生贄奴隷の成り上がり〜堕ちた神に捧げられる運命は職業上書きで回避します〜

のりのりの

文字の大きさ
上 下
17 / 222
フィリア編(1)

半身。魂の片割れだ

しおりを挟む
 旦那さまが紡ぐ『力ある詞』と共に、頭上に光り輝く魔法陣が出現する。

 ふわりと、温かな気配が旦那さまを中心として徐々に拡がっていく。優しく清浄な風が吹きあがり、フィリアの周囲にあった淀んだ空気を浄化していく。

 旦那さまの口から紡がれるのは、異国の言葉なのか、古代の言語なのか、フィリアに意味はわからなかった。

 だが、意味はわからずとも、その旋律に耳を傾けているだけで、嫌な空気が逃げるように引いていき、徐々に身体が楽になっていく。

 旦那さまの詠唱が終わると同時に、魔法陣は強い光を放って砕け散り、光の粒子は、苦しむフィリアの全身に等しく降り注いでいた。

 フィリアは震える全身を叱咤しながら、身を起こそうとする。

「フィリア、まだ、横になっていた方がいいんじゃないか」

 ギルが手を伸ばし、ふらついているフィリアを支える。

「だ、だいじょうぶ……だから」

 そう答えると、フィリアは目の前に立つ壮年の男を見上げた。

 フィリアたちが『旦那さま』と呼んでいる依頼主、行商を生業とする男の姿がそこにはあった。

 意識がまだ朦朧としていてはっきりとは認識できないが、旦那さまは右手に輝く銀色の錫杖を持って立っている。
 その姿は毅然としており、ぞくりとするほど美しかった。

「フィリア……おまえは怪我はしていない。だが、その痛みは『まがいもの』ではなく、真のものだ。おまえの半身が今、その身に負っている痛みだ」

 旦那さまの声は囁くほど小さなものだったが、はっきりとフィリアの耳に届き、心へと染み入っていく。

「は、ん、し、ん?」
「そうだ。半身。魂の片割れだ」
「魂の……片割れ?」

 その言葉を聞いたとき、フィリアの心がわけもなく激しく揺さぶられた。
 痛みが遠のき、意識が一気に覚醒する。

「そうだ。あまりの苦しさに耐えかねたおまえの半身が、無意識のうちにおまえに助けを求めたのだろう。半身が負ったであろう、『死よりも苦しい痛み』を、おまえが少しばかり肩代わりしたのだ」

 旦那さまの言葉の意味はよくわからない。
 だが、半身、魂の片割れとは、なんと甘美な響きを秘めた言葉なのか。
 フィリアの全身が喜びに打ち震える。
 と、同時に、喪失感も同時に味わっていた。

 今の痛みが『少しばかり』ということは、自分の半身は今、どれほどの苦痛に苦しんでいるというのだろうか。

 叶うことなら、もっとその苦しみを肩代わり、いや、共に苦しみを分かち合い、半身の窮地を救いに行きたい。

 心があらんかぎりに叫んでいた。

「落ち着け、フィリア」

 旦那さまの大きな手が、フィリアの肩におかれる。

「旦那さま……?」

 二年近く行動を共にしても、少年たちは依頼主の名を知らなかった。

 依頼主は『風任せの行商人』とふたりには名乗り、行く先々では違う名前を使っていた。

 その行動の意味と、名前のことを尋ねると、依頼主は面倒くさそうな顔をする。「長く生きすぎて、本当の名前を忘れた」だの「名などさして意味はないものだ」だの「好きに呼べばいい」という投げやりな言葉がその時々に応じて返ってくるだけだ。

 なので、フィリアとギルは彼のことを『旦那さま』と呼ぶことにした。
 装備がまだ整っていない駆け出しの冒険者を、行商人の使用人と勘違いする人が多かったからだ。

 だが、フィリアたちは依頼人の名前を知るのをあきらめたのではない。
 しっかりと依頼をこなし、依頼主の信頼を得ることができたら……一人前の冒険者として認めてもらえたら、名前を教えてくれるのではないか……とフィリアとギルは考え、その時は納得したのであった。

 フィリアたちの依頼主である行商人は、過酷な旅にも耐えてきただけあって、肌は日に焼けて小麦色をしており、体格は戦士のように鍛え抜かれて逞しかった。

 実際に野党や魔獣と戦ってみると、驚いたことに、依頼人はとても強かった。
 本当に護衛が必要なのか、自分たちが必要とされているのか、疑問に思うくらいに強かったのだ。

 晴れた日の空のような青い透き通った旦那さまの瞳は、人を相手にする商売をしているだけあって、人好きがするような優しい光を宿していた。
 白いものが混じっている髪の色は銀色。肩下あたりまで伸びているものを、飾り紐で無造作に後ろで一つに縛っている。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

骸骨と呼ばれ、生贄になった王妃のカタの付け方

ウサギテイマーTK
恋愛
骸骨娘と揶揄され、家で酷い扱いを受けていたマリーヌは、国王の正妃として嫁いだ。だが結婚後、国王に愛されることなく、ここでも幽閉に近い扱いを受ける。側妃はマリーヌの義姉で、公式行事も側妃が請け負っている。マリーヌに与えられた最後の役割は、海の神への生贄だった。 注意:地震や津波の描写があります。ご注意を。やや残酷な描写もあります。

俺だけ皆の能力が見えているのか!?特別な魔法の眼を持つ俺は、その力で魔法もスキルも効率よく覚えていき、周りよりもどんどん強くなる!!

クマクマG
ファンタジー
勝手に才能無しの烙印を押されたシェイド・シュヴァイスであったが、落ち込むのも束の間、彼はあることに気が付いた。『俺が見えているのって、人の能力なのか?』  自分の特別な能力に気が付いたシェイドは、どうやれば魔法を覚えやすいのか、どんな練習をすればスキルを覚えやすいのか、彼だけには魔法とスキルの経験値が見えていた。そのため、彼は効率よく魔法もスキルも覚えていき、どんどん周りよりも強くなっていく。  最初は才能無しということで見下されていたシェイドは、そういう奴らを実力で黙らせていく。魔法が大好きなシェイドは魔法を極めんとするも、様々な困難が彼に立ちはだかる。時には挫け、時には悲しみに暮れながらも周囲の助けもあり、魔法を極める道を進んで行く。これはそんなシェイド・シュヴァイスの物語である。

皇帝の番~2度目の人生謳歌します!~

saku
恋愛
竜人族が治める国で、生まれたルミエールは前世の記憶を持っていた。 前世では、一国の姫として生まれた。両親に愛されずに育った。 国が戦で負けた後、敵だった竜人に自分の番だと言われ。遠く離れたこの国へと連れてこられ、婚約したのだ……。 自分に優しく接してくれる婚約者を、直ぐに大好きになった。その婚約者は、竜人族が治めている帝国の皇帝だった。 幸せな日々が続くと思っていたある日、婚約者である皇帝と一人の令嬢との密会を噂で知ってしまい、裏切られた悲しさでどんどんと痩せ細り死んでしまった……。 自分が死んでしまった後、婚約者である皇帝は何十年もの間深い眠りについていると知った。 前世の記憶を持っているルミエールが、皇帝が眠っている王都に足を踏み入れた時、止まっていた歯車が動き出す……。 ※小説家になろう様でも公開しています

異世界の貴族に転生できたのに、2歳で父親が殺されました。

克全
ファンタジー
アルファポリスオンリー:ファンタジー世界の仮想戦記です、試し読みとお気に入り登録お願いします。

王宮侍女は穴に落ちる

斑猫
恋愛
婚約破棄されたうえ養家を追い出された アニエスは王宮で運良く職を得る。 呪われた王女と呼ばれるエリザベ―ト付き の侍女として。 忙しく働く毎日にやりがいを感じていた。 ところが、ある日ちょっとした諍いから 突き飛ばされて怪しい穴に落ちてしまう。 ちょっと、とぼけた主人公が足フェチな 俺様系騎士団長にいじめ……いや、溺愛され るお話です。

私と母のサバイバル

だましだまし
ファンタジー
侯爵家の庶子だが唯一の直系の子として育てられた令嬢シェリー。 しかしある日、母と共に魔物が出る森に捨てられてしまった。 希望を諦めず森を進もう。 そう決意するシャリーに異変が起きた。 「私、別世界の前世があるみたい」 前世の知識を駆使し、二人は無事森を抜けられるのだろうか…?

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

ペット(老猫)と異世界転生

童貞騎士
ファンタジー
老いた飼猫と暮らす独りの会社員が神の手違いで…なんて事はなく災害に巻き込まれてこの世を去る。そして天界で神様と会い、世知辛い神様事情を聞かされて、なんとなく飼猫と共に異世界転生。使命もなく、ノルマの無い異世界転生に平凡を望む彼はほのぼののんびりと異世界を飼猫と共に楽しんでいく。なお、ペットの猫が龍とタメ張れる程のバケモノになっていることは知らない模様。

処理中です...