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深淵編(1)
ちょっと、お互いがんばりすぎちゃってねぇ……
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「お――。なんだか、朝からずいぶん賑やかだな?」
突然、頭上から低い男性の声が降ってきた。
とくべつ大きな声ではなかったが、部屋中によく響き、よく通る声だった。
その場を支配するような、命令することに慣れた男性の圧倒的な声に、自然と一同の視線が上を向き、二階へつづく階段へと集中する。
暗がりの中から金髪長身の美丈夫が現れ、ゆっくりと階段を降りはじめる。立ち振る舞いに隙きが全く無い。
尊大ともとれる彼の動きは肉食動物のようにしなやかで、とても静かだ。床の軋む音も、靴音も聞こえない。
男の流れるような無駄のない動きは、優雅で自信に満ち溢れている。
輝くような黄金色の髪は、肩より少し長いくらいで、無造作に後ろで一つにまとめられていた。
左の目から頬にかけてある、大きな傷跡が、なによりも印象深い。この傷が、この男の魅力をさらにひきたてている。
開いている右の瞳は、髪と同じ黄金色だった。
「ボスーうっ! 久しぶりっす!」
リュウフウがぴょんぴょん飛び跳ね、嬉そうに両手をあげてぶんぶん振りまわした。
よほど嬉しいのか、尻尾がすごい勢いで左右に動いている。
尻尾は雄弁だ。
「リュウフウは、いつも元気だな……」
「ボスは、いつ見ても男前っすね!」
リュウフウとのやりとりに苦笑いを浮かべながら、ボスと呼ばれた美丈夫は、カウンターの前……コクランの隣に並び立った。
と、子どもたちの顔に緊張が走り、背筋がぴしっと伸びる。
「ギンフウが階下に降りてくるなんて……珍しいこともあるのね? 長生きはするものねぇ――」
「今日は珍しいことがあるから、降りてきただけさ」
ギンフウはコクランの嫌味を軽く受け流す。
リュウフウがボスと呼び、コクランがギンフウと呼んだ美丈夫は、飾り気のない白い光沢のあるシャツと、黒のズボンというシンプルな出で立ちだ。
派手な容貌に反して、格好は質素なのに、溢れ出る雰囲気は眩しく、圧倒的で、目が離せなくなる。
稀代の芸術家が丹精込めて作成した彫像に、生命が宿ったかのような存在だ。
均整のとれた見事な身体つきだというのがシャツの上からでも簡単に予測できる。
全身から壮絶ともいえるくらいの、男の色香と気品がにじみでていた。
「ん? ん、ん? なんだ? オレのオーダーと……かなり……違う仕上がりになっているようだが?」
カウンター前に並ぶ子どもたちの姿をひとめ見るなり、ギンフウは不思議そうに首を傾ける。
ギンフウは説明を求めるかのように、コクランに視線を送る。
「えっ……ええ、えっ。まあ、ちょっと、お互いがんばりすぎちゃってねぇ……」
誤魔化すように煙管をゆらゆら動かしながら、コクランが苦笑する。
言葉を濁しているが、それだけで、ギンフウもおおよその事情は察したようだ。
彼の口元にも諦めめいた苦笑がにじむ。
コクランとギンフウのふたりが並ぶと、威圧感がはんぱない。
もともと影の薄いバーテンダーなど、カスミのようだ。
消える寸前にまで存在感がなくなる。
薄暗い場末の酒場が、ふたりが並んで立つだけで、なんだかキラキラした眩しい場所に変化する。
寝不足のリュウフウには眩しすぎる存在だった。
「まぁ……できてしまったものは仕方がないか。それにしても、一週間でよくここまで作れたなあ」
ギンフウは「おまえたちはいつもよくやってくれている」と言いながら、リュウフウの頭をぽんぽんと、軽く叩くように撫でる。
彼女が喜ぶ耳の後ろを、指を使って撫でてやるのも忘れない。
「えへへ……」
ボスに褒められたのが嬉しいのか、今日、一番の笑顔をリュウフウは浮かべた。
(おとがめなしですか……)
こんなに簡単にリュウフウの暴走を許していいのだろうか。と、リョクランはグラスを磨きながら、ひっそりと心のなかで呟いていた。
リュウフウをあまり煽らないで欲しいと思うが、控えめな性格のリョクランには、意見するという選択肢はなかった。
ただ黙って決定事項と命令に従い、酒場で起こる出来事を見守るだけである。
突然、頭上から低い男性の声が降ってきた。
とくべつ大きな声ではなかったが、部屋中によく響き、よく通る声だった。
その場を支配するような、命令することに慣れた男性の圧倒的な声に、自然と一同の視線が上を向き、二階へつづく階段へと集中する。
暗がりの中から金髪長身の美丈夫が現れ、ゆっくりと階段を降りはじめる。立ち振る舞いに隙きが全く無い。
尊大ともとれる彼の動きは肉食動物のようにしなやかで、とても静かだ。床の軋む音も、靴音も聞こえない。
男の流れるような無駄のない動きは、優雅で自信に満ち溢れている。
輝くような黄金色の髪は、肩より少し長いくらいで、無造作に後ろで一つにまとめられていた。
左の目から頬にかけてある、大きな傷跡が、なによりも印象深い。この傷が、この男の魅力をさらにひきたてている。
開いている右の瞳は、髪と同じ黄金色だった。
「ボスーうっ! 久しぶりっす!」
リュウフウがぴょんぴょん飛び跳ね、嬉そうに両手をあげてぶんぶん振りまわした。
よほど嬉しいのか、尻尾がすごい勢いで左右に動いている。
尻尾は雄弁だ。
「リュウフウは、いつも元気だな……」
「ボスは、いつ見ても男前っすね!」
リュウフウとのやりとりに苦笑いを浮かべながら、ボスと呼ばれた美丈夫は、カウンターの前……コクランの隣に並び立った。
と、子どもたちの顔に緊張が走り、背筋がぴしっと伸びる。
「ギンフウが階下に降りてくるなんて……珍しいこともあるのね? 長生きはするものねぇ――」
「今日は珍しいことがあるから、降りてきただけさ」
ギンフウはコクランの嫌味を軽く受け流す。
リュウフウがボスと呼び、コクランがギンフウと呼んだ美丈夫は、飾り気のない白い光沢のあるシャツと、黒のズボンというシンプルな出で立ちだ。
派手な容貌に反して、格好は質素なのに、溢れ出る雰囲気は眩しく、圧倒的で、目が離せなくなる。
稀代の芸術家が丹精込めて作成した彫像に、生命が宿ったかのような存在だ。
均整のとれた見事な身体つきだというのがシャツの上からでも簡単に予測できる。
全身から壮絶ともいえるくらいの、男の色香と気品がにじみでていた。
「ん? ん、ん? なんだ? オレのオーダーと……かなり……違う仕上がりになっているようだが?」
カウンター前に並ぶ子どもたちの姿をひとめ見るなり、ギンフウは不思議そうに首を傾ける。
ギンフウは説明を求めるかのように、コクランに視線を送る。
「えっ……ええ、えっ。まあ、ちょっと、お互いがんばりすぎちゃってねぇ……」
誤魔化すように煙管をゆらゆら動かしながら、コクランが苦笑する。
言葉を濁しているが、それだけで、ギンフウもおおよその事情は察したようだ。
彼の口元にも諦めめいた苦笑がにじむ。
コクランとギンフウのふたりが並ぶと、威圧感がはんぱない。
もともと影の薄いバーテンダーなど、カスミのようだ。
消える寸前にまで存在感がなくなる。
薄暗い場末の酒場が、ふたりが並んで立つだけで、なんだかキラキラした眩しい場所に変化する。
寝不足のリュウフウには眩しすぎる存在だった。
「まぁ……できてしまったものは仕方がないか。それにしても、一週間でよくここまで作れたなあ」
ギンフウは「おまえたちはいつもよくやってくれている」と言いながら、リュウフウの頭をぽんぽんと、軽く叩くように撫でる。
彼女が喜ぶ耳の後ろを、指を使って撫でてやるのも忘れない。
「えへへ……」
ボスに褒められたのが嬉しいのか、今日、一番の笑顔をリュウフウは浮かべた。
(おとがめなしですか……)
こんなに簡単にリュウフウの暴走を許していいのだろうか。と、リョクランはグラスを磨きながら、ひっそりと心のなかで呟いていた。
リュウフウをあまり煽らないで欲しいと思うが、控えめな性格のリョクランには、意見するという選択肢はなかった。
ただ黙って決定事項と命令に従い、酒場で起こる出来事を見守るだけである。
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