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深淵編(3)
ただの作りすぎですよ
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リョクランの厳しい視線に、ランフウは降参したとでも言いたげに軽く肩をすくめ、ハーブティーに口をつけた。
正直なところ、独特の癖と風味のあるハーブティーは苦手だ。
なのに、ハーブ栽培を趣味とし、薬師でもあった母親は、一家団欒のお茶の時間は決まって手ずからお茶の用意をし、父親は美味しいといって飲んでいた。
一度だけ、兄だったか、弟だったかが、母親が席を外したときに、本当に、コレが美味しい飲み物なのか、父に尋ねたことがあった。
厳つい顔の父は、息子の質問に珍しく困ったような顔をして、
「美味くはないが、愛する妻が用意し、愛しい息子たちと共に飲めることが美味しいのだ」
と小さな声でぼそぼそと答えた。
その時に飲んだハーブティーに似た香りがする……。
気はあまり進まないが、リョクランが用意したハーブティーを、ランフウは黙って口に含む。
独特の風味が口の中いっぱいに広がると同時に、身体の中で渦巻いていた魔力が、嘘のようにすっと静まる。
痛みのために張り詰めていた心が軽くなる。
母親が薬師だったから、ランフウにはわかる。
リョクランは、ランフウの体調と好みにあわせて、ランフウにあったものを調合してくれている。
そういう細やかな気遣いと、部下を大切にするリョクランの想いは失われていない。以前のままだ。
「貴重種の薬草を大量に『そっち』へ流しました。なので、もっとよく効く回復薬を頼みます」
カップの中味が半分くらいに減った頃、ランフウはリョクランへと語りかける。
リョクランのハーブティーは効果てきめんで、心に余裕が生まれてくる。
まあ、あくまでも飲んでいるものはハーブティーなので、ヒットポイントはヤバヤバではある。
「もちろん、そのつもりで動いていますよ。入手困難なこのご時世に、貴重種の入荷もありがたいですが、とても品質がよい……まるで、採取したてのような新鮮なものが届いたと、報告を受けています」
「でしょうね。なにしろ、精霊が自ら手折った薬草ですから……」
ランフウの目が遠くを見つめる。子どもたちのランクアップに関しては頭が痛くなるが、なにも悪いことばかりではない。
ただでさえ貴重種とされている薬草が、精霊の祝福を受けたことによる影響で、三割いや、リョクランが調合すれば、五割り増しの効果が期待できそうだ。
表情からはわかりづらいが、最高品質の貴重種が手に入ったことで、リョクランはかなりやる気になっている。
リョクランに大きな貸しをつくることができた。彼の回復薬を常用しているランフウは、ここぞとばかりにアピールしておく。
情報分析担当のコクランはもちろんだが、医療担当のリョクランしかり、開発担当のリュウフウしかり。
後方支援を担当する者は、眼前に『魅力的な餌』が転がっていると、わかりやすいくらい元気になり、機嫌もよろしくなる。
彼らの支援なくては現場は動けないので、ゴマはすれるときに大量にすっておくに限るのだ。
「そう牽制しなくても、できたモノは、貴方に優先的に卸しますよ」
ハーブティーを口にし、ランフウの表情が和らいできたことに安堵したのか、リョクランの口調からとげとげしい響きが消える。
「出来上がったもの全てをこちらで使えないのが、腹立たしいですが……。なぜ、皇帝などに献上しないといけないのでしょうか……」
リョクランはグラスを磨きながら、小さな声でブツブツと文句を並べる。
不敬極まりない発言だが、その件に関しては自分も激しく同意するので、ランフウは聞こえなかったことにする。
コクランも沈黙しているので、彼女も同意見なのだろう。
「ところで、リョクラン、あの常識を逸した大量の弁当は、『あいつら』が精霊に会うのを計算して、用意したんですか?」
リョクラン手製の弁当がなければ、薬草採取のクエストは、違った結果になっていたに違いない。
ルースギルド長を演じているランフウにしてみれば、手製弁当は、自分に対する嫌がらせ……妨害工作でしかなかった。
「まさか。ただの作りすぎですよ」
リョクランの口元がうっすらと歪む。
「まあ、精霊の口に合うものを用意したことは認めますが……。その程度のことで、あの子たちが銀鈴蘭を持ち帰ってくるとは、思っていませんでした」
