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フィリア編(3)
4.しまった! 寝坊した!
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急に黙ってしまったフィリアに、エルトが一生懸命に話しかける。
「あの羊さんの歌、もういっかい、歌ってくれる? 呪文……じゃなかった。ボクね、歌詞も覚えちゃった。だから一緒にボクも歌っていい?」
「うん。いいよ。一緒に歌おうか? 壁には防音魔法を施しているけど、夜中だから、静かな声で歌おうね」
「うん。わかった!」
そして、ふたりは子守唄をうたいはじめる。
羊さん 羊さん
遠い夢のお国に お住いの
ふかふか モフモフ 羊さん……
フィリアは願う。
この悪夢を追い払い、楽しい夢の中でエルトが眠れるように。
エルトは願う。
怖い夢を見ることなく、フィリアと一緒にこのまま眠ることができるように。
強い魔力を持つ者が想いを込めて歌った子守唄は、呪歌となり、眠りの世界へとふたりを誘う。
ほどなくして、ふたりは再び眠りはじめるが……。
魔力相性が良すぎる者たちが紡ぐ呪歌の威力を侮っていた。
このときのふたりの『ぐっすり眠りたい』という『想い』は少々、強すぎたようである。
****
柔らかな日差しが、まどろみの中にいるフィリアに目覚めの刻がきたことを告げる。
フィリアは布団の中で軽く伸びをしながら、目を覚まし……部屋の明るさに驚き慌てた。
「しまった! 寝坊した!」
布団を跳ねのけるように、がばっと起き上がる。ベッドから上半身を起こし、寝癖で乱れた金髪を、乱暴な仕草で掻き上げる。
と、自分のベッドにはもうひとり寝ている人物がいたことを思い出し、フィリアは慌てて気配を殺した。
(あれ……?)
奇妙な違和感があった。身体がふわふわしていて、視界がぼんやりする。
自分が今、どこにいるのか確認するかのように、フィリアは緩慢な動作で周囲を見回した。
これは、冒険者としてのフィリアの癖のようなものだ。
起きたらまず周囲の確認をする。
といっても、冒険中はここまで前後不覚に眠りこけることはない。
いや、休養日であっても、神経のどこか一部は常に目覚めている。
かすかな気配にも反応し、すぐに覚醒するような体質になっていた。
魔法や薬の力ではなく、こんなに熟睡し、寝過ごしたのは久しぶりだ。
ここはフィリアの部屋だった。【帰還】魔法の拠点とするために、冒険者ギルドから借りている部屋だ。
そして、フィリアが使用している寝台には、部屋の主の他に、昨日『お持ち帰り』してしまった少年が眠っていた。
エルトは酒場で寝たり、夜中に悪夢で目覚めたからか、目が冴えてなかなか寝つけなかったようである。
子守唄を歌ってようやく寝たのは、二の刻(夜中の二時)を過ぎたくらいではないだろうか。
あれからはうなされることもなくぐっすりと(フィリアが)眠ってしまったのだが……。エルトはちゃんと眠ることができただろうか。
フィリアは肺の中に溜まっていた息を吐き出すと、自分の隣で眠る少年へと視線を落とす。
雨戸もカーテンもない部屋なので、外の日差しがそのまま入ってくる。
朝の柔らかな光ではなく、そろそろ正午を迎えるのではないか、という日中の明るさだ。
エルトはまだ眠っていた。フィリアの手をぎゅっと握りしめ、すやすやと規則正しい寝息をたてている。
とても幸せそうなあどけない寝顔だ。明るい日差しを浴びて、美しい寝顔がキラキラと輝きを放っている。
ルースギルド長も頭を抱える規格外の存在なのだが、こうして黙って眠っていると、普通の……いや、とびきり可愛い子どもでしかない。
穏やかなエルトの寝顔を、フィリアはうっとりと眺める。
昨日の冒険で疲れているだろう。魔法をたくさん使って魔力もたくさん消耗しただろうから、無理に起こすのもためらわれる。エルトが自分から起きようとするまで待つことにした。
エルトの天使のような美しい寝顔を眺めていると、時間の経過というものがあやふやになる。
許されることなら、ずっとこのまま、この寝顔を見続けていたいくらいだ。
もうしばらく、もうしばらくでいい。ギリギリまでこの時間を楽しみたい。とフィリアは願ってしまう。
「あの羊さんの歌、もういっかい、歌ってくれる? 呪文……じゃなかった。ボクね、歌詞も覚えちゃった。だから一緒にボクも歌っていい?」
「うん。いいよ。一緒に歌おうか? 壁には防音魔法を施しているけど、夜中だから、静かな声で歌おうね」
「うん。わかった!」
そして、ふたりは子守唄をうたいはじめる。
羊さん 羊さん
遠い夢のお国に お住いの
ふかふか モフモフ 羊さん……
フィリアは願う。
この悪夢を追い払い、楽しい夢の中でエルトが眠れるように。
エルトは願う。
怖い夢を見ることなく、フィリアと一緒にこのまま眠ることができるように。
強い魔力を持つ者が想いを込めて歌った子守唄は、呪歌となり、眠りの世界へとふたりを誘う。
ほどなくして、ふたりは再び眠りはじめるが……。
魔力相性が良すぎる者たちが紡ぐ呪歌の威力を侮っていた。
このときのふたりの『ぐっすり眠りたい』という『想い』は少々、強すぎたようである。
****
柔らかな日差しが、まどろみの中にいるフィリアに目覚めの刻がきたことを告げる。
フィリアは布団の中で軽く伸びをしながら、目を覚まし……部屋の明るさに驚き慌てた。
「しまった! 寝坊した!」
布団を跳ねのけるように、がばっと起き上がる。ベッドから上半身を起こし、寝癖で乱れた金髪を、乱暴な仕草で掻き上げる。
と、自分のベッドにはもうひとり寝ている人物がいたことを思い出し、フィリアは慌てて気配を殺した。
(あれ……?)
奇妙な違和感があった。身体がふわふわしていて、視界がぼんやりする。
自分が今、どこにいるのか確認するかのように、フィリアは緩慢な動作で周囲を見回した。
これは、冒険者としてのフィリアの癖のようなものだ。
起きたらまず周囲の確認をする。
といっても、冒険中はここまで前後不覚に眠りこけることはない。
いや、休養日であっても、神経のどこか一部は常に目覚めている。
かすかな気配にも反応し、すぐに覚醒するような体質になっていた。
魔法や薬の力ではなく、こんなに熟睡し、寝過ごしたのは久しぶりだ。
ここはフィリアの部屋だった。【帰還】魔法の拠点とするために、冒険者ギルドから借りている部屋だ。
そして、フィリアが使用している寝台には、部屋の主の他に、昨日『お持ち帰り』してしまった少年が眠っていた。
エルトは酒場で寝たり、夜中に悪夢で目覚めたからか、目が冴えてなかなか寝つけなかったようである。
子守唄を歌ってようやく寝たのは、二の刻(夜中の二時)を過ぎたくらいではないだろうか。
あれからはうなされることもなくぐっすりと(フィリアが)眠ってしまったのだが……。エルトはちゃんと眠ることができただろうか。
フィリアは肺の中に溜まっていた息を吐き出すと、自分の隣で眠る少年へと視線を落とす。
雨戸もカーテンもない部屋なので、外の日差しがそのまま入ってくる。
朝の柔らかな光ではなく、そろそろ正午を迎えるのではないか、という日中の明るさだ。
エルトはまだ眠っていた。フィリアの手をぎゅっと握りしめ、すやすやと規則正しい寝息をたてている。
とても幸せそうなあどけない寝顔だ。明るい日差しを浴びて、美しい寝顔がキラキラと輝きを放っている。
ルースギルド長も頭を抱える規格外の存在なのだが、こうして黙って眠っていると、普通の……いや、とびきり可愛い子どもでしかない。
穏やかなエルトの寝顔を、フィリアはうっとりと眺める。
昨日の冒険で疲れているだろう。魔法をたくさん使って魔力もたくさん消耗しただろうから、無理に起こすのもためらわれる。エルトが自分から起きようとするまで待つことにした。
エルトの天使のような美しい寝顔を眺めていると、時間の経過というものがあやふやになる。
許されることなら、ずっとこのまま、この寝顔を見続けていたいくらいだ。
もうしばらく、もうしばらくでいい。ギリギリまでこの時間を楽しみたい。とフィリアは願ってしまう。
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