上 下
109 / 222
ちびっ子は冒険者編(3)

全力で捕まえろ!

しおりを挟む
(な、なに? どうして? なんで、みんな、簡単に捕まっちゃったんだよ……)

 エルトは空中を軽やかに駆け回りながら、『赤い鳥』にあっさり捕まってしまった兄と姉を、恨めしげに見下ろしていた。

 ふたりは簡単に捕まってしまったのがよほどショックだったのか、水に濡れた猫のように、しょんぼりとしている。

 年上のふたりが捕まってしまい、この先どうしたらよいのか、エルトには全くわからない。

 というか、なぜ、自分が逃げなければならないのか、エルトは全く理解していなかった。

(とうさんは、自分でやりたいことを考えなさいって、言うけどさ……)

 自分を追いかける気配から逃れるのでいっぱい、いっぱいだ。条件反射で動いているだけ。少しも考えることなどできない。

 少し前、リオーネの「やばい! 逃げるぞ!」という言葉に、身体が勝手に反応して、言われるがままにエルトは逃げ回っていた。

 リオーネに逃げろと言われたから、エルトは逃げつづけているだけだ。

 しかし、リオーネとナニを置いて、どこに逃げてよいのか、エルトにはわからない。

 もし、合流場所を最初に決めていたら、こんな恐ろしい空間からは、とっとと【転移】を使って逃げていた。と、エルトは思う。

 今となっては、捕まってしまったふたりを置いて、自分だけが逃げるわけにはいかない。
 というか、ふたりを残して自分だけがさっさと逃げる……ということにすらエルトは思い至らなかった。

(どうしたらいいの?)

 空中に見えない足場をつくり、それを起点に飛び跳ねながら、エルトは必死に逃げる。
 答えをくれる大人たちはいないし、いつも先を進んでいるリオーネとナニは、あのザマだ。

 前髪に隠されたエルトの顔はくしゃりと歪み、口はへの字に引き結ばれている。

 最初は部屋の中を走り回って逃げようとしたのだが、魔法剣士であるフィリアの脚からは逃れられなかった。

 すぐに部屋の隅に追い詰められたエルトは、そこで素直に捕まっていたらよかったのだ。

 だが、三人のなかで一番幼く、経験も乏しいエルトは、反射的に新しい逃げ場所を求め、空中に向かって【跳躍】してしまったのである。

 いきなり、空に逃げたエルトを見て、「信じられないものを見た」とでも言いたげに、フィリアの顔が驚きで硬直する。

 捕まらなかったことに安堵しかけたエルトだったが、それは長くはつづかなかった。

「なにを驚いている! あれだけの数のモブではないゴブリンを倒したんだ。普通の子どもであるはずがないだろう。全力で捕まえろ! でないと、あいつらは逃げるぞ!」

 というギルド長の怒声が部屋に響いた瞬間、「空気が変わった」とエルトは感じた。

 フィリアの顔から優しげな笑顔が消え、目に険しい光が灯る。
 氷のように冷たい瞳に睨まれ、エルトの全身に震えが走った。

 強化系の魔法を多重発動させたのか、フィリアを中心に、魔力の強い渦ができはじめる。

(いやだ! いやだ! こわい!)

 恐怖!

 これは恐怖だ!

 身体の反応と心の反応が一致し、ぼんやりとしていたエルト感情が、一瞬で恐怖の色に塗り替わる。

(に、に、逃げないと!) 

 エルトは懸命に逃げた。

 本能が『恐怖』を感じとったら迷わず逃げろ、とエルトはギンフウから教わっている。

 とにかく、少しでも遠く、あの『恐怖』から逃れたい一心で、エルトは感覚を研ぎ澄ませ、身体を動かす。

 ギルド長以外の大人たちは、【施錠】のかかった査定受付場から逃げられないと思っているようだが、それは違う。

 【施錠】はあくまでも、外からの侵入を防ぐものであって、内側から出ていこうと思えば、出ることは可能だ。

 少なくとも、移動系の魔法が得意なエルトにはそれが可能だった。

 が、自分に向けられるギルド長の視線が怖すぎて、外に逃げようという気持ちにはなれない。

 彼が一言「もういい。もう逃げなくていい。ここに戻ってこい」と命令してくれさえすれば、エルトは素直にその声に従っていただろう。

 エルトは逃げるのをやめて、ギルド長の前に……リオーネとナニの側にかけつけたかった。
 だが、ギルド長は無言だった。
 なにも言ってくれない。

(どうしてなの? どうして……)

 他の大人たちは、ただぽかんとした顔で、天井を見上げているだけだ。なにもしてくれない。

(ひどいよ……。どうして、ボクだけ……。ボクだけがこんなことに……)
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

旦那様が多すぎて困っています!? 〜逆ハー異世界ラブコメ〜

ことりとりとん
恋愛
男女比8:1の逆ハーレム異世界に転移してしまった女子大生・大森泉 転移早々旦那さんが6人もできて、しかも魔力無限チートがあると教えられて!? のんびりまったり暮らしたいのにいつの間にか国を救うハメになりました…… イケメン山盛りの逆ハーです 前半はラブラブまったりの予定。後半で主人公が頑張ります 小説家になろう、カクヨムに転載しています

転生したら、6人の最強旦那様に溺愛されてます!?~6人の愛が重すぎて困ってます!~

恋愛
ある日、女子高生だった白川凛(しらかわりん) は学校の帰り道、バイトに遅刻しそうになったのでスピードを上げすぎ、そのまま階段から落ちて死亡した。 しかし、目が覚めるとそこは異世界だった!? (もしかして、私、転生してる!!?) そして、なんと凛が転生した世界は女性が少なく、一妻多夫制だった!!! そんな世界に転生した凛と、将来の旦那様は一体誰!?

美幼女に転生したら地獄のような逆ハーレム状態になりました

市森 唯
恋愛
極々普通の学生だった私は……目が覚めたら美幼女になっていました。 私は侯爵令嬢らしく多分異世界転生してるし、そして何故か婚約者が2人?! しかも婚約者達との関係も最悪で…… まぁ転生しちゃったのでなんとか上手く生きていけるよう頑張ります!

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

キャンプに行ったら異世界転移しましたが、最速で保護されました。

新条 カイ
恋愛
週末の休みを利用してキャンプ場に来た。一歩振り返ったら、周りの環境がガラッと変わって山の中に。車もキャンプ場の施設もないってなに!?クマ出現するし!?と、どうなることかと思いきや、最速でイケメンに保護されました、

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

家ごと異世界ライフ

ねむたん
ファンタジー
突然、自宅ごと異世界の森へと転移してしまった高校生・紬。電気や水道が使える不思議な家を拠点に、自給自足の生活を始める彼女は、個性豊かな住人たちや妖精たちと出会い、少しずつ村を発展させていく。温泉の発見や宿屋の建築、そして寡黙なドワーフとのほのかな絆――未知の世界で織りなす、笑いと癒しのスローライフファンタジー!

王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません

きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」 「正直なところ、不安を感じている」 久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー 激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。 アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。 第2幕、連載開始しました! お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。 以下、1章のあらすじです。 アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。 表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。 常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。 それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。 サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。 しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。 盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。 アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?

処理中です...