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ちびっ子は冒険者編(1)
ルースギルド長!
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マックスまで高ぶっていたペルナのテンションが、激しい勢いで下がってしまう。
衝立の向こう側にいる、久々の登録作業に胸を躍らせている同僚たちに、この結果をなんと説明したらよいのか……。
理由がなんであれ、登録者人数と異なる登録用紙が消費されたら、報告義務がある。
上司判断によっては、始末書を作成しなければならない。またこの作業が……専用の用紙を発行してもらう手続きからはじめなければならず、それがまた面倒で時間がかかる。
冒険者たちはフリーダムだが、ギルド職員は意外にも、ルールとマニュアルに縛られた世知辛い組織であった。
反応のない登録用紙と、魔力の切れた魔素遮断目的の簡易結界装置を慎重に箱の中にしまいこむ。
「……新しい登録用紙を持って参りますので、しばらくお待ちください」
ペルナの激しい落ち込みぶりに、大人はもちろん、ちびっ子たちも無言になる。
今日は残業だにゃ、と後ろを振り向いたとたん、ペルナはぽすんとなにかやわらかなものにぶつかった。
予測していなかった障害物にぶつかって、バランスを崩しかけたペルナをしっかりした手が支える。
「ん? もう登録作業をやってしまったのかな?」
低く、甘い男性の声が新たに加わる。
「ルースギルド長!」
意外な人物の登場に、ペルナだけでなく『赤い鳥』の面々も、驚きに目をまるくする。
空気がピンと張り詰める。
酒場の方からも、ガタガタと椅子と机が動く音やら、慌てふためく気配が伝わってくる。
ざわめきは一瞬で静まり返り、あとは、肌に刺さるような緊迫した空気が全体を支配していた。
帝都冒険者ギルドの最高責任者の登場に、子どもたちはただ、唖然とするばかりであった。
青みがかった銀色の髪が美しい。
前髪はしっかりと後ろに撫でつけられ、長い後ろ髪は、宝玉がちりばめられた飾り紐で軽く束ねられている。
立ち姿は優雅な獣のようで、王者のように堂々としていた。
仕草には一切無駄がなく、一挙一動が洗練されている。
子どもたちが眼前にいるためか、いつもはナイフのように鋭い鈍色の瞳には、やわらかい光がにじんでいた。
まるで別人。
目元もこころなしか柔らかい。
鬼のギルド長も子どもには優しい……のか?
ペルナと『赤い鳥』のメンバーは思ったが、怖いから口にはしない。
ルースギルド長は、三十代くらいの、なかなかの美丈夫である。
歴代のギルド長の中では、最も若くしてギルド長の座に就任した人物だ。
帝都フォルティアの冒険者ギルド長は、他国の冒険者ギルドまでも総括する本部長の役目も兼任することになる。
ルースの若さと、引退後のランクの低さを理由に反対する輩もいたが、ルースは実力で彼らを黙らせ、冒険者ギルドの頂点に立っている。
ルースがギルド長に就任した前後、行方がわからなくなったギルド関係者が何名もいたが、それを追求するのも、口にするのも……タブーとして当時のことを知る職員の間では浸透していた。
もともと、なにかしら問題行動があったギルド関係者ばかりが所在不明になったので、風通しがよくなった、と思う職員がほとんどだったのも影響している。
そういう逸話を実証するかのように、ルースギルド長は苛烈なヒトとして有名で、雑魚は無言で退ける、という逆らい難い圧を常に全身にまとっている。
ギルド職員の制服とよく似た、だか、あきらかに高位の役職とわかる仕立てと装飾を嫌味なく着こなしている。
ルースギルド長は、ペルナと同じデザインの手袋をして箱を抱えていたが、持つ人物が変わると、手袋も箱も違うものに見えてくるから不思議である。
小国の王侯貴族と言い切っても、誰もが納得し、少しも疑わないだろう。
