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フィリア編(1)
最強たる第十三騎士団の力をもってしても
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「幻の騎士団……?」
「そうだ。第十三騎士団は常に影なる存在として、歴史の裏側から帝国を守護し、支えるという役目を担う……悲しい存在だ」
ギルの呟きに、旦那さまは微かに、そして悲しそうに笑った。
「ギルは、わたしの話を信じていないな? 嘘だと思うか?」
「あ……いや。べ、別に……。ちょっと、あまり現実味がない話だったから……本当なのかな……って」
遠回しに信じていないと言っているようなものだ、とフィリアと旦那さまは思ったが、口にはしない。
「第十三騎士団は『騎士ではできぬこと』をするためにあるからな。帝国の闇を全て背負っている。民には絶対に知られてはならぬ影のような存在だ。帝国の光が強まれば強まるほど、影もまたそれに負けぬ強さが必要になる」
旦那さまの言葉に、フィリアの顔色がさっと変わる。
騎士ではできぬこと……というのは、おそらく諜報、裏工作といった間諜活動や、暗殺などの闇の仕事のことだろう。第十三騎士団は、暗部組織いわゆる隠密のような役割を担っていたということか。
そういうことであるのなら、第十三騎士団の存在は明るみになることはないだろう。せいぜいが都市伝説として語られるくらいだ。
「その最強たる第十三騎士団の力をもってしても……かなわなかったか……」
旦那さまの青い透き通った瞳は、はるか遠くを見ていた。光の柱よりも、もっと、もっと遠くのものを見ている目をしていた。
彼らならば、堕ちた神に弓引ける存在になりうるか、とも思ったのだが、やはりヒトの身の分際では無理無謀なコトだったか……と呟く旦那さまの声はとても小さく、悲しみに沈んでいた。
「旦那さま……どうして……どうして……」
いくらがんばっても次の言葉がでてこない。唇をわなわなと震わせながら、フィリアは逞しい行商人を見上げる。
第十三騎士団の話が本当のことであるのなら、なぜ、そのことを旦那さまは知っているのだろうか?
ただの行商人が知っているのは不自然だ。
そして、なぜ、そのようなことを旦那さまは自分たちに話したのだろうか?
フィリアは悟る。
自分が思っていた以上に、フィリアはこの二年の間、行動を共にした行商人を信頼し、慕っていたようだ。
強くて色々なことを教えてくれる保護者のような行商人に、フィリアは見たこともない父親の姿を思い描いていたといってもいい。
フィリアの中で、なにかがあっけなく壊れ崩れ落ちる。
日常だと思っていたこと。
明日も、明後日も……ずっと、ずっと変わらないと思っていたこと。
それが幻のように、もろくはかなく崩れ去っていく。その崩壊は止まりそうにもない。
目頭がじんわりと熱くなり、景色が滲みはじめ、旦那さまの姿にもやがかかる。
村はあいかわらず騒がしかったが、今はもうその喧騒は耳に入ってこない。
光の柱が出現したことによって、フィリアが知っていた行商人は、行商人としての役割を終えようとしていた。
フィリアの目の前にいる旦那さまは、フィリアが知っている旦那さまではなくなっていた。
いや、本来の姿へと戻りつつあるのだろう。
旦那さまは、ヒトではない。ヒトを超えた存在であり、ヒトの子には計り知れない役割を担っているモノだ。
本来であれば、出会うことがなかったヒトだ。
その考えへと至ったフィリアを、旦那さまは目を細め、満足そうな微笑みで眺めている。
ヒトの子の成長を悦び、慈しむ目だ。
「フィリア……おまえは、頭の良い聡い子だ。孤児でありながら、それに甘んじることなく、良く知り、良く考え、良く学んだ。ならば、わたしの言葉の意味もわかるよな?」
「嫌です。わかりたくないです」
フィリアは幼子がするように、いやいやと首を左右に振る。
その拍子に、フィリアの両目からは大粒の涙がぽろぽろとこぼれ落ちる。
「フィリア……旦那さま……?」
いきなり泣き始めたフィリアに、ギルは目を大きく見開き硬直する。
「ふたりして、なにを話しているんだ?」
「ギル、別れのときがきたようだ」
「え? ええええっ? いきなり? 旦那さま、それって、どういう意味ですか?」
話の展開にひとりついていけてないギルは、説明を求めて相棒の方へと視線を向ける。しかし、いつもは頼りになる相棒は、幼子のように泣きじゃくっているだけだ。
「嫌です。ぼくは、もっと、旦那さまと一緒に旅がしたいです! まだまだたくさんのことを教えてほしいです。世界のことをもっと知りたいです。もっと、もっと」
