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冒険者ギルド編(1)

一日五本まで

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 ルースは少しためらった後、もう一本、机の上に回復薬を追加で並べる。

「一日五本までだからな……」

 と、引き出しを静かに閉めながら、ルースは己に言い聞かせた。

 回復薬に限ったことではなく、どの薬に関してもあてはまることだが、限度を超えた多量摂取は、回復させるどころか、逆に身体の具合を悪くする。

 効きがよい薬ほど、その反動は大きい。容量を間違えれば、生命を落とす場合もある。

 一日五本というのは、一般人よりもはるかにステータスが高いルースであっても、致死量に近い。一歩間違うと、死と直結する劇薬になる。

 なぜ、この程度のことが、命懸けの任務になってしまうのか、こんなことで死にかけなければならないのか……際限なくあふれでる文句は、腹の中にしまいこむ。

 ずるずると先延ばししても、よいことなどひとつもない。それは経験上、熟知している。

 ルースは椅子に座り直し、深呼吸を何度か繰り返すと、ゆっくりと目を閉じた。

 意識を体内の隅々にまではりめぐらせ、己の身体の状況を探る。魔法を使用するのに耐えられるところまでは、体が回復しているのを確認する。

 適材適所とは言い難い。

 人材不足で消去法的に、自分が冒険者ギルドのギルド長を『演じる』ことになった。

 今でもこの『命令』には納得できないが、ギンフウからの『命令』は絶対だ。
 ギンフウから逃げるのは不可能だ。そもそも逃げたいとも思わない。

 どこもかしこも人手不足で苦労している。

 ギンフウだけではない。
 冒険者ギルドだってそうだ。
 皇帝も人材不足で頭を抱えている。

 それもこれも。なにもかも……五年前に起こった『エレッツハイム城の悪夢』のせいだ。

 日々、水面下では、苛烈な人材の取り合いが発生しており、ギンフウが上手く立ち回ってくれているから、自分たちは皇帝から護られている。

 その恩には報いなければならないし、ギンフウの庇護を受けるには、こちら側からもギンフウに差し出さねばならないモノがある。

 報われない立場で、多くを望んではいけないことは、最初からわかっている。そういう訓練を受けてきた。

 だけど。

 だけど……。

 今回の『コレ』はあまりにも無茶振りすぎるだろう、とルースギルド長を『演じ』ている『彼』は思った。

 思ったというか、心のなかで思いっきり毒づいた。

 あきらかなオーバーワークである。

 これから自分の身にふりかかる『負荷』を想像すると気が滅入り、嘆きたくもなる。
 何度経験しても慣れることはない。慣れてしまう方がもっと怖い。

「やっぱり、ご褒美が欲しい……」

 ギンフウに勇気をだしておねだりしても、せいぜいキレイに包装された『超不味くてよく効く回復薬十本セット』が贈られるくらいだろうが……。

 気合を入れ直して、ルースは腹に力を溜めて背筋を伸ばす。

 目を閉じ、右手をゆっくりと書類箱の上にかざした。
 空気がピンと張り詰め、ルースの口から魔力が籠もった言葉が滔々と流れ出す。

 しばらくすると、ルースの額に大粒の汗が浮かび始め、ぽたぽたと流れ落ちていく。
 苦痛と戦うような苦悶の表情を浮かべながらも、ルースは言葉を発し続けた。

 言葉が紡がれるにしたがって、室内の空気が徐々にかわりはじめる。
 魔力がどんどん高まり、それは渦となって一点に集約され、ぶつかり合い、洗練されて純粋になっていく。

【範囲結界展開】
【遮断結界展開】

 凛とした声で、ルースは矢継ぎ早に呪文を完成させていく。
 時間との勝負だ。

 声とともにいくつもの魔法陣が次々と現れ、万華鏡のように揺れ動き、忙しく点滅する。
 見事な造形の魔法陣が、次々と重ねがけされていく。

【解呪】
【ギルド長権限を行使】
【ギルドカード生成破棄】
【閲覧制限をギルド長に設定】
【ステータスオープン】

 呪文の連続詠唱に、書類箱が大きな音をたてて派手に砕け散った。

 魔法陣の輝きがさらに強まり、光芒に包まれる。

 執務室内が魔力の渦にゴウっと唸りをあげる。

 眩しい光を放ちながら、三枚の登録用紙が、ばさばさと宙を舞った。
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