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深淵編(2)

そうです……それですよ!

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 急にコクランとフウエンの会話に割って入ってきたリョクランを、ふたりは驚きの眼差しで見つめる。

「そうです……それですよ!」
「リョクラン、なにが『それ』なのよ?」

 銀の煙管をクルリと回転させながら、コクランが影の薄いリョクランへと視線を固定する。

「誰か……あの子たちに、十歳の初級冒険者らしい行動を……十歳程度の少年少女の常識を教えましたか?」
「…………」
「…………」

 『酒場』内に沈黙の時間が訪れる。

「それは……『酒場』のマダムの担当だろ?」

 まずはフウエンが口を開いた。

「なにを言ってるの! エルフのあたしが、なんで人間の子どもの常識を知ってるのよ? 新人教育なら、フウエンの担当じゃない!」

 コクランは猛然と反論し、銀の煙管をフウエンの鼻先につきつける。

「オレは魔族だ! それに、オレは『影』の教育を担当しているんだ。人間の教育は専門外だ! あんなちびっこい人間の機微など、オレにはわからん!」

 コクランとフウエンの間で、責任のなすり合いという言い争いが始まる。
 リョクランは思わず天井を仰ぎ見ていた。

 そう……仲間たちは、五年前に助け出した子どもたちに、様々なことを教え、大切に育てている。

 仲間たちが子どもたちに教えたことは、己が『影』として先代から引き継ぎ、身につけた知識と技能だ。
 その特異で特殊な技能を惜しみなく、あますことなく、仲間たちは子どもたちに教えようとしているのである。

 子どもたちはとても優秀な生徒だった。
 なので、教える方としても気合が入る。
 がぜんやる気になった『影』たちは、競い合うように、子どもたちに『闇の世界で生き抜く術』を教えていた。
 すべての教育はそこに繋がっている。

「コクラン、フウエン『年相応のコト』については、誰が教えたのかご存知ないのですか?」

 リョクランの質問に、エルフの女と魔族の男は口を閉じる。

「知らないわよ」
「報告は受けてないな」
「…………」

 つまるところ、誰も教えていない、ということだ。

 『影』たちは元帝国騎士だ。
 第十三騎士団に所属するまでは、帝国貴族の子弟として生を受け、貴族の子弟として普通に育ち、騎士になるべく研鑽をかさねた。
 そして、試験に合格して騎士になり、第十三騎士団の適正ありと認められてから、第十三騎士団の一員として必要な事柄を学び始めるのだ。

 決して、幼い頃から世間から隔離された世界で、特殊訓練を受けて養成されたのではなく、普通のヒトとして生きた経験がある。

 だが、子どもたちは、五年よりも前のことはほとんど忘れており、この『深淵』しか知らないのだ。

「なぜ、今まで、誰もそのことに気づかなかったんだ?」

 フウエンは顎に手をやり、心底不思議そうに首を傾ける。
 この反応こそが、もう世間一般の常識から外れているのだが、この酒場にいる者たちにはそれすら気づけないでいる。

 そもそも常識の世界とは対極の世界に身を置く者たちだからこそのこの顛末なのだが、そのことにすらフウエンは気づけないでいた。

 ギンフウを筆頭に、幼い子どもを育てるのに夢中になりすぎたようである。

「ちょっと! ちょっと! 今回の件、誰が指導したのよ! 誰か指導した?」

 コクランが悲鳴に近い叫び声をあげる。

「ギンフウだ」
「ギンフウですね」

 男性陣の返事に、『酒場』のマダムは顔をひきつらせる。

「いちばん、常識と縁がないヤツが教えてどうするのよ――っ!」

 コクランは二階へと続く階段を睨みつける。

 『酒場』の内部が険悪な雰囲気に包まれたとき……。


 カランコロン。


 軽い鈴の音が鳴り響き、『酒場』の扉がゆっくりと開いた。

 カウンターで言い争っていた男女の視線が入り口へと移動し、そこでピタリと止まる。
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