生贄奴隷の成り上がり〜堕ちた神に捧げられる運命は職業上書きで回避します〜

のりのりの

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深淵編(2)

どうしてココにいるの?★

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 エルフのコクランが鼻歌をうたいながら、スキップで階段を降りてくる。
 ドレスのスリットからすらりとした美しい脚が見え隠れするが、それに目を奪われるような不埒……いや、命知らずな者はこの『酒場』にはいない。

「嫌な予感がする」
「嫌な予感しかしませんね……」

 バーのカウンターで人待ち顔のフウエンと、バーテンダー姿のリョクランが額を突き合わせるように、コソコソと言葉を交わす。

「あら? フウエン? どうしてココにいるの?」

 コクランはとびっきりの笑顔を浮かべながら、カウンターに座っている黒マントを羽織った男に声をかける。

「コクランはご機嫌なようだな」

 黒マントの男――フウエン――は軽く右手を上げて酒場のマダムに挨拶をする。

「ええ。とっても、楽しいことが起ころうとしているからね。ご機嫌なのよ」
「それは……まあ……ほどほどにな?」

 長い付き合いだからわかることもある。
 これは絶対に、よくないことが起こる前触れだ。
 なぜ、コクランがご機嫌なのかまでは、知りたくもない。
 厄介事に自分を巻き込まないでくれ、とフウエンは態度で示す。
 コクランもコクランで、『とっておきの情報』を簡単に教える気はないようだ。
 
 酒場の訪問者――フウエン――がまとっている黒に近い色のマントの裾は短く、腰丈くらいだ。
 深めのフードを目深に被り、髪色はフードに遮られてよくわからない。
 顔の上半分を覆う黒い仮面が、さらに男の特徴と表情を隠している。

 仮面にほどこされた【目眩まし】の魔法が常時発動していて、同じ人物のように目に映る仕組みとなっているが、仲間には通用しない。

 動きやすさを重視した服もまた、マントと同系色で構成されており、腰に携えている武器も地味でこぶりなものとなっている。

 ただ、マントといい、戦闘服といい、貴重な特殊素材が存分に使われている。
 さらに、目立たない色でびっしりと防御と加護の刺繍がほどこされており、それはもう芸術、神業の域に達していた。
 仮面にもうっすらと、魔法陣のような模様が刻まれている。

 その姿は影のようであり、闇のような出で立ちである。

 みるからに胡散臭い……酒場に存在するには不自然な男だが、マダムのコクランもバーテンダーのリョクランも男を咎めることはしない。

 フウエンもまたギンフウに仕える『深淵』の一員であり、五年前のあの事件の生還者でもあった。

 コクランが後方でギンフウを支える者であるならば、フウエンは前線でギンフウの代弁者となって動く者であった。
 実働部隊のトップとしてコクランは忙しく動き回りながら、年若い未熟な『影』の指導も行っている。

「フウエンのことだから、てっきり、アノコたちのサポートについていると思ったのに……」

 コクランはフウエンの隣の椅子に腰掛け、懐から取り出した紙片をすべらすようにしてフウエンの前に置いた。
 フウエンは内容を確認もせずに、紙片を懐の中へとしまう。

「……ギンフウが許してくれなかった」

 少し不貞腐れたような態度を取りながら、フウエンはグラスの中に注がれている液体に口をつける。

「そう。残念ね。せっかく、ライバル出現の瞬間が見れたのにね――」
「ライバル?」

 リョクランとフウエンは同時に首を傾ける。

 誰が誰のライバルだというのだろうか?
 そもそも、なにに対するライバルなのか、さっぱりわからない。

 コクランは「フフフ」と楽しそうな笑みを浮かべる。それはとても妖艶なのだが、同時に、不吉な悪魔……魔女のような禍々しい笑みだった。

「じゃ、もしかして、ホントウにアノコたちは、単独で出歩いているの?」
「いや。訓練もかねて、コチに尾行を命じている」
「も――っ。フウエンってば、過保護なんだから……」
「いや、あいつらを野放しにしたら危険すぎるだろ。監視役は必要だ」
「そうです! それでした!」


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