上 下
54 / 222
ちびっ子は冒険者編(1)

ぼくたちやっと十歳になったから

しおりを挟む
「すまない。オレが悪かった。許してくれ」

 ギルは少女に向かって、さらに深く頭を下げる。

「…………」
「ナニも謝るんだ」
「ナニねー、やりすぎ」

 両隣の少年と女の子にせっつかれ、フードの少女ナニは素直に頭をさげた。

「ゴメンナサイ……」

 杖を構え直したナニを見て、冒険者たちの表情が緊張にこわばる。とくに、ギルは「ひっ」と、小さな悲鳴を漏らし、本気で怯えていた。
 大きな男が、ずぶ濡れの子犬のようにぷるぷる小刻みに震えている様は、滑稽でもあり、哀れでもある。

 歌うような声が流れ、杖の先端にある魔法石がほんのりと輝きを放った。

「え…………」

 この場にいた大人たちは思わず息を飲み、お互いの顔を見合わせる。
 ギルの顎の赤みが、みるみるうちに消えていく。
 女の子は癒しの呪文を唱えたのである。

「治した……」
「……ああ、ありがとう」
「でも、ロリコンが、可愛い幼女の胸をさわった事実は消えない」
「…………」

 ナニのナイフよりも鋭い言葉に、思わずがっくりと肩を落とすギル。
 ペルナとフィリアの気の毒そうな目線が、さらにギルの心を抉り、傷口に塩を塗り込む。

「……いきなり邪魔して悪かったね。キミたちは冒険者登録にきたのかな?」

 仕切り直しとばかりに、フィリアが少年たちに声をかける。

 落ち込むギルの肩を叩きながら酒場に戻ってもよかったのだが、目をギラギラさせて子どもたちを見ているペルナを前に、フィリアは立ち去るきっかけを失ってしまった。なんとなく、このまま立ち去ると、子どもたちの身によくないことが起こるような気がしたのである。

 冒険者たちから『貧乏くじパーティーのリーダー』と呼ばれるのにふさわしい行動選択であった。

「そうだよ! ぼくたちやっと十歳になったからトーロクに来たんだ!」

 赤髪の少年が、眩しい笑顔を浮かべながら、元気よく答える。

 再び、大人たちは顔を見合わせ、そして、一番小さな女の子へと顔を向けた。

「……あなたも十歳なのかしら? 七歳、八歳にしか見えないんだけど……?」

 ペルナは念のため、心の中で思った年齢よりもひとつ、ふたつ高めに言ってみる。

「ちがう。ボクも十歳。大きくなった!」

 カウンターの天板に顎をのせ、ぷくっと頬を膨らませながらペルナを睨みつける。
 それだけでは気がすまなかったのか、ペシペシと小さな手で、抗議するようにカウンターを叩く。
 そのとき、前髪がゆれて、濡れた黒い瞳と、瞳の美しさに負けない整った女の子の顔立ちがみえた。
 女の子は少しばかり不機嫌そうだ。

 ペルナの心臓に、正体不明のなにかがぐさっと突き刺さる。 

(にゃゃゃゃ! はいっ! 美少女のボクっ娘いただきましたにゃ!)

 もう、この女の子が七歳でも八歳でもどうでもよかった。美少女が十歳といえば、十歳だ。
 かわいいは正しい。正義だ。

「だとしても、もう少し大きくなってから、冒険者をはじめてもいいんじゃないかしら?」

 ペルナは慎重に、慎重を重ねながら、言葉を続ける。

 冒険者ギルドをでていったきり、戻ってこなかった……という冒険者は意外と多い。

 若ければ経験が足りずに、年季の入ったベテランであれば、老化による能力の低下の見極めを誤って、生命を失うのだ。

「特に、帝都近辺は、『あの事件』があってから、魔物がどんどん凶暴化してるのよ? 地方に比べて危険なエリアなの。そこのお兄さんたちも、十二歳から冒険を始めたのよ。今は、十二歳でも早いくらい」
「……冒険者登録は十歳から受け付けている。冒険者規則で確認した。わたしたちが登録しても、なんら問題はない。力不足でなにかあったときは、それはわたしたちの責任。冒険者ギルドに責任はない」
「…………」

 フードの少女は淡々と言葉を発する。
 逆に、この落ち着きは、十歳以上のものだ。
 黒髪の女の子だけではない。
 フードを目深に被ったナニの顔も、さきほどちらりと見えたが、緑の瞳が綺麗な、人形のように可愛い顔の女の子だった。

 この容姿ならば、ふたりとも顔を隠したくもなるだろう。いや、身の安全を守るためにも、顔は隠しておくべきだ。

 しかし、このように主張されては、ギルド側は冒険者登録を拒否できない。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

異世界転移に夢と希望はあるのだろうか?