「終わった後のようだな……」
「あ、ルースギルド長。そ、そのぅ……登録作業に失敗しまして……」
衝立の向こう側にいる、久々の登録作業に胸を躍らせている同僚たちに、この結果をなんと説明したらよいのか……。
理由がなんであれ、登録者人数と異なる登録用紙が消費されたら、報告義務がある。
上司判断によっては、始末書を作成しなければならない。またこの作業が……専用の用紙を発行してもらう手続きからはじめなければならず、それがまた面倒で時間がかかる。
冒険者たちはフリーダムだが、ギルド職員は意外にも、ルールとマニュアルに縛られた世知辛い組織であった。
反応のない登録用紙と、魔力の切れた魔素遮断目的の簡易結界装置を慎重に箱の中にしまいこむ。
「……新しい登録用紙を持って参りますので、しばらくお待ちください」
ペルナの激しい落ち込みぶりに、大人はもちろん、ちびっ子たちも無言になる。
今日は残業だにゃ、と後ろを振り向いたとたん、ペルナはぽすんとなにかやわらかなものにぶつかった。
予測していなかった障害物にぶつかって、バランスを崩しかけたペルナをしっかりした手が支える。
「ん? もう登録作業をやってしまったのかな?」
低く、甘い男性の声が新たに加わる。
「ルースギルド長!」
意外な人物の登場に、ペルナだけでなく『赤い鳥』の面々も、驚きに目をまるくする。
空気がピンと張り詰める。
酒場の方からも、ガタガタと椅子と机が動く音やら、慌てふためく気配が伝わってくる。
ざわめきは一瞬で静まり返り、あとは、肌に刺さるような緊迫した空気が全体を支配していた。
帝都冒険者ギルドの最高責任者の登場に、子どもたちはただ、唖然とするばかりであった。
青みがかった銀色の髪が美しい。
前髪はしっかりと後ろに撫でつけられ、長い後ろ髪は、宝玉がちりばめられた飾り紐で軽く束ねられている。
立ち姿は優雅な獣のようで、王者のように堂々としていた。
仕草には一切無駄がなく、一挙一動が洗練されている。
子どもたちが眼前にいるためか、いつもはナイフのように鋭い鈍色の瞳には、やわらかい光がにじんでいた。
まるで別人。
目元もこころなしか柔らかい。
鬼のギルド長も子どもには優しい……のか?
ペルナと『赤い鳥』のメンバーは思ったが、怖いから口にはしない。
ルースギルド長は、三十代くらいの、なかなかの美丈夫である。
歴代のギルド長の中では、最も若くしてギルド長の座に就任した人物だ。
帝都フォルティアの冒険者ギルド長は、他国の冒険者ギルドまでも総括する本部長の役目も兼任することになる。
ルースの若さと、引退後のランクの低さを理由に反対する輩もいたが、ルースは実力で彼らを黙らせ、冒険者ギルドの頂点に立っている。
ルースがギルド長に就任した前後、行方がわからなくなったギルド関係者が何名もいたが、それを追求するのも、口にするのも……タブーとして当時のことを知る職員の間では浸透していた。
もともと、なにかしら問題行動があったギルド関係者ばかりが所在不明になったので、風通しがよくなった、と思う職員がほとんどだったのも影響している。
そういう逸話を実証するかのように、ルースギルド長は苛烈なヒトとして有名で、雑魚は無言で退ける、という逆らい難い圧を常に全身にまとっている。
ギルド職員の制服とよく似た、だか、あきらかに高位の役職とわかる仕立てと装飾を嫌味なく着こなしている。
ルースギルド長は、ペルナと同じデザインの手袋をして箱を抱えていたが、持つ人物が変わると、手袋も箱も違うものに見えてくるから不思議である。
小国の王侯貴族と言い切っても、誰もが納得し、少しも疑わないだろう。
「終わった後のようだな……」
「あ、ルースギルド長。そ、そのぅ……登録作業に失敗しまして……」
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