギンフウを閉じ込めるために用意された場所。
数多の部屋があり、複雑に繋がっているが、誰もが自在に行き来できる場所ではない。
高レベルの移動系魔法を呼吸するよりも簡単に扱うことができる者でなければ、限られた場所にしか移動できない。
今はギンフウの怒りが激しく、それに呼応して結界の強度も増していた。
ほとんどの『影』がその怒気に怯え、結界に邪魔され『深淵』から遠のいている。
エルフの美女は前髪を気怠そうにかき上げると、ひとり取り残されているフィリアに笑いかけた。
「ゴメンナサイ。待たせたわね」
「…………」
0
お気に入りに追加
28
あなたにおすすめの小説
S級冒険者の子どもが進む道
干支猫
ファンタジー
【12/26完結】
とある小さな村、元冒険者の両親の下に生まれた子、ヨハン。
父親譲りの剣の才能に母親譲りの魔法の才能は両親の想定の遥か上をいく。
そうして王都の冒険者学校に入学を決め、出会った仲間と様々な学生生活を送っていった。
その中で魔族の存在にエルフの歴史を知る。そして魔王の復活を聞いた。
魔王とはいったい?
※感想に盛大なネタバレがあるので閲覧の際はご注意ください。
幼い公女様は愛されたいと願うのやめました。~態度を変えた途端、家族が溺愛してくるのはなぜですか?~
朱色の谷
ファンタジー
公爵家の末娘として生まれた6歳のティアナ
お屋敷で働いている使用人に虐げられ『公爵家の汚点』と呼ばれる始末。
お父様やお兄様は私に関心がないみたい。愛されたいと願い、愛想よく振る舞っていたが一向に興味を示してくれない…
そんな中、夢の中の本を読むと、、、
田舎暮らしと思ったら、異世界暮らしだった。
けむし
ファンタジー
突然の異世界転移とともに魔法が使えるようになった青年の、ほぼ手に汗握らない物語。
日本と異世界を行き来する転移魔法、物を複製する魔法。
あらゆる魔法を使えるようになった主人公は異世界で、そして日本でチート能力を発揮・・・するの?
ゆる~くのんびり進む物語です。読者の皆様ものんびりお付き合いください。
感想などお待ちしております。
おっさん鍛冶屋の異世界探検記
モッチー
ファンタジー
削除予定でしたがそのまま修正もせずに残してリターンズという事でまた少し書かせてもらってます。
2部まで見なかった事にしていただいても…
30超えてもファンタジーの世界に憧れるおっさんが、早速新作のオンラインに登録しようとしていたら事故にあってしまった。
そこで気づいたときにはゲーム世界の鍛冶屋さんに…
もともと好きだった物作りに打ち込もうとするおっさんの探検記です
ありきたりの英雄譚より裏方のようなお話を目指してます
Sランク冒険者の受付嬢
おすし
ファンタジー
王都の中心街にある冒険者ギルド《ラウト・ハーヴ》は、王国最大のギルドで登録冒険者数も依頼数もNo.1と実績のあるギルドだ。
だがそんなギルドには1つの噂があった。それは、『あのギルドにはとてつもなく強い受付嬢』がいる、と。
そんな噂を耳にしてギルドに行けば、受付には1人の綺麗な銀髪をもつ受付嬢がいてー。
「こんにちは、ご用件は何でしょうか?」
その受付嬢は、今日もギルドで静かに仕事をこなしているようです。
これは、最強冒険者でもあるギルドの受付嬢の物語。
※ほのぼので、日常:バトル=2:1くらいにするつもりです。
※前のやつの改訂版です
※一章あたり約10話です。文字数は1話につき1500〜2500くらい。
ユーヤのお気楽異世界転移
暇野無学
ファンタジー
死因は神様の当て逃げです! 地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。
レイブン領の面倒姫
庭にハニワ
ファンタジー
兄の学院卒業にかこつけて、初めて王都に行きました。
初対面の人に、いきなり婚約破棄されました。
私はまだ婚約などしていないのですが、ね。
あなた方、いったい何なんですか?
初投稿です。
ヨロシクお願い致します~。
王宮侍女は穴に落ちる
斑猫
恋愛
婚約破棄されたうえ養家を追い出された
アニエスは王宮で運良く職を得る。
呪われた王女と呼ばれるエリザベ―ト付き
の侍女として。
忙しく働く毎日にやりがいを感じていた。
ところが、ある日ちょっとした諍いから
突き飛ばされて怪しい穴に落ちてしまう。
ちょっと、とぼけた主人公が足フェチな
俺様系騎士団長にいじめ……いや、溺愛され
るお話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる