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フィリア編(2)

そうだ! 逃げよう!

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 この年齢で、魔力能力値の異様なまでの高さ。秀でた能力。過剰なまでの装備。そして……この美貌。
 人の規格を大きく越えていたとしても、それが皇族の一員であるのなら納得もできる。
 リオーネとナニは、兄弟という設定の護衛だったのかもしれない。

 皇帝には多くの側室がおり、確か……エルトくらいの年齢の皇子が、何名かいたはずだ。
 隠し子ということもありえる。

(まずい! まずいぞ!)

 大声をだしてエルトの安眠を妨害するわけにはいかない。
 心の中だけで思いっきり絶叫すると、フィリアは髪の毛をガシガシと掻きむしった。

 皇室関係者をみすぼらしくて狭い一室に拉致監禁……となれば死刑だろう。
 いや、問答無用で、弁明もさせてもらえずに斬り殺されるかもしれない。
 いいやいや、転移系の魔法が使える便利奴隷として、死ぬまで働かされ続けることだってありえる。

(まずい! 困った! やばい!)

 フィリアはベッドから立ち上がると、狭い室内をウロウロと歩き回る。

 長年に渡る婚姻や養子の結果か、能力のある血筋にしかるべき地位を与えるという帝国の仕組みからか。
 ここフォルティアナ帝国において、魔力能力値の高さは、そのまま身分の高さと直結していた。

 平民の中にも生活魔法程度のことなら使える者もいるが、実際に魔法を使いこなせる者となると、貴族階級の者が多い。
 しかも、階級が上がれば上がるほど、魔力能力値は高くなる。

 落胤や隠し子。
 一夜限りの娼婦との間に……などもある。孤児院に捨てられた子どもが魔力持ちだった場合は、その可能性が非常に高い。
 没落や出奔、追放された貴族が市井に紛れて、血が薄まりつつも脈々と受け継がれる。
 そして、たまに先祖返りで魔力能力値が高い者が誕生して周囲を驚かせるのだ。

 しかし、純然たる高貴な血族とは雲泥の差があるという。
 高貴な血族のトップが皇室であり、頂点に立つ人物が皇帝というわけだ。

「困った。どうしよう……」

 さきほどからフィリアの口からは、同じような言葉しかでてこない。

 孤児院の子どもたちの世話をしても、子どもたちを自分の部屋に入れることはしなかった。
 狭いし、他の冒険者の迷惑にもなるからだ。

 そこはきっちりと線引し、距離を置いている。
 どんなに親しくなった子どもであってもだ。
 子どもの方が望んでも、フィリアは決してそれを許しはしなかった。

 なのに、今、自分は、少年趣味とか、拉致監禁とか言われても、申し開きができない状況にいる。

「ああ……やってしまった……」

 ナニがギルのことをロリコンと言っていたが、あの程度のことでロリコン呼ばわりされるのだから、自分はそれ以上のことを言われるにちがいない。

 しかも、監禁した相手が皇室関係者だったら、今すぐにでも帝国の騎士がこの部屋になだれ込んでくるだろう。

(これは……逃げた方がいいのかもしれない。……そうだ! 逃げよう!)

 と、剣に手を伸ばしかけて、ふと、フィリアの手が止まった。

(あれ? もしも、本当に、エルトが皇室関係者で、あのふたりが護衛だったら……エルトを忘れて帰ったり、放置したり……しないよね?)

 仮にちびっ子たちがうっかりしてエルトを放置したとしても、大人の護衛が少し離れた場所にいるはずだ。その時点で護衛たちが姿を現すだろう。

 こうして現在、フィリアの身になにも起こっていないということは……。
 エルトが皇子であるという仮説は……少し飛躍しすぎていたのかもしれない。

 溜息がでる。

 思考の迷宮に入り込み、出口が見えない。迷子になってしまった。
 本当にどうしたらよいのかわからない。
 答えがわからないのだ。
 だから通常では考えないようなことを考えてしまう。

「どうしよう……」

 心底困り果てているのだから、そういう言葉しかでてこない。
 全くもって、不毛な状況である。

 ベッドですやすや眠るエルトを見ていると、心がザワザワと落ち着かなくなる。なにがなんだかわからなくなる。
 混乱して思考が全くまとまらない。

「はぁ……っ」

 再びフィリアはベッドに腰掛けた。
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