生贄奴隷の成り上がり〜堕ちた神に捧げられる運命は職業上書きで回避します〜

のりのりの

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深淵編(3)

草の煮出し汁ですか?

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 リョクランがすんすんと鼻をひくつかせ、ランフウの身体にまとわりついている匂いを嗅ぐ。

 香水で巧みに隠していたが、薬草と血の匂いがかすかに残っている。
 リョクランの特徴のない顔が、不快感で大きく歪んだ。灰色の瞳が、激しい怒りの色に染まっている。
 
「ランフウ、今日は、回復薬を何本飲みましたか?」
「え……」
「答えなさい」

 有無を言わせぬリョクランの強い口調に、ランフウの身体がびくりと震えた。

 と同時に、肩を強く握られ、強烈な痛みが走る。新たに加わった激痛に息が止まり、ランフウはたまらず眉を顰めた。
 その痛みは、リョクランの怒りそのものなので、ランフウは黙ってそれを受け入れる。

 冒険者ギルドでは偉そうにしていたランフウだが、己よりも序列が上のコクランとリョクランふたりの双璧には逆らえない。
 圧倒的な能力と実力の差を前にしては、従順以外の選択肢はない。

 このまま自分はリョクランに肩を捕まれたことによって死んでしまうのでは……とランフウは覚悟を決める。

「……六本……デス」

 それでも最後の抵抗とでもいうのか、ランフウは小さな声で、本日使用した回復薬の本数を正直に申告する。

 本数を聞いたコクランはこわばった顔で息を呑み込み、リョクランは怒りのあまりギリギリと歯を食いしばる。

 だめだ。もう、終わった……とランフウが思った瞬間、肩の痛みが不意に和らいだ。

「わたしはランフウに『一日五本まで』と言いましたよね?」
「どうも耐性ができたみたいです……」

 視線をおどおどと彷徨わせながら、ランフウが答えるが、リョクランの「見苦しい言い訳は不要です」という強い言葉に口を閉じる。

「……とりあえず、これを飲んでください」

 暫くの間、重々しい沈黙が続いた後、バーカウンターの上に、美しいティーカップが置かれた。

 カップの中には黄金色の液体が注がれており、場違いなほど長閑で柔らかな湯気をたてていた。
 落ち着く上品な香りが、ランフウの鼻孔をふわりとくすぐる。

 貴族がお茶会で使用するような、美しい白磁のティーカップと、立ち上る優雅な香りが、消し去ったはずの遠い昔の記憶を呼び起こす。

 突然湧き上がった苦い思い出に、ランフウの表情が硬くなる。
 ランフウは心の動揺を悟られまいと、冷ややかな目で、出されたものを見下ろした。

「……草の煮出し汁ですか?」

 ランフウは心の中に溜まっている澱を振り払い、大きなため息で自分の感情を誤魔化す。

「ハーブティーです」

 答えるリョクランの声は、ランフウのものよりも冷たい。

 そのやりとりにマダムが呆れたように肩を竦めた。口出しする場面ではないと悟ったのか、静かにふたりを観察している。

「せっかく、ココに来たんだから、アルコールをだしてくれても……」

 ティーカップを眺めながら、ランフウが口を尖らせ、シェイカーに材料を入れ始めたリョクランに抗議する……。

 自分には草の煮出し汁で、護衛にはアルコールとは、不公平ではないかと、少しばかり甘える口調で文句を言ってみる。

「駄目です。今の貴方は、アルコールでも死ねます。それを完飲してから、ギンフウとの面会です」
「…………」
「ヤマセも疲弊していますからね。たまには労ってやらねばなりませんよ。なにしろ、致死量の回復薬を平気で飲むような者の使いっ走りをさせられ、挙げ句には護衛までしないといけないのですから」

 リョクランは有無を言わさぬ強い口調で、ランフウの言葉をピシャリと遮った。

 外見からはわからないが、ものすごくお怒りのようである。

 ヤマセだけにカクテルを与えるのも、ランフウに薬湯ではなく、ティーカップに淹れたハーブティーを用意したのも、リョクランなりの意趣返しだろう。

 リョクランは、相手の古傷を見つけ出し、そこに塩を塗り込むような方法で、人の弱点をついてくるのが上手かった。

 こういうときのリョクランには逆らわない方がよい。
 下手に逆らうと薬を供給してくれなくなるし、薬が貰えたとしても、味がヒトの限界に挑戦するかのようなものになってしまう。

 普段は影が薄く、いるかいないかわからないくらい目立たない男なのに、こと、仲間の生命に関することになると、圧がとてつもなく半端なくなる。

 五年前までは、どんなに酷い状態で戻ってきても、リョクランは「しょうがないですねぇ」と、ため息交じりに笑いながら、傷だらけの部下を優しくねぎらい、労っていた。

 しかし、あの事件以降、リョクランは変わってしまった……。
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