生贄奴隷の成り上がり〜堕ちた神に捧げられる運命は職業上書きで回避します〜

のりのりの

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フィリア編(3)

2.ボクのコト嫌いになった?

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 目が覚めたとはいえ、悪夢の余韻をひきずっているようで、エルトに元気はない。
 怖い夢だったのだろう。身体が小刻みに震えている。ぴたりとくっついて、なかなか離れそうにもない。

 心に余裕ができてくると、お互いの身体は寝汗でぐっしょりだということに気づく。
 フィリアはエルトをくっつけた状態のままで、【洗浄】と【洗濯】魔法を唱え、汗をかいた身体と汗で湿った夜着やシーツを清潔な状態にする。

 エルトは離れない。
 離れないどころか、ますますぴたりとくっついている。

 こうしていると、十歳の子どもというよりは、四、五歳くらいの……ひとりで眠るのを怖がる子どものようだった。

「エルト、喉は乾いてないかな? 水を飲むかい?」

 フィリアの質問にエルトが小さく頷く気配が伝わってくる。

 ナイトテーブルに置かれたままになっていた空のカップを手に取る。【洗浄】の魔法を唱えてカップを綺麗にしてから、水魔法に少しアレンジを加えて、水をカップに溜める。

 エルトはフィリアの膝の上に座りなおすと、ゴクゴクと音をたてて、カップの水を一気に飲み干した。

「フィリアのお水って、冷たくて、とても美味しい……。おかわり」

 コップを受け取ったフィリアの顔に、安堵の表情が広がる。
 エルトと同じコップ二杯分の水をフィリアが飲み干すと、部屋に沈黙が訪れた。

「フィリア……びっくりしたよね? ボクのコト嫌いになった?」

 薄暗い中、少年の濡れた黒い瞳が、フィリアをじっと見つめている。

 この黒は……夢で視たあの闇の色だった。
 闇色の瞳がフィリアをとらえる。

「まさか。そんなことないよ。ぼくはエルトを嫌いになんかならないよ」

 ゆっくりと、はっきりと、フィリアは答える。
 このコトバが、エルトの心に染み込み、少しでも魂の傷が癒やされることを願いながら、フィリアはエルトを見つめ返す。

「嫌いじゃなかったら……フィリアはボクのコト好きなの?」
「うん。エルトのことは好きだから、安心してね」

 フィリアは怯えている少年の頭を優しく撫でる。
 エルトの黒い髪の毛はサラサラつやつやしていて柔らかく、こうして触れていると、とても気持ちがいい。

「エルト……その……」
「どうしたのフィリア?」

 少年が落ち着いてきたタイミングで、とりあえず質問してみる。

「こんな時間だけど、自分のおうちに帰る? おとうさんのところに戻りたい?」
「やだ! フィリアと一緒に寝る!」

 即答だった。
 びっくりするくらいの強い力でしがみつかれる。
 その必死さに驚いてしまう。

 こんなに嫌がっている子を、無理やり家に帰すのも気が引ける。
 少しの逡巡の後、真夜中に戻るのも、次の日に戻るのも、そんなに変わらないか、とフィリアは思い直す。

「わかったよ。まだ、真夜中あたりだから、もうちょっと寝ようか? 横になることはできるかな?」

 エルトを一晩、預かるとしても、夜更かしはいけない。
 悪夢に怯える幼い子どもには過酷なことかもしれないが、やはり眠った方がいいだろう。

 今日、いや、昨日は【転移】の魔法を多用し、ゴブリン王国を殲滅させたり、フィリアと鬼ごっこをしたりして、エルトは相当な魔力を消費したはずである。
 ゆっくり休ませ、回復させる必要があった。

「うん。フィリアと一緒なら、ボク、もうちょっと眠れるよ」
「じゃあ、寝ようね」

 ふたりは仲良くもぞもぞとベッドの中に潜り込んだ。

 エルトがくっついてきたので、背中に手を回して抱き寄せる。

 部屋はとても静かだった。
 エルトは布団の中に潜り込んだが、眠ろうとする気配はない。

 知りたいことはたくさんあったが、フィリアはぐっとがまんする。

「フィリア、あのね……たまにね……夜中に……すごく、胸が痛くて、苦しくなって、そういうときは、決まってとうさんに起こされるんだ」
「うん」
「そのときのとうさんの顔、とっても怖い顔をしているんだ。さっきのフィリアも同じ顔をしてた」
「そうか……怖がらせてごめんね」
「ううん。フィリアが悪いんじゃないよ」
「エルトも悪くないからね」
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