雪詠
ファンタジー
大学受験に失敗し引きこもりになった男、石動健一は異世界に迷い込んでしまった。 特殊な力も無く、言葉も分からない彼は、怪物や未知の病に見舞われ何度も死にかけるが、そんな中吸血鬼の王を名乗る者と出会い、とある取引を持ちかけられる。 その内容は、安全と力を与えられる代わりに彼に絶対服従することだった! 吸血鬼の王、王の娘、宿敵、獣人のメイド、様々な者たちと関わる彼は、夢と希望に満ち溢れた異世界ライフを手にすることが出来るのだろうか? ※こちらの作品は他サイト様でも連載しております。

幼い公女様は愛されたいと願うのやめました。~態度を変えた途端、家族が溺愛してくるのはなぜですか?~

朱色の谷
ファンタジー
公爵家の末娘として生まれた6歳のティアナ お屋敷で働いている使用人に虐げられ『公爵家の汚点』と呼ばれる始末。 お父様やお兄様は私に関心がないみたい。愛されたいと願い、愛想よく振る舞っていたが一向に興味を示してくれない… そんな中、夢の中の本を読むと、、、

記憶喪失になった嫌われ悪女は心を入れ替える事にした 

結城芙由奈@12/27電子書籍配信中
ファンタジー
池で溺れて死にかけた私は意識を取り戻した時、全ての記憶を失っていた。それと同時に自分が周囲の人々から陰で悪女と呼ばれ、嫌われている事を知る。どうせ記憶喪失になったなら今から心を入れ替えて生きていこう。そして私はさらに衝撃の事実を知る事になる―。

召喚魔法使いの旅

ゴロヒロ
ファンタジー
転生する事になった俺は転生の時の役目である瘴気溢れる大陸にある大神殿を目指して頼れる仲間の召喚獣たちと共に旅をする カクヨムでも投稿してます

おっさん鍛冶屋の異世界探検記

モッチー
ファンタジー
削除予定でしたがそのまま修正もせずに残してリターンズという事でまた少し書かせてもらってます。 2部まで見なかった事にしていただいても… 30超えてもファンタジーの世界に憧れるおっさんが、早速新作のオンラインに登録しようとしていたら事故にあってしまった。 そこで気づいたときにはゲーム世界の鍛冶屋さんに… もともと好きだった物作りに打ち込もうとするおっさんの探検記です ありきたりの英雄譚より裏方のようなお話を目指してます

天界送りのサルティエラ

いわみね夜風
ファンタジー
魔界に生まれ落ちてわずか1日で追放されてしまった『俺』 追放先はあろうことか『天界』だ。 魔界生まれにとって天界の空気はすこぶるからだに悪い! はずだったのだが。 ◇ 異世界ファンタジーです。

田舎暮らしと思ったら、異世界暮らしだった。

けむし
ファンタジー
突然の異世界転移とともに魔法が使えるようになった青年の、ほぼ手に汗握らない物語。 日本と異世界を行き来する転移魔法、物を複製する魔法。 あらゆる魔法を使えるようになった主人公は異世界で、そして日本でチート能力を発揮・・・するの? ゆる~くのんびり進む物語です。読者の皆様ものんびりお付き合いください。 感想などお待ちしております。

王宮侍女は穴に落ちる

斑猫
恋愛
婚約破棄されたうえ養家を追い出された アニエスは王宮で運良く職を得る。 呪われた王女と呼ばれるエリザベ―ト付き の侍女として。 忙しく働く毎日にやりがいを感じていた。 ところが、ある日ちょっとした諍いから 突き飛ばされて怪しい穴に落ちてしまう。 ちょっと、とぼけた主人公が足フェチな 俺様系騎士団長にいじめ……いや、溺愛され るお話です。

処理中です...