と、リョクランは平然と言っているが、どこまでが本当のことなのか怪しいところであった。
正直なところ、独特の癖と風味のあるハーブティーは苦手だ。
なのに、ハーブ栽培を趣味とし、薬師でもあった母親は、一家団欒のお茶の時間は決まって手ずからお茶の用意をし、父親は美味しいといって飲んでいた。
一度だけ、兄だったか、弟だったかが、母親が席を外したときに、本当に、コレが美味しい飲み物なのか、父に尋ねたことがあった。
厳つい顔の父は、息子の質問に珍しく困ったような顔をして、
「美味くはないが、愛する妻が用意し、愛しい息子たちと共に飲めることが美味しいのだ」
と小さな声でぼそぼそと答えた。
その時に飲んだハーブティーに似た香りがする……。
気はあまり進まないが、リョクランが用意したハーブティーを、ランフウは黙って口に含む。
独特の風味が口の中いっぱいに広がると同時に、身体の中で渦巻いていた魔力が、嘘のようにすっと静まる。
痛みのために張り詰めていた心が軽くなる。
母親が薬師だったから、ランフウにはわかる。
リョクランは、ランフウの体調と好みにあわせて、ランフウにあったものを調合してくれている。
そういう細やかな気遣いと、部下を大切にするリョクランの想いは失われていない。以前のままだ。
「貴重種の薬草を大量に『そっち』へ流しました。なので、もっとよく効く回復薬を頼みます」
カップの中味が半分くらいに減った頃、ランフウはリョクランへと語りかける。
リョクランのハーブティーは効果てきめんで、心に余裕が生まれてくる。
まあ、あくまでも飲んでいるものはハーブティーなので、ヒットポイントはヤバヤバではある。
「もちろん、そのつもりで動いていますよ。入手困難なこのご時世に、貴重種の入荷もありがたいですが、とても品質がよい……まるで、採取したてのような新鮮なものが届いたと、報告を受けています」
「でしょうね。なにしろ、精霊が自ら手折った薬草ですから……」
ランフウの目が遠くを見つめる。子どもたちのランクアップに関しては頭が痛くなるが、なにも悪いことばかりではない。
ただでさえ貴重種とされている薬草が、精霊の祝福を受けたことによる影響で、三割いや、リョクランが調合すれば、五割り増しの効果が期待できそうだ。
表情からはわかりづらいが、最高品質の貴重種が手に入ったことで、リョクランはかなりやる気になっている。
リョクランに大きな貸しをつくることができた。彼の回復薬を常用しているランフウは、ここぞとばかりにアピールしておく。
情報分析担当のコクランはもちろんだが、医療担当のリョクランしかり、開発担当のリュウフウしかり。
後方支援を担当する者は、眼前に『魅力的な餌』が転がっていると、わかりやすいくらい元気になり、機嫌もよろしくなる。
彼らの支援なくては現場は動けないので、ゴマはすれるときに大量にすっておくに限るのだ。
「そう牽制しなくても、できたモノは、貴方に優先的に卸しますよ」
ハーブティーを口にし、ランフウの表情が和らいできたことに安堵したのか、リョクランの口調からとげとげしい響きが消える。
「出来上がったもの全てをこちらで使えないのが、腹立たしいですが……。なぜ、皇帝などに献上しないといけないのでしょうか……」
リョクランはグラスを磨きながら、小さな声でブツブツと文句を並べる。
不敬極まりない発言だが、その件に関しては自分も激しく同意するので、ランフウは聞こえなかったことにする。
コクランも沈黙しているので、彼女も同意見なのだろう。
「ところで、リョクラン、あの常識を逸した大量の弁当は、『あいつら』が精霊に会うのを計算して、用意したんですか?」
リョクラン手製の弁当がなければ、薬草採取のクエストは、違った結果になっていたに違いない。
ルースギルド長を演じているランフウにしてみれば、手製弁当は、自分に対する嫌がらせ……妨害工作でしかなかった。
「まさか。ただの作りすぎですよ」
リョクランの口元がうっすらと歪む。
「まあ、精霊の口に合うものを用意したことは認めますが……。その程度のことで、あの子たちが銀鈴蘭を持ち帰ってくるとは、思っていませんでした」
と、リョクランは平然と言っているが、どこまでが本当のことなのか怪しいところであった。
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