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フィリア編(2)

忘れ物……

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 フィリアは思考を止めると、人懐っこい笑顔を浮かべてふたりに尋ねる。

「おなかいっぱい」
「空腹は満たされた」

 警戒するような子どもたちの短い返事に、フィリアは「わかったよ」と小さく頷いた。

 エルトと違い、このふたりからは、それほど好かれていないようだ。いや、嫌われてしまったかもしれない。

 時々だが、リオーネからは憎しみに近い殺気を感じるときがある。
 エルトとの距離感が気に入らないというのは、簡単に想像がつく。

(だからといって、遠慮はしないけどね)

 子どもたちの可愛い嫉妬心に、フィリアは意地悪な笑みを口元に浮かべた。

「ギル。ぼくは子どもたちを送っていくから、後は頼んだよ」
「えっ……ちょっ……」

 エルトを抱きかかえたまま椅子から立ち上がったフィリアを、ギルがすがるような目で追い見上げてくる。

 頼むから、自分をひとりにしないでくれと、強い想いを込めて、ギルはフィリアに無言で訴えていた。
 今にも泣きだしそうな顔で……非常に、わかりやすい幼馴染だ。

「ギルはまだ、なにも食べていないだろ?」

 そうフィリアに言われると、そのとおりなので、素直なギルは反論できない。
 反論どころか、頷いてしまった。

 フィリアはエルトの世話をしながら、自分の食事もしっかりととっていたが、ギルはナニの世話に全神経を注いでいたので、自分のことはなにもできていなかったのだ。この差は大きい。

「えー。フィリアも帰るの?」
「うん。子どもたちはもう寝る時間だからね」
「やだー。まだ夜は始まったばかりよっ」

 半分できあがっているミラーノとエリーが抗議の声をあげ、なぜか、リオーネにまとわりつく。
 リオーネは、蛙が潰れたような呻き声を漏らした。

「……オレがまだ残るから。いいかげん、子どもたちを開放してやれよ」

 ナニを膝の上から下ろし、ギルがしぶしぶ女性陣の相手を申し出る。

 これから酔っ払いふたりの相手をすると思うと気が重くなるが、子どもたちをこの肉食ウワバミにつきあわせるわけにはいかない。

 いつも大体、こういう流れでギルは最後まで女性陣とつきあう羽目になる。
 今日は子どもたちがいるからか、フィリアが退散する時間が早くなったような気がする。

 めいっぱい恨みを込めてフィリアを睨みつけるが、フィリアはそっと視線を外し、明後日の方向を向く。

「…………」
「ここまでのオーダーは、ぼくとフロルが奢るよ。でも、ここから先は、自分たちで払うんだよ」

 と言って、ミラーノとエリーの飲み過ぎをフィリアはやんわりと牽制する。
 この言葉がどこまでギルを救うことになるかはわからないが、後はギルひとりでがんばってもらうしかない。

「わかったわよ」
「ごちそーさま。またねー」

 ミラーノとエリーのあっさりとした返事に見送られ、フィリアは子どもたちを酒場の外へと連れて行く。

 なにか言いたそうにしているギルは、さらりと無視した。

 ****

「もう遅いから、家まで送ってあげるよ。きみたちは、どこに住んでいるのかな?」

 会計を済ませたフィリアは、先に店先で待っていたリオーネとナニに声をかける。

 夜も深まり、通りを歩く人は少ない。
 多くの照明用の魔道具を所持し、魔法を使いこなす上流階級の人間でもなければ、人々は太陽とともに活動し、夜間の外出は極力控える。

 帝都であっても、平民は家に帰り、明日に備えて早々に眠りにつくのだ。

 酒場兼宿屋である店内からは賑やかな声がまだ聞こえているが、ほとんどの店は看板を下ろし、ひっそりと静まり返っている。

 これからは、陽の下で生きることを許されていない人々が、暗躍を開始する時間となる。
 幼い子どもたちがウロウロする時間ではない。

「見送りは不要。この距離なら【帰還】の魔法で帰れる」
「おれも」
「そうなんだ」

 フィリアの申し出はきっぱりと断られた。
 あれだけの攻撃魔法を使えるふたりなら、【帰還】の魔法が使えても不思議ではない。

 フィリアの想像どおり、子どもたちは口々に【帰還】の詠唱をはじめる。

「え……ちょ、ちょっと。まっ……」

 フィリアが慌てる。
 重大なことに気づいたが、それを指摘する前に、子どもたちは呪文を唱え終えて、フィリアの前から忽然と姿を消した。

「忘れ物……」

 先程まで子どもたちがいた空間に向かって、フィリアが呆然と呟く。

 フィリアの腕の中には、すやすやと穏やかな寝息をたてて眠るエルトがいた。
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