生贄奴隷の成り上がり〜堕ちた神に捧げられる運命は職業上書きで回避します〜

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フィリア編(1)

これだけは……奪われてはいけない

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 フィリアは屋根の上にあぐらを組んで座りなおすと、呼吸を整え静かに目を閉じる。
 これからどうすればよいのか、なにがおこるのかは、フィリアにはわからない。
 旦那さまにも具体的なことまではわからないだろう。

 ただ、余計なことは考えず、魂の片割れのことだけを想い、じっと、その瞬間がくるのを待つ。フィリアはそれだけを考えていた。

 つっかえつつもギルの詠唱がなんとか終わって【結界】が完成した。
 ギルを中心として光の半球が出現し、その中に旦那さまとフィリアがふくまれる。

 本人は失敗を恐れていたようだが、旦那さまがつくる【結界】よりも堅牢で美しい、とフィリアは思った。

「見た目は完璧だな。さて、それで、強度はどうかな?」

 暗闇の中にできあがった光り輝くドーム型の結界を眺めやると、旦那さまは珍しく意地の悪い笑みを浮かべる。

「くるぞ!」

 叫ぶと同時に、旦那さまは結界の中心で錫杖を天に向かって掲げていた。
 錫杖が高らかな音色を発し、銀色の光線が周囲に放たれる。

 その瞬間、世界が激しく揺れ動き、フィリアは屋根の上に倒れ込んだ。

 薄れゆく意識の中、フィリアは「ちがった」と呟く。

 世界は揺れていない。
 世界は恐ろしいくらいの静寂に包まれている。

 激しく揺れ動いたのは世界ではなく、フィリアの魂だった。

 少しの間をおいて、フィリアの魂に向けて、引き千切られるような衝撃が伝わってくる。

「――――!」

 空気が激変するのをフィリアは感じていた。

 全身を駆け巡る激痛に、声なき悲鳴がフィリアの口からほとばしる。

 誰かがフィリアの名を呼んだが、なにも聞こえない。
 なにが起こっているのか、自分の身になにが起こったのかわからない。

 ただただ、粉々に砕け散りそうになる魂を必死に繋ぎ止めることしかできない。

 薄れゆく意識の先……。

 はるか遠くに小さな光が見えた。

 その光を喰らいつくそうとする、逆らってはいけない大きな存在がある。

 アレに飲み込まれたら、ひとたまりもないだろう。

 光は逃げようとしない。
 あまりにも巨大すぎる存在に全てを奪われ、最後の一片までをもアレに捧げようとしている。

(だめだ――!)

 フィリアの声は光には届かない。
 力なきモノのあがきを嘲笑うかのように、闇が大きく膨れ上がった。

(間に合わない)

 絶望に身を震わせながらも、フィリアは光に向かって懸命に手を伸ばす。

(届け――っ!)
 
 フィリアの想いが通じたのか、一瞬だけ、真っ白な光が世界を貫いた。
 漆黒を純白に塗り替えた光に、闇は驚き、その拍子に隙が生じる。
 それはほんの瞬きの間。

 だが、フィリアの想いが光の元へと届くには十分すぎる時間だった。

 わずかに生じたほころびの隙間を縫って、フィリアは今にも消えてしまいそうな光の粒を拾い上げる。

 儚く脆い存在に触れると同時に、フィリアの『なにか』が乾いた音をたてて砕け散った。

 時間と距離をゆがめ、魂の片割れに触れるための代償……対価を払わされた、とフィリアは瞬時に理解する。

 息する暇もなく、魂がズタズタに引き裂かれる痛みと苦しみに、フィリアの全身が硬直する。
 痛みに朦朧としながらも、フィリアは小さな光を己の懐に掻き抱いた。
 小さく、弱々しい存在に、フィリアの心が深い悲しみに震える。

 よく、消えずに、今のこの瞬間までがんばっていてくれた……と思わずにはいられない。

(こ、これだけは……奪われてはいけない。なにがなんでも、守り抜かないといけないものだ!)

 大事なものが奪われる感覚、魂の奥底まで蹂躙される嫌悪に、フィリアは必死に堪える。魂の片割れに代わって、自分がその痛みを引き受ける。

 巨大で圧倒的な力を秘めた闇が、ゆるゆるとフィリアの内側に触れてくる。人であるなら、決して触れてはならぬ闇の存在がそこにはあった。

 闇は久しぶりの自由と、珍しい玩具を手に入れ、悦び愉しんでいるようであった。
 圧倒的な力の差に怯えが走る。
 それはフィリアが感じたものなのか、魂の片割れのあきらめなのかわからない。

 なにかを引き換えにしなければ、ヒトではない、ヒトを超越したあの巨大な存在からは逃れられない。
 このままなにもしなければ、ふたりともども飽きられるまで、いたぶられつづけ、なぐさみものにされる存在になってしまう。

 闇がフィリアの存在に気づき、フィリアが必死に護ろうとしているモノになみならぬ興味を持った。

 緊張で身を硬くするフィリアに、闇は嗤いながら取引を……対価を求めてくる。
 それは、諦めの悪い小さな存在を面白く思った、大きな存在の気まぐれだ。

 ならば……と、フィリアは迷うことなく、己に求められた『もの』をその存在へと差し出した。
 そうすることで、自分と、自分の魂の片割れが助かるのなら、それはとても安い取引だった……。
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