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冒険者ギルド編(2)

どれだけサインが必要なんだよ

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(ああ……やる気がでない……)

 爆弾のような、というか、危険物そのものとしか言いようのない子どもたちと、それに巻き込まれてしまった哀れな『赤い鳥』のメンバーを応接室から追い出すと、ルースギルド長は執務室に戻った。

(ようやく静かになった……)

 とても疲れた。身体も心も疲れ果てており、崩れ落ちるようにして椅子に座る。

 広い机の上には、ルースのサインを必要とする書類が並べられている。
 それを一枚、一枚、丁寧に確認しながら、のろのろとサインを書いていく。

(ったく……。どれだけサインが必要なんだよ)

 ペンを忙しく動かしながら悪態をつく。
 これでも、本日中に必要な――ー刻を争う――ものばかりである。
 トレスに作成を任せられない機密書類や、明日以降でよいものは含まれていない。
 文面も楽しい内容ではないので、余計に気が滅入ってくる。
 明日以降の作業を想像し、さらに気持ちが沈んでしまう。

 トレスが同じ部屋で作業をしているので、ぼやきはあくまでも、心の中だけだ。

 専属秘書が用意した書類は完璧で、読みやすい。
 今回は不幸にも、衝撃的な内容ばかりだったので、ところどころに文字の乱れがあるが、誤字はなく、書き直しとなるほどではない。それが唯一の救いというのも、あまりにもささやかすぎて、救いがない気がする。

 本日中に必要な書類にサインを書き終えると、トレスがそれを回収し、魔法が使えない、いや、魔法を使いたくないルースにかわって、【書類鳥】を関係各所に転送していく。

(今日は【書類鳥】もたくさん飛んだな……)

 トレスの魔力で生まれた【書類鳥】が、夜間にもかかわらず執務室を飛び立っていく。

 驚いたことに、返事が飛んでくる場合もあるので、自分たち以外にも、まだ働いている部署があるのだろう。

 というか、返事の【書類鳥】が多すぎる。一羽飛んだと思ったら、五羽戻ってくるという、不思議な現象が発生していた。
 相手側も相当混乱しているようだ。

 トレスの対応を見守りながら、ワーカーホリックどもめ、とルースは悪態をつく。
 書類が新たな書類を生み出していく。

 この作業を全部、自分ひとりでやったら、間違いなく吐血だ。軽く二、三回は死にかける量だ。

 不意に、『赤い鳥』の魔術師と回復術師の巨乳コンビが、応接室を退出するときに、これから打ち上げだと言って、強引にメンバーを誘っていたのを思い出す。

 リオーネが抵抗するも虚しく、ずるずると巨乳コンビに引きずられていたので、その勢いのまま、子どもたちも一緒に酒場に連行されただろう。

 エルトはフィリアに抱きかかえられたままだったが、なぜか、ギルもナニを抱いたまま廊下を歩いていた。

 なぜ、あのふたりが子どもたちに執着するのか、ルースにはわからなかった。
 警戒心の強い子どもたちも、なぜかあのふたりには懐いている。

 レア薬草三百本とか、ゴブリン王国殲滅とか……頭が痛くなることばかりで見落としてしまったのだが、この段階でルースがふたりの行動にもっと疑念を抱けば、あのふたりの運命も変わっていただろう。

 だが、このときのルースの頭の中はレア薬草三百本とか、ゴブリン王国殲滅とか、ちびっ子たちのステータス再チェック作業とかでいっぱい、いっぱいで、フィリアとギルのことにまで注意がまわらなかったのである。

 ちびっ子たちの世話を、子ども扱いの上手なフィリアとギルに丸投げできてよかった……と思ったくらいである。

 今頃、どこかの酒場で、『赤い鳥』と子どもたちは、楽しい夜を過しているにちがいない。
 部屋の中を飛び回っている【書類鳥】を眺めながら、ルースギルド長はそんなことを考えていた。

 子どもたちには、刺激の強い夜になるかもしれないが、まあ……冒険者にしては珍しく生真面目なフィリアがいれば、そこまで心配する必要もないだろう。

 ルースができることといえば、酒場で乱闘騒ぎといったベタな展開にならないことを、祈ることぐらいだ。

 冒険者たちはお楽しみの時間となったが、自分はまだ残務整理の只中にいる。

 ルースはサイン不要の書類――ちびっ子たちの証言を記録した書類――を手に取った。なかなかの厚みがある。
 手に取った瞬間、ずしりとした重みを感じ取り、またまたルースのやる気が削がれていく。
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