フィリアは涙を流しながら、ギルの腕をふりほどき、旦那さまの胸の中へと飛び込んだ。
「そうだ。第十三騎士団は常に影なる存在として、歴史の裏側から帝国を守護し、支えるという役目を担う……悲しい存在だ」
ギルの呟きに、旦那さまは微かに、そして悲しそうに笑った。
「ギルは、わたしの話を信じていないな? 嘘だと思うか?」
「あ……いや。べ、別に……。ちょっと、あまり現実味がない話だったから……本当なのかな……って」
遠回しに信じていないと言っているようなものだ、とフィリアと旦那さまは思ったが、口にはしない。
「第十三騎士団は『騎士ではできぬこと』をするためにあるからな。帝国の闇を全て背負っている。民には絶対に知られてはならぬ影のような存在だ。帝国の光が強まれば強まるほど、影もまたそれに負けぬ強さが必要になる」
旦那さまの言葉に、フィリアの顔色がさっと変わる。
騎士ではできぬこと……というのは、おそらく諜報、裏工作といった間諜活動や、暗殺などの闇の仕事のことだろう。第十三騎士団は、暗部組織いわゆる隠密のような役割を担っていたということか。
そういうことであるのなら、第十三騎士団の存在は明るみになることはないだろう。せいぜいが都市伝説として語られるくらいだ。
「その最強たる第十三騎士団の力をもってしても……かなわなかったか……」
旦那さまの青い透き通った瞳は、はるか遠くを見ていた。光の柱よりも、もっと、もっと遠くのものを見ている目をしていた。
彼らならば、堕ちた神に弓引ける存在になりうるか、とも思ったのだが、やはりヒトの身の分際では無理無謀なコトだったか……と呟く旦那さまの声はとても小さく、悲しみに沈んでいた。
「旦那さま……どうして……どうして……」
いくらがんばっても次の言葉がでてこない。唇をわなわなと震わせながら、フィリアは逞しい行商人を見上げる。
第十三騎士団の話が本当のことであるのなら、なぜ、そのことを旦那さまは知っているのだろうか?
ただの行商人が知っているのは不自然だ。
そして、なぜ、そのようなことを旦那さまは自分たちに話したのだろうか?
フィリアは悟る。
自分が思っていた以上に、フィリアはこの二年の間、行動を共にした行商人を信頼し、慕っていたようだ。
強くて色々なことを教えてくれる保護者のような行商人に、フィリアは見たこともない父親の姿を思い描いていたといってもいい。
フィリアの中で、なにかがあっけなく壊れ崩れ落ちる。
日常だと思っていたこと。
明日も、明後日も……ずっと、ずっと変わらないと思っていたこと。
それが幻のように、もろくはかなく崩れ去っていく。その崩壊は止まりそうにもない。
目頭がじんわりと熱くなり、景色が滲みはじめ、旦那さまの姿にもやがかかる。
村はあいかわらず騒がしかったが、今はもうその喧騒は耳に入ってこない。
光の柱が出現したことによって、フィリアが知っていた行商人は、行商人としての役割を終えようとしていた。
フィリアの目の前にいる旦那さまは、フィリアが知っている旦那さまではなくなっていた。
いや、本来の姿へと戻りつつあるのだろう。
旦那さまは、ヒトではない。ヒトを超えた存在であり、ヒトの子には計り知れない役割を担っているモノだ。
本来であれば、出会うことがなかったヒトだ。
その考えへと至ったフィリアを、旦那さまは目を細め、満足そうな微笑みで眺めている。
ヒトの子の成長を悦び、慈しむ目だ。
「フィリア……おまえは、頭の良い聡い子だ。孤児でありながら、それに甘んじることなく、良く知り、良く考え、良く学んだ。ならば、わたしの言葉の意味もわかるよな?」
「嫌です。わかりたくないです」
フィリアは幼子がするように、いやいやと首を左右に振る。
その拍子に、フィリアの両目からは大粒の涙がぽろぽろとこぼれ落ちる。
「フィリア……旦那さま……?」
いきなり泣き始めたフィリアに、ギルは目を大きく見開き硬直する。
「ふたりして、なにを話しているんだ?」
「ギル、別れのときがきたようだ」
「え? ええええっ? いきなり? 旦那さま、それって、どういう意味ですか?」
話の展開にひとりついていけてないギルは、説明を求めて相棒の方へと視線を向ける。しかし、いつもは頼りになる相棒は、幼子のように泣きじゃくっているだけだ。
「嫌です。ぼくは、もっと、旦那さまと一緒に旅がしたいです! まだまだたくさんのことを教えてほしいです。世界のことをもっと知りたいです。もっと、もっと」
フィリアは涙を流しながら、ギルの腕をふりほどき、旦那さまの胸の中へと飛び込んだ。
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