131 / 222
ちびっ子は冒険者編(3)
今日はとても調子がいい?
しおりを挟むノートヴォルトは返事もせず演奏を始めてしまった。
背中にチェロの膨らみのある音を受けつつ、努めて冷静に、何事もなかったかのように、静かに扉を開け、外に出るとそっと閉めた。
数歩だけ冷静を装い続け歩いた後、トイレまで全力疾走した。
コンサートホールの控室など誰も来ないだろうが、廊下の先にあるトイレの個室に駆け込むと、深呼吸する。
反則だ。あの顔は反則。どうしよう、だめだ、かっこいい、顔だけはかっこいい。
落ち着け。6年間気にしたこともなかったじゃない。
吸って、吐いて、はいゆっくりー
なんで今になって。
なんで今更こんなことに!?
待って、落ち着け、先生のデスクを思い出すんだ。あのだらしなさ。
ローブだってよれよれだし、いつ洗ってるかわかんないし。
シャツも不思議なにおいしたし。
シャツ…先生のシャツを着てしまったんだ。
ちがうちがうちがう、おちつけーー。
カチャリ。
個室の鍵を開け、誰もいないとわかっているトイレの様子を隙間から伺う。
よし、誰もいない。
無駄に手を洗い、無駄に顔を洗うと、ポケットのハンカチはびしょびしょになってしまった。
「いいのは顔だけ。そう、他はダメ。日常生活が壊滅的すぎる。大丈夫。練習に集中しよう、集中」
そもそも顔がいいからって急になんなんだ。
私も頭が緩いな。
宮廷魔術師にキャーキャー言ってる最前列女子と変わらないじゃない。
あの女子たち、あの魔術師並に先生が整ってると知ったら……
廊下を歩いて戻り控室の扉を開けると、教授は演奏の終わり部分を弾いていた。
邪魔しないようにグラスハープに戻り、びしょびしょのハンカチは鞄の上に広げた。
練習しよう。
指先に魔力を巡らし、自分の動揺が流れていないか確認する。
よし、大丈夫そう。
乱れた魔力で演奏なんかしたら何言われるか分からない。
真ん中のグラスの淵に指を置き、すっと撫でると透明な音が鳴った。
そのまま譜面の初めから弾き始める。
比較的軽快に始まったのも束の間、メロディは急に不穏になる。
悲し気な響きが続き、こと切れてしまいそうな高音が続いた後、長い低音が命の灯を消してしまうように余韻を響かせ終わる。
「ラストの高音、全く出来ていない」
「わあぁっいつの間に前に!?」
(目は暗い緑だったんだ)
「…ラストの高音」
「はい、すみません。これ3和音じゃないですか。左手はずっと低音だし、親指がうまく当たらないんです」
「配置を変えるんだ。使う和音ごとに並べておけば出来る」
「そんな簡単に言い切らないで下さいよ」
「出来る。出来ないと思われるからこそやる意味がある」
そう言うと教授は高音のいくつかのグラスの配置を変えた。
そしてコールディアの隣に立つと、弾いて見せる。
グラスが赤く光り、透明な音が重なった。
「これなら指も届く」
「あれ…どうして光り方が違うんですか」
コールディアがすっとグラスを撫でると、淡く青く光る。
だが今教授が鳴らした時は赤だった。
「マギアフルイドは保持する魔力量で発色が変わる」
「そうだったんですね。以前見た演奏は私の青に近い色だったんで、皆そういうものかと思ってました」
それからいつも通りの指導が始まった。
コールディアもいつしか没頭し、教授の表現を再現しようと夢中になった。
この無心に譜面にのめり込む時間は好きだった。
初見で音符を追うだけだった演奏に徐々に色が付き、情景が広がり、物語が膨らむ。
この楽しいだけではない苦悩する練習の先にある1つの世界を想像すると、興奮にも似たある種のゾーンに入る。その感覚がたまらなかった。
その世界に到達するために、ノートヴォルトからの厳しい指導が入る。
――違う、丁寧に繋ぐんだ。音を1個ずつブツ切れで並べるんじゃない。
――スタッカートはもっと切って。君のはターアータンタン。欲しいのはターアータッタ。コモンには無理でも魔奏なら出来る。違いを魅せるところだ。
――まだ弱い、もっと強くていい。流す魔力を少しだけ上げて…やりすぎだ、魔律が変わってしまう。
指摘される度に魔力量、指の動き、グラスへの当て方…それらを調節し応えようとする。
時間はあっという間に1時間を過ぎ、小休憩を挟んで1度合わせることにした。
椅子に座って、指を閉じたり開いたりして動かす。
魔力をずっと纏わせていると熱を持ったような感覚になるので、手をひらひら振って冷ますようにするのが休憩時の癖だった。
パタパタしながら、チェロを鳴らす教授を眺めそうになり、やっぱり目を逸らした。
「先生、なんで髪を結ったんですか」
「髪? 弦に挟まる」
「…なるほど」
結局チェロを準備する教授をちらちら眺めつつ、短い休憩を終えるとまたグラスハープの前に立つ。
(いつも猫背なのに、チェロの時は姿勢いいんだ)
猫背は伸ばしても猫背だろうと思っていたが、思いのほか伸ばした背筋はまっすぐで、チェロを構えた様子は優美と言えた。
そしてそのまま視線は自然と弦を押さえる左手にいってしまう。
ピアノの時にもつい見てしまうこの手元が、実は彼女は昔から好きだった。
男性の手なのにすらっと伸びていて指先が美しい。
それこそ魔法のように動くあの指先で生み出される音が好きで、その音を生む手も好きなのだ。
0
数々の作品あるなか、ご訪問ありがとうございます。
これもなにかの『縁』でございます!
お気に入り、ブクマありがとうございます。
まだの方はぜひ、ポチッとしていただき、更新時もよろしくお願いします。
ポチっで、モチベーションがめっちゃあがります。
↓別のお話もアップしています。そちらも応援よろしくお願いします。↓
転生お転婆令嬢は破滅フラグを破壊してバグの嵐を巻き起こす
勇者召喚された魔王様は王太子に攻略されそうです
これもなにかの『縁』でございます!
お気に入り、ブクマありがとうございます。
まだの方はぜひ、ポチッとしていただき、更新時もよろしくお願いします。
ポチっで、モチベーションがめっちゃあがります。
↓別のお話もアップしています。そちらも応援よろしくお願いします。↓
転生お転婆令嬢は破滅フラグを破壊してバグの嵐を巻き起こす
勇者召喚された魔王様は王太子に攻略されそうです
お気に入りに追加
29
あなたにおすすめの小説
皇帝の番~2度目の人生謳歌します!~
saku
恋愛
竜人族が治める国で、生まれたルミエールは前世の記憶を持っていた。
前世では、一国の姫として生まれた。両親に愛されずに育った。
国が戦で負けた後、敵だった竜人に自分の番だと言われ。遠く離れたこの国へと連れてこられ、婚約したのだ……。
自分に優しく接してくれる婚約者を、直ぐに大好きになった。その婚約者は、竜人族が治めている帝国の皇帝だった。
幸せな日々が続くと思っていたある日、婚約者である皇帝と一人の令嬢との密会を噂で知ってしまい、裏切られた悲しさでどんどんと痩せ細り死んでしまった……。
自分が死んでしまった後、婚約者である皇帝は何十年もの間深い眠りについていると知った。
前世の記憶を持っているルミエールが、皇帝が眠っている王都に足を踏み入れた時、止まっていた歯車が動き出す……。
※小説家になろう様でも公開しています

王宮侍女は穴に落ちる
斑猫
恋愛
婚約破棄されたうえ養家を追い出された
アニエスは王宮で運良く職を得る。
呪われた王女と呼ばれるエリザベ―ト付き
の侍女として。
忙しく働く毎日にやりがいを感じていた。
ところが、ある日ちょっとした諍いから
突き飛ばされて怪しい穴に落ちてしまう。
ちょっと、とぼけた主人公が足フェチな
俺様系騎士団長にいじめ……いや、溺愛され
るお話です。

転生したら、6人の最強旦那様に溺愛されてます!?~6人の愛が重すぎて困ってます!~
月
恋愛
ある日、女子高生だった白川凛(しらかわりん)
は学校の帰り道、バイトに遅刻しそうになったのでスピードを上げすぎ、そのまま階段から落ちて死亡した。
しかし、目が覚めるとそこは異世界だった!?
(もしかして、私、転生してる!!?)
そして、なんと凛が転生した世界は女性が少なく、一妻多夫制だった!!!
そんな世界に転生した凛と、将来の旦那様は一体誰!?

タジタジ騎士公爵様は妖精を溺愛する
雨香
恋愛
美醜の感覚のズレた異世界に落ちたリリがスパダリイケメン達に溺愛されていく。毎日19:00に更新します。
ヒーロー大好きな主人公と、どう受け止めていいかわからないヒーローのもだもだ話です。
逆ハーレム風の過保護な溺愛を楽しんで頂ければ。

骸骨と呼ばれ、生贄になった王妃のカタの付け方
ウサギテイマーTK
恋愛
骸骨娘と揶揄され、家で酷い扱いを受けていたマリーヌは、国王の正妃として嫁いだ。だが結婚後、国王に愛されることなく、ここでも幽閉に近い扱いを受ける。側妃はマリーヌの義姉で、公式行事も側妃が請け負っている。マリーヌに与えられた最後の役割は、海の神への生贄だった。
注意:地震や津波の描写があります。ご注意を。やや残酷な描写もあります。
ナイナイづくしで始まった、傷物令嬢の異世界生活
天三津空らげ
ファンタジー
日本の田舎で平凡な会社員だった松田理奈は、不慮の事故で亡くなり10歳のマグダリーナに異世界転生した。転生先の子爵家は、どん底の貧乏。父は転生前の自分と同じ歳なのに仕事しない。二十五歳の青年におまるのお世話をされる最悪の日々。転生チートもないマグダリーナが、美しい魔法使いの少女に出会った時、失われた女神と幻の種族にふりまわされつつQOLが爆上がりすることになる――

異世界で生きていく。
モネ
ファンタジー
目が覚めたら異世界。
素敵な女神様と出会い、魔力があったから選ばれた主人公。
魔法と調合スキルを使って成長していく。
小さな可愛い生き物と旅をしながら新しい世界で生きていく。
旅の中で出会う人々、訪れる土地で色々な経験をしていく。
3/8申し訳ありません。
章の編集をしました。

サイデュームの宝石 転生したら悪役令嬢でした
みゅー
恋愛
乙女ゲームの悪役令嬢に転生してしまった人達のお話です。
せつない話を書きたくて書きました。
以前かいた短編をまとめた短編集です。
更に続きの番外編をこちらで連載中です。
ルビーの憂鬱で出てくるパイロープ王国の国王は『断罪される前に婚約破棄しようとしたら、手籠にされました』の王太子殿下です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる