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フィリア編(1)
なにを待っていると思う?
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ギルの灰色の瞳が、遠慮なくフィリアを覗き込んでくる。
「フィリアだったら、わかりそうな気がするけど?」
「いやいや、わかるわけないじゃないか」
ものすごく真面目な顔で言われてしまったが、フィリアは力いっぱい、首を左右に振ることで、全力でギルの勘違いを否定する。
いきなりなにを言いだすんだ、あんなハチャメチャな依頼人の思考回路なんてわかるわけないじゃないか、と心の中で反論する。
時々、幼馴染みは突拍子もないことを言いはじめるから困る。
「わからなくても、予測はできるだろ?」
力のこもった灰色の目が、フィリアを追い詰める。
これはなにか言うまでしつこく問われつづけるパターンだった。
「なにかを待っているんじゃないか? だから、ここから動けないんじゃないか?」
「なにを?」
「いや……それはわからないけど……」
「なにを待っていると思う?」
なかなかギルは納得してくれない。
今日はいつになくしつこく絡んでくる。
「う……ん。商品? 連絡? 人?」
「どれも違うような気がする」
ギルの言う通り、フィリアも口にしてみたもののしっくりこない。
だが、それをギルに言われると、「だったらぼくにきくことないだろ」と少しだけ腹が立った。
「帝都はもうすぐなのに……。みんな元気かな?」
「元気にやっているよ。孤児院育ちの連中は、みんなたくましいからね」
フィリアの言葉は真実でもあり、そうであってほしい、という願望でもあった。
孤児院の子どもたちはたくましい。
いや、たくましい子どもしか生き残れない。
病弱な子ども、運がなかった子どもは、幼いうちに簡単に死んでしまう。
世話になった孤児院や、まだいる『おとうと』『いもうと』たちに少しでも暮らしをよくしてもらいたくて、フィリアとギルは冒険者になった。
ひもじい思いをしながら、ひとつのパンをみんなで分け合うような日々、具材のはいっていないくず野菜スープの汁がご馳走となるのは、自分たちの代だけで十分だ。
「早くみんなに会いたいな」
「そうだね……」
ギルの言う通り、孤児院のみんなには会いたいと思う。
二年ぶりの帝都に焦がれる気持ちはある。
だが、この苛立ちの原因は、足止めをくらってみんなに会うことができないから、ではないような気がした。
もっと別のものがフィリアの心を乱している。
「ギル。あきらめよう。今はただ……待つしかないよ……」
相棒にかける言葉は、自分自身への戒めでもあった。
ここで、二年もの間、世話になった行商人の言葉に背いて、依頼人を失望させるわけにはいかない。
冒険者として、きちんと仕事はやりとげないといけない。
感情に任せて、自分を見失うわけにはいかなかった。
自分たちは我儘が無条件に許される幼い子どもではない。
これからは大人として生きていかなければならないのだ。
「わかっている」
ギルは口を閉じると、光のない真っ暗な空を見上げた。
どれくらいの時間が流れただろうか。
話すこともなくなり、ギルはただ、フィリアが心の整理を終え「そろそろ、部屋に戻ろうか」と言いだすのを辛抱強く待ち続けていた。
春とはいえ、夜はまだ冷える。
シャツ一枚で夜露に当たりつづけるのも身体に悪い。
外套を持ってくればよかった……とギルが後悔しはじめ、そろそろフィリアを無理にでも部屋に戻した方がいいだろう、と思ったとき、停滞していた時が一気に流れ始めた。
突然、フィリアが胸の辺りを押さえながら、うめき声をあげる。
「うぅあっ……っ」
「フィリア?」
なんの前触れもなく、フィリアの胸にズキンと鋭い痛みが突き抜けた。
それはあまりにも突然で、今までに体験したこともない激痛だった。
心臓を鋭い刃物で刺された、と思ったくらいである。
「あああっ……っ」
空気がいきなりずしんと重くなる。
世界が軋む感覚に、フィリアの全身の毛が総毛立った。
「フィリアだったら、わかりそうな気がするけど?」
「いやいや、わかるわけないじゃないか」
ものすごく真面目な顔で言われてしまったが、フィリアは力いっぱい、首を左右に振ることで、全力でギルの勘違いを否定する。
いきなりなにを言いだすんだ、あんなハチャメチャな依頼人の思考回路なんてわかるわけないじゃないか、と心の中で反論する。
時々、幼馴染みは突拍子もないことを言いはじめるから困る。
「わからなくても、予測はできるだろ?」
力のこもった灰色の目が、フィリアを追い詰める。
これはなにか言うまでしつこく問われつづけるパターンだった。
「なにかを待っているんじゃないか? だから、ここから動けないんじゃないか?」
「なにを?」
「いや……それはわからないけど……」
「なにを待っていると思う?」
なかなかギルは納得してくれない。
今日はいつになくしつこく絡んでくる。
「う……ん。商品? 連絡? 人?」
「どれも違うような気がする」
ギルの言う通り、フィリアも口にしてみたもののしっくりこない。
だが、それをギルに言われると、「だったらぼくにきくことないだろ」と少しだけ腹が立った。
「帝都はもうすぐなのに……。みんな元気かな?」
「元気にやっているよ。孤児院育ちの連中は、みんなたくましいからね」
フィリアの言葉は真実でもあり、そうであってほしい、という願望でもあった。
孤児院の子どもたちはたくましい。
いや、たくましい子どもしか生き残れない。
病弱な子ども、運がなかった子どもは、幼いうちに簡単に死んでしまう。
世話になった孤児院や、まだいる『おとうと』『いもうと』たちに少しでも暮らしをよくしてもらいたくて、フィリアとギルは冒険者になった。
ひもじい思いをしながら、ひとつのパンをみんなで分け合うような日々、具材のはいっていないくず野菜スープの汁がご馳走となるのは、自分たちの代だけで十分だ。
「早くみんなに会いたいな」
「そうだね……」
ギルの言う通り、孤児院のみんなには会いたいと思う。
二年ぶりの帝都に焦がれる気持ちはある。
だが、この苛立ちの原因は、足止めをくらってみんなに会うことができないから、ではないような気がした。
もっと別のものがフィリアの心を乱している。
「ギル。あきらめよう。今はただ……待つしかないよ……」
相棒にかける言葉は、自分自身への戒めでもあった。
ここで、二年もの間、世話になった行商人の言葉に背いて、依頼人を失望させるわけにはいかない。
冒険者として、きちんと仕事はやりとげないといけない。
感情に任せて、自分を見失うわけにはいかなかった。
自分たちは我儘が無条件に許される幼い子どもではない。
これからは大人として生きていかなければならないのだ。
「わかっている」
ギルは口を閉じると、光のない真っ暗な空を見上げた。
どれくらいの時間が流れただろうか。
話すこともなくなり、ギルはただ、フィリアが心の整理を終え「そろそろ、部屋に戻ろうか」と言いだすのを辛抱強く待ち続けていた。
春とはいえ、夜はまだ冷える。
シャツ一枚で夜露に当たりつづけるのも身体に悪い。
外套を持ってくればよかった……とギルが後悔しはじめ、そろそろフィリアを無理にでも部屋に戻した方がいいだろう、と思ったとき、停滞していた時が一気に流れ始めた。
突然、フィリアが胸の辺りを押さえながら、うめき声をあげる。
「うぅあっ……っ」
「フィリア?」
なんの前触れもなく、フィリアの胸にズキンと鋭い痛みが突き抜けた。
それはあまりにも突然で、今までに体験したこともない激痛だった。
心臓を鋭い刃物で刺された、と思ったくらいである。
「あああっ……っ」
空気がいきなりずしんと重くなる。
世界が軋む感覚に、フィリアの全身の毛が総毛立った。
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