生贄奴隷の成り上がり〜堕ちた神に捧げられる運命は職業上書きで回避します〜

のりのりの

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フィリア編(1)

おまえたちを助けるために

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 ギルが息を飲む気配がわかった。
 フィリアはあらんかぎりの力を込めて、旦那さまに抱きついていた。
 ギルもまた、別の方向から旦那さまにだきつく。

「すまない……。わたしは盟約で世の『ことわり』には逆らえないのだ。わたしは、おまえたちしか助けられない。おまえたちを助けるために、多くの子らを切り捨てた」

 旦那さまの別れの言葉は悲しすぎた。
 予め、多くのヒトの生命が失われることを知っていた旦那さまを責めてはいけない。
 まだ年若いフィリアとギルには、なんと声をかけてよいのかわからなかったが、それだけはわかった。

 ただ、感謝の想いを込めて、旦那さまの苦しみが少しでも和らぐことを願って、フィリアとギルは旦那さまに抱きつく。

「おまえたちは……優しい子だ」

 穏やかな旦那さまの声が、ふたりの耳元で囁かれる。

「そろそろ……本当に、お別れだ」

 旦那さまの全身が淡い光を放ち始める。

「旦那さま!」
「旦那さま!」

 さらに強くしがみつく少年たちに、旦那さまは苦笑を浮かべる。

「フィリア、ギル……。おまえたちは、夜が明ける頃には、わたしのことは忘れてしまう。ゆっくりとだが、わたしの痕跡は消えていく。この二年間のことも、ほとんどのことを忘れてしまうだろう。もちろん、今日の、この出来事もだ」

 衝撃的な言葉に、少年たちの手が緩む。

(ああ……やっぱり、そうなんだ……)

 再び涙がでてくる。
 それも旦那さまがいう世の『ことわり』なのだろう。

 ギルが「なんで!」と驚きの声をあげたが、旦那さまの気配にのまれたのか、すぐに黙ってしまった。
 フィリアは悲しげな表情を浮かべている旦那さまをじっと見る。

 十三番目の騎士団のこと、墜ちた神のこと、旦那さまのこと……ヒトの子が知るにはあまりにも重大なこの世の真実を、いとも簡単に告げたのは、最初からフィリアたちが絶対に忘れてしまうことがわかっていたからだ。

「おまえたちは、わたしのことは忘れる。だが、わたしは、おまえたちのことは決して忘れない。しっかりと覚えておく。二年という歳月は、わたしにとっては瞬きのような短さだが、この二年間のことはわたしの宝だ」

 その言葉が聞けただけでもフィリアは嬉しかった。

 言葉を交わしているうちに、光がだんだんと強くなり、旦那さまの姿がゆっくりと光の中に溶けていく。

「わたしのこと、わたしの言葉は忘れてしまうだろう。だが、わたしから学んだこと、この二年間で得た知識と経験は、おまえたちの血肉となり、決して忘れることはない。おまえたちのこれからの人生を助ける知恵となるだろう……」
「旦那さま、今までありがとうございました」
「旦那さま、いつまでも元気で」

 フィリアとギルは懸命に笑った。
 この二年間で楽しかったことを必死に思い出し、最高の笑顔を旦那さまに向ける。

 旦那さまは目を細め、嬉しそうに笑い返す。

「わたしと再会しないのが、おまえたちにとっては幸せなのだが、わたしの真の名をおまえたちには告げておこう。わたしの名を思い出したとき……それは、おまえたちの危機だ。迷わずわたしを呼びなさい」

 そう言うと、旦那さまはひとり、ひとりの耳元に己の真名を囁く。

「わたしが介入することで、多くの子どもらの運命を変えてしまった。それでも、わたしは、なんとしてもおまえたちを『この日』から護りたかった……」

 最後の言葉を残し、旦那さまは光の粒となって、闇の中へと消えてしまった。


 その後、フィリアとギルは夜が明けるまで屋根の上で旦那さまについて語り合った。


 その間も光の柱は天を貫いたままだった。光の柱は三日三晩そこにありつづけた。

 光の柱が帝都の夜空を貫いた日――フィリアとギルが旦那さまと別れた夜――、フォルティアナ帝国のかの場所では、大勢の生命が失われた。


 この日、皇帝の目と耳と云われ、決して表に姿をあらわさなかった帝国最強の暗部組織でもある第十三騎士団は、堕ちた神を目覚めさせる儀式――邪神召喚の儀式――に巻き込まれ、七割超えの団員を一度に喪った。

 そして、運良く帰還できた者も、深い傷を負い、第十三騎士団は解体となったのである……。
 死地から運良く生還できた者も、対価として大きな呪いを背負うこととなる。

 だが、多くの人々は彼らの死と功績に気づくことはなかった。

 だが、あの日の出来事を完全に隠すことはできなかった。

 邪神召喚の儀式で捧げられた生命は、地下の儀式の間に囚われていた子どもたちだけではなかったからだ。

 地下室の上にはとある侯爵の屋敷があり、そこでは帝都の主たる人々を招待して同時刻に舞踏会が開かれていた。

 その参加者、パーティーの関係者、屋敷の使用人もろとも生贄として生命を奪われたのである。


 大切な人を失い、残された大勢の人々が傷つき、悲しんだ。


 その尽きぬ悲しみは、帝国を弱体化させ、さらに残酷な凶器となって、連鎖的に大勢の人々を巻き込んでいく……。



 この日の忌まわしい出来事を、人々はその事件が起こった舞台の名をとり『エレッツハイム城の悪夢』と呼ぶようになった。




 それから五年の歳月が流れた……